第二十六話 敵は近くに
灯台下暗し。そうは言われても・・・
別におっさんの事を話しても問題ないだろう。奴隷商人も明確に口止めをしてきたわけではないし、購入後の奴隷に命令する権限は無いから、話した事で何か問題が発生するとも思えない。だが、感覚的にそろそろミルが限界だ。お嬢様も気がついている。
「ふふ、くっ、ふふ、ふふふ、ふふふふ・・・」
何やら危ない人のような笑い方で笑いながらバレないように笑いを必死にこらえているミルへのくすぐりを強化し、ミルの顔を覗き込む。必死にこらえているのは分かるが、声が漏れているので意味は無い。顔はまだ真っ赤だが、口元は笑っていた。
「ミル、盗み聞きは悪い事だろ? お嬢様に失礼じゃないか?」
「も、申し訳・・・。くふふ、あり、くふふ、ありましぇん・・くふ、くふふ、お、お許し、くふふ、くだしゃい、くふふ、もうゆる、くふふ」
「こう申しておりますが、いかがいたしましょうか? お嬢様」
言っている間もくすぐるのはやめない。抱き着いた手を緩めて脇を閉め、必死にくすぐられないようにしているが、俺がくすぐっているのはわき腹なので押さえきれていない。お嬢様もニヤニヤしながら俺のお仕置に乗ってくれている。
「そうね。笑いながら謝るなんて無礼だわ。しばらくくすぐりを続けてちょうだい」
「お、お待ちを、くふふ、ゆ、くふふ、お許し、くふふ、も、もうゆ、くふふ、許して、くふふ、おねが、くふふ、お願いしましゅ、くふふ」
「反省してないわね。しばらくはくすぐりを・・・」
「そ、くふふ、そんなぁ、くふふふ、や、やめ、くふふ」
「お嬢様。ミルが笑い死にしてしまいます。ここは私に免じでお許しいただけないでしょうか?」
くすぐりを続けながら俺はできるだけ冷静な声でお嬢様に話しかける。顔は笑っているのでお嬢様にはバレているが、お嬢様もニヤニヤしているのでお互いそれをミルに教える事は無い。お嬢様はもったいぶったふりをしてミルに聞こえるように話す。
「どうしようかしらね。笑いながら主人に謝罪する奴隷なんて無礼だけれど、あなたがそこまで言うなら、でも、これでは・・・」
「くふふ、お、お許し、くふふ、お許し、くふふ、や、やめ、くふふ、けほっ、けほっ、くふふ、もう、くふふ、むりでしゅ、くふふ」
「お嬢様」
笑いすぎてせき込み始めたので、本当に冷静にお嬢様に話しかける。お嬢様も笑うのをやめると、ミルに話しかけた。
「そうね。では、彼に二度と抱き着かないと誓うなら、許してあげるわ」
「っ!! お、お嬢しゃま! お、お許しくだしゃい! なんでも致しましゅから、それだけは、それだけはお許しくだしゃい!!」
ガバッと俺から離れ、お嬢様の前に土下座して必死に許しを請い始めたミルに若干驚きながらも、さすがにうるさいので後ろから手を回して口を塞ぐ、モゴモゴ言っているのを必死に押さえているとミルがまた泣き出し、口を押えた手に涙が流れ落ちた。
「~~~! ~~~~っ!」
「分かったわ! 分かったから足に縋りつくのはやめなさい! 気持ち悪いわ。早く引き離してちょうだい!」
必死に足にしがみつくミルに若干恐怖を覚えたらしいお嬢様が、本気で怖がりながら足を振ってミルから離れようとしている。
「ミル。暴れると外に放り出されるぞ。これ以上お嬢様の機嫌を損ねるな。許してくれるらしいから、落ち着け」
「むぐっ、うぐっ~~~~!」
「落ち着けって。ほら、深呼吸しろ。吸って~、吐いて~」
ミルに後ろから抱き着いて押さえこみつつ、耳元で落ち着くように言い聞かせる。しばらくするとミルの顔がどんどん真っ赤になっていったが、呼吸が落ち着いておとなしくなった。完全に落ち着いた事を確認してミルを離す。
「き、今日はミルと一緒に寝たくないわ。あなたのベッドで寝かせてちょうだい!」
「はい、お嬢様」
お嬢様は壁に張り付いて完全にミルを怖がっている。いたずらをしたら、本気でマジ切れされた時のようだ。離した後も完全に固まっているミルの手を引っ張って立たせ、俺が寝る方のベッドへ座らせる。お嬢様が怖がっているので、ミルを壁側に押し倒して俺は廊下側、つまりお嬢様に近い方に寝転がった。ミルは完全に固まっていたが、しばらくすると俺の服をちょこんと掴んできたので普通に戻ったのだろう。お嬢様も壁伝いに自分が寝るベッドへ向かい、逃げるように眠っていた。
「ミル、いたずらして悪かったな」
「い、いえ、その、しゅ、しゅみましぇん。うぅ・・・」
「くすぐったのはまずかったようだ。いつから聞いていた?」
「け、けけけけ、結婚のは、話くらいからでしゅ」
ほとんど話の初めの頃だ。ほぼすべて聞かれたいたんじゃないか。
「結構最初の方じゃねえか。眠ったふりしてずっと聞いていたのか」
「は、はい、その、しゅみましぇん・・・」
「いや、起こしちまったなら悪いのは俺らだからよ」
「ど、どうして気がついたんでしゅか? うぅ・・・」
「そらお前、耳がピコピコって忙しく動いていたし、事ある毎にビクッて反応していたし、抱き着く力が強くなったし、気がつくだろ」
「~~~~っ!」
またしても真っ赤になったミルを横目に見つつ、俺はレーダーを確認していた。今日は満室だと従業員は言っていたが、食事の時も、水浴びの時も、今も、隣の部屋は誰も居なかった。単なる従業員のミスなのか、客が出かけているだけなのか、気になる。
「お嬢様がさっきの行動を怖がっていたから、もうやるなよ?」
「は、はい・・・」
この世が終わったかのような絶望の表情でミルは言う。顔が青白くなり、手足が震えだしたので、ゆっくりと抱きしめてやる。
「!?」
「そんなに落ち込むなって。お嬢様も抱き着くのを禁止するっていう話は無しにしてくれたんだから。ただし、痛いから力を入れすぎんなよ? 今日は落ち着いて眠るまでこのままにしてやるから、落ち着け。これ以上何かして、お嬢様に捨てられたらどうしようもねえぞ? 深呼吸しろ。お嬢様が怖がらなくて済むように、いつものミルに戻れ。ほら、深呼吸しろ。吸って~」
顔が真っ赤に戻ったミルを無視して耳元でゆっくりと話してやる。体の震えが収まり、顔色も良くなったが、なかなか寝付いてくれない。自分でやっておいてなんだが、この体勢はなかなかに理性を攻撃する物だった。耳がピコピコ動いていてかわいらしいが、触れると奴隷商館の時みたいに変な声を出すかもしれないので、背中をさすっている。
「ふん」
背後でお嬢様の声が聞こえた。呆れているのかもしれないが、今日だけは大目に見てほしい。
「あ、あの、その・・・」
「どうした?」
固まっていたミルがゴソゴソと動いて俺に顔を向けてくる。位置的に上目遣いになるので直視はできない。
「隣の部屋のようしゅがおかしくありましぇんか?」
「隣? ああ、人が来たらしいな。さっきまで無人・・・。静かに」
「ふぇ? 何を、むぐっ、~~~~っ!」
ゴソゴソと動いて俺の顔を覗き込んできたのでどうしたのかと思ったら、隣の部屋の異変に気がついたらしい。レーダーで掌握してはいたが、ようやく隣の部屋に客が来たようだ。おそらく外は真っ暗なのでずいぶん遅くまで外に居たものだと思うが、他人のプライバシーを侵害するのも問題なので放置しようとした時、壁の薄さが原因で隣の部屋に入って来た奴らの会話が聞こえた。ミルの盗み聞きを咎めた後だが、チラッと聞こえた会話の内容は、そんな事無視させるぐらいには重要だった。なおもしゃべろうとするミルの顔を俺の胸に無理やり押し付けて黙らせる。ミルは驚いたようだがすぐにおとなしくなった。ミルにも隣の部屋の会話が聞こえたのだろう。会話は俺達に関する内容で、おそらく話しているのはお嬢様を探しに来た追手だ。今騒いではいけない。
「クソッ。小娘一人見つからぬとは、お前達の無能さが浮き彫りになる事態だな。サラードの令嬢はまだ足取りもつかめていないそうだが、本当にこの町に居るのか? もしや南の港町から船で他の大陸に逃げたのではあるまいな?」
「申し訳ございません。全力で捜索しております。港町の船着き場には別の者が向かいましたので、万が一そちらへ逃げても問題はございません。こちらは陸路ですので船より金がかからず、個人でコソコソ移動できます。着の身着のままで逃げる貴族の小娘には金がかかる上にある程度団体行動が必要な海路は難しいでしょう。陸路であればこの町を避けて通る事はできません。王都側の門兵より、特徴が似ている娘がこの町に入ったとの目撃情報も上がっており、自治領方面へ向かう門に見張りを立て、それらしき娘が通ったら顔を確認する手はずでございます。ご心配には及びません」
上司と部下と言った感じだろうか。片方が報告をしているようだ。メルさんの手帳にも一応バックアッププランとして海路を使った逃走経路も考慮されていたが、航海中は船の上に逃げ場がないなどの理由で陸路がどうしても使えない場合に限って使うようにと注意書きがされていた。やはり海路の方には見張りがいるようだ。そして当然陸路側も捜索の手が伸びていると言う事か。
「帝国へ向かう可能性は無いのか?」
「可能性としては存在致しますが、低いと思われます。帝国との国境は此度の革命で規制が厳しくなっており、素性を明かさずに関所を通る事は出来ないでしょう。山を抜けるルートは険しく、強力な魔物も多い為小娘には無理であると思われます」
「しかし、あの娘には強力な戦闘奴隷が付いていると報告を受けておる。功績欲しさに抜け駆けした間抜けな下級騎士とその取り巻きが3人も葬られた。下級とはいえ奴隷が騎士を圧倒するなど聞いた事が無い。頭に大穴が開いていたといううわさや、とてつもなく大きな音がしたという近隣に住む平民どもからの謎めいた報告も受けた。用心は怠るでないぞ?」
「御意。帝国へ向かう最短ルートの関所の町へも人を送り、監視致します」
「ふん。貴様ら暗部の腕、期待しておるぞ? 新しい国王陛下は前王のような昼行燈ではない。気が短い故、失敗せぬ事だ」
「ははあっ!」
会話が終わったのか、1人が部屋を出て行った。もう一人はゴソゴソと何かをした後、眠りについたらしい。いびきがうるさいので良く聞こえる。ミルを開放し、静かにするように目で伝えると、ミルもうなずいてくれた。そっと起き上がり、お嬢様の方へ向かう。
「お嬢様。申し訳ありませんが、起きていただきます」
「むぁ? 何よ? むぐっ」
不機嫌そうな顔でしゃべりだすお嬢様の口を塞ぐ。手を掴んで引き剥がそうとするお嬢様の両手を掴み、上に持ってきて抑え込むと、お嬢様が恐怖の表情を作った。足も動かないように馬乗りになっているので、傍から見ると襲おうとしているようにしか見えない。涙目になって怖がっているお嬢様に顔を近づけると、目をつぶって顔をそらした。怖がらせて悪いが、今音を立てられるのはまずい。耳元で、できるだけ小さくなるように注意しながら、お嬢様にささやく。お嬢様がビクッと体を震わせるが今は放置だ。
「お嬢様。隣の部屋に追手が居るようでございます。今夜中にこの町を抜け出す必要がございます。お静かに願えますか?」
(コクコク)
お嬢様のうなずきを確認して手足の拘束を解き、最後に口から手を離す。涙目になったお嬢様に恨めしそうににらまれたが、隣の部屋を指さすと何も言ってこなかった。レーダーには同じ位置から動かない光点が見える。先ほど話していた間は敵意感知に反応して赤かったが、寝ているからなのか、今は普通の光点だ。もう一人はレーダーの範囲外に出ており、どこへ行ったか分からない。ここに来た初めの頃のように広範囲のレーダーが使えれば良いのだが、アイに確認した所、このように生き物が密集した場所で使うと狭い範囲に反応が集中し、俺の脳に悪影響が出るらしい。あくまでも俺の体の機能を強化するのがアイの機能やアシストらしく、膨大な処理に俺の脳が耐え切れないそうだ。お嬢様にまた顔を近づけ、準備ができるまで寝たふりをしているように言いつけてその場を離れる。ミルの方に戻り、落ち着くように頭を撫でながら、準備をする間寝ているふりをするように言いつける。お嬢様を起こす時の行動を見ていたせいか若干顔が赤いが、不安の方が強いらしく服の袖を掴まれたので、手を離してくれるまで少しの間頭を撫でて安心させた。ミルが手を離してくれたのでテーブルや棚を確認、カバンから出した持ち物を戻していく。音が出ないように細心の注意を払い、レーダーで隣の部屋の奴やミル達の動きを監視しながらすべてを片づけた。次に剣だけを持って部屋を出る。ミルが出る前にまた服を掴んだが、微笑みを返すと離してくれた。反対側のベッドからお嬢様も不安そうな顔でこちらを見ていたので、両手で耳を塞ぐジェスチャーをする。2人がやったのを確認して静かに部屋を出た。廊下を進み、隣の部屋に移動する。
第26話です。 追手が近くに来ていた!!
この話につじつまを合わせる為、レーダー機能に制限を追加しました。300km先の村が全く見ずに分かった転移初期の広範囲索敵能力やレーダーを使うと、隣の部屋に追手が来る前はおろか、街に入った時点で敵の存在がバレてしまうので、もっともらしく、おかしくない理由で気がつけなかったことにしています。それでも隣の部屋に来るまで気がつかないなんて、案外勇介も冷静じゃなかったのかも?
次回は戦闘になるのかもお楽しみに




