第十三話 獣人のトラブル
性欲を制御できるのは人間だけらしい。そんな事無いと思うが・・・。
奴隷商館に来て4日目、本の絵を見返していると、食事以外の時間に珍しく通路の扉が開いた。俺達より前からここに居る奴隷達は特に関心が無いようだが、俺達新入りは何事かと通路の方を見ている。この商館で働いている奴隷商人の部下達が、12人もの人を連れて入って来た。みんな絶望の表情を浮かべて下を向いている。男女混合で、見た目から判断するに年齢もバラバラだ。獣人も混じっている。部下達は俺の居る部屋の向かいの部屋にその内10人を入れ、俺達の部屋に残りの2人を入れた。俺達の部屋に入れられたのは獣人の女の子と人間の男性で、男性は部屋に入るなり一緒に入れられた獣人の子から距離を取り、俺より先に居た獣人の男2人からも離れて俺と同じ側の壁で俺から距離を取って座った。獣人の子は見た感じ俺とそんなに歳が変わらないと思う。しばらく立ったままオロオロした後、俺と今入って来た男性の間の空間に座ろうとしたが、男性の表情を見て顔色を変え、獣人の男達側の壁で入り口付近に座った。その行動が気になって男性の顔を見てみたが、俺を見た時の奴隷商人の跡取りと同じ顔をしていた。おそらく獣人が嫌いなのだろう。獣人の子は俺の向かい側の入り口付近で体育座りをし、小さくなって下を向いている。足首のあたりを覆うようにフサフサした毛が動いているのはしっぽなのだろうか?猫のような三角に近い形の耳も付いているが、ペタンとしている。しっぽも汚れており、ろくな扱いを受けていない事はよくわかった。一緒に来た男性もどこか薄汚れており、服も貧相なものだ。反対の部屋に目を向けると、そっちの人達もみんなどこか汚れており、けが人も居るようだ。人間も獣人も男女共に1人ずつは居る。人間が少ないので、今回来た人達はほとんどが獣人のようだ。猫耳の人、犬耳の人、ウサギのような上方向に長い耳の人など、たぶん人種が違うのだろう獣人が混ざっている。耳が特徴的な動物の獣人は分かるが、外見は普通の人間でしっぽだけがある獣人なども居るようで、何の動物が元なのかよくわからない人もいた。奴隷商人の部下達が通路を後にすると、向かいの部屋に居た人間の女性が泣き出している。隣に居る男性がなだめているが、泣き止む様子はない。他の人達もそれを見て気持ちが更に沈んでいるようだ。向かいに居る獣人の子も泣いているのか肩が震えている。一緒に来た男性や向かいの部屋に居る獣人の男性は泣いている女性をうるさそうな目で見ていた。俺の部屋の獣人の男2人を見ると、何やらニヤニヤしながらヒソヒソと話している。見つめていても意味が無いので本の絵を見返す作業に戻ろうとすると、獣人の男の1人が俺の向かいに居る獣人の子に声をかけた。
「よお、お嬢ちゃん。君いくつだい? 泣いてないで、俺達と楽しいことしようぜ?」
「へへへ。大丈夫、怖い事なんかないぜ? 何かあったら俺達が守ってやるしよ。な?」
「え・・・何でしゅか? こ、来ないでくだしゃい!」
ニヤニヤしながらゆっくりと近寄る獣人の男2人に気が付いた獣人の子は、顔を上げて男達を見た途端、檻の入り口側へ後ずさる。男達は食事とトイレ以外ほとんど動かない為か立つ力が出なかったらしく、一人が立とうとしてバランスを崩し、思いっきりこけた。もう一人は笑っているが、目は獣人の子にロックされたままだ。なおも男達は獣人の子に話しかける。
「へへへ。怖がるなって、別に怖い事なんかないんだぜ?」
「いってえ・・・。ああ、怖がらなくても大丈夫だぜ。なあ?」
「おう」
「いや、来ないでくだしゃい! いや!」
獣人の子はさらに後ずさって檻の端に来ると、背中に当たる金属の感触に気が付いて一瞬後ろを振り向いたが、ここが檻で出られない事に気がつき、部屋を見回して逃げる場所を探し始めた。見ている位置的に獣人の男2人以外で視界に入るのは一緒に入れられて来た男性だが、男性は横になって狸寝入りを決め込んでいる。獣人の子は別の方法を探して部屋を見回し、俺の方を見た。目があった瞬間、獣人の子はびっくりするほどの瞬発力でこちらに向かってジャンプしてきた。とっさに本を投げ出して受け止める姿勢を取ろうとしたが、獣人の子のスピードがすごかったので若干間に合わず、中途半端な感じになってしまった。
「うぐっ」
胸に我慢するにはちょっとつらいレベルの衝撃が走り、思わずうめき声をあげる。目線を落とすと獣人の子が泣きながらこちらを見ていた。瞬く間に背中に手を回され、がっしりと掴まれる。その力はどこから出てくるんだというくらい、背中が痛い。
「お、お願いでしゅ。お助けくだしゃい! おでがいでじゅ!おだずげぐだじゃい~!」
「わ、分かったから。手を離せって、苦しい!!」
俺が獣人の子に負けじと必死に訴えながら手を引き剥がそうとすると、獣人の子は途端に力を抜いて俺の左隣に回り込み、腕にしがみついた。相変わらずしがみつく力が強くて腕が若干痛いが、恐怖ゆえだと思ってとりあえず後回しにする。騒ぎに気がついた他の部屋の奴隷達が成り行きを見守っているのが見える。特に向かい側の部屋に居る入りたての人達、とりわけ先ほど泣いていた人間の女性は恐怖でなだめていた男性に抱き着いていた。獣人の男2人は、俺が獣人の子を庇うようにしている状態を見て顔をしかめる。視界に映るウインドウに、アイから敵意感知の警告が来た。レーダーにも赤い点が2つ映る。
「おい、何の真似だ?」
「関係無い奴は引っ込んでいろよ」
俺達の向かい側に立って、獣人の男2人は俺をにらんでくる。チラチラと男達が獣人の子を見る度に獣人の子が腕へしがみつく力が強くなり、そろそろ腕が限界だ。獣人の子の手にやさしく手を添えてやると、獣人の子は気がついて力を緩めてくれた。
「同じ部屋の中で暴れられると迷惑なんだよ。頼むからいつもみたいにおとなしく部屋の端で座っていてくれねえか?」
「ヘッ、俺達はその子に用があるんだ。その子を渡せばおとなしくするぜ?」
「おう」
「ひいっ」
その子と言いつつ獣人の子を指さした瞬間、またしがみつく力が強くなった。いい加減慣れ始めたが、痛いので手を動かして訴える。獣人の子も3度目なのでさすがに申し訳なく思ったらしく、小さい声で謝罪の言葉が聞こえた気がした。
「いや、お前らこの子を渡したら絶対静かにしないだろ? 同じ男なんだからお前らが何をしたいかなんて俺には筒抜けだ。て訳で、この子抜きで元の場所に戻ってくれ」
「なんだと!? 生意気言いやがって、この野郎!」
しびれを切らしたらしく、獣人の男の片割れである犬耳男がさっきの獣人の子のようにとびかかって来た。しかし、スピードは獣人の子よりも遅く、2回目なので俺も予測済みだ。頭の中でアイに身体強化のアシストをするように指示を出し、俺は犬耳男の顔が来る未来位置に右足を出す。飛び出してしまっていまさら止まれない犬耳男は、避けられずに俺の足に顔面を思いっきりぶつけた。
「ぐがぁ・・・」
「え? ええええええええ!!!!」
「うそだろ・・・」
結構やばい音がして犬耳男が床に落ちると、鼻を押さえて転げまわりだした。俺の方も無傷ではなく、出した右足がとても痛い。もう一人の男はその状況に絶句し、獣人の子も驚いていた。
「がぁぁ! 鼻が、鼻が痛ええええ!!!」
「だ、大丈夫か!!」
「痛っ、さすがに無理があったか・・・。」
「だだだだ、大丈夫でしゅか!!」
お互いにダメージを受け、もう片方が大丈夫か問う。その揃った動きをみて他の檻にいる奴隷達の何人かが笑いをこらえていた。ほとんどは獣人の男のスピードと俺の反撃の速さに何が起こったか分かっていないようで、キョロキョロしていたり、何が起こったのか周りに聞いたりしていた。足をさすりながら、俺はもう一人の男に向かって話しかける。
「お前も来るか? できる事なら遠慮してほしいんだが」
「い、いや、俺はやめておくぜ。嬢ちゃん、怖がらせて悪かった。許してくれ」
「え、あ、はい・・・」
「おい、しっかりしろ。あいつやばいぞ、離れようぜ」
「鼻、俺の自慢の鼻が・・・」
鼻を押さえてなおも泣き言をいう犬耳男を、もう一人の男が引っ張って部屋の反対側、奥の角へと引っ張っていく。いつの間にか狸寝入りしていた男性も少し遠くへ移動していたが、とりあえず決着はついたと判断した。レーダーからも赤い点が消える。
「もういいぜ。怖がる必要はないから、いい加減手を放してくれ、痛い」
「は、はい、しゅみましぇん。た、助けていただきありがとうごじゃいまふ。あ、あの、えっと・・・」
獣人の子は焦って噛んだらしく、真っ赤になってうつむいてしまった。左手が解放されたので軽く動かし、異常が無い事を確認する。まだ痛いがそのうち消えるだろう。足の方は痛いままなので、さすりながらアイに足の状態を聞いてみると、骨などに異常は無いが、急激な機動と衝撃で筋肉に少しダメージが入ったらしい。修復は難しくないそうなので、大けがはしていないようだ。一応犬耳の男がどんな状態かもう一人の男に聞いてみたが、ショックで失神してしまったらしく、詳しい事は分からないらしい。ただ、犬耳男のような獣人にとって鼻は重要な器官なので、ダメージが酷そうとの事だった。他の檻の奴隷達も事態の収束を悟って興味を失い始めたらしいが、俺と犬耳男へ向けられる視線がしばらくあった。ヒソヒソ話が増えているので、変なこと言われてないかちょっと心配だ。その後、昼食の時間になって食事を配りに来た男が犬耳男の異変に気がつき、奴隷商人が呼び出される騒ぎになった。犬耳男が死んだのではないかと焦って報告したらしく、事実が分かるまでは俺達同じ部屋の人間が殺人犯扱いを受け、非常に不快だ。獣人の子は下男を怖がって今度は俺の右側に移動して体の陰に隠れようとしている。服をちょこんと掴むのはかわいいと思うが、下男達が獣人の子のその行動を怪しんで問い詰め始めると右手にしがみつきだしたので、結局俺が間に入って事の顛末を一から全部話す羽目になった。俺一人の証言ではもちろん信じてもらえず、もう一人の獣人男にも事実確認が行われたが、もう一人の獣人男は俺と目が合うなり怯えた表情になって俺の主張が嘘でない事を必死で訴え始めたので、下男達は不思議そうな顔をしていた。原因になった獣人の子は下男が怖いのかずっと俺の右手にしがみついてうつむいたまま黙ってしまっているし、当事者の犬耳男はまだ目覚めないので、向かい側の部屋の人達などにも事実確認を行っているようだ。犬耳男ともう一人の獣人男が下男達の去った後に獣人の子に声をかけ、獣人の子が俺に助けを求めた事と、とびかかった犬耳男の鼻を何らかの方法で俺が攻撃して撃退したという事実しか分からなかったようで、奴隷商人が来るまで下男数人がああでもないこうでもないと議論していた。そこへ奴隷商人が現れる。
「商品が死んだそうだが、今日の管理担当者は誰かね?」
「旦那様。どうやら死んでいるのではなく、気絶しているだけのようでございます」
「死んだと報告を受けたのだが? 報告は正確にしたまえといつも言っているはずなのだがね」
奴隷商人がやってくるなり責任者を呼び出そうとしているが、報告ミスが発覚して報告したらしい下男が怒られている。
「申し訳ございません。私のミスでございます。管理担当者は現在、旦那様がお客様と面会させております」
「ああ、あの男か。という事は、お客様の対応にあの男を呼んで席を外させている間に気絶したという事かね?」
「そのようでございます」
どうやら今日の管理者は奴隷商人本人に呼ばれて管理ができない状況にあったらしい。幸運というか、不運というか・・・。
「それで、気絶の原因は何かね? 病気の疑いがあるなら他の商品にうつす前に隔離したまえ」
「どうやら、同じ部屋の中で奴隷同士の争いがあったようでございます」
「そんな事よくある事だろう? 大抵はお互いにケガをするから別の部屋に移せば解決すると思うが、今回は違うようだね。見たところ異常があるのはあの獣人だけで、他の奴隷は特に外傷は無さそうだが?」
「奴隷達に聞きましたところ、今日仕入れました新しい獣人の女奴隷を取り合って起きた争いのようでございます」
「女かね? まったく、獣人共は女と見れば発情しおって、やはり獣だね」
その発言に獣人達の顔色が変わる。右横で俺の手にしがみついている獣人の子も今まで以上に耳がペタンとなった。
「それで? 見るからに弱そうなこの少女があの獣人を撃退したのかね? とてもそうは見えないがね」
奴隷商人はそう言って俺の体に隠れようとしている獣人の子を見てくる。必然的に俺を見る事になり、俺と目が合う。
「何か言いたそうだね。事情を知っているのだろうから話してみたまえ」
そう言う奴隷商人に先ほどの説明を繰り返す。足を獣人の前に出しただけだという部分が信じられなかったらしく真意を問われたが、もう一人の獣人が例によって必死で嘘じゃないと訴え始めた事や、他の奴隷や下男も同じことを繰り返したために、奴隷商人もそれ以上深くは追及してこなかった。もう一人の獣人が取る怯えた態度から、俺が何かしたのは間違いないと思ったようだ。
「獣人の速度に反応できる人間も珍しいね。やはり君を買い取ったのは間違いではないようだが、これは値段をもう少し釣り上げてもよさそうだね。君達、食事は後回しにして早急に部屋移動を行いたまえ。あの獣人2人を移動させ、この部屋の奴隷の何人かと入れ替えなさい。男女で分けたいところだが、部屋が足りないからね。ひとまずは獣人の男奴隷と女奴隷を引き離したまえ」
「「はい、旦那様」」
そう言って奴隷商人は去って行く。部屋の扉が開かれ、通路の反対側の部屋から人間の男女が2人ずつ俺達の居る部屋に移され、獣人の男2人が入れ替わりに移動させられた。犬耳男は気絶したままだったが、下男が何回か腹を蹴って叩き起こしている。その音で獣人の子がしがみつく力が強くなったが、下男の一人が変な真似をしないように睨みを利かせていて動けなかったので、結局我慢するしかなかった。叩き起こされた犬耳男は俺を見るなり怯えて部屋の隅にうずくまったが、下男に鞭打ちを食らって泣きながら部屋を出て行った。入り口付近に座る俺が怖いのか、それとも横で俺にしがみつく獣人の子が憎いのか、複雑な目でチラチラと俺を見ながらの退出だったので一度睨み返して脅しておく。向かいの部屋から移って来た人達は俺が入り口の近くに座っている事を怖がって部屋に入るのをためらったが、下男に追いたてられてそそくさと入って来ると、獣人の男達が居た付近に固まって座り込んだ。チラチラとこちらを見てくるのでこちらも見返したら、ものすごい勢いで全員から視線を外されてちょっとショックを受けたのは秘密にしておく。向かいの部屋は元々居た人間や獣人の男性達と、俺達の部屋から移った獣人2人とではっきりと分かれて座っていた。てっきり獣人と人間は仲が悪いのだと思っていたが、そうでもないのかもしれない。指示された事を終わらせた下男達は食事を配りに来た奴を残して去って行き、食事が配られ始める。新しく来た人達は食事の存在に期待に満ちた眼差しを向けていたが、献立が分かった人は表情が曇った。獣人の男達も表情が暗かったが、他の人達程は見た目的に気持ちが沈んだりはしていないように見える。獣人の子はいまだに俺の右手にしがみついているが、いい加減手が痛いのでそろそろ開放してほしい。
「あいつらは別の部屋に移されたぞ。もう大丈夫だから、いい加減離してくれねえか?」
「あ、えっと、しゅ、しゅみましぇん・・・。うぅ・・・」
「謝る必要はねえけど、食事をもらい損ねると明日まで何も食べられねえぞ? それでもいいのか?」
「で、でも・・・」
獣人の子は手を離してくれたが、下男をチラッと見てまたうつむいた。下男が怖いらしい。さっきの鞭の影響だろう。
「俺が君の分も受け取ってやるから、とりあえずしがみつくのはやめてくれ、地味に手が痛いから」
「は、はい・・・」
俺が代わりに食事を受け取ってくれるという提案に獣人の子の耳がピクッと反応したが、手が痛いと言う俺の訴えを聞いてまたペタンとなった。下を向いていて顔が分からない分、耳の挙動が感情をよく表している。
第13話です。獣人のトラブルはこの話を書き始めた時、メインヒロインの登場とかで使おうと思って構想を練っていたシーンが含まれています。獣人とは作者の中で、動物と人間のメリット、デメリットを併せ持つハーフ的な物だと思っています。作中で描かれている獣人の子が発揮した凄まじい瞬発力や、犬耳男の鼻のダメージ、かと言って容姿は獣そのものではなく、所々に人間の特徴も持っています。数々の作品で獣人は取り扱われていますが、この作品の獣人がどんな立ち位置なのか、どんな特徴があるのか、今後もお楽しみいただければ幸いです。更新日は決まっているのに、更新時刻がバラバラ、文字数がバラバラで申し訳ないです。話のちょうどいい区切りや、作者の生活時間的都合が深くかかわっています。ご理解ください。次回も2週間後ほどで更新します。次回もお楽しみに




