第十八話 奴隷契約と再びの戦闘
地球に魔法はない。だから奴隷も物理的な拘束を解けば自由になれるはず。しかし、異世界の奴隷はそうではないらしい。
「何をするの?」
「契約には主人となる者の血が少量必要でございます。しばし我慢してくださいませ」
「わ、わかったわ」
血がいると聞いて娘が少しびっくりしているようだが、契約に必要なら大丈夫と言う事だろうか。
「では失礼して、お前達も右手を出しなさい。そうじゃない。手の甲を向けて差し出すのだ。じっとしていなさい」
奴隷商人の言葉に従い、手の甲を向けて右手を出す。獣人の子が怖がってなかなか右手を出さなかったので、俺が掴んで強引に出させた。右手で服を掴んでいたのを外した途端、さっと左手が動いて服を掴みなおした時はちょっとビビったが、問題は無さそうだ。奴隷商人は娘の手を俺達の手の上で止めるようにして待機するように言い、針を取り出した。針を見て獣人の子がビクッと震え、俺の服を掴む力が強くなったが、俺が手を掴んでいるので逃げ出したり暴れたりはしなかった。娘の方も針を見てちょっと後ずさろうとしたが、意を決したのか元の位置へ戻って来た。奴隷商人は下男から薄い紙を受け取り、俺の手の甲に乗せる。紙には紫色のインクで幾何学模様が描かれていた。奴隷商人は針で娘の人差し指の先を少し刺す。当然血が出始めるので、その手を紙の中心に押し付けさせた。それを確認した奴隷商人が、低い声でよくわからない言葉を話し出す。なんとなく悪魔召喚の儀式っぽいと思っていると、娘の指のあたりが光りだした。紫色の光は輝きを増し、奴隷商人が話すのを辞めると光が収まる。奴隷商人に促されて娘が手をどけると、紙に書いてあった幾何学模様が消えて、俺の手の甲に移っていた。特に痛みなどは無く、単に光がきれいなだけだったので、これなら獣人の子も嫌がったり暴れたりはしないだろう。
「はい、無事成功でございます。これでこの者はお嬢様の奴隷になりました。続いてそちらの獣人にも同じことをします。お嬢様、申し訳ありませんがもう一度お手を拝借。もう針は使いませんのでご安心ください」
「ええ、分かったわ」
「ひっ!」
「落ち着けって、別に痛かったり気持ち悪くなったりはしねえから」
「は、はい・・・」
奴隷商人が紙を乗せようとした時、獣人の子が怯えて手をひっこめようとしたのでなだめておく。一瞬顔をしかめた奴隷商人だったが、初老の男性がずっとにらんでいるのですぐに表情を消し、獣人の子の手の甲に紙を乗せる。俺のとは別の紙だが、書いてある幾何学模様は同じものだと思う。獣人の子が震えているので手と紙が小刻みに揺れていた。
「あまり揺れられると儀式がうまくできない。しっかり押さえておきたまえ」
「わかった。落ち着けって、大丈夫だからよ。ほら、しっかりしろって」
「ふぇ! あ、あの・・・」
「少し辛抱すれば済む。痛くもかゆくもねえから、落ち着け」
片手では揺れが抑えられないので、両手で獣人の子の手を押さえる。格好的に後ろから抱きしめる形になったが、今は契約優先だ。獣人の子が真っ赤になっているが気にしない。剣道の一環で習った精神を落ち着かせる呼吸法をしながら、獣人の子の手が震えないように押さえる。次第に震えが収まって来たのを確認して奴隷商人が娘の指を紙の中心へと促す。先ほどの低い声を奴隷商人が出し始め、娘の指のあたりが光る。光が収まると俺と同じように紙から模様が消えて、獣人の子の手に移っていた。娘の手を放し、奴隷商人が紙をどかすと獣人の子が脱力して倒れそうになったので、完全に後ろから抱きかかえる状態になった。しっかりと立てるようにしてから獣人の子から離れるが、獣人の子はまだ怖いらしく、右手が服から離れなかった。
「はい、無事成功でございます。これでこの者はお嬢様の奴隷になりました」
「これで終わりなのか?」
「はい、これでこの2人はお嬢様の物でございます。万が一奴隷がお気に召さなくなった時は、ぜひまた当商館をご利用ください」
「ふむ、考えておこう。では我が娘よ。帰るぞ」
「はい、お父様。あなた達も付いてきなさい」
「はい、新しいご主人様」
「は、はい・・・」
俺は近くに置いてあったカバンと銃を担ぐ。獣人の子が相変わらず右手を服から離さないので少し歩きにくかったが、俺達は奴隷商館を後にした。5日ぶりの奴隷商館の外は、場所的にどこか薄暗い感じがしたが、それでもあの部屋よりはマシだろう。奴隷商館の前には小さな馬車が止まっており、初老の男性と娘はそこへ乗り込む。完全に空気のメイドのおばさんは男性達の向かい側に、少しずれて座った。俺達もそこへ乗り込むが、初老の男性の向かい側に座ろうとしたら顔をしかめられたので、馬車の後ろの方で、獣人の子と並んで座った。馬車に屋根は無く。木の枠に長椅子代わりの板が貼ってあるだけという感じだ。馬車が揺れるので最後尾に座る獣人の子が右手にしがみついているが、そんなこと気にならないくらい俺は外の光景に感動していた。ここへ来た時は小さい町なんだろうと思っていたが、思ったよりも広いようだ。あまり人通りは無いし、道も馬車が並べないくらい狭いが、たまに見える脇道は先が分からないほど遠くまで続いており、認識を改める事になった。町を出て5時間ほど更に森を進む。獣人の子は疲れたのかコックリコックリし始めたので、落ちないように右手を回して抱き込んでおく。娘の方も同じ状態で、メイドのおばさんが膝枕をしていた。その光景をのほほんと眺めつつも、レーダーに魔物や野獣が映らないかは警戒していた。無論敵意のある人間の警戒もしているが、俺達の乗る馬車以外人がレーダーに映らないので今のところは大丈夫だ。
「しかし、はるばる王都を離れて辺境の町まで奴隷を買いに来た甲斐は、果たしてあったのだろうか? 高い買い物であった」
「現在王都では治安の悪化に伴い戦闘奴隷が軍に買い占められております。個人の私兵として戦闘奴隷を購入するには、こうするしか方法はございませんでした。旦那様が傭兵は信用できないと仰いましたので、奴隷を購入することを提案いたしましたが、今回の奴隷購入でお嬢様の身に危険が及ぶ確率は下がったものと思われます。最低でも購入費分の働きをしてもらえばよいのです。万が一この者達が使い物にならぬ時は、私が責任をもって新しい奴隷をお探しします」
「お前の忠告や指摘は外れた事が無い。今回もお前を信用しての事だ。貴様も、2000フルに見合った働きを期待しているぞ」
俺を買う事にしたのはメイドのおばさんが助言したからなのか。初老の男性が俺を見てくるので、しっかりとうなずいておく。
「はい、ご主人様。お嬢様の身の安全は、お・・・ゴホン。私が全力で守ります」
「その言葉、嘘でない事を祈ろう。お前はその獣人のしつけも担うのだ。娘の護衛がもちろん優先だが、無礼は許さぬ」
「はい、肝に銘じます」
獣人の子が追い出されないように、俺もちゃんとしなければいけない。足りないところは補うと言ってしまったし。
「私がこの獣人にお世話の仕方を叩きこむ担当よ。獣人のしつけなど初めてだから、もしもの時はあなたが責任を持ちなさい」
「はい」
初老の男性からの信頼が厚いらしいこのメイドさんとは今後密接な連携が必要だろう。もしもの時というフレーズが少し引っかかったが、いわゆる失敗に関する事だろうと思って納得しておいた。これから護衛としての生活が始まるのだから、気を引き締めなければならない。そんな事を思っているとレーダーに赤い点が2つ。魔物らしい。アイからの情報でウッドマンだと分かった。
「ご主人様、ウッドマンが2体こちらに向かっているようでございます。いかがいたしましょうか?」
「うん? ウッドマンなど見えぬし、変な音も聞こえぬが、確かか?」
「私には怪しい点は見受けられません」
「ええ・・・。気配、気配がするのです」
なぜそんなことがわかる。みたいな雰囲気になったので気配と言う事にしておいた。一からアイの説明をするのは無理だ。
「魔物の気配が分かるとは、確かに奴隷商人が言う通りそれなりに優秀なようだな。お前の力を見てみたい。近づくようなら倒して見せよ。もちろん。私や娘に危害が及ばぬように注意を払うのだぞ」
「はい。ですが、この武器は大きな音が出ます。寝ているお嬢様を驚かせてしまいますので、あらかじめ起こしておいたほうが良いかと思います。魔物が攻撃範囲に入り次第攻撃いたしますので、馬車を止めていただけないでしょうか」
「大きな音か、よかろう。娘を起こしなさい。馬車を止めろ。魔物が来るそうだ」
「魔物でございますか? それならば急いで逃げた方がよろしいのでは?」
「新しく買った護衛の戦闘技能を見る。止めるのだ」
「かしこまりました」
銃声の話をして娘を起こし、馬車も停めてもらう。馬車の御者が不安そうな顔で問うが、初老の男性の指示は変わらない。
「お父様、何の騒ぎですの?」
「魔物が近くに来ているらしい。この奴隷の戦闘力がいか程の物か、見極めるいい機会だ」
「大丈夫でしょうか?」
「それは見ておればわかるだろう」
馬車が止まり、メイドのおばさんに起こされた娘が寝ぼけた顔で初老の男性に何事か問う。魔物と聞いて娘は不安そうな表情になったが、初老の男性は俺をずっと見たまま腕を組んでいる。俺がどうやって魔物を倒すのか見るつもりらしい。俺はカバンから紙薬包を取り出し、装填を開始する。いきなり馬車の上で立ち上がって銃を振り回し始めた俺に全員がギョッとなっているが、魔物がもう近くまで来ているので後回しにする。俺が立った衝撃で獣人の子も起き、魔物の気配を察知したらしく俺のズボンをちょこんと掴んできたので、頭を少し撫でて安心させておく。装填完了。後は魔物が見えるのを待つだけだ。
「大きな音が出るので、心の準備をお願いします」
「は、はい!」
「楽しみだな」
「いったい何を・・・」
「お父様・・・」
この場の全員に音の件を再度注意し、銃を構える。魔物の来る方向に向けて、しばし待った。精神を落ち着かせる呼吸法をしながら、ゆっくりと森を睨む。あと10mというところで、目線の先にある木の枝が動いた。実際はその木の後ろから木が歩いて来たわけだが、ウッドマンで間違いないだろう。そこに照準し、ウッドマンが顔を出した瞬間引き金を引いた。一瞬遅れて衝撃。
「なっ!」
「ひいぃ!」
「うおっ!」
「きゃあ!」
「っ!」
全員から発砲音に対するリアクションがあった。9m先の森の中でウッドマンの頭が吹っ飛び、木が倒れる音がした。すぐに再装填を開始する。ウッドマンは仲間の突然の死に戸惑っているのか、仲間の近くで棒立ちしている。いい的だ。装填完了後にもう1発射撃し、もう一体も倒した。レーダーには光点が無いのでウッドマンは全滅だ。射撃姿勢をやめ、初老の男性に向き直る。
「片付きました」
「な、何だと? もう終わったと言うのか?」
「はい、ウッドマンは全滅しました」
俺の報告に初老の男性は驚きを隠せないようだ。他の面々もそれぞれ違った反応をしている。
「そんな、魔物に指一本触れず、しかも一撃なんて・・・」
「ありえませんわ」
「ぐすっ、怖かったでしゅ・・・」
「とんでもねえ武器ですね。旦那様」
「う、うむ。予想以上だ」
「核を回収したいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、許可しよう」
「ありがとうございます。ご主人様」
第十八話です。勇介君は奴隷契約を結び、貴族の奴隷になりました。獣人の子もひとまず奴隷商人から引き離せたのでよかったですね。勇介君が使うエンフィールド銃はかなり旧式のライフルです。それでも、命中率に目をつぶれば一瞬で遠くの敵を攻撃できる銃の存在は圧巻だと思うのです。アイが命中のアシストを行わなければ当たらないと思いますし、高校生にいきなり銃の発砲は無理です。アイはすごい。そういう事ですね(笑)




