第十六話 放っておくのは目覚めが悪い
「手ぇ出すなら終いまでやれ」と言ったのは、某有名アニメの頑固爺。この言葉は、私の心に響いた。
「なっ!」
「うそだろ・・・」
「ほんとかよ」
「そんな・・・・」
「5、5000フルだと・・・・。小さな屋敷が買えるほどの金額ではないか。貴様! よもや貴族である私から不当に高い金をとる気ではあるまいな? 返答次第では反逆罪で役所に報告せねばならぬ。返答は慎重にしろ!」
奴隷商人が告げた値段に、奴隷商人以外でこの空間に居る人間すべてが衝撃を受けた。俺自身はもちろん、他の奴隷や初老の男性について来たメイドのおばさん、初老の男性の娘や下男達まで信じられないという表情だ。いかに奴隷商人の告げた値段が法外な物かが分かる。あまりの高さに初老の男性が機嫌を損ねたらしく、奴隷商人にものすごい剣幕で詰め寄っていた。奴隷商人はまたしても顔を青ざめさせたが、反逆罪の言葉を聞いた瞬間顔が白くなり、全身が震えだした為に手から鞭が落ちた。
「め、滅相もございません! 反逆など全くそのような考えはございません。どうか、どうかお許しください!!」
ついには土下座をはじめ、額を地面にこすりつけだす奴隷商人。反逆罪は思ったより重罪のようだ。
「冗談で済むのは1度限りだ。いかにこの者の技量が優れていようとも、異邦人で強力な武器を扱おうとも、5000フルなどという馬鹿げた値段になるはずはあるまい。今度呆けた事を抜かしたら今すぐにでも役所に報告に行くので、そのつもりでいろ」
「は、はい! 大変失礼いたしました。お詫びの印に、この奴隷をお買いいただけるのであれば、もう一人お探しの世話役奴隷は無料に致します。どうか、どうかお許しください。どうか、どうか・・・」
「あくまでもこの者を薦める気か。して、真の値段はいくらなのだ。先ほどの忠告、忘れるでないぞ?」
これだけ責められてまだ俺を薦める奴隷商人に、若干呆れた様子で初老の男性は再度値段を聞く。意外と俺の購入に乗り気なのだろうか? と一瞬思ったが、最後に付け加えた一言は完全に奴隷商人へ釘を刺すものだった。奴隷商人の顔は土気色だ。
「2、2500・・・いえ、失礼を働いたお詫びに2000フルでいかがでしょうか? これ以上下げますとこちらに損失が出てしまいます」
「ふん。やはり先ほどの値段は私を試すつもりだったという事か。商人の分際で貴族を試すなど無礼であると心得よ」
「はい、骨身に染みて実感いたしました。出過ぎた真似をした事、どうかご容赦を・・・」
先ほどのひと悶着で俺の値段は半額以下になった。200万円くらいだと思うけど、高いのか安いのかいまいちわからない。
「2000フルなら払えぬ事は無い。あとはお前次第だ。この者が気に入らなければ別の奴隷を探せばよい。それともこれほど失礼な奴隷商人の所など後にして別の奴隷商館へ行ってみるか? お前のそばに居る奴隷だ。お前が決めなさい」
奴隷商人を一通り脅しつけた後、初老の男性は自身の娘に向き直って判断を任せた。話を振られた娘は俺の値段を聞いた時に驚きの声を上げた後、奴隷商人と父親のやり取りを見守っていたが、チラチラと視線を感じていた。しばらく考える仕草をした後、俺の方を向いて話しかけてくる。俺の方が年上なはずだが、身分差の関係か、貴族の娘だからか、態度がでかく感じる。
「あなたはその武器を使わなくても戦えるの? その武器にばかり頼った戦い方じゃ、武器が無い時にとても不安だわ」
「一応、武道としての剣術には自信があります」
「そう、人を切れるの?」
迷う質問だ。簡単にはいと答えられないのは日本人だからなのか、そんなこと関係ないのか。
「まだ生き物に対して剣を使った経験はありません」
「つまり、いざという時に躊躇うかもしれないという事かしら?」
ここが弱点だと思ったのか、娘がさらに追及してくる。迷う可能性はあるが、そんなのその時にならないとわからない。
「状況にもよりますが、命がかかっている状態で躊躇っていられるほどの余裕があるとは思えません。何とかして見せます」
「そう、意気込みはあるのね。私をどんな事からも守れると誓えるの? 王国は最近物騒だわ。場合によっては騎士様以上の働きが必要よ? あなたにそれができるのかしら? 見たところこちらの檻の獣人の方が強そうなのだけれど」
「純粋な体力勝負ではおそらく敵わないでしょう。そこを補うのが技術と経験、この武器でございます」
獣人の男を見てから言う娘に俺は銃を強調する。娘の発言に反応して、初老の男性が背後の部屋に居る獣人の男を見る。
「奴隷商人、この犬人の獣人はいくらなのだ? この者と比べて、何か劣っているのか?」
「その奴隷は200フルでございます。犬人は嗅覚が優れており、追跡能力が高く、獣人の為身体能力は人間の比ではありません。この奴隷と比べて身体能力に勝りますし、リーズナブルでございます」
「それなのにこの奴隷を私達に薦めなかった理由は、何なのだ?」
「そ、それは・・・」
口ごもる奴隷商人。あの犬人は、昨日獣人の子を襲おうとした奴だ。奴隷商人が薦めない気持ちも分かる。
「その獣人は昨日こちらの部屋におりましたが、こちらの獣人の娘が入って来るなり声をかけ、そこのもう一人の獣人と結託してこの子を襲おうとしました。もし購入された場合、最悪お嬢様が襲われかねません。また、この子を襲おうとした際に私が間に入って撃退しましたが、その際鼻に大ダメージを与えたので嗅覚を信用できません」
俺の説明を聞いて獣人の子が背後で動き、ズボンのすそをつかんでくる。一方犬人ともう一人の獣人は顔色が変わっていた。奴隷商人も顔色がさらに悪化しているが、その原因は説明を聞いた初老の男性の視線だ。結構迫力がある。
「品質重視が聞いてあきれる。同じ部屋に獣人の男女を入れたのか、この商館を選んだのは失敗だったようだ」
「も、申し訳ありません。手違いで下男達が部屋の割り振りを間違えただけでございます」
「しかも、この者が撃退した時に鼻をやられたそうではないか。嗅覚に優れていると言ったが、信用できぬな」
奴隷商人が最初に宣伝した品質重視のうたい文句が簡単にはがされ、ここぞとばかりに初老の男性が責めている。下男の失態なのかもしれないが、結局管理者の責任と言う事なのだろう。またしても険悪なムードになったところで娘が間に入る。
「お父様、私が悪いのです。その獣人はやめましょう。獣人を撃退できるほどの身体能力があるなら期待できるわ、少し高いけれどあの奴隷を下さらない? あの奴隷を買うならもう一人はお金を必要としないわ」
「お前がそれでいいのならそうしよう。奴隷商人、あの奴隷を買う事に決めた。先ほどの発言通り、世話役の奴隷もいただくぞ」
「はい、はい、お買い上げありがとうございます。もちろん、もう一人は無料でございます。好きな奴隷をお選びください」
「さあ、お前が好きな者をえらびなさい」
「はい、ありがとうございます。お父様」
俺を買うという発言に多少奴隷商人の顔色がよくなり、初老の男性は娘にもう1人を選ぶように言ってくる。娘はお礼を言ってキョロキョロといろんな部屋を見回し始めた。奴隷達はほとんどが娘を見つめ返していたが、俺の部屋に居る男女や獣人の子と一緒に入って来た男性などはそっぽを向いていた。獣人の子も俺の後ろに隠れている。その状態を見て、俺が居なくなった後獣人の子はどうなるのかが気になった。奴隷商人は平伏したままだが、顔がこちらを向いており、獣人の子を呪い殺さんばかりに視線を向けている。俺は買い取られるので問題ないが、俺が居なくなった後、恥をかく原因の一つになった獣人の子が奴隷商人に何をされるのか、そこまで考えて獣人の子に申し訳ない気持ちがわいた。俺が素直に昨日の事を話さなければ、この親子は俺ではなくあの犬人を購入しただろう。俺がしゃべった事でただでさえ機嫌が悪くなっていた初老の男性の機嫌がさらに悪化し、奴隷商人の信用が地に落ちたのだ。その怒りの矛先が獣人の子に向く可能性を、奴隷商人の目が語っていた。何とかできないか? そう考えて、娘がちょうど俺達の居る部屋の前に戻りつつある事に気がつく。
「新しいご主人様、発言してもよろしいでしょうか?」
「ん? どうしたというのだ。言ってみよ」
「新しいご主人様は、お嬢様の世話役をお探しなのですよね?」
「その通りだ。娘が気に入る事が最優先だが、身の回りの雑務をさせる為に、お前以外にもう1人買おうと思っている。奴隷商人が詫びの印に金をとらないと言っているし、貴様の購入資金が予想以上に高くついたからな。娘が気に入れば、ここで買おう」
初老の男性に話しかけて購入予定の奴隷が世話役だと確認をとる。獣人の子でもできるだろうか?
「ではお嬢様、こちらの獣人の娘はいかがでしょうか?」
「ふぇ?」
いきなり話に引き込まれた獣人の子は、きょとんとした表情で俺を見上げる。娘も不思議そうな顔でこちらを見た。
「どの娘ですって? 獣人は私を襲うから危険だと言ったのはあなたでしょう? そのあなたが獣人を薦めるのはなぜ?」
「先ほどあの犬人を選ぶのをお止めしたのは、その犬人に前科があったからでございます。昨日の今日で改心する可能性は低く、お嬢様の身が危ないと考えました。この子は娘ですから、発情してお嬢様を襲ったりはしません。私に懐いているので、私の言いつけなら必ず守るでしょう。言葉が若干不自由でございますが、日常会話に支障はございません。私がお薦め致します」
「そう、メスの猫人なら確かに私を襲う可能性は低いし、あなたにべったりなのは見ればわかるけど、大丈夫なのかしら?」
「ね、猫人は夜眼が効きますので、夜の見張りなどが得意でございます。感覚も鋭く、危機察知の能力は高いかと・・・」
「あなたには聞いていないわ、少し黙っていてくださらない?」
「し、失礼いたしました」
同性なら襲われないという俺の理由説明に納得はしてくれたようだが、見るからにひ弱そうな獣人の子に世話役が務まるのか不安なようだ。奴隷商人が猫人のメリットを説明しようとしたが、娘に黙っているように言われてあっさり撃沈された。
「それで、大丈夫なのかしら?」
「き、給仕の経験はごじゃいません。人のお世話なら、経験がありまふ・・・うぅ・・・」
「この子だけで足りない部分は私が補い、教えます。何事にも初めてはあるものです。技能が無いなら、学べば済むでしょう」
「ずいぶんとその獣人を薦めるのね。どんな理由があるのかしら? 嘘はある程度分かるわ、本音を話しなさい」
押しが弱かったのか、娘が怪しむような眼で俺に理由を問う。魔法があるこの世界なら、嘘がバレるのも本当かもしれない。
「・・・この子は臆病なようでございます。ここへ来て早々にあの犬人達に襲われそうになった事がトラウマになったのか、何をするにも私から離れようとしません。また、昨日の騒動によって奴隷商人様はこの獣人と私が原因でかなりの損失を出しております。私が居なくなった後、奴隷であるこの獣人の身に何が起こるかを考えてみた時、見捨てるのは問題があると判断しました」
そう言って俺は奴隷商人をチラ見する。娘も奴隷商人を見て、奴隷商人の顔が獣人の子を睨んだ姿勢で固まっている事に気がついたらしい。俺の足の後ろに隠れる獣人の子を見て、俺を見た後、もう一度奴隷商人を見た。その後、一度うなずく。
「確かにあなたの推測は当たっているようね。放置するのは確かに気持ちが良い事ではないけれど、だからと言ってお父様に買わせるの? あなたは私を守る為に買われる奴隷なのよ? その子を買って、私とその子、両方が同時に危険になった時、あなたは私を守れるの? まさか、主人になる私と、その獣人を天秤にかけて迷ったりしないでしょうね?」
「ええ、迷う必要などございません。どちらも必ず助けて見せます。ご安心ください」
俺が自信満々に豪語した2人とも守る宣言に、娘は少し面食らったようだが、クスリと笑った。意外とかわいい。
「面白いわ。お父様、あの獣人の娘が気に入ったわ、あの奴隷を買ってください」
第16話です。勇介達は劣悪な奴隷用の檻の中でも体調を崩すことなく生きているのに、現代日本で暮らす筆者は盲腸になって入院してしまいました。皆さんも健康にはお気を付けください。皆さんの健康と、この小説の更新が滞らない事を、日々お祈り申し上げます。




