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「お姉ちゃんって……、ひょっとして、疫病神とか、とり憑かれやすいタイプ?」
「いや、ちょっと待て。それは相手に失礼だぞ」前の席にいるユリは、こちらに向きながら言った。
現在ホームルームの始まる少し前。二人の席は前後なので、大体この時間は二人で話している。
「でも、キュアは百歩譲って疫病神じゃないにしてもー」スミレは腕を組みながら「あの、イーザっていう子、あの子のインパクトは半端じゃないよ。だって……、今日の朝の、あれ見たぁ? ユニコーンだよ、ユニコーン。どこからきたの、あれ?」
「さあ? 飼ってたんじゃないか?」
「あのねぇ」目を細めるスミレ。「それに、今日朝、なにも知らない顔して『あら、あなたは昨日校舎を案内してくださった、ユリ様ではないですか。偶然ですね。丁度、私も学校へ行こうとしていたところです。よろしければ、学校までご一緒しませんか? えっ、なんでこんなところにいるのか、ですって? あら、嫌だわ。そんなもの……、赤い糸をたぐり寄せたに決まってるじゃないですか。もうっ、このおしゃまさん。逮捕しちゃうぞ』なんてバッカバカしいこと言ってたけど……、あれは絶対、後をつけたとか、なにかの機械で調べたとか、そういう、普通じゃない方法を使ったに決まってるわよ。大体さ、どこで出会ったの? あの二人と?まあ、もう一人の方は、特に普通の人だったけど」
「いや、本当に、昨日校舎を案内しただけだよ」とユリ。「それ意外に、なにもしていない」
「本当? そこで……、たとえば、薔薇の花びらを散らしたりとか、しなかった?」
「うーん、したかも」
「それ、それだよ」スミレは項垂れながら言った。「だからさ、お姉ちゃんさ、その格好つける癖止めた方がいいって。自覚ゼロでしょ?」
「え? 私、格好つけてるつもりないけど」ユリは首を傾げる。
「いやいやいやいや。あれで格好つけてないって言ったら、どこぞの歌劇団は、もう今から営業できなくなるよ」
「うーん、そんなつもりはないんだけどなぁ」未だ、首を傾げたままのユリ。
「ユリちゃーん」と、右方向から、シオンが手を振りながらやってきた。「今日も素敵だったよー。なんか、弟子みたいな人連れててーっ」
「いや、あれは弟子なんかじゃなくて」
「ねえねえ、あの、白い馬いたじゃん。あれ、今度乗せてよっ。私、ユリちゃんの後ろ乗りたいっ」
「いや、シオンは乗せられないよ」
「えっ、なんで……」
「もし、シオンが落馬したらどうするんだい? 私は、明日から、誰と一緒にお弁当を食べればいいんだ」ユリは小さく首を振る。「だから……」そして、指を鳴らし、その指でシオンを差しながら、片目を瞑って「餓死で死ぬなんて、ノーサンキューだよ」と言った。
「ユリちゃん……」手を体の前で組むシオン。
「お姉ちゃん……、それだよ、それ」スミレはつっこんだ。
「はーい、ホームルーム始めるぞー」と、担任教師である小林が入ってきた。
「じゃ、またね」シオンが手を振って、自分の席に戻っていく。
「えーっ、もう知ってるやつもいるかもしれないけど、今日はなんと、このクラスに留学生がやってきまーす」小林は、教卓に両手をつけながら言った。少し騒めく教室内。「はい、じゃあ早速」彼女はドアに向かって大きい声で言った。「はーい、どうぞーっ」
すると、
教室内が突然暗くなった。
高く、柔らかい声が、どこからか聞こえてくる。
「転入生は、皆緊張するもの。でも、それは、ハードルを跳ぶ前の助走期間。幸せは、不幸との差異だから。認めたくないけどね」
教卓の前に、
スポットライトに照らされた、カーザが立っていた。
「幸せは、誰しもの生きる目的。けれど、それに囚われては、決して幸せにはなれない。人は、欲望という鎖から逃れられることは出来ないから。だけど……、私は、それでも幸せを追い求めて生きていきたい。……それが、生きるってことだと思うから。はいっ、ということで、転入生の名嘉矢カーザでーす、よろしくお願いしまーす」
「えーと……」小林は、ドア近くの電灯のスイッチをつけながら言った。一気に明るくなる教室内。「お前、なにやってんだ?」
「え……、先生、酷いですっ。なんで電気つけっちゃったんですかっ?」カーザは、頬を膨らましながら抗議した。「もうっ、あと台本は三ページも残ってたんですよっ」
「いや、普通に言えよ、普通に」小林はこめかみに汗マークを浮かべる。「はい。この人が名嘉矢カーザさんでーす。で、えーと、もう一人の転入生が」
「初めまして……、吹結です」赤毛の、背の高い少女がドアから入ってきた。彼女は頭を下げながら言った。「よろしくお願いします」
「ほら、カーザ。こういう風に、シンプルでいいんだって」
「うーん、インパクトにかけるわね」腕を組むカーザ。
「いいんだって。自己紹介にインパクトなんてなくて」小林は溜息をつく。
「なにが目的なんだろう……」とスミレ。
「で」
すると、
小林は咳払いをして、
「実は、まだ転入生が二人いる」
と言った。
「え?」目が丸くなるスミレ。
ババババババ。
ヘリコプターの飛ぶ音が、どこからか聞こえた。
「なっ!」スミレは立ち上がって窓の外を見た。
教室中の生徒も、あまりにもな光景に立ち上がる。
ヘリコプターから吊される梯子に、一人の少女が掴まっていた。
その少女は、片手に拡声器を持っていた。風で大きく揺れる制服。長い水色の髪も、旗のように揺れる。
「そこのバカ」少女は拡声器を通して言った。「いいか、自己紹介は、目立てばいいというものではない」そして、ヘリコプターは梯子ごと教室へと近づき、少女はベランダに飛び降り、窓を開け、片足をサッシに立てかけながら肉声で言った。「私は、転入生のキュア・ルーズヴィッヒだ。これから、よろしく頼む」
「ちなみに、私は伊尾ミカゲって言いまーす」彼女は、いつの間にか、キュアの後ろで手を振っていた。「趣味は、料理と手芸でーす。今一番ハマっていることは、同人サイトに自作小説を送ることでーす。ふつつか者ですが、よろしくお願いしまぁす」
「なんか、つっこむのめんどくなってきたから、授業始めるぞー」小林は教科書を広げながら言った。「転入生たちは、それぞれ好きなところに座っておけー。で、あとは、スミレ、お前が上手いことまとまておけよーっ」
「いや、無理無理っ!」スミレは顔に縦線を入れながら、ぶんぶんと首を横に振った。「この、台風の後みたいな空気を、どう上手いことまとめろとっ!」
「はーい、それじゃあ一般生徒は、P47を開いてー。いいかー、主要キャラのことは放っておけぇ。あいつらは特別だからなーっ」




