第二十一話 王都には不穏な動きが?
逃げろと言っておきながら自分は心配ないと言う。それは矛盾だと思う。
「メル、どうやら奴隷購入は正解だったようだ。この前話した事態になりつつあるらしい。彼に例の場所を教えてやりなさい」
「はい、旦那様。つまりそれは、もう手遅れという事でございますね?」
「そうだ。もはやこの国に起こる事は止められぬ。あの子だけは、娘だけはこの受難から逃れさせたい。ユウスケ、大金を出してお前をあの子の護衛につけて正解だったようだ。早ければ今夜、遅くても1日以内に、ここ王都でクーデターが起こる。陛下はもちろん、王族は一掃されるだろう。我々貴族も無事ではすまぬ。私は城で魔法の研究を行っている。言わば重要人物の一人だ。王国において魔法学の研究者を押さえる事は王国の全権掌握に不可欠。クーデターを起こす連中は、権力掌握の為に私を脅すだろう。私は陛下に忠誠を誓う身なので脅しに屈する事は出来ないが、娘を人質に取られては困る。娘は私のすべてだ。食事が終わり次第・・・。いや、場合によっては食事を中断してでも王都から速やかに離れなさい。メルが人目を避けて王都の外へ出られる道を見つけてくれている。そこを通り、娘を無事に王都から逃がすのだ。東の帝国か、西にある自治領の商業都市へ逃れなさい。どちらも王国の影響が及ばぬ故、王国の領内よりは安全なはずだ。クーデターで王国が混乱すれば、王国内はひどい事になるだろう。今以上に治安が悪化し、犯罪が横行するはずだ。そんな国へ娘を置いてはおけぬ。私が出す最重要命令だ。娘を無事に王国から逃がせ。混乱が収まってしばらくしたら戻ってもよいが、安全が保障されるまでは王国に近づいてはならぬ」
「クーデターって、それはもう止められないのでしょうか?」
「無理だ。おそらく首謀者は軍部の全権を掌握しておる。騎士が相手では金で雇うような普通の傭兵は役に立たない。国が傾けば、農民や平民の中に居る不満分子がこの期に乗じて我々貴族に牙をむくだろう。その牙に娘がかかってはならぬ。今まで私はクーデターが起きないように出来ないか模索していたが、事ここに至ってはもう何もできまい。貴族としてだけでなく、一人の父親としてお願いする。娘を頼む。無事に王国から連れ出してくれ」
奴隷商館で奴隷商人が言っていた噂は本当だったようだ。先ほどまで見せていた威厳はなく、ただただ娘の無事を願っている。
「・・・かしこまりました。旦那様はどうするのでございますか?」
「私は王命に従い城へ向かう。おそらくクーデターで捕らえられ、良くて軟禁、最悪処刑されるだろう」
「そんな、死ぬかもしれないのにどうして・・・」
「理由は簡単だ。王命だからである。私は陛下に忠誠を誓う身。陛下がお呼びならば、必ずはせ参じなければならぬ」
「お嬢様はこの事をご存じないのですよね? どう説明すればよろしいのでしょうか? お嬢様に旦那様を助けに向かえと命令されますと私は逆らえません。王都を出られない可能性があるのではないでしょうか?」
あくまでも主人はお嬢様だ。旦那様がいくら命令したところで、その命令を簡単に書き換えられると思う。
「その点は心配いらぬ。奴隷商人に頼み、普通の隷属契約ではなく、私が開発した特殊な術式の隷属契約をしてもらった。普通の命令は娘が主として言い渡されるが、私にも命令権があり、私の方が強くなるように術式を変更してある。仮に娘がここに残ると言ってお前に私を助けに行くように命じても、私が先ほど与えた最重要命令に反するのでお前は拒否する事が出来る」
「なるほど、わかりました。必ずお嬢様を王国から連れ出して見せます」
「期待しておるぞ。魔物を一撃で倒せるその武器、奴隷としては優秀であろう頭脳や身体能力があれば必ずや逃げ切れる。もし無事にまた会えたなら、その時改めて、その武器やお前の祖国の事を聞かせてもらおう。惜しいが、しばしの別れだ」
「ご武運を・・・」
少し目元が赤い旦那様に、俺は深々と頭を下げる。旦那様は俺の肩をポンと叩くと、メルさんに向き直った。
「メル、お前の忠告、今回も見事に正解であった。我が男爵家の誇る最高のメイドだ。私の持つ最高の敬意を払い、お前を労おう。ユウスケについて行き、これからは娘を支えてくれ。この頼み、頼まれてくれるな?」
「勿体ないお言葉感謝致します。しかし、私は旦那様にお供致します」
「・・・なぜか、理由を聞いても良いか?」
「旦那様はサラード家当主です。当主が城に赴くのにお供を1人も連れて行かないのは怪しまれてしまいます。クーデターの件は王都でも限られた人間しか知らない事実なので、クーデター前に不自然な行動をとると、最悪の場合サラード家がクーデターに関係していたと噂されかねません。お嬢様の身に要らぬ偏見がかかってしまいますので、ここは普段通り、私もお供致します」
俺達を手伝ってほしいと頼む旦那様の頼みを断ったメルさんは、断った理由を話す。確かにそうだとは思うが、メルさんは・・・。
「しかし、それではお前も危険な目に合うかもしれぬぞ? それでも良いのか?」
「私はサラード家のメイドでございます。旦那様が向かわれる場所が、私が働くべき場所です。問題はございません」
すごい忠誠心だと思う。本当はこのくらい主を思って接しなければいけないのかもしれない。そう思うと急に不安になってくる。
「・・・よかろう。ついて来るがいい。少ししたら出発する。ユウスケに例の場所を教え、準備を手伝ってやりなさい」
「はい、旦那様」
「メルさん・・・」
「大丈夫よ。あなた達が来るまでお嬢様と旦那様の護衛は私がやっていたんだから、簡単な事で死んだりはしないわ。旦那様の事は私に任せて、あなたはお嬢様の事をお願い。お嬢様はまだ世間的な事には詳しくないから、その点は注意してね」
死ぬかもしれない状況で、メルさんは笑顔で俺に指示を出す。その思いに、俺は答えるべきだろう。
「分かりました。お任せください」
「いい返事よ。ミルの事も守ってあげてね?」
「ええ、もちろんです」
「さあ、時間は限られている。メル、早く彼に例の場所を」
「はい、旦那様。ユウスケ、こっちよ」
「失礼します」
「うむ」
旦那様にもう一度頭を下げてメルさんについて行く。メルさんは物置部屋から大きな背負うタイプのカバンを取り出した。リュックと比べると簡易的で、大きな布の袋に蓋と背負う為の肩ひもが付いただけのような感じだ。ゴソゴソと音がするし、カバンの膨らみ具合やメルさんの顔から、中身はかなり詰まっていると予想できる。メルさんは懐から紙束を取り出して俺に差し出す。
「これが帝国までの地図、こっちが自治領の商業都市への地図よ。あなたならきっと見方も分かると思うわ。このカバンには食料と水、簡単な調理器具、狩猟道具、野外用の寝具や火を起こす魔法道具などが入っているわ。お嬢様の好きな本や多少のお菓子も入れてあるから、お嬢様のお加減が優れないときは少しだけあげてちょうだい。路銀として2000フルと帝国の通貨を500ヘイルほど渡しておくわ。どちらもそれなりに大金よ。盗られないように管理はしっかりしてね。何か質問は?」
「・・・このメモによると馬車での移動は目立って危険なので徒歩を使用とありますが、お嬢様はこれほどの長距離を歩けるでしょうか? 長旅ですし、食料や水も持つか不安です。治安が良くないこの国で徒歩の旅は危険ではないでしょうか?」
指示を聞きながら地図と一緒にもらったメモ帳をざっと見ていると、最初のページに注意事項っぽいものがたくさん書いてあり、その中に気になる項目があったから聞いてみた。地図で見ても結構距離があるし、王都までの道のりを考えるに入り組んでデコボコな道を何日も歩くことになるだろう。俺でも疲労がたまるだろうし、慣れない長旅はお嬢様の身によくないはずだ。
「そのためにあなたを買ったのよ。危険な道中が安全になるようにね。お嬢様は確かにこれほどの長旅はした事が無いわ。だから、行程を急がず、お嬢様に合わせてゆっくりと進んであげてちょうだい。食料や水は途中の町で買って補充するしかないわ。その為に大金を持たせるのだし、街道沿いには休憩や補給の為に商人達が作った井戸や、彼らに休憩場所を提供する事で潤っている村があるはず、そこで補給はできると思うわ。野宿道具は念の為よ」
「なるほど。途中で補充する事が前提なのですね。安全対策は俺がなんとかするとして、体調不良等になったらどうすればいいですか? 道中に医者等は居ないと思いますが・・・」
「できれば体調を崩されないようにしてくれるとありがたいけれど、万が一の時はこれを飲ませて。下級のポーションだけど、医者の居る町まで体を持たせるにはこれで十分だわ。ケガも直せるけど効果はあまり高くないから、くれぐれもお嬢様をお願いね」
「わかりました」
小さい試験管型の陶磁器っぽい瓶を見せてメルさんは言ってくる。ポーションもやっぱりあるんだな。効果はよくわからないが。
「会ってその日の内にお別れなんてせわしないけど、お嬢様はこの家にとって重要なお方よ。丁寧に扱ってね」
「はい、それはもちろんですよ。メルさんも、どうかご無事で」
「ええ、お互いまた会えるといいわね。じゃあ、私は出かけるわ。お嬢様の説得は任せたわよ。ミルも幸せにしてあげなさいよ?」
どういう事だ?
「・・・? それはどういう・・・」
「ふふふふふ」
「いや、そこは笑って誤魔化さないで下さいよ。最後の一言はどういう意味なんですか」
「もう時間が無いわ。旦那様を待たせているんだもの、早く行かなくては」
「あ、もう。何なんだよ」
せっかく涙が出そうな感動的お別れだったのに、最後の謎発言で台無しだ。これはぜひともメルさんに生き残ってもらって、すべてが終わったら小一時間問い詰めねばならないだろう。俺は荷物を背負うと、ミルが居るであろう厨房の方へ向かった。
「ふぇ? その荷物はなんでしゅか? うぅ・・・」
「旦那様とメルさんに頼まれてな。屋敷を出るから、支度してくれ」
「ふぇ!? こんな遅い時間にでしゅか?」
「そうだ。しかもすぐに出発しなきゃいけねえから、早く支度を」
「支度って何をしゅれば・・・。うぅ・・・」
「うーん。奴隷商館で来ていた服があるだろ? あれを取って来いよ。使用人の部屋に置いたままなんだろ?」
「はい、あの、お嬢様は・・・」
「お嬢様には俺が話してくるから、服を取ってきたらここに集合な、俺のカバンも一緒に頼む」
「はい」
大慌てで厨房を飛び出したミルを見送って食堂へ向かう。食堂に入ると、お嬢様は暗い顔で黙々と食事をしていた。目が赤くなっているので泣いているのかもしれない。食事がひと段落したところを見計らって声をかける事にする。
「お嬢様。旦那様より屋敷を出て王都からしばらくの間離れているようにと指示されました。できるだけ早く出発せねばなりません。申し訳ございませんが、支度を・・・」
「そう。お父様がそう言うのなら従うわ。理由は話してくださらなかったの?」
驚くほど素直にお嬢様は了承する。クーデターの話はしない方がいいだろう。かと言って嘘はバレるはず。
「お嬢様の身の安全の為と伺っております」
「嘘では無さそうね。このタイミングで私を王都から離れさせるという事は、やはり何かあったのね。お父様は大丈夫なの?」
「心配はないと仰っておりました。メルさんも同行していますし、旦那様からはお嬢様の身の安全を第一にと」
「そう・・・」
俺の返答にお嬢様が暗い顔をする。自分に逃げろと言っておきながら心配ないというのは矛盾していると気が付いているのか。
「ミルが戻りましたら外出用の服へ着替えていただきます。王国を出るようにとの事ですので、長旅に耐え、動きやすくて丈夫な服に致しましょう。・・・何かこの屋敷から持ち出したい物はございませんか? あまり大きな物でなければ・・・」
「私室へ行くわ。お母様の形見だけは何としても持ち出したいの」
「かしこまりました」
暗い顔のままお嬢様は席を立つ。食べかけの食事はそのままに、お嬢様の私室へ向かった。お嬢様は引き出しから何かを取り出し、大切そうに持ってくる。それはネックレスだった。地味だがシンプルな作りで、結構大きな宝石が付いている。
「母の物よ。これだけ、これだけはどうしても持っていきたいわ」
「かしこまりました。では、私がお預り致します」
受け取ろうとする俺からお嬢様はネックレスを遠ざける。
「いやよ。奴隷のあなたになんて任せられないわ。これは私が持っていきます。いいわね?」
「そのまま持ちますと無くしてしまう可能性がございます。身に着けると汚れてしまいますし、せめて何か入れ物に入れてお持ちください。入れ物も両手が自由に使えるものでなければなりません。片手が塞がるようでは紛失の危険性は変わらないでしょう」
俺の出す条件にお嬢様が悔しそうな表情をしている。奴隷商館に来た時の服も今の部屋着もポケットの類はない。荷物はメルさんが持っていたから、俺の出す条件に合う物はないだろうと考えての事だ。しばらくしてお嬢様が俺を見て来た。
「・・・私は普段物を持ち歩かないわ。だから入れ物なんて持っていないの」
「ならば、やはり私がお預かり致します。私ならカバンがありますので、布か何かで包んで入れれば汚れや傷付きから守れるでしょう。大切に扱いますので、安心して私に預けてください」
「くっ・・・。傷一つ付けたら承知しないわよ? お母様のハンカチがあるわ。これに包みましょう」
「はい、お嬢様」
桃色のきれいな布に包まれたネックレスを受け取る。厨房へ移動すると、ミルが落ち着かない様子ですでに待っていた。ミルにお嬢様を着替えさせるように頼み、お嬢様達が出て行った後、ミルから受け取った俺のカバンにお嬢様から預かった母親の形見をしまい。カバンの水入れに水を満たしておく。カバンの中の食料は干し肉等の保存が効く物がほとんどだったが、甘い匂いのする包もあり、メルさんの言った通りお嬢様用のお菓子も入っているようだ。調理器具は包丁と鍋のような物、まな板代わりの小さめの木片や数枚の木の皿、木のスプーン、フォーク、ナイフなどが入っている。狩猟道具は原始的な感じの弓と罠っぽい物が入っていた。水入れも結構な量がある。これだけの物を入れている為カバンは重いが、メルさんができたように俺にも持てない重さではない。長距離を持ち歩くのには無理がありそうだが、アイに身体強化のアシストをさせればいいだろう。
「準備ができたわ。行きましょう」
「はい、お嬢様。ではこちらへ。ミルも行くぞ」
「はい」
第21話です。いきなりの急展開! クーデターは本当だった!? 旦那様とメルさんの運命は!? そして王都を出る事になったお嬢様とミル、勇介の運命はいかに!?(3流の次回予告w)
王都でのんびり護衛執事ライフを~。みたいな話も一時期は考えていたのですが、王都で銃を振り回すわけにもいかず、銃の活躍や勇介の存在意義を作るためにいろいろ考えた末にこんな展開になっています。次回から長旅の始まりです。その中で勇介は何を思い、何を感じ、どうするのでしょうか? 同行するお嬢様とミルがどうなるか、この先で出会う人、別れる人、通り過ぎる人、様々な人や物が、勇介にどんな影響を与えていくのか、お楽しみ下さい。




