第十七話 獣人の子は気になっている
見ず知らずの人にやさしくされる。それは良い事だけど、裏が無いか気になるのは人間不信だからか?
「そうか、お前が気に入ったのならよかろう。奴隷商人、あの獣人と、異邦人を買おう」
「はい、承りました。お買い上げありがとうございます。2000フルをお支払いいただいた後、奴隷契約を行いましょう」
どうやら獣人の子の購入も決定したようだ。ほっと息を吐く俺の後ろで、獣人の子が足に抱き着いて来た。振り返ると体が小刻みに震えているので、もしかしたら泣いているのかもしれない。立ったまま動けなくなってしまったので困ったが、俺が売れた事ですっかり機嫌が良くなった奴隷商人が気持ち悪いほどの笑顔で初老の男性と娘、ずっと空気だったメイドのおばさんを連れて通路を後にした。奴隷商人達が去った後、ついて来ていた下男が部屋の鍵を開けて俺達に出るように促す。膝を曲げてちょっと無理やりにしゃがみ、まだ抱き着いて泣いている獣人の子の頭をなでる。獣人の子がこちらを向いたが、目が真っ赤だった。
「とりあえず部屋を出ようぜ。早くしないと置いて行かれるから、手を離してくれ」
そう言うと獣人の子が手を離したので引っ張って立たせる。荷物を持って部屋を出る直前にふと思い出したので、上着を脱いで部屋に居る女性に投げ渡した。きょとんとしている女性に、手を軽く上げる。男性の方は意味が分かったらしく、頭を下げられた。
「これからもそれが必要だろ? あんたらにやるよ」
「ありがとう」
「すまない。感謝する」
一通りやり取りをした後、下男について通路を出る。獣人の子は下男を怖がって俺の後ろにピッタリくっついていたので歩きにくかったが、とりあえずこけないように注意して歩く。実に5日ぶりの通路の外だが、来た時とは違う方の道を通って行くと、着いた先は外で、狭い庭っぽい場所だった。井戸があり、近くに木で出来た薄い壁があった。
「井戸から桶に水を汲んで、水浴びをしておけ、服の匂いは仕方ないが、体は綺麗にしろ。お前はこっち、お前はこっちで洗え」
そう言って下男は桶を2つ渡して去って行く。獣人の子と2人で顔を見合わせたが、いつまでもそのままでいる訳にもいかず、井戸の近くへ移動する。井戸は滑車に綱が付いた木の入れ物があったのでくみ取り式のようだ。俺がくみ取り、獣人の子の桶に水を入れてやる。桶がいっぱいになったので獣人の子へ渡したが、獣人の子は桶の水を見つめて固まっている。
「とりあえず水浴びをしろってさ。あの木の壁の向こう側を使えよ。おれは反対側を使うから、先に行きな」
「は、はい・・・」
獣人の子は桶を持って木の壁の向こうに消えていった。俺は自分の分の桶にも水をくみ、獣人の子が居る方を見ないように注意しながら木の壁の反対側に桶を置く。銃やカバン、靴などは濡れては困るので少し離れた場所に置いた。服を脱ぎ、水を手にすくって頭からかける。風呂もシャワーも無いまま5日もの月日が経過してしまったので、水が冷たい事すら気持ちがいい。
「あ、あの、どうして・・・。その・・・」
「ん?」
久々に飲む以外の水をもらえた事に感動していると、獣人の子が壁越しに話しかけてきた。
「何で、わ、私を・・・」
「どうして推薦したか知りたいのか?」
「はい」
歯切れの悪い言葉ではなく、力強い返事が返ってくる。そんなに気になる事だろうか?
「奴隷商人の視線、気がついていたか?」
「はい、とても怖かったでしゅ・・・。うぅ・・・」
「あのお嬢様達が犬人を買おうとした時に、止める理由として君が巻き込まれたトラブルの事を話しちまったからな。奴隷商人に恥をかかせた張本人の俺は、もうあのお嬢様達に買われるから奴隷商人も手を出してこないだろうけど、君はそうはいかないだろ? 君は悪くないが、奴隷商人にとってはトラブルの原因だったからな。そこに俺が追い打ちを駆けちまった」
「で、でも、そんな理由でた、助けてくださるなんて・・・。それに、あの人達に襲われそうになった時も・・・」
理由を話したのに獣人の子が迷ったような声をあげる。これでは理由として成立しないのだろうか?
「この国で人助けは珍しいのか?」
「珍しくはないでしゅけど、見返りを求めない人助けを行う人は見た事が無いでしゅ・・・。ほとんどの場合は助けられたらお返しが必要で、助けてくれる人はその見返りを期待している事が多いでしゅ・・・。うぅ・・・」
「まあ、普通はそうだよな。無償で人助けをするのは限界があるし、場合によっちゃそいつの為にならないしな」
そう、みんなが善人なわけじゃない。【自分がいい人に見えるから】みたいな自己満足も十分見返りを期待していることになる。良かれと思って人助けをしたはいいものの、余計なお節介でその人の為にならない事もある。だから助けるのは難しい。
「は、はい・・・。なので、どうして、その・・・」
「余計なお世話だったか?」
「い、いえ! そんな事はないでしゅ! すごく、すごくうれしかったでしゅ! うぅ・・・」
「じゃあ、それでいいんじゃねえか?」
「え?」
余計なお世話じゃなかったと必死に訴える獣人の子の声を聞いて、少しだけ安心できた気がする。
「君はうれしかったんだろ? 俺への見返りはそれって事でいいんじゃねえか?」
「そ、そんな事でいいのでしゅか?」
「ぶっちゃけ、罪滅ぼしな部分もあるから、結局は俺の自己満足なんだと思うしよ」
「罪滅ぼし、でしゅか? うぅ・・・」
罪滅ぼしという言葉に獣人の子が疑問を持ったようだ。あんまり話したくないが、ここまで言って説明しないのもどうかと思う。
「俺がこの商館に入って来る前、俺に親切にしてくれた奴が死んだんだ。俺の目の前で、悪い奴に理不尽な理由で殺された」
「っ!」
ガタッと木の壁が動いたので、獣人の子がビクッと動いたのだろう。水浴びを続けながら、話も続けていく。
「俺はそいつに親切にしてもらったが、助けられなかった。目の前に居たのにだ。俺はその事に罪悪感がある」
「はぃ・・・」
「だから、同じ部屋で犬人達に襲われそうだった君が助けを求めてきた時、助けてやるべきだと思った。奴隷商人に何をされるか分からないと考えた時、何とかしてやれないかと思った。君を助ける事で、ちょっとは助けられなかった奴への罪滅ぼしになるんじゃないか、理由としてはこれが大きいな。結局、罪悪感を紛らわす為に君を助けたわけだ。見返りを求めていないように見えるのかもしれねえが、実際は見返りがちゃんとあるってわけ。自己満足でもいいから、俺はこの罪悪感から逃れたい」
「そんな事は・・・」
「悪いな。俺は全然良い人なんかじゃないんだぜ? 結局は君を利用しているしな。さあ、あんまり長いと下男が戻ってきちまうぞ? 見られたくないなら早く水浴びを終わらせろよ。俺は終わったから、井戸の近くでこっちを向かずに待っているからよ」
「あ、あの・・・」
なおも何か言おうとする獣人の子を無視し、素早く服を着て銃などを置いた場所へ移動する。本当はおっさんへの罪悪感が無くても獣人の子を助けたと思うが、理由も無く助けるのは珍しいようだし、おっさんを理由として使わせてもらった。あの時、アイに命じて身体強化をかければ、拘束を解いておっさんを救えたのではないか? あの部屋で本を読みながら、俺はそんな事を考えるようになっていたので理由自体も嘘ではない。そんな事を思っていると服を引っ張られた。振り向くと獣人の子が桶を持って立っている。何か言いたそうな顔をしているが、今話すと何か余計な事を言いそうな気がしたので、目線をそらして桶を受け取る。
「おい、終わったか? 旦那様がお待ちだ。早く来い」
「わかった。行こうぜ」
「は、はい・・・」
桶を下男に返し、下男の後をついて行く。相変わらず下男が怖いのか、獣人の子はまた俺の背中にピッタリとくっついて来た。
「旦那様、奴隷達を連れて参りました」
「やっと来たか、新しいご主人様をお待たせするとは、無礼ではないかね?」
「申し訳ございません。水浴びは慣れていなかったもので手間取ってしまいました。お許しください」
「ご、ごめんなしゃいでしゅ・・・。うぅ・・・」
桶を道具置き場っぽい部屋に戻した下男が、奴隷商人達の居る部屋に連れて来てくれたが、やはり結構待たせていたらしく、奴隷商人は機嫌が悪そうだ。獣人の子への視線は相変わらずで、獣人の子が俺を盾にして視線を避けている。さすがに初老の男性やその娘に失礼な態度をとって今更購入を取り止められても困るので、奴隷商人の視線から外れつつも初老の男性達の方へはちゃんと向く位置へ獣人の子を押し出しておいた。獣人の子は背中を押されて最初抵抗しようとしたが、奴隷商人の視界に入らない位置で押すのを辞めるとおとなしくなった。その様子を、初老の男性が見つめている。
「どうやら獣人の方はこの取引に乗り気ではないようだが、それでもお前はこの者を薦めるのか?」
「誤解でございます。この子は臆病なので、緊張しているだけでございます」
そう言いつつもチラッと奴隷商人の方を眼だけ動かして見る。その動きで、娘の方は理解してくれたらしい。
「お父様、嘘ではなさそうだわ。先ほどから彼の服を掴んで離そうとしないし、怖がっているだけだと思うわ」
「そうか、お前に懐いているという主張は確かな様だな。さあ、金はもう払ったのだから契約を頼む」
初老の男性は納得したのか契約をせかしている。
「もちろんでございます。主人は2人ともお嬢様でよろしいのですね?」
「そうだ。娘の護衛と世話役だからな。娘に絶対服従が望ましい」
「承りました。お嬢様、失礼ですがお手を拝借。少し痛いですが、一瞬ですので我慢してくださいませ」
第17話です。獣人の子と勇介の買い手が決まりました。次話で奴隷契約を行います。獣人の子から見たら、助けを求めたら助けてくれて、奴隷商人からも守ってくれた勇介の行動は謎に包まれていたのかもしれません。奴隷に落ちるような状態の人は何かを抱えてると思います。そんな人達が他人の善意を素直に受け入れたり信じたりするのは、きっと大変なんだと思います。勇介の心遣いは獣人の子に届いたのか、今後もお楽しみに




