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スミレはこめかみを押さえながら、なんとか声を発した。
「つまり……、端的に言うと、今地球は宇宙海賊に狙われていて、あなたたちは宇宙防衛軍みたいなもので、この地球を救いにきたと。しかし、本軍は海賊に狙い打ちにされ、あえなく全滅。その中で、命からがら抜け出した、そこのキュア大佐とミカゲ少尉が宇宙船とともに地球へと不時着。このままでは地球が危ない。しかし、宇宙海賊は非常に強敵で、人手が足りない。どうするどうなる、地球の運命……。ってことでいいのかしら? 今までの話をまとめると」
「おーっ、すごーい、スミレちゃーん」ミカゲがぱちぱちと拍手する。「見事なまとめで、ページ数を節約したわね。やっぱり、こういう設定説明って長くなると、だるいからねぇ」
「ところでユリ。この菓子はなんというのだ?」キュアが言った。「なんか、もの凄い辛いぞ」
「ああ、それはハバネロスナックといって」とユリ。「激辛が売りなんだ」
「むう……、こんな辛いもの、私は食べたことないぞ」キュアはミカゲを見ながら「これは本国へ報告せねばならないな。第一級危険物質の疑いがある。最悪の場合、宇宙追放させなけれならない」
「私は好きなんですけどねぇ。病みつきになりません?」ミカゲは、ハバネロスナックを食べながら言った。ちなみに、今テーブルの上には、各自の飲みものや、ただ今話題に上った、ハバネロスナック含む、様々なお菓子が広がっている。
「ならんな。やはり、私はさきいかの方が好みだ」キュアはさきいかの袋を右手で持ち、左手でさきいかをとり、口の中に放り込んでもぐもぐしながら「しかし、すぐなくなってしまうな。どうも耐久性に乏しい。今度は、徳用サイズを買ってこよう」
「あのー、人の話聞いてます?」スミレは頭に怒りマークをつけながら言った。「せっかく、人が、無茶苦茶な話を、綺麗スッキリまとめてるっていうのに……」
「うふふ、ごめんなさいね。私たちマイペースなの」ミカゲが微笑む。
「あ、あのなあ……」握り拳を作るスミレ。
「しかし、一つ疑問が残る」ユリが言った。「何故、私を捜していたんだ? さっき、そんなようなことを言っていた気がするが」
「えーと、お姉ちゃん」スミレは目を細めながら「今までの話、もう信じちゃうわけ? 私は、なん十個も疑問が残ってるけど……。なんで日本語喋れるんだとか、そういう細かいところも含めて」
「まあまあ、スミレちゃん」ミカゲが、オレンジジュースを飲みながら言った。「どうせ、最終的には、信じることになるんだから。そうじゃないと、話進まないし。それが、早いか遅いかの違いだけじゃない」
「そうだぞ、フリフリ」とキュア。「短気は損気だぞ」
「あのねえ、ちゃんと人の名前を……ていうか、なんでそんな言葉知ってるのよ」握り拳を作ったまま、わなわな震えるスミレ。
「いや、スミレ。私はさっき、このキュアの力を見たんだ。だから話を信じられる」ユリがチョコ菓子を食べながら言った。「上から落ちてきた鉄骨を、片手で受け止めたんだ」
「え……、ま、まさかぁ?」
「本当だ」とキュア。「まあ、百聞は一見に如かず。今見せてやる。本来は、意味もなく使ってはいけないのだが、今回は特例だ」そう言うと、彼女は立ち上がり、テーブルから離れ、壁際に立った。
「いや、だからさ、百聞は一見に如かずとか、なんでそういうの知ってるかな?」スミレがつっこむ。
「宇宙が何故出来たか知っているか?」キュアは唐突に、とても素っ頓狂なことを言いだした。「答えは簡単だ、それは、心のカオスが、開け放たれたせいだ」
「心の……、カオス」ユリが言葉を反芻する。
「そうだ。人は、それぞれ主観で生きている。そして、他人の心を覗くことは出来ない。しかし、人は孤独な生きものだ。だから……、他人の心を知り、愛そうとする。けれど、必ず上手くいくとは限らない。そこで、落胆し、幻滅し、絶望する。そうなると……、心のカオスが開け放たれるんだ」キュアは続ける。「不思議に思ったことはないか? この世界は自分の都合の良いように動いている、自分を中心に動いているのではないか、と。それは、間違っているようで、正しいんだな。この宇宙は、そんな、人の心の穴を埋めるために、作られたんだ。いわば、コンピューターゲームと同じだよ。ゲームがなくても、生きるのには困らない。でも、あればあったで楽しい。私たちも、そうなんだ。べつに、最初から生まれてこなければ、不幸せになることもない。けれど、生まれてきたからには、幸せに生きたい。それが、宇宙で、私たちの心理だ。人は……、傲慢なんだよ、生まれた時からね」
「は、はあ。えっと、話が抽象的で、ぶっちゃけよくわからなかったんですけど」とスミレ。
「わからなくて当然だ。これは私たちの星の考え方だ。だから、わかったフリして聞いておけ」キュアはそう言うと、またユリに向き直った。「で、だ。私たちは、普段生活していて、毎日違う行動をとっている気がしているが、それは絶対的に違う。すべて、運命は予め定められているんだ。そんなの嘘だって思うだろ? 違うんだな。どの運命も、自分が選択した行動、その結果だ。それを決めたのは、自分の心だろ? だから、人が人でいる限り、未来は予め決定されているんだ。それが、人の意志であり、神の意志なんだ。さて、そこでだ。そういった、運命を、我々は扉と呼んでいる」
キュアは、勢い良く右手を上げた。
「通常は、そういった扉は開けられない。それは、人の心理と、宇宙の心理を、無視することに繋がるからだ。理は、変えられないから、理なんだ。けれど……、私には、それが出来る」
彼女の、
右手が、
青い雷にゆっくりと包まれていく。
「いいか、よく見ておけユリよ。お前が……、私と一緒に、この扉を開けるようになるんだからな。……覚悟しておけ」
「……私、が?」
小さく呟くユリ。
「いくぞっ!」
そして、
その右手が、
大量のオーラに包まれると同時に……、
キュアは叫んだ。
「勇者、降臨!」
閃光。
白煙。
部屋の中は、
白一色の世界に。
目を瞑るスミレ。
しばらく経ち、
彼女は……、
ゆっくりと目を開ける。
すると、
そこには、
右手に、
猫の肉球つきの、ちょっと大きめな、とってもファンシーな手袋をつけているキュアの姿があった。
「えっと……」スミレは絶句した。
「この勇者の名前は、にゃんにゃんハンドβα二号mark2。これが、私たち……、王国軍の切り札だ」
「あの、すいません。私の認識が間違っているのでしょうか?」スミレは手を挙げながら言った。「それ、どう見ても、手袋とか、鍋掴みにしか見えないんですけど……。ていうか、一歩間違えると、ただのコスプレじゃ……」
「ふっ、俗物は発想が愉快だな」キュアは片眉を吊り上げる。「これは、宇宙で最強の武器だ。これ一個で、戦艦一個分の戦闘力を有するのだぞ」
「はあ。それは随分と、不幸な戦艦だと思うんだけど……。いや、てーかさ、さっきの名前、βとαどっちが一つでいいんじゃね? それに、二号とmark2なんてもろ被りだし……」
「細かいことを気にしていると、胸が大きくならないぞ」キュアはスミレの胸部を凝視しながら言った。
「な……、なっ!」顔を赤らめながら胸を押さえるスミレ。「ひ、人が気にしていることを!ていうかそれ、全然関係ないしっ!」
「大丈夫」横にいるミカゲが、スミレの肩を叩きながら微笑む。「貧乳はステータス、希少価値だから。そういう好みの人もいるって」
「う、うるさいっ! つーかそれ、全然フォローになってないって!」
「気にしていたのか……、スミレ」呟くユリ。
「お、お姉ちゃんまでのっからないでっ!」
「さて、話が逸れたので、戻すと」キュアは元の位置に座りながら言った。
「いや、あなたが逸らしたんでしょ、あなたが」
「後で詳しいことは説明するが……」キュアはユリを見た。「どうだ、私と一緒に、地球を救わないか?」
「いや、あのさ」スミレが手を挙げながら言う。「そんな大事なこと、軍隊とか大人の人に頼みなよ。それに、百歩譲って、なにかの事情があってお姉ちゃんしか出来ないとしても、こんなわけのわからない情報だけで、誰もうんって言わないって。それに、たとえ……、もし万が一お姉ちゃんがやるって言ったとしても、お姉ちゃんはそんな、どこぞのコスプレ喫茶の店員が着用しているようなメチャンコ怪しいコスプレグッズをつけるわけ」
「よし、やろう」ユリが立ち上がりながら言った。
「ほら~。だからお姉ちゃんはやるって……ええええええ――――っ! や、やるのーっ!」スミレは大袈裟にずっこける。「な、なんでぇ?」
「確かに、その、にゃんにゃんなんとかは、死ぬほど恥ずかしい。それをつけるぐらいなら、まだ街中を水着で逆立ちで歩いた方がマシだ」とユリ。
「うーん、なにげ酷いこと言ってますけどぉ」ミカゲが額に汗マークを浮かべる。
「ただ、私一人の犠牲で地球が救えるなら、なんでも協力しよう」ユリは髪を払う。「私はまず、なにをすればいい?」
「ふっ、さすが、私が見込んだ女だ」
キュアは立ち上がる。
「では……、まずは、契約からだ」
「契約?」
と、
その時、
突然、
キュアはユリの腰に手を回すと、
目を瞑って口づけをした。
「――――っ!」
絶句するユリ。
「え、え、え、えええぇぇーっ!」
立ち上がって呆然とするスミレ。
キュアは唇を離しながら、
「ユリ、お前はこれから、私と一心同体だ。文句はないな」
と言った。
「……あ、あ……」
横で、二人を指差しながら、口をぱくぱくさせるスミレ。
「……これが、契約か」
キュアを見ながら言うユリ。
「そうだ。お前はもう戻れない。契約は、一生とれない魔の鎖だ」
「そうか」
と、
ユリは、
軽く微笑むと、
なんと、キュアに、先程よりも濃厚なキスを返した。
「ぐっ……っ」
目を大きくするキュア。
「は……、はあああぁぁぁっ!」
横で叫ぶスミレ。
ユリは唇を離すと、
言った。
「これが返事だ。満足かな?」
「……気に入った」
「これが魔の鎖だというのなら」
ユリはキュアの頬に手を当てながら、
「私は魔女にも悪魔にもなろう。横に……キミという天使が、ついてくれるから」
「ふっ、毒を持っているかもしれないぞ?」
「かまわない。私が、その毒ごと……、愛してみせる」
「ちょ、ちょ……、な、なにこれは?」スミレは顔をひきつらせながらミカゲを見た。
「え、えーと……」ミカゲは頬を汗マークをつけながら「ま、まあ、地球も救えるし、本人たちも楽しそうだから……、と、特に問題ないんじゃないでしょうか」
「そ、そんな、いい加減な……」スミレは項垂れながら「はーあ。これからどうなるんだろう……。すっごい不安」宇宙一の天然カップルを見て、重い重い、溜息をついた。