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「いやー、そうだったんですかーっ。私はてっきり、ここが秘密基地だってバレたかと……」「え、それ、なんですか?」首を傾げるミカゲ。
「え……、い、いや、なんでもないです。いやー、今日はいい天気ね。おほほほほ」
「は、はあ……」ミカゲは愛想笑いをした。
ミカゲとカーザは、ウサギが迷い込んだ建物の中に、招き入れてもらっていた。どうやら、具体的にはわからないが、相手はなにか勘違いしていたよう。
懸案事項のウサギであったが、敷地を捜したら、すぐ見つかった。よかった。一安心である。現在、すぐ横の床ですやすや眠っている。歩き回って、疲れたのだろうか。
二人が招き入れられた部屋は、割と広く、応接間のようだった。ソファーが二つ。それに挟まれるように、黒いテーブル。壁には、それぞれ高そうな家具が配置されていた。目の前の、紀見チャコと名乗る人物は、どう見ても中学生か高校生ぐらいの容姿なので、多少違和感がある景色である。きっと、親が資産家なのに違いない。ミカゲはそう推測した。
「でも、凄い素敵な庭ね」横に座るカーザが言った。彼女は右方向を見ている。そちらには、壁一面に広がる、大きな窓の外の景色があった。「いいなあ。羨ましい」
「いえいえ、そんな」チャコが、微笑みながら手を横に振る。「同居人の趣味でして」
「同居人?」首を傾げるカーザ。「ん、お友達とかと、住んでるの?」
「え、ええ。まあ、そんなところです」チャコは困ったように言った。
「うわーっ、いいなあ。羨ましい」カーザは頬に手を当てながら言った。
「ちょっと、カーザ。あんまり詮索すると、迷惑よ」ミカゲは彼女の裾を引っ張る。
「私、ユリ様と住めるかなー」カーザはミカゲを見る。
「あのね、皆寮住まいでしょ」頭に汗マークを浮かべるミカゲ。
「ユリ様?」チャコが首を傾げる。「ひょっとして、名嘉矢さんの、恋人ですか?」
「えっ、い、いや……、そんなんじゃないけど……、うん。そんな感じ」ぽっ、と顔を赤らめながらカーザは言った。
「あのね、既成事実にしない」ミカゲはつっこむ。
「だってーっ」頬を膨らますカーザ。
「でも、そのウサギ」チャコがウサギを見ながら言った。「一体、どなたのでしょうね。それとも、動物園とか、そういったところから、逃げだしたんでしょうか?」
「うーん、どうなんでしょうね」ミカゲは、チャコがだしてくれたお茶を飲みながら「でも、見ているだけで可愛いですよねー」
「けど、最近、この辺なにかと物騒ですから。外にいるよりは全然安心ですよね」チャコが二人を見ながら「ほら、隕石が落ちて、その中から宇宙人が逃げた、っていう噂、あるじゃないですか」
「えっ!」ミカゲは頭上に汗マークを六個ぐらい浮上させながら「そ、そんな噂、あるんですか? へーえ、は、初耳ですねえ」
「本当、その話?」と、急にカーザが身を乗りだした。「よければ、じっくり聞かしてくれない?」
「ちょ、カーザ」ミカゲは彼女を見る。「チャコさんには悪いけど、そんな話、どうせ嘘に決まってるじゃない」
「いえ。宇宙人はいるかもしれないわ……。ひょっとしたら、私が宇宙人かもよ」
「まっさかあ」あっはっは、とミカゲは手の甲を向けて笑った。「そんなわけないでしょ。もうっ」
「でも……、確か、姿を見たっていう、コンビニ店員がいたような」チャコが言った。「えっと……、キーマカレーマンとさきいかとまっ○るを、マ○ターカードで支払ったっていう」
「ぶっ!」ミカゲはお茶を吹きだした。「げほっ、ごほおっ、おほ」
「み、ミカゲさん、大丈夫?」カーザが背中に手を当てる。
「あ、大丈夫ですか? 使ってください」チャコは、机の上にあったティッシュの箱をミカゲに渡した。
「す、すいません」口元と、周りを拭くミカゲ。
「もうっ、確かに、宇宙人らしからぬ奇怪な行動だけど、なにも吹くことないでしょー」うふふ、とイーザは笑った。
「え、ええ。そうね」ミカゲは無理に微笑む。
「ほら、私のお茶でも飲んで」カーザはミカゲに湯飲みを渡す。
「あ、ありがとう」ミカゲはカーザから湯飲みを受けとり、コホン、と咳払いをしながら「で、でも、これで明らかになったわ。そんな宇宙人いるわけないじゃない。大体、なんで宇宙人なのに、日本語喋れてカードなんか」
「でも、他にも目撃談はあって」チャコは人差し指を顎に当てながら「おかしなネコの手袋をはめたやけに高飛車な女が、上から落ちてきた鉄骨を受け止めたとか」
「ぶぼーっ!」ミカゲは盛大にカーザにお茶をぶちまけた。
「え、えっと……、ミカゲ」カーザは笑顔で「私に、なにか恨みでも?」
「ち、違っ! ご、ごめんね。カーザ」ミカゲはティッシュで彼女の顔を拭きながら「あ、あまりにもな話だったので、つい」
「でも、高飛車な女かあ」カーザは自らの顔をティッシュで拭きながら「そういえば……、うちのクラスにも、地球人らしからぬ、高飛車な人が一人いたけど……」
「ぎくっ!」
「あっ、そういえば」と、チャコは、ポンと手を打ちながら「子供の証言によると、その女は、自分のことを階級で呼んでて……、確か、たい……」
「鯛が食べた――――いっ!」ミカゲは立ち上がりながら、大きく叫んだ。
「えっ、ちょっと、き、急にどうしたの?」カーザは目を大きくして、体を反らした。
「チャコちゃん」ミカゲはテーブルに片手をつけ、もう片方の手を彼女の頬に当て、顔を近づけ、天使のような笑顔で言った。「いい?」
「え、え、は、はい……」顔を赤らめ、驚いた表情のチャコ。
「お姉さんに嫌われたくなかったら、それ以上喋っちゃダメ。わかった?」
「え、え……、は、はい。わ、わかりました」チャコはこくりと頷く。
「いい子、いい子。なでなでしてあげようー。なでなでー」ミカゲは彼女の頭をなで、その手を口元に持っていき「はーい、お口チャック。女の子は、秘密を持ってる方が、可愛いんだぞ」と言った。
「ち、ちょっとミカゲさん」カーザは立ち上がりながら「な、なんだかわからないけど、私、その宇宙人の話、どうしてもチャコさんから聞かなきゃなんなくて」
「カーザ」
と、
ミカゲは、
彼女の腰に手を回し、
おでことおでこをくっつけながら、
「私の言うことが、聞けないの?」
と言った。
「なっ……、そ……、で、でも」
カーザはミカゲの頬を両手で触りながら、
「私、どうしても……、聞かなきゃいけないの」
「あら、どうして?」
カーザはミカゲの唇を人差し指でゆっくりなぞり、
彼女の口元で、微笑みながら小声で囁いた。
「お・ね・が・い」
「ダメって言ったじゃない」
「え?」
ミカゲはカーザをぎゅっと抱きしめる。
「そんな顔したら、あなたを好きな人が……、また一人、増えちゃったでしょ」
「み、ミカゲさん……、そ」
「笑顔はね」
ミカゲは、上目遣いで言った。
「キスの合図なの」
「ちょ、ミカ……、あ、あううぅ……」
「あ、あのー」と、チャコは手を挙げながら「お、お二人ともー。人の話、聞いてます?」
「ふ、ふにゃー」カーザが、ソファーに倒れ込むようにして言った。「ま、負けた……。完敗れすぅ」
「もうっ、カーザったら」髪を払うミカゲ。「私に勝とうなんて、百年早いわよっ」
「あ、あのぉ……、それ、なんの戦いなんですか?」チャコは言う。
「ん? 子供には、まだちょっと早いかも」ミカゲは口元に人差し指を当てた。「大人の秘密。女の子はね……、秘密の数だけ大人になるの」




