4
地下。
まるで、秘密基地のよう。
「本当にここぉ?」フィは周りをきょきょろしながら言った。「なんか、超怪しいんだけど」
「ここよ、ここ。ほら、あの扉」横を歩くスミレが、前方向を指差した。フィも、その方向を見てみる。そこには、一つの扉があった。だが、どう見ても、普通のマンションの扉、またはそれ以下にしか見えない。大丈夫なのだろうか。一抹の不安がよぎる。
現在、放課後。二人でメイド喫茶を見にいこう、と話してから三日後。どちらも空き時間が出来たので、早速行くことにした。しかし……、いざ目の前に目的地があるとなると、少し腰が引ける。
「だ、大丈夫かな」フィは顔をしかめる。「なんか、変に思われないかな? 女同士で入って」
「ちょっと、それ偏見だよっ」スミレは頬を膨らませる。「だ、か、ら、可愛いの好きな女の子は、たくさんいるんだって」
「いや、そういう意味じゃなくてさ、その……、ほら……」頬を掻くフィ。「わ、私、違うのよ。勘違い、しないでね」
「ん? どうしたの?」首を傾げるスミレ。
「え! き、気にしないでっ。さあ、入ろ入ろ」フィはスミレの背中を押した。
「ちょ、なんで押すのよぉ?」スミレは振り向いて目を細める。
「だって、恥ずいじゃん。『お帰りなさいませ、お嬢さま~』なんてさ」
「もうっ、それを見にきたんでしょ」微笑みながら、スミレはドアを開けた。
「よくきたな、お前ら」
オレンジ色のメイド服を着たキュアが、腰に片手を当てながら、
「私は宇宙一のメイド、キュア・ルーズヴィッヒだ。有り難くおもてなしされろ。いいか、それがお前らの任務だ。まあ、少しぐらいなら、サービスしてやるがな」
と言って、ウィンクした。
「え、えーと……」スミレは顔を青くし、縦線入りまくりながら「こ、これ……なんのドッキリ?」
「さ、さあ……、夢なんじゃない、多分」同じような表情のフィ。
「さあ、中に入れ」キュアは二人に背中を見せ、顔だけ向きながら「ぼさっとするな。客なら、店員の指示に従え」
「え、えーと……、ここ、ツンデレ喫茶?」スミレはフィを見た。
「い、いや、違うと思うよ」フィは少し首を振りながら言った。
二人はキュアに連れられ、店内に入った。ぬいぐるみや、手書きのポップなど、とても可愛い作りだった。ただ、色彩がシックにまとめられている。普通の喫茶店にも見える。入り口近くの壁に、パソコン席。奥に、ステージのようなものがあった。四時台ということもあり、客はあまりいない。空いている二人用の席に座る。ステージ近くの席で、店内がよく見渡せた。
「あのさ、あれ、あのキュアだよね……」フィは汗マークをつけながら言った。「別人じゃないよね……」
「う、うん。あんな高飛車なメイド、宇宙であいつだけだよ」スミレは心底呆れたような顔をしながら「いや、つーか、つっこみどころ満載じゃない? よく雇ってもらったよね……。つーか、なんでバイトなんか……」
「お二人とも」
黒色のメイド服を着たユリが、コップが乗ったトレイを持ちながら、
「注文が決まったら、私を呼んでくれ。ただし、私以外だ。私は、売りものじゃないからな」と言って、投げキッスをした。
「お……、お、おおお、お姉ちゃん?」顔を赤らめながら、なんとか言葉を発するユリ。「な、なな、なにしてんの、こんなところで?」
「私はユリではない」彼女は自らの名札を持ちながら「ユリリンという。その、ユリとかいう人物は、別人だ」
「い、いやいやいや」スミレはぶんぶんと首を横に振る。
「あ、ところで」ユリは二人の前にコップを置きながら「今、オススメのメニューがあってね」
「は、はあ……」フィは顔を赤らめながら、ユリの姿を見上げるようにして観察した。
短めの白いエプロン。白いカチューシャに、赤いリボン。二の腕をだすようなデザインに、胸元には赤い薔薇のブローチが。ゴシック調の短い丈のスカートを着ていて、それが、他の店員と一線を画している。明らかに違う制服。というか、それ以前に、滅茶苦茶似合っていて、寒気がするほど綺麗だった。
入り口で見たキュアも綺麗だった。だが、あれは、どちらかというと、可愛いという感じ。ユリは、綺麗という表現がしっくりきた。
「この、オムライスは今オススメ中だ。五十円安くなっている。それに、メイドが文字を描くサービスつきだ」ユリは、テーブルの端に立てかけてあったメニューを、テーブルの上で広げながら言った。「そして、今、特別キャンペーンをやっていて、パフェとケーキを頼めば、メイドと必ず遊べる権利がもらえる。時間限定で、六時までだから、今頼むのがいいんじゃないかな?」
「い、いやいや、遊ぶって……」頬に汗マークのスミレ。
「じゃ、じゃあ……、私、オムライスとパフェ」フィは手を挙げながら言った。
「えっ、ちょ、あんたマジぃ?」スミレは金切り声を上げる。
「えっ、うん。せっかくきたんだし」微笑むフィ。
「お客様は?」ユリはフィを見ながら聞いた。
「えっ、えーと……、じゃ、じゃあ、同じやつで」スミレはメニューを見ながら言った。
「デザートは、後で持ってくる?」二人を見るユリ。
「え、う、うん」曖昧に頷くシオン。
「私も」とフィ。
「それじゃ、ちょっと待ってて」ユリは微笑んで手を振ると、颯爽とカウンターへと戻っていった。
「う、うわぁ~、すごーい」フィはユリの後ろ姿を見ながら言った。「めっちゃ似合ってんね、ユリ。メイド姿」
「いや、つーか……。お姉ちゃん、ああいう趣味あったかな?」スミレは目を細め、汗マークをつけながらユリを見た。
「二人とも、ビックリしたでしょー」と、いつの間にか、後ろにいたシオンが言った。
「うわっ、ちょっと、なに?」スミレは体を後ろに反らしながら「シオンの、その登場の仕方にビックリだよっ!」
「あはは、ごめんごめん」にっこり笑うシオン。「いやね、今うち、スタッフが足りなくて、二人には緊急にヘルプ入ってもらったの」
「そ、そうなんだ。ていうか、シオンもやってたの?」スミレは言った。
「え、ああ、うん。ごめんね、黙ってて」てへへ、とシオンは笑う。
「いや、それはいいんだけどさ、しかしそれにしても」
「店長がね、とにかく、客を呼べる人間を連れてきてくれーっ、って言っててさ」シオンは言った。「で、ユリちゃんってほら、女の子に人気あるでしょ? とにかく凄い」
「うーん、まあ、毎年バレンタインデーは凄いことになってるからねえ」
「そんなに凄いの?」フィが聞く。
「うん」頷くスミレ。「一種のね、あれは事件だよ、事件」
「そ、そこまで……」呆れ顔で、汗マークをつけるフィ。
「で、そしたら、横にキュアちゃんもいてっ。『私も一緒に行きたい。いや、行く。というか、行かせろ!』って言い始めちゃって……。まあ、でも、キュアちゃんも、凄い美人じゃない?だから、一緒にきてもらったってわけ」
「へえ~、そ、そうなんだ……」スミレはカウンターを見ながら言った。つられて、フィもカウンターを見る。なにやら、ユリやキュアはカウンターで作業していた。
「でも、二人とも、覚えるの超早いんだよ。一昨日から入ってるのに、メニューはもう頭に入ってるし、キャンペーン概要もばっちりだし。まあ、ただ、ちょっとばかし、敬語に難があるけど……」あはは、とシオンは苦笑した。
「あの、ユリの服装は?」フィが聞いた。
「ああ、あれは……。急な話だったから、制服がなくて。店長が、知り合いから借りてきたものなんだって。でも、似合ってるよねー。やっぱ、ユリちゃんは黒い服よねー。で、あっ、それとね。スミレちゃん、近い内に、うちの店くるって言ってたでしょ? でね、二人には黙っててもらってたんだ」シオンは、スミレとフィを見ながら「二人をビックリさせようと思ってさ」と、シオンは二人にぺこりとお辞儀をして「じゃ、ゆっくりしていってね。またっ」カウンターに戻っていった。
「な、なんか、輝いてるな……」スミレはシオンを見ながら言った。「仕事楽しいオーラがでてる」
「そ、そうだね」フィは頷く。「学校でもシオン明るいけど、さらに明るい感じが」
「まったく、手をわずらわせおって」と、キュアがスミレの前にオムライスを置き「注文のオムライスだ。間違いはないか?」と言った。
「え、えーと……」あきれ顔で、汗マークをつけるスミレ。
「さて。このメニューでは、私たちメイドが文字を描くことになっている。通常ならリクエストを受けつけているが……、ここは、私のオススメはどうかな?」
「お、オススメ?」
「ああ。この私が、お前にピッタリの文字を託宣してやろう」
「ん、うぅん……、じ、じゃあ、えっと、そのオススメで……」渋々頷くスミレ。
「よし、では」と、キュアは、トレイからケチャップをとり、それをオムライスの上にセットした。「いくぞ」
「なんか、妙に緊張するわね」スミレは呟く。
「てやっ」キュアはオムライスに、器用に文字を描いていった。『フリフリ』と。「うむ。前々から聞いていた、お前の座右の銘を描いてやったぞ」
「ち、違うっ。私はこんな座右の銘持っとらんわっ!」つっこむスミレ。
「もう少しで、お前のぶんもくる」キュアはフィを見ながら「それじゃあな」
「す、凄い高飛車ね……」フィが汗マークをつけながら言った。「ていうか、学校以上に凄いような気が……」
「早く食べないと」スプーンを持つスミレ。
「お待たせ」と、ユリがトレイにオムライスを乗せながらやってきた。「これが注文の」彼女はフィの前にオムライスを置きながら「春の陽気に誘われて、シェフの気まぐれ卵と血のプレリュード風味だ」
「うーんと、私、そのような、奇怪なメニューは頼んでおりませんが」とフィ。
「しかも風味だけ? メインどこ?」横から、スミレのつっこみ援護射撃。
「それでは、肝心の文字なのだが……」スミレはケチャップをとりながら「ここは、私のオススメでいいかな?」
「え、ええ。お願い」
「やあっ」ユリは颯爽と文字を描いていく。『First Kiss』と。「さあ、どうぞ」
「い、いや、どうぞって言われても……」頭上から、汗マークを六個ぐらい出現させるフィ。「何故にファーストキス?」
ユリは、中指と人差し指を額につけ「このオムライスが、キミにとって、忘れられない味になるようにさ」と言った。
「う、うぉぉ……、そ、それはまた……」頬を引きつらすフィ。
「ユリちゃん……」ユリの後ろで、いつの間にかシオンが手を組んでいた。「レモン味がいいな」
「こらこら、シオン」ユリは前髪を払いながら言った。「私を……、悩ませないでくれ」
「ユリちゃん……」
「えっと、なにこれ?」フィが呟く。
「いつものことよ」スミレはオムライスを食べながら「あ、でも、これ結構美味しい」と言った。




