7
満月をバックに、イーザは拳を大きく振り上げた。
「さあ、いざ行かんっ、レッツ夜這いっ!」
「あの、やっぱり止めた方がいいと思うんですけど……」フィは、力なく項垂れた。
午前一時。暗い屋上。寮の周りは、グラウンドや校庭。ここから見渡すと、山や住宅街も見える。月明かりが、ささやかに二人を照らし、目的以外は、なんとも素敵な景色だった。そう、目的以外は。
「大丈夫。ちょっとお休みのキスをするだけだから」とイーザ。ちなみに、二人とも、寝間着姿。「さあて、ロープはここに」彼女はどこからともなくロープをだしながら「さあ、行くわよっ」
「本当に行くんですかぁ?」こめかみに、汗マークのフィ。「これ、誰がどう見ても、犯罪だと思うんですけど……」
「大丈夫、大丈夫。ちょっとおちゃめなだけだから」と、フィはロープに掴まりながら「てやっ」颯爽と下のベランダに降りていった。
「もうっ」心配なので、フィも続いてロープで下に降りていく。つーか、どこのアクション映画なんだろう、この絵面。
「しゅたっ」両腕を飛行機のように広げ、着地するイーザ。そして、位置をずらしながら、こちらに向かって手招きをし「ほらほら、こっちこっち」と小声で言った。
「いや、『しゅたっ』って口で言わなくても……」フィは、両足で静かに着地した。
「さーて、ユリ様は、どんな服で寝ていらっしゃるのかしら……」そーっと、窓に近づくイーザ。窓のサイズは壁と同じ。ただ、カーテンがかかっているので、見るのには苦労しそうだった。
「イーザ様。中を覗いたら、もう帰りましょうね」フィは呆れながら言った。
「ダメよぅ、そんなの」イーザは振り返り、きっ、とフィを睨んだ。「ちゃんと、キスしないと」
「えっと、その……、ちゃんと、っていうのはなんですか?」
「さてー」窓に向き直り、少しずつ、移動していくイーザ。
「あの、見えます? 出来れば、見えない方が、私としては嬉しいのですけど……」カーザの後ろで呟くフィ。ここからでは、まったく見えない。
「うーん、中が暗くて……、ん?」カーザはこちらを向きながら「な、なんか……、二人で寝てるっぽい」
「え! えーっ、まっさかぁ」フィは手の甲を向けながら、あははと笑った。「だって、二段ベットなんですよぉ。そんなわけ」
「いや、でも、人影見えるっぽいよ」また窓に向き直るカーザ。
「なんかの、抱き枕とか、そんなんなんじゃないですか?」
と、
その時、
「むっ」イーザは外に向かって振り返り、ベランダの手すりに掴まり、身を乗りだした。
「あれ? どうかしました?」
「今、こっちから、視線を感じたような気が……」
「えっ、まっさかぁ」とフィ。「だって、なんにもないですよ、外」彼女はベランダから風景を見た。それは、屋上とあまり変わらず、山と住宅街だった。
「妙ね……」イーザは腕を組む。「覗きかしら……。それにしては、木も建物もないし。いや待てよ。ま、まさか……、夜這いを企んでいる不届き者が、いるのかも……。女の敵ね。ゆ、許せないわ……。きっと、その気配がここまできたのね」
「えっと、あなたがその、不届き者第一号だと思うんですけど……」
「あのー、二人とも」と、なんと、窓ががらがらがらと開き、ユリが目を擦りながら外にでてきた。「こんなところで、なにやってるわけ?」
「のわあっ!」イーザは、しぇー、のようなポーズで固まった。「え、えーと……、お、おほほ」彼女は体勢を戻しつつ手を口元に当てながら苦笑いをする。が、やがて「そ、そんなことよりもっ! 私はユリ様に聞きたいことがありますっ!」と叫んだ。
「え?」首を傾げるユリ。
「ユリ様……。ひょっとして、その部屋に……、なにか、見られてはいけないものが、あるんじゃないかしら?」カーザは部屋を指差した。
「ん、見られたくないもの?」
「ええ、そうよ。私、見ちゃったんだもの……。ベッドで寝ている、二人の影をっ!」
「いや、そんなものないよ」ユリは窓を開け、カーテンをずらし、中を指差した。「ほら」
フィとカーザは中を見た。確かに、中には人影はなかった。
「あれ? 確かにさっき……」呟くカーザ。
「これじゃないかな」と、ユリは、ベッドからペンギンの抱き枕をとり、それを抱えた。「私は、これがないと眠れないんだ……。名前を、ペンゴローという」そして、ペンゴローをベッドに戻した。
「ペ、ペンゴロー……」フィが目を細める。「もっと、いい名前があったんじゃ……」
「う、嘘よっ。ユリ様がそんな、夢見る乙女みたいな趣味持ってるわけないものっ!」
「それは違うよ、カーザ」
と、
ユリは、
一歩前へでると、
カーザの両手を握り、
「女は、常に夢を見るものだ……。ただ、その結果が違うだけ。乙女は、夢は夢のままで終わらせる。でも……、女は、それを正夢に出来るんだ」
と言った。
「あっ……」カーザは目を逸らしながら「そんな目で見ないで……。私、乙女になっちゃうから」と呟いた。
「なんじゃこりゃ」フィは夜空を眺めながら、溜息をついた。




