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「でね、そのお笑い芸人さんったら、一発ギャグをCM後にされちゃったのー。いくら、生放送だからって。可哀相だよねぇ」目の前にいるカーザは、優雅に紅茶を飲みながら言った。「それで、ギャグのハードルがすっごい、上がってたわよ。私、そこでお風呂入っちゃったから、どんなギャグやったか見てなかったけど……。きっと、すべったんでしょうねぇ。ああ、可哀相」
「へー、それは、本当に可哀相なお話ね」対するミカゲも紅茶を飲みながら言う。「でも……、この話、オシャレなカフェで話す話題でもないような気がするけど……」
ミカゲとカーザは、学校帰りに、代官山にある、とあるカフェにきていた。オシャレスポットとして有名な場所。また、美味しい紅茶が飲める、と先日雑誌で話題になっていたお店だった。
「でも、スイーツも美味しくて」カーザは上品に微笑みながら「また、是非きましょうね」
「そうね」ミカゲも微笑む。「たまには、こうやって贅沢するのも、悪くないかも」
「そうそう、たまにはこうやって英気を養う……」と、カーザは話の途中で、紅茶のカップを持ったまま、窓を凝視した。
「ん? どうしたの?」つられて、窓を見るミカゲ。「知り合いでも、いた?」ちなみに、窓の外は、人が行き交っているだけで、立ち止まっている人もいなかった。どうやら、カーザが見ているのは、人ではなさそう。ただ、建物、というわけでもなさそう。景色の中には、二階から見下ろす、平凡な街の風景が広がっているだけである。
「ウサギ……」カーザは、窓を見たまま、小さく、呟くように言った。
「えっと……、う、ウサギ? 今、ウサギって言ったの?」頭の上に、クエスチョンマークを浮かべるミカゲ。
「か、かわいい……」
「……えっと、カーザ?」ミカゲは窓の外を見ながら「いないじゃない。ウサギなんて」
「ミカゲさん!」と、カーザは急に真面目な顔をし、両手を机につけ、顔をこちらに近づけてきた。
「な、なんでしょう……」ミカゲは背筋を伸ばし、目をぱちくりさせる。
「女の子が必ず好きなものって、三つあるんだけど……、なんだか知ってる?」
「え、女の子が好きな三つのもの? えーと……」人差し指を顎に当てながら、考えるミカゲ。
「ミカゲさんが、思いついたものを言ってみて」
「え、えーと……」ミカゲは汗マークを頭につけながら「可愛い服、甘いお菓子、格好いい男の子……、とか?」
「違うわ」カーザは窓の外を見ながら「愛、希望、夢……、そして、ウサギよ」
「えーと……。随分、大きいものをチョイスしたわね。ていうか、もろ四つあったけど」ミカゲは汗マークを浮かべながら言った。
「今、ウサギが通った気がしたのっ」カーザは席に座り直しながら「絶対、あれは見間違いじゃないわっ」
「いや……、普通、代官山に、ウサギ、いなくない?」微笑みながら、尚も汗マークのミカゲ。
「ウサギ・イズ・マネー!」カーザは立ち上がりながら「ミカゲさんっ! こんなところで、悠長にお茶を飲んでいる場合じゃないわっ! 私たちは、ウサギを追わないと……」
「ゆ、悠長って……」
「ちょっと、私、レジ行ってくるから」カーザは伝票を持つと「ミカゲさんは、先外でてて」
「え? いや、別にウサギを追うのはいいんだけど、その」立ち上がるミカゲ。
「いいから、いいから。たまには、格好つけさせてよ」カーザはミカゲの鼻に人差し指を向け、その人差し指を自らの口元に当て「お願い」とウィンクした。
「うーん、まあ、それじゃあ……。お言葉に甘えて……。ありがとう」ミカゲは顔を赤らめながらそう言うと、鞄を持ち、出入り口に行った。「あ、でも、カーザ」と、彼女はドアのノブを握りながら、声をかける。
「ん」カーザは振り向き、首を傾げる。
「その可愛い笑顔は、男の子に、簡単に見せないようにね」ミカゲは微笑みながら言った。「あなたを好きな人が、無闇に増えちゃうから」
「なっ……、え……、あっ、うん」顔を赤らめながら、レジに戻るカーザ。「え、えっと……、あの……、お勘定を……、お願いします」




