第二十四話 ザンドの街
川は恵み。水は命の源。
2人の所に戻ると案の定気まずい空気が流れており、イライラしているお嬢様と、泣きそうな顔のミルが居た。俺を見るなり飛びついてくるミルを受け止めて、頭を撫でながら何があったか聞くと、食事関係でもめたらしい事が分かった。ミルを落ち着かせて座らせ、俺も隣に腰かけつつ、お嬢様にも事情を聞く。
「その獣人は本当に使えないわ。私はスープを飲みたいの。味のしないアツアツの水を出すなんてどういうつもりなのかしら? 私の世話役なのだから、せめて食事くらいはきちんと出してほしいわ。やけどをしてしまったじゃない」
「も、もうしわけ・・・」
「泣いても駄目よ。あなたがいくら泣こうともやけどは治らないわ」
「うぅ・・・。ぐすっ」
ミルが謝ろうとするが、お嬢様はまるで取り合わない。また泣き出したミルとお嬢様の間に座ると、ミルが俺に抱き着いてくる。
「申し訳ございません。スープは私がおつくりします。食事関係のご希望は私にお申し付けください。ミル、食事は俺が出すから服を片付けてくれないか? 服をたたむのはどうも苦手でさ、頼むわ」
「はい・・・。しゅみましぇん・・・。ぐすっ」
いまだに泣きながら俺の着替えを持って荷物の方へ向かうミルを見ていると、お嬢様が俺の横に移動してきた。
「あなたはあの獣人に甘すぎるわ。甘やかしてもあの獣人は変わらないのよ。とんだ欠陥品を薦めてくれたものだわ」
「ミルは努力していますから、もう少し御辛抱願えませんか? 宣言通り、足りない所は私がなんとか致しますので」
「本当に甘いわね。ちょっと泣いて見せればあなたが優しくしてくれるんだもの、その点はあの子がうらやましいわ」
「いえ、そんなつもりは・・・」
別に泣いたから優しくしているわけではない。たぶん皮肉を言っているんだろうが、勘違いしているなら問題だ。
「あら、水浴びに行く前にさんざん大丈夫だ、安心しろって言っていたじゃない。寝る時も抱き着かせているようだし、本当にあの獣人の事を何とも思っていないのだとしたら、あなたは相当な悪人だわ。女の敵よ。あそこまで優しくしておいて、実は何とも思っていないなんて絶対にないわ。何とも思っていない獣人を奴隷商人から救う為に貴族へ推薦するなんて聞いた事無いもの」
「残念ながら恋愛感情のようなものはございません。ただ単純に、守るべき存在だと思っているだけでございます」
「っ!」
なぜかミルがビクッと体を震わせ、耳がペタンとなった。
「それは本当に愛でないと断言できるのかしら? 抱き着いてくる女性に抱き着き返すあなたが?」
「いえ、あれは・・・」
「頭を撫でていたのでしょう? 聞いたわよ。寝ている女性に触るなんて破廉恥だわ」
「別にやましい気持ちだったわけではございません。・・・うなされていたようだったので」
「っ!」
またしてもミルがビクッと体を震わせ、こちらから見える横顔が赤くなっている。
「あの獣人もうなされていたというの? あなたがうなされているものだと思っていたわ」
「いえ、おそらくお嬢様が聞いたうなされた声は私でございます。私が眠る前に、ミルはうなされておりました」
「そう。うなされた理由は分かるのかしら?」
お嬢様はうなされる理由に興味があるようだ。話を聞いてくれるなら、事情を話せばわかってくれるかもしれない。
「母親と何かあったようでございます。泣きながら、必死に母親を呼んでいました。待ってくれ、おいて行かないでくれと」
「っ!」
「なんですって・・・」
ミルは母親の事を思い出したのか、また泣き出してしまった。お嬢様も母親と聞いて固まってしまっている。
「お嬢様?」
「そ、そう! 母親ね。なるほど、わかったわ。母親なら仕方ないわね。ええ、良いわよ。許してあげるわ!」
「は、はい。ありがとうございます・・・」
「な、何よその目は?」
「いえ、ありがとうございます。お嬢様」
「ふん」
「ミル、お嬢様が許してくださるってさ。もう泣き止めよ」
「うぐっ、ひぐっ、あ、ありがとうごじゃいましゅ・・・」
「い、いいわ。これからは気を付けてちょうだい」
何があったというのだろう。ミルのうなされる原因が母親だと教えたら、急にお嬢様の態度が軟化し、ミルを許してくれた。露骨に動揺した様子から何かあるのは間違いないが、今は分からない。なおも泣き止まないミルが俺に寄り添って来たので、頭を撫でてやる。お嬢様も何も言わず、俺がスープを作るまでおとなしくしていた。所持できる水の量に限りがある為昨日は作れなかったが、川のおかげで水は豊富にある今日は、お嬢様の希望通りスープを作る。生野菜は無いが、乾燥野菜と干し肉を煮込み、乾パンも入れたので具材はあるはずだ。お嬢様も文句を言わず、黙々と食べてくれた。チラチラとミルを見ているようだが、ミルはスープの皿を見つめる姿勢から顔をあげようとしないので、見られている事に気がついていないだろう。ピッタリ寄り添われて若干気恥ずかしいが、いつもの事なのでもう慣れ始めている。食事を終わらせて片づけた後、水を限界まで補給してからまた街道を進む。街道なら俺を見失わないので、ミルも怖がる事無く後ろを見張ってくれている。日が落ちる頃に適当な場所が無いか探したが、さすがに3日連続で都合よく二股の木があるような奇跡は起こらず、街道のそばで少し開けた広場に今日は寝る事にした。だいぶ王都からも離れただろうし、今日は地面で寝るので、ミルと一緒に枯れ枝を集めて焚火をした。獣除けと、干し肉を温める為だ。適当な木の棒に干し肉を刺して、魚の様に焚火の周りに並べる。しばらく放置して、温まったら食べるのだ。夕食が終わる頃にはすっかり真っ暗になっており、ミルが暗闇を怖がって俺から離れなくなったが、お嬢様は何も言わなかったし、不機嫌になったりもしていないようだ。今朝の一件以来、ミルが俺のそばを離れない事に対してお嬢様が全く反応しなくなったが、やはりうなされる原因が母親にある事が関係しているのだろうか。夕食後は特にできる事も無い為、歩き疲れたお嬢様は早々に眠ってしまった。アイの警告があるので不寝番は必要ないが、ミル達にはそんな事分からないので俺は座ったままだ。ミルは俺に寄りかかり、肩に頭を乗せた状態で寝てしまった。頭が動いて焚火の方に落ちても困るので、ゴザをかいて膝の上に頭を移動してやる。しばらくするとミルの顔がどんどん悲しそうなものになって昨日のようにうなされだしたので、落ち着くように頭を撫でると、ミルは寝返りをうって俺の方を向き、手を伸ばして俺の腰にがっちりと抱き着いて来た。顔を俺の腹にグリグリと押し付けてくるので若干痛い。頭を撫でながら耳をいじってみると、ミルのほっぺたが赤くなってきて、泣いていたのが幸せそうな顔になったので、少し耳をいじった後頭を撫でるだけに切り替えた。ミルが落ち着いたのを確認した俺はそのままの体勢で眠れないか試行錯誤する。がっちり抱き着かれているので後ろに倒れたりミルを引き剥がしたりできないからだ。毎回思うが、獣人の女の子はみんなこうも力が強いのだろうか? 結局、試行錯誤した末にマシな体勢を探し出し、疲労の力を借りてようやく眠った。腕は組んだ状態なので、昨日の様にミルに抱き着き返す可能性は無いと思う。夢の中では、相変わらずあの3人に追い回された。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「わっ! なんだ!?」
「あ、いえ、あの、その、えっと・・・」
ミルの悲鳴が至近距離から聞こえたので慌てて目を覚ますと、目の前にミルの顔があった。眠った後に頭が重力に従って下がり、ミルの顔に近づいた状態になっていたらしい。
「何の騒ぎなのかしら?」
「おはようございます。お嬢様」
「なるほどね。あなたもすごい体勢で抱き着いたものね」
「うぅ・・・」
「これは私のミスです。申し訳ありません」
「別に何もないのでしょう? なら別にいいわ」
「ありがとうございます。お嬢様」
慌てて座りなおしたが、お嬢様には何が起こったか分かったらしく、俺が変な事をしていないと理解してくれたようだ。ミルも自分がすごい体勢で眠った事に気がついて顔が真っ赤だ。若干恥ずかしい空気が漂ったが、お嬢様が冷静に朝食を要求してきたので、昨日の様に干し肉を温めて朝食を取る。食後に焚火の痕跡を消して出発したが、午前中はミルに避けられている気がした。夕方、夕日なんてロマンチックな光景も無く夕闇が迫ろうという頃になって道の先に町が見えて来る。王都ほどではないが、それなりに頑丈そうな壁がある。城壁と言うには少し低すぎる気がするが、塔もあるようだし、獣除けには過剰なくらいの防備だ。魔物対策なのだろうが、効果があるのかは分からない。道の先に町へ入る門があり、門の前に若干の列があったので最後尾に並ぶ。前に居る老夫婦に世間話をする感覚で声をかけていろいろ聞いてみると、ここは俺が居た奴隷商館のある街とは違うらしい事が分かった。分かってから壁をもう一度見ると確かに違う気がしてくる。離れてからそこまで日数は経過していないはずだが、壁の状態なんて覚えていなかったので違いは分からない。世間話の過程で老夫婦がいろいろと教えてくれる。街の名前は知らないそうだが、王都から2番目くらいに近い町で、ここを通れば王国内の様々な町や帝国をはじめとする他国へも行ける為、王都へ向かう前の関所的な役割があるらしい。その為この町から王都方面へ向かう人は厳しく調べられるらしいが、俺達のように王都から来る者達への監視は比較的甘いらしい。メルさんに渡された地図によるとザンドという町で、規模はそこまで大きくないが、ここを通れば帝国や王国の辺境都市へ行ける為、ここを通り抜けるのが山場だと注意書きがしてあった。老夫婦に町の名前を教えてあげた後、しれっと老夫婦の連れを装って町に入った。我ながら老夫婦に失礼な事をしている気がするが、王都で騎士を殺害している俺や、追われる理由があるお嬢様は普通に素通りできるとも思わなかったのでこの方法を取った。念の為服の修繕用に入っていた予備の布をかぶってフードっぽくし、簡単には顔の特徴が分からないようにしておく。門番っぽい騎士も、町に入る為に税を払うよう言ってきた以外はほとんど俺達に無関心で、老夫婦に倣ってメルさんからもらったお金を出して町に入った。騎士の視界から消えるまで老夫婦の後をついて行き、老夫婦が入った建物に一緒に入る。老夫婦と世間話をしながらなので誰も怪しんでいないと思う。お嬢様は周囲をキョロキョロと見まわしていたので挙動不審だったが、迷子になっても困るので俺が手を掴んで引っ張っていた。最初こそ抵抗を見せたものの、意図を察したのかおとなしくなってくれたので大丈夫だろう。ミルは老夫婦にすら人見知りを発揮して俺にピッタリとくっついていた為、老夫婦が俺達を恋人か何かと勘違いしてニコニコと対応してくれた。老夫婦によるとこの建物は宿屋で、今日はここに泊まり、2日ほど滞在して水や食料を補給したら出発するのが普通らしい。連日野宿だと健康に悪い為、長めに滞在してでも旅の疲れは町で完全に取る方が良いとアドバイスされた。俺はともかく旅に慣れていないお嬢様やミルはゆっくり休ませてあげたいので、老夫婦のアドバイスに従い。2日分の宿代を先払いしておく。途中で魔物に襲われたり、スリにあったりして金が払えなくなる事がある為、この手の場所では先払いが常識らしい。日本と違って食事処や酒場なども頼むなら商品が来る前に金額を払うのが常識らしいので、間違えないように気を付けなければならない。治安の差なのだろうが、飲み明かす人なんかは大変だろうなと俺は思った。高校生なので飲んだことは無いけどね。
第24話です。ミルは不器用なのでしょうか。過去に何があったのかは、まだわかりません。お嬢様にも地雷が埋まっていそうです。野宿を経験し、王都と奴隷商館があった町以外の街へ着きました。次回もお楽しみに




