第二十話 奴隷の扱い
古来、人間を物として売る商売があった。それが奴隷だ。彼らは人であって人ではない。
「お前達、その者は何をしたのだ?」
「私どもの主の屋敷へ忍び込み、水浴び場を覗いた者でございます。こちらへ引き渡しに参りました」
「覗きとはまた妙な侵入者だな。特に何かを盗んだりはしていないのか?」
「はい。こちらにおります護衛が即刻捕らえましたので被害は出ておりません」
覗きは珍しいのか、騎士が不思議そうな顔で言った後、メルさんが俺を紹介したので騎士がこちらを見る。
「ふむ。それなりに腕が立ちそうだが、剣士では無いようだな。その手は奴隷か、王都の奴隷商館に居る戦闘奴隷はすべて買い占めるように王命が出ているが、この者はいつからお前達の所に居るのだ?」
「本日でございます。王命により王都では戦闘奴隷を買えませんでしたので、隣町の奴隷商館で調達いたしました」
「ふむ。隣町なら王命の範囲外か、なかなかに目ざとい考えではないか。しかも異邦人の戦闘奴隷とは、王都以外の奴隷商館も捨てたものではないな。罪人はこちらで預かり、しかるべき処置を下そう。優秀な護衛を手に入れて幸運だったようだが、くれぐれも護衛の任務を逸脱させるでないぞ? 肝に銘じておけ」
「はい、騎士様」
俺が黙って観察している間に、メルさんと騎士で手続きが済んだらしい。どこの家に入ったとか、本当に侵入者かの問いも無く、俺に関していくつか問われただけだった。何と言うか、対応がザルな感じだ。俺が無言であるのと同じくらい、侵入者の男も無言だった。足の拘束を解いて腰紐を付けた後、顔を叩いて起こしてからというもの、壊れたロボットのように俺の指示に従って歩くだけで、うつむいていて表情も見えず、若干不気味だ。騎士に腰紐の端を渡し、礼をして詰め所を去る。
「あいつはどうなるんですか?」
「罪を素直に認めれば罰金で済むわ。罰金が払えなかったら一般奴隷落ち、罪を認めなければ犯罪奴隷落ち、罪が重いと判断されれば下級犯罪奴隷落ちよ。まだ何もしていなかったから、罪は認めるけど罰金が払えなくて奴隷落ちと言った所かしら」
「結構厳しいですね。下級犯罪奴隷とかは何をするんですか?」
「鉱山の労働や、危険な魔物討伐の数合わせなんかに使われるらしいわ。どちらも消耗率が高くて、いつも人手不足らしいの」
「消耗率って、完全に物扱いですね・・・」
「下級奴隷や犯罪奴隷は人間ではないわ。ちょっと頭が良くて汎用性の高い道具に過ぎないという扱いなのよ」
「・・・」
人権という概念は通用しないらしい。たった5日とはいえ、奴隷商館で過ごした経験が俺に奴隷の扱いがどんなものかを教えてくれている。それよりも下になる人達がどういう扱いを受けるのかは想像がつかなかった。屋敷に戻って今度こそ護衛の仕事を・・・。と思ったのだが、俺の服があまりにも汚いという事で古着屋に来ていた。メルさんが許可した予算は2フル、一番安いレベルの古着が上下一着ずつ買える金額だそうで、メルさんが選定した5着の中から、最終的に俺が選ぶ。
「ミルの分はどうするのですか?」
「私の古いメイド服があるから、予備の物を1着渡すわ」
「なるほど」
「護衛なら鎧が必要なのかしら? それともその武器があれば剣と盾すら必要無いのかしら?」
「鎧は移動が遅くなるので要りませんし、盾も片手が塞がるので意味がありませんが、剣はあれば活用します」
「その武器があるのに剣が必要なの? なぜ?」
剣がもらえるならほしいので言ってみたら理由を聞かれてしまった。確かに銃は強力な武器だが、剣が必要なくなるのはもっと新しい世代の銃になってからだ。俺の知る限りこの銃は近接戦闘で剣に勝てない。
「この武器も万能じゃないんです。近接戦なら剣の方がいい場合もありますし、俺も多少は腕に覚えがあります」
「そう。じゃあ今度は中古の武器屋に寄りましょう。あまり遅くなっては夕食の支度に支障が出るわ。急ぎましょう」
「はい」
中古の武器屋は古着屋のすぐ近くにあったが、長剣や鉄剣は高くてメルさんの予算オーバーだったので、短剣と普通の剣の中間ぐらいの長さがある銅製の剣を買ってもらった。鞘は高いのでメルさんが自作してくれるらしい。皮も高いので古着屋にまた寄って古い布を買ってから屋敷へ戻った。旦那様に侵入者の事を再度報告し、ミルを呼びに行って使用人用の部屋へ行く。メルさんに渡された古いメイド服にミルが着替えている間に、メルさんが古着屋で買った布で剣の鞘を作ってくれた。着替えを覗くわけにはいかないので俺は部屋の外で買ってもらった服に着替える。少しゴワゴワするが、汚れていない分元の服より快適だ。元の服はメルさんが洗濯してくれるそうなので、ミルの着替えが終わったらメルさんに渡すことになっている。何でもかんでもメルさんに頼りっぱなしだが、元の世界で洗濯をやった事の無い俺がこの世界で洗濯の経験がある訳もなく、メルさんの負担は俺達を買った事でむしろ増えているんじゃないかと思う。それでも不満ひとつ言わないのは、やはりベテランの貫禄なのだろうか?
「着替え終わったかしら? こちらももう大丈夫だから、入ってごらんなさい」
「はい」
「あ、あの、その、ど、どうでしゅか? うぅ・・・」
「おう! いいじゃん」
「ふぇ? は、はい!」
「ふふふ。サイズもそこまで修正が必要なさそうだし、よかったわ。はい、鞘もできたけど、壊れやすいから大切に使ってね」
「ありがとうございます」
ミルがメイド服姿を見せてきたが、猫耳少女のメイド姿は結構破壊力があるものだった。素直にかわいいと思う。俺の返答に笑顔を浮かべるミルを見ながら、メルさんから鞘を受け取る。ものすごいスピードだと思うが、布が2枚重ねになっており、結構丈夫そうだ。底の剣先が当たる部分には木片が入っており、穴が開かない工夫がされていた。お礼を言って剣を差してみるとピッタリだ。帯付きで、ベルト穴が無い買った古着でも帯剣できる。お嬢様にも報告を兼ねて見せてみたが、普通な反応が返って来た。貴族の護衛ならもっと服装に気を配るべきだとか言われなくてよかった。俺が今着ている古着は、薄手のシャツとズボンだ。その辺を歩いている村人Aみたいな服装だが、剣と銃を持ち、カバンを下げているので簡単に見分けがつくと言われた。
「その不思議な武器を持っていれば人ごみに居てもすぐに見つかって便利ね」
「確かにそうですね。珍しい武器ですから」
「あなたもメイド服似合うじゃない。外見だけなら様になっていると思うわ」
「あ、ありがとうございましゅ。うぅ・・・」
また噛んでしまっている。涙目になるミルを見て、メルさんがジーっと俺をにらんでくる。
「言葉遣いはいつ治るのかしら?」
「そ、それは、その・・・」
「お嬢様、私が毎日教えますのでもう少しお待ちくださいませんか?」
「私の護衛をしながらこの子に言葉を教えるのかしら? それは大変だと思うわよ?」
「ご心配には及びません。何とかして見せます」
できるだけさわやか笑顔を心がけてお嬢様に話すと、呆れたような表情を返されてしまった。
「その根拠の無い自信はどこから来るのかしら」
「お嬢様、夕食の支度ができました。食堂へおいでください。あなた達も、護衛と給仕の為にいらっしゃい」
「分かったわ。行きましょうか、護衛さん。世話役さん?」
「はい、お嬢様」
「はい・・・」
メルさんが夕食だと呼びに来たので、全員で移動する。メルさんは旦那様を呼びに途中で別れたので3人で先に食堂へ向かった。食堂の大きなテーブルには2人分だけ皿やナイフ、ナプキン、グラスなどが用意されている。片方にお嬢様が座った。
「さあ、今日はどんな素敵なお食事なのかしら? お父様も久しぶりにお仕事が無い日なのだし、うれしいわ」
「旦那様は多忙なのでございますか?」
「ええ、普段は滅多にお屋敷に戻らないわ。お城で魔法の研究をなさっているの。あなたに興味がわいたのも、おそらく仕事柄なのではないかしら? 剣も弓も投石器も魔法も使わずに道具と人の力だけで魔物を倒せる。それは王国ではすごい事なのよ? あなたの祖国が使うその技術をきっとお父様は欲しがるわ。あなたは私の奴隷なのだから、お父様の質問には正直に答えるのよ? 奴隷商人はもったいぶっていたけれど、お父様がちゃんと購入したのだし、もうあなたの物は私の物よ。いいわね?」
「・・・はい、お嬢様。ご命令とあれば、できる限りお答えいたします」
「そう、それでいいのよ。ああ、お食事が楽しみだわ。メルが早くお父様を連れてこないかしら」
好奇心が溢れんばかりの目で俺を見ながら、お嬢様はメルさんが旦那様を呼んでくるのを待ち遠しいと言っている。きっと食事の時に旦那様が銃について根掘り葉掘り聞くだろうと思っているらしい。忙しい父親と久しぶりに一緒に食べられることがうれしいのと同時に、銃の存在が好奇心を刺激しているようだ。奴隷は命令に逆らえないらしいが、念の為、質問には正直に答えるようにと命令してきている。ごまかしは効かないという事だ。どこまで話せばいいのか、どこまでは話すべきではないのかが分からないが、質問次第では答える事自体が地雷になりかねないので、嘘をつかずにのらりくらりと受け流す方法を考えなければならないかもしれない。俺がそんな事を考えていると、食堂の扉が開いて旦那様とメルさんがやって来た。音を聞いて笑顔で振り向いたお嬢様だったが、旦那様の服装を見て表情が曇った。どうしたのかと思って見ると、侵入者を捕まえた事の報告に行った時のような室内用の服ではなく、奴隷商館で見たような外出用の服装だった。あわただしくお嬢様の下に歩み寄ってくる。
「すまない。城から緊急の使いが来てな。何にも優先して、一刻も早く城へ来るようにと王命があったらしい。すぐに行かねばならぬ。夕食はまたの機会にしよう。寂しい思いをさせるが、どうか許しておくれ。何かあれば使いを送る」
「分かりました。お気をつけて・・・」
「すまない。私はいつでもお前を愛しているよ」
「私もですわ。ありがとうございます。お父様」
「メル、ユウスケ、少し話がある。来なさい」
「はい、旦那様」
「はい。ミル、お嬢様にお食事をお出ししなさい。カートに乗せて待機させてありますからね」
「は、はい」
旦那様に呼ばれて俺とメルさんは食堂を出る。暗い顔のお嬢様が少し気の毒だったが、今はこちら優先だ。ミルはメルさんの指示でお嬢様に食事を出す為食堂へ向かった。食堂を出て扉を閉めると、旦那様が顔を近づけてくる。内緒の話なのだろうか?
第20話です。気がついたら投稿予定日を過ぎていて焦りました。
奴隷は過去の商売に思われていますが、今も裏社会ではあるようです。もちろん魔法はないので命令に絶対服従ではありませんが、精神的、肉体的な拘束をすることで従順な奴隷を作っている模様。彼らにも人権はあるはずですが、所有者はそう思っていない事がほとんどです。怖い((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル




