第二十三話 お嬢様は世間知らず?
上で生活する者は下々の物の生活を知らない。それがある種のステータスでもあるらしい。
翌日。寝すぎたらしく、光の差し方からして昼頃に目が覚めたようだ。周りを見渡して異常が無いか確認する。体を確認すると、案の定ミルががっちりと抱き着いていた。足も手も使って横から全身で俺に抱き着いている。顔が胸の上にあるので表情は見えないが、耳がピンと立っているので悲しい感情ではないと思う。ミル達が落ちないように手は木を掴んでいた為、奴隷商館の時のように抱き込まれて抜けなくなったりはしていなかったが、足は完全に身動きが取れなくなっていた。昨晩の様にミルの頭を撫でつつお嬢様の方も見ると、お嬢様は自分で丸くなって寝ていた。寝相が悪かったのか、毛布が足元に移動していたのでかけなおしてやる。ミルにも毛布をかけなおして起きるまで頭を撫でる。耳の後ろの部分をいじると耳がピコピコ動いて面白い。くすぐったいのか、しばらく続けるとミルの頭が動いたので、しばらく辞めてからまた再開する。20回くらいそれを続けた頃にお嬢様が目を覚ました。たまたまお嬢様の様子を見ていた時だったので目が合う。寝ぼけた眼がパッと見開かれ、お嬢様が起きた。
「な、あ、あなた! 主、主人の寝室に忍び込むなんてなんと破廉恥な! 奴隷の分際で何を考えて・・・。あら?」
「おはようございます。残念ながら、ここはお嬢様の寝室ではございません。あまりそちらに寄りすぎると落ちてしまいます」
「何を言って・・・? きゃあ!」
お嬢様が後ろを振り返り、下を見て、ここが高い所であると気がつくと、悲鳴を上げて俺の方へ飛んでくる。あまり広くないここで暴れられると困るのだが、今お嬢様に触ると事態が悪化しかねない。飛んできたお嬢様の肩がミルの後頭部を直撃した。
「ひぐっ! ふぇ? な、なんでしゅか!?」
寝ている所に後頭部を強打され、ミルが悲鳴を上げて起きる。衝撃で抱き着く力が強くなったので非常に痛い。やめろって。
「あ、あなたやっぱりこのメイドと・・・。破廉恥な! って、そ、そんな事よりここはどこかしら? 説明なさい!!」
俺に抱き着くミルを見て、お嬢様が顔を真っ赤にしながら俺を指さすが、以外と冷静なようで状況掌握を優先するらしい。
「お嬢様、誤解でございます。ミルは別に何もしておりません。抱き着き癖があるようで、寝ている間に近くに居た私に抱き着いただけのようでございます。お嬢様が思っているような事態にはなっていませんので、ご安心ください」
「ふぇ? あ! あの! その、も、もうしわけ・・・」
「私が思っているような事態って何かしら? そんな事はもういいからどうしてここに居るのか説明なさい!」
「昨夜、旦那様の指示で王都を離れ、森の中で野宿する必要が生じた為、比較的安全な木の上に避難致しました」
今度は別の意味で顔を赤くしたらしいお嬢様の問いに端的に答え、顔色が戻ったお嬢様にカバンから乾パンを取り出して渡した。
「さすがに狭い木の上で火は起こせませんので、朝食はこちらで我慢してください。開けた安全な場所があったら、暖かい物をお出しします。それまではこちらで、どうか辛抱してください」
「これは何かしら? ずいぶんと固いようだけれど」
乾パンを知らないのか。さすがお嬢様だ。
「これは長旅の長期保存に耐えられるように乾燥させて水分が少なくなったパンでございます」
「これしか出せないと言うの?」
「はい、ご容赦ください」
「くっ・・・」
「ミルも、いい加減離れて食事を取れよ。さすがに痛いってば」
「しゅ、しゅみましぇん!」
お嬢様に謝った後も何食わぬ顔で抱き着いたままのミルに離れるように言う。抱き着かれたからと言って怒ったりはしないが、理性の問題もあるし、何より痛い。お嬢様がぶつかった後、お嬢様の剣幕に押されて抱き着く力が強くなった為に痛いだけだったので、それは遠慮してもらう。ミルにも乾パンを差し出し、俺もかじりながらお嬢様に水を渡す。水入れの使い方が分からなかったお嬢様にレクチャーしつつ、レーダーで魔物の配置を確認。近くに居ない事を知って一安心した後、毛布類を片付ける。上った時とは逆にミルをまず降ろし、お嬢様を下ろし、最後に荷物を背負って降りた。お嬢様もミルも俺に背負われる事にためらいを見せたが、2人とも下を見てあきらめたようだ。俺達が寝ていた位置は地上から軽く20mはあるはずで、ミルはともかく、お嬢様には絶対無理だと思う。身体強化アシスト無しなら俺も途中でやめるだろう高さだ。暗い夜だったから実感がわかなかったが、明るくなると下が良く見えるのでむしろ夜より怖かった。お嬢様も自分で歩くそうなので、俺を先頭に後ろをミルが警戒しつつ、前後からお嬢様を挟む形で進む。実際はレーダーで丸わかりなので、時々魔物を迂回しながら進んだ。迂回の為にあっちこっち方向転換したせいで方角が分からなくなった時は、俺が再び近くの木に登って王都の位置を確認、反対方向へ進むというのを繰り返した。夕方頃に視界が開けて道が出現したので、道に従って進む事にする。方角的に道の片方が王都の方に続いているので、王都へ向かう街道なのだろう。まっすぐではなく、あちこちでくねくねと曲がっていたが、道幅もそれなりに広く、魔物もそんなに近くに来なかったのでこのまま進んだ。アイによると俺が最初に居たオックス原生林の端の方らしいが、こんな調子で大丈夫かと不安になってくる。小川に着いたところで今日の移動をやめて、追手を警戒して少し入った場所に寝床を作った。火を起こすと道から離れた意味が無いので、昨日と同じく2股になっている木を探し出し、そこの上で眠った。昨日の木よりも低いのでちょっと心配だが、アイの警告もこないし今の所は安全だ。歩き疲れたお嬢様は早々に眠り、ミルもすぐに眠った。しばらくミルを観察していると、良い寝顔だったミルの表情が次第に曇りだし、何かをつぶやき始める。はじめは横になって丸くなっていたのだが、次第に手が伸び、俺の服に当たるとそれを掴んで、自分の体を寄せ、最終的に抱き着かれた。朝になったら抱き着かれているのはこういう事だったようだ。何を言っているのか耳を近づけると、どうやら母親を呼んでいるらしい。悲しそうな顔で、何度も、何度も。
「お母しゃん、お願い、私をしゅてないで。お母しゃん、待って、私も行くの。私も。お母しゃん、待って、待ってぇ」
ミルの過去に何があったのかは知らないが、涙を流して母親を呼ぶミルの頭を撫でてやる。しばらく撫で続けると泣き止んですやすやと眠りだした。撫で続けている内に俺も寝てしまったらしい。また夢で例の3人に追い掛け回された。
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「痛っ!」
「まったく、私が寝ている間に一体何をしたらそういう格好になるのよ。破廉恥な!」
いきなり頭に衝撃が走って目が覚める。あたりを見回すと、お嬢様が怒った顔でこちらを見ていた。
「お嬢様、昨日お話したはずでございます。ミルには抱き着き癖が・・・」
「ミルは分かったわ。ミルが抱き着くのは仕方ないとして、どうしてあなたが抱き着き返しているのよ」
「は? ああ、なるほど」
ミルの事だと思って昨日の説明を繰り返そうとしたが、どうやら頭を撫でたまま眠ったせいでミルの頭を抱き寄せていたらしい。
「昨夜。ミルがうなされていましたので頭を撫でたのですが、そのうちに寝てしまったようでございます」
「うなされていたのはあなたではなかったの? 夜中にしきりに謝る声が聞こえて眠れなかったわ」
「そ、それは申し訳ありません。気を付けます・・・」
夢で例の3人に追い掛け回されている時、3人は延々と俺を責めていた。それに罪悪感を覚え、俺も延々と謝りながら逃げていたが、現実に寝言として声が出ていたらしい。まさかお嬢様に聞こえていたとは予想外だったが、俺のせいで眠れないのは問題なので謝った。ミルはまだ寝ているが、ほっぺたをつついて起こし、木を降りて道なりに進む。寝言が聞こえていた事はミルには黙っておく事にしたのに、お嬢様は怒りが収まらないらしく、俺の寝言をばらされた。少し恥ずかしかったが、ミルの目が同族を見る目だったので、ひょっとしたらミルは自分が寝言を言っている事に気が付いているのかもしれない。
「せっかく川がありますから、水浴びをしてから行きましょう。水入れも補給が必要でございます」
「こんなところで水浴びをするの? 大丈夫かしら」
「一応私が見張りますので、安全でございます」
「み、見張るってまさかあなた!」
水浴びをするという俺の提案にお嬢様が心配そうな顔をしたので見張っておくと言ったら、お嬢様がミルの後ろに体を隠した。
「もちろん覗いたりはしないのでご安心ください。ミル、お前もお嬢様と先に水浴びして来いよ。終わったら見張りを代わってくれ」
「はい・・・」
「ふん。覗いたら承知しないわよ?」
「はい、お嬢様」
俺を警戒しながらお嬢様がミルと一緒に川の方へ向かう。しばらく3人だけの旅になるであろう今、関係がぎくしゃくするような事態は避けるべきだし、俺に覗きの趣味は無い。あの侵入者の男と一緒にしないでほしいが、あいつの存在があったから、お嬢様も警戒しているのだろう。緊張感があるのは良い事だと思う。ありすぎは困るが・・・。着替えを持って川の方に向かった2人を見送り、逆方向を向いた状態で待機する。レーダーに集中し、危険が無いか見張りつつ、2人がちゃんと川へ向かっているかにも気を配る。これもある種の覗きなんじゃないかと気がついたのは、2人が水浴びを終えて戻ってきた後だった。お嬢様に朝食を出し、ミルに俺の剣を持たせて、着替えだけを持って川へ向かう。不安そうな顔をするミルに大丈夫だと言っておくのも忘れない。王都を出る時の一件があってから、ミルは俺が視界から消えるのを今まで以上に怖がるようになった。3人で縦に並んで歩くと、草木の関係でたまに視界から俺が消える事があるらしく、お嬢様をせかして俺に追いつこうとする事が何度かあった。この森ではぐれないようにするにはそれが正解なのだが、ミルの場合は度が過ぎてお嬢様が危険な目に合う事があり、その度にひと悶着あってお嬢様とミルの仲が悪くなっている気がする。つい昨日も、俺が視界から消えた事を怖がったミルがお嬢様をせかしたのだが、そこは斜面のど真ん中で、せかされたお嬢様が足を踏み外して斜面を滑り落ちるところだった。幸いにも俺が前に居た為に滑り落ちる事は無かったが、お嬢様はとても怒り、ミルが泣き出した事にさらに腹を立てて大変だった。さすがにここまでくると俺もミルを庇いきれず、何か対策が取れないかずっと考えていた。まず始めに侵入者を捕まえた時の物と同じようなロープがカバンに入っていたので、それで俺とミルを繋ぐ事を考え付いた。登山の時や南極等の氷雪地帯でよくやる命綱の要領だ。だが、その状態が鎖で数珠繋ぎにされた奴隷のようだと言ってお嬢様がロープに繋がれる事を拒んだので没になった。次に単純にミルを俺のそばで歩かせる方法を取ったが、服の袖を掴まれているので非常に歩きにくく、ピッタリと寄り添うミルを見てお嬢様が不機嫌になったのでこれも今はやっていない。結局最初の隊形に戻り、ミルが怖がらないように出来るだけ視界から消えずに動けないか試行錯誤しながらここまでたどり着いた。川に入って頭や体を洗いつつ、俺は解決策を考え続ける。そもそも3人しか居ないのに先頭が視界から消える事が謎なのだが、街道に出るまでの道のりはまさに森の中だった為、仕方ないのかと考えている。街道に出てからは俺が視界から消えなくなったのでミルも落ち着いたが、何らかの理由でまた森の中を歩く場合、今度はお嬢様がケガをするかもしれないので、対策は考えなければならない。万が一お嬢様に何かあったらそこでゲームオーバーだ。お嬢様がマジ切れして、ミルに『死ね』と命令しても困るので、早急に、かつ大丈夫な対策が欲しい。水浴びを終えて体はサッパリしたが、この問題が解決できない事で精神面はサッパリできなかった。体を拭いて服を着る。メルさんに買ってもらった物ではなく、俺が元々着ていた物だ。
第23話です。朝起きるとなぜミルが抱き着いているのか、何か過去がありそうですね(露骨)
木登りは苦手です。身体強化アシストがあっても、私なら登らないと思います(笑)




