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調理実習が始まった。スミレの班のメンバーは、ユリ、キュア、ミカゲ、カーザ、フィの六人という、なんとも濃いメンバーでの作業となった。六人とも、席が近いので、しょうがないといえばしょうがないといえる。
「え? チンジャオロース?」と、カーザは首を傾げながら言った。「なんだか、卑猥な響きがする食べものね、それ」
「いっ、いやしないでしょ!」スミレは顔を赤くしながらつっこむ。「え、ていうか、カーザさんは、チンジャオロース知らないの?」
「えっ? いや、ほら、私日本にきて、そんな経ってないからさ。あんま、そういうの知らないんだよね。本当よ」
「ふーん」
「さあさあ」と、ミカゲが具材が入ったトレイを持ってやってきた。「皆で、美味しいチンジャオロースを作りましょ」
「えっと、まずは」ユリが、机の上に置いてあるノートを見ながら言った。調理台の近くにあるテーブル。「牛肉を、長細く切る」
「よし、ここは、私に任せておけ」とキュアが言った。頭に白い三角巾、前に白いエプロンをつけている。他の生徒も、それぞれのユニフォームを着ていたが、彼女だけが何故か目立っていた。正直、一番家庭的というカテゴリーから外れている人物というように思えるが。
「あのさ、あんた、料理とか出来るの?」スミレは、じーっ、とキュアを見つめた。
「ふっ、愚問だな。私といえば料理。料理といえば私。私から料理をとったら、なにが残るのか……。そのくらい、私は料理が上手いぞ」
「本当?」スミレはミカゲを見る。
「えっと……、そうねぇ」笑顔のまま頬に手を当て、頭に汗マークを浮かべるミカゲ。
「さーて、それでは」と、キュアは腰から日本刀を抜きながら「参る」
「ちょ、それ、どこから持ってきたぁ! 参るな! ていうか、いつからつけてたのっ?」スミレは叫ぶ。
「なんだ? 古来から、肉はこれで切るものだと、私は教わったが」
「なんの肉だっ、なんのっ! 包丁よ、包丁で切るのよっ。決まってるでしょ!」
「よし、じゃあ、ここは私が」ユリは一歩前へでた。
「だ、ダメっ! お姉ちゃんが包丁触っちゃ」
「え、ユリさんって、料理とか得意そうだけど」フィが言った。
「ダメなのよっ、お姉ちゃんは。包丁なんか触った日には、死人がでるわっ!」
「死人……」青ざめた顔で呟くフィ。
「いつの間にか包丁が手から消えて、その辺刺さってたことあるんだから」
「スミレは大袈裟だなぁ」ユリは肩をすくめる。「ただ、包丁がダンスをしただけじゃないか」
「充分大事よっ! てか、ダンスってなんだ!」
「あ、じゃあ」フィが手を挙げながら「簡単そうなんで、私やろうかな」
「じゃあ、お願いできる?」項垂れながら、返事するスミレ。なんだか、人数が多いと、体力消耗が、普段よりも激しい。
「で、次は」ユリが言った。「肉の下味用の、タレを作る、か」
「よし、今度こそ、この、世界料理選手権殿堂入りの私が」キュアが、袖をまくりながら言った。
「誰がだ」スミレがつっこむ。
「安心しろ」とキュア。「調味料を混ぜるだけだろ。赤ん坊でも出来る」
「恐ろしく不安なんだけど……」
「大丈夫ですよ」ミカゲが微笑む。「いくら、キュアでも、そのくらいのこと出来ますよ」
「そうかなあ……」額に汗マークを浮かべるスミレ。
「えっと……、なになに」ユリがノートを読む。「料理酒大さじ一、砂糖小さじ一、オイスターソース大さじ一、醤油大さじ一、中華スープ大さじ一、を混ぜればタレが出来るそうだ」
「なるほど……。つまり、全部フィーリングで入れろってことだな」キュアは前髪を払いながら言った。
「違うわっ! 話聞けよっ」とスミレ。
「えっと、あっちのコントはスミレちゃんに任せて」と、ミカゲはカーザを見ながら「私たちは、他の野菜を切りましょう」
「うーん、これでいいのかな?」カーザが包丁と野菜を持ちながら「ニンニクとショウガを微塵切りにするんだよね、次は」
「カーザちゃんは、包丁とか、握ったことある?」ミカゲは首を傾けながら聞いた。
「全然」首を振るカーザ。「私、いつも家で、お手伝いさんとかが、やってくれてたから」
「へー、それは凄いね」微笑むミカゲ。「でも、じゃあ、これいい機会じゃない。今度さ、カーザちゃんが作ってあげて、お手伝いさんに喜んでもらいなよ」
「う、うんっ」カーザはにっこり笑い、まな板に目線を移した。「えっと……、微塵切りって、こう、かな?」彼女は、自然な動作で野菜に線を入れ、それをトントントンと、リズムよく切り刻んでいった。
「わーっ、すごーい。初めてとは思えないぐらい上手いよー」ミカゲは拍手しながら「でも、気をつけてね」
「うん、ありがとう」そのまままな板を見ながら言うカーザ。「でも、ちょっと楽しいかも。今まで、本当私、料理とか、作ったことなかったから」
「あ、あの、ミカゲさん……」と、彼女の横にいるフィが「に、肉が……。肉が、まるで焼野が原みたく、なっちゃったんですけど……」
「え、えーと……」微笑みながら、ミカゲはこめかみに汗マークを浮かべる。「フィちゃん。確か、肉を細長く切ってたん、だよね……。これ、微塵切りというか……。微塵ぶつ切りというか……。凄いことになってるけど。なんというか、モザイクかけなくて、心配になるぐらいの」
「ち、違うのよ?」フィは顔を赤らめながら「こ、これは、その……。なんていうか、アレ、アレなのよっ。も、もごもごもご……」と、どんどん声が小さくなっていった。
「まあまあ、苦手なことは誰にだってあるわよ」微笑むミカゲ。
「むっ、それはなんだ?」キュアが、タレが入った透明のボールを持ちながら、フィの前のまな板を覗き込んだ。「スライムの解体実験か?」
「す、スライム……」顔に縦線を入れ、直立するフィ。
「そっ、そんなことないわよっ」ミカゲはフィの肩を叩きながら「ざ、斬新でいいんじゃないかしら。その……、なんだかオシャレだし、その、懐疑的っていうか、アンタッチャブルで、とてもいい感じじゃないかしら」腕組みをし、ぶんぶんと首を縦に振った。「これはこれで、私はアリだと思うなっ。な、なんていうのかな、こう、料理に宣戦布告してるっていうか、料理そのものの定義を引っくり返すっていうか……と、とにかく、素敵なことだと思う、うんっ」
「それ、全然フォローになってないって」横からスミレがつっこむ。
「で、次は、ピーマンとタケノコを切る」ユリがノートを見ながら言った。
「では、今度こそ、私の出番だな」と、キュアは腕を組みながら言った。「料理歴三十年……。山に籠もって修行した奥義を、今こそ……」
「お前なん歳だよ」とスミレ。
「えっと……、野菜を切るのは、カーザちゃんに任せて」ミカゲは微笑み、人差し指を立てながら「キュアは、チンジャオロースにかける、タレを作ってもらっていいかな?」
「ふむ。またフィーリングだな」
「違うわっ!」スミレは叫んだ。「つーか、さっきのやつ、ちゃんとやんなかったのかよっ!」「私は……、自由が好きだからな」
「自由をポジティブに解釈するなっ!」
「えっと、じゃあ、タレの前に、とりあえず、カーザちゃんが切ってくれたニンニクとショウガを炒めましょ」ミカゲは、具材が入った透明のボールを持ち、微笑みながら「じゃあ……、これを、今度こそ、キュアにお願いしていい?」
「ああ、あの、ちょっとアレな肉を炒めればいいんだな」キュアが言った。
「ちょっとアレな肉……」青ざめた顔をしながら呟くフィ。
「まったく、やっと出番か。待ちくたびれたぞ」と、キュアは、どこからともなくバズーカ砲をとりだし、それをコンロに向けながら「さあ、いつでもこいっ。木端微塵にしてやる」
「するなっ! つーか、毎度のことだけど、そういうのどこからだしてるのよっ!」スミレはつっこむ。
「あ、あの、ここは、やっぱり、ユリ様にお願いするのがいいんじゃないかなっ」と、カーザが言った。「なんだかんだいって、私はユリ様、料理上手いと思うんだよねっ」
「ちょ」スミレは顔をしかめた。「それは……、止めた方が」
「でも、ただフライパンで炒めるだけですし」ミカゲはユリを見ながら「じゃあ、お願いしちゃってもいいかな?」
「わかった」ユリは両腕の袖をまくりながら「そんな難しいことじゃないんだろ? なら、私でも出来る」
「お、お姉ちゃん……。死ぬ気ね……」真面目な顔でスミレが言った。
「今、調理実習の時間よね」つっこむミカゲ。
「でも、ユリ様が料理を作るところを、間近で見られるなんて」とカーザ。「し・あ・わ・せ」
「でも、普通に手際とかよさそう」フィが言う。「手先器用そうだし」
「私は、あれが見たいな。フライパンの上で、具材が舞うやつ」とキュア。
「ちょっと、過度な期待しないでよ」ユリは手を横に振り、全員を見て微笑む。「で、えっと、なになに」ノートを見ながら「まず、サラダ油を入れる……か。こう、かな」と、なんと、あろうことか、ユリはサラダ油を、どぼどぼどぼとフライパンに注ぎ始めた。「まだ、足りないかな」
「バッ、バカーっ!」スミレが叫んだ。「そこに、大さじ三って描いてあるじゃんっ。天ぷらでも、作る気かーっ」
「え?」ユリは注ぐ手を止め、フライパンを凝視し、片眉を吊り上げた。
しーん。
大量に投入された、サラダ油。
ずーん。
気まずい沈黙。
凍りつく時間。
縦線入りまくりの六人。と、その周りの空間。
すると、
ユリは、
振り返り、全員を見渡すと、握り拳を作りウィンクしながら言った。
「隠し味は、乙女心だぞっ」
「アホかーっ!」スミレが言った。




