第十二話 生きるだけでも大変だ
人間は生きるだけで様々な物を必要とする。
次の日も目覚めると朝から本の解析を進める。明り取りの窓からの日差しが和らぎ、おそらく昼であろう頃に解析が終わった。全ページの解析が終わって本を閉じると、タイミングを計ったかのように扉が開き、昨日の男が他に3人ほど人を連れてやってきた。後ろの2人は大きな鍋をそれぞれ抱えており、もう一人は小さな樽と皿っぽい物を大量に持っていた。商人達や他の奴隷達が一斉に振り向き、鍋に視線が集中する。通路の中央、俺の居る檻の近くで昨日の男は後ろの連中に合図し、後ろの男達が鍋を地面に置く。その重そうな音に期待が高まる。おそらく食事なのだろう。どこかの檻から、腹の鳴る音がした。
「お前達、飯の時間だ。売れ残りのお前らに食わせてやる父上や俺に感謝してから食えよ? 感謝の足りない奴は明日までお預けだ。お前達は今ただ飯ぐらいでゴミ以下の存在! それを自覚し、俺様に感謝しろ。ハハハハハハハハハハハ」
昨日の男は高らかに笑うと、後ろの男達に合図する。男達が鍋の蓋を開け、皿のような物に何かをついで奴隷達に配りだした。通路の入り口に近い部屋から順番らしく、俺達の所に来るまで時間がかかる。食事をもらった部屋から口々に感謝の言葉がかけられ、その度に昨日の男の表情が緩んでいく。俺達の部屋の前まで来ると、昨日の男は俺を見て露骨に顔をしかめた。
「チッ、異邦人の分際で食事がもらえるなど・・・。決めた、こいつは食事抜きだ。おいお前ら、こいつに一口でも食わせたら鞭打ち100回の上で今後食事をすべて抜きにするから覚悟しておけよ?」
「「は、はい! わかりました!!」」
俺の部屋に居た2人は必死に胡麻をすって食事をもらったようだ。木のプレートみたいな皿の中に、細切れの葉っぱが入った透明なスープと、穀物がベチャベチャになった物が入れられていた。ある種のお粥なのだろうか? 2人は土下座もかくやという状態で平伏し、昨日の男を神様の様に崇め奉っている。その様子を冷めた目で見ていたが、平伏している男の髪から犬のような耳が生えている事に気が付いた。あまり見ないようにしていたので分からなかったが、いわゆる獣人なのだろう。もう一人の男もしっぽが見えたので何かしらの獣人だと思う。獣人の存在に驚きを覚えていると、その表情が食事をもらえない事への反応だと勘違いしたらしい昨日の男が、ニヤニヤしながら話しかけてくる。
「おお? なんだその顔は? 食べられないのがそんなにおかしいのか? お前はただで俺達から飯をもらえるとでも思っているのか? これだから異邦人は常識が無くて困る。ここではな、飯を食いたければ何か対価が必要なんだよ。そんな事ガキでも分かるのに、そんな事も知らない奴に王国の本が読めるのか? もし、仮に、万が一読めるなら、何の本か答えてみな? え? できるかな? 出来たら飯をやるぜ? 無理だろうがな、ハハハハハハハハハハハハハハ」
「男に二言は無いよな? そんなかっこ悪い事、しねえよな?」
「何だその口の利き方は! 何だその態度は! 奴隷の分際で俺に対する礼儀がなってないな、いいだろう。答えられたら飯をやるさ。ただし、答えられなかったり、間違えたりしたら、鞭打ち1000回だからな?」
「せ、1000回・・・・」
やり取りを聞いた周りの奴隷達が一斉に静まり返る。後ろで飯を配っていた男達も驚いた様子で振り返って手を止めている。奴の出した条件が規格外なのは一目瞭然だな。俺は余裕の態度でアイが解析して読めるように表示してくれた情報を読んで聞かせてやる。奴が次第に顔色を変えるのを見て、周りは俺が間違っていないという確信を得ていった。
「まずこれは普通の本じゃない。詩集だな。詩の作者はエンドファルスという古代帝国の吟遊詩人の一人らしい。あまり知名度は高くないそうだ。この詩集は彼の弟子が書いた物で、名をラーズという。エンドファルスの1番弟子で、こちらはそれなりに知名度があるらしい。すごいのは自分ではなく、自分の感性を育て上げた師匠であるという事を広めるため、この詩集を作ったと冒頭の文章には書いてある。途中でページが敗れていたり、メモ書きに使われたりしているが、前の持ち主が価値を知らずに数式を書く紙にしてしまったようだな。数式も間違いが多くて何度も書き直している内に2ページも使ってしまったようだ」
「き、貴様。いったいどうやって一晩でその本を・・・」
顔を青くしながら昨日の男は言う。誰の目から見ても男の敗北と、俺の勝利は確定だった。本がどんなものか知らない他の奴隷達も男の表情と焦り具合で理解し、後ろで飯を配っていた男の一人は内容が分かっているらしく感心した顔でうなずいている。
「で? まだ解説は必要か? 長くなるからめんどいが、望むなら最初から全部朗読するか?」
「で、デタラメだ! 嘘を並べやがって! 嘘だから約束通りお前は鞭打ち1000回だ!!!」
俺の挑発に焦ったのか、男は俺の主張を嘘と決めつけてうやむやにすることにしたらしい。
「若様、それはさすがに・・・」
「何だ? お前下男の分際で俺に意見するつもりなのか?」
「いえ、あの・・・」
「何を騒いでいるのかね」
「ち、父上・・・」
「旦那様・・・」
騒ぎを聞きつけて奴隷商人が入ってくる。明らかに昨日の男は動揺しているし、奴隷商人も不機嫌そうだ。
「奴隷に食事を与えるのにいつまでかかっているのかね。下男だけの時にはもう終わっているはずだが? お前は跡継ぎの最有力候補だが、奴隷商人が奴隷に食事も与えられないようでは我が商館を継ぐことなどできないぞ? 養子の話、本気で進めなければならないようだね」
「父上、誤解です! この奴隷が父上や私に対して失礼な態度をとるので懲らしめようと・・・」
「ほう、どのような態度かね。少し前から部屋の外までお前の馬鹿な笑い声が聞こえていたので来てみたが、態度がおかしいのはお前の方だと私は思うが? 商品を買いに来るお客様にお前の馬鹿笑いを聞かせるつもりなのかね? 跡継ぎとしてではなく、見習いの下働きからやり直させて商売とは何かを教え直さなければならないのかな?」
「そ、そのような事はございません。誓って私は大丈夫でございます」
「ならばさっさと食事を配り終えたまえ。それから、私は学べる本を与えろと言った。お前は詩集で文字を学んだのかね? お前に買い与えた詩集をこのような事に使って、後で執務室に来たまえ。君、彼に本棚から適当な本を与えなさい」
「はい、旦那様」
「くっ・・・」
なんと言うか、今度は昨日の男に同情心がわいてきた。あれだけ威張り散らしていた奴隷達の前で親父に散々に説教される様子はかわいそうの一言だ。自業自得なのは間違いないが、後で執務室に来なさいとか完全に小学生の呼び出しであり、俺とそんなに歳が変わらないであろう昨日の男は死にたいほど恥ずかしいに違いない。中学の時に体育祭で組体操があり、俺のミスでピラミッドが崩れた事に親父がブチ切れ、組体操が終わるが早いか生徒席に乱入、全校生徒や保護者が見守る中、校庭の端の地面に正座をさせられて、次に俺が出るべき競技が始まるからと教師が数人止めに来るまで延々と情けないだのなんだのと説教された。剣道以外全否定の親父にしては珍しいと思ったが、単純に自分の息子が公衆の面前で失敗した事が許せなかったんだと後で知って自殺したくなった。俺のミスより明らかにその後の親父の行動の方が目立っていたからだ。放送担当者が何を血迷ったのか、[佐野さん、あまり勇介君を叱らないで上げてくださいね]とマイクで余計な事を言った時には会場から笑いが起こり、親父からさらに説教された。あの後必死で余計な事を言った奴を探し出し、俺がどれだけ恥ずかしかったか語って聞かせたら、俺のあまりの剣幕に泣きながらおもらしをしてしまい、またしても説教を食らう事態になった。今、昨日の男は恥ずかしさのピークに居るに違いない。奴隷商人の登場で顔が青くなり、説教を食らって真っ赤になり、養子の下りで白くなり、顔色をころころと変えながらも必死に奴隷商人を説得している。奴隷商人はそんな男を軽くあしらい、本気で困った顔で悩みながらも部下に指示を出して食事配りを再開させていた。奴隷商人は部下が動き始めたのを確認し、もう一人に本を取りに行くよう指示を出すと、昨日の男を連れて通路を出て行った。結局、俺の所にも食事は配られたし、後からさっきの部下が戻って来て本も貰えたが、食事は味がしなかった。穀物の方はお粥で、ろくに食べていなかったお腹には消化に優しい物だったが、食べた感じはトウモロコシとかではなかったので、何か俺の知らない穀物のようだ。スープの方はお湯に葉っぱが浮いただけの物で、葉っぱは苦みが強かったが、暖かい事は救いだった。食事を終えると獣人の2人が皿とスプーンを入り口付近に置いたので、俺もそれに倣う。獣人達は顔をしかめたが、何も言わずに元居た位置へと戻った。詩集は結局、新しい本をもらった時に返そうとしたが、そのまま持っているように言われたのでカバンにしまってある。新しい本は商人系の用語集らしく、言い回しの使い分け方や、相手に対する態度の変え方、失態をした時の言い訳の例文など、どう考えても昨日の男が読むべきであろう内容だった。前と同じように1ページ目からすべて解析してもらったが、用語に関連した絵が分かりやすいため詩集より読んでいて楽しい。絵もある関係でページ数が多かったため、全部読むのに丸2日読み続けていた。読み終えてしまうとアイの解析結果が知識として共有されるので、もうこの本の文字や内容は暗記した事になる。一応絵は見ていて面白いし、何度か見返せるので1度読んだだけで用済みになったりはしない。食事は1日に1回、昼だけのようだ。メニューは変わらず、謎の穀物のお粥と葉っぱの浮いたお湯だけで、消化には良いが、栄養素とかは考えられていない。また、トイレの問題もあった。この部屋にトイレは存在しない。なので端っこの床にある土を掘って穴を作り、そこにするしかなかった。臭いは気になるし、拭けないが、服の中にするよりはマシなので獣人達の例に倣った。地面の土のサラサラな所を手に持って拭いたりもしてみたが、どっちにしても汚れるので効果があるのか微妙だ。すごく汚い。
第十二話です。
読者の皆様、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。m(._.)m
新年早々食事とトイレの話で申し訳ありません。流れ的にもう1話ぐらい挟むべきだったんじゃないかと少し後悔しています。ただの檻、トイレはないですよね。でも生きているわけで・・・。生きるって大変ですよね。




