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姫釘マリアは、黙示録学園エントランス内にて、花影塚ユリを待ちかまえていた。
今まで、ユリには、なん度負けたかわからないぐらい、負けている。悔しい。だが、今度こそは、という甘い誘惑が彼女をつき動かす。なんだろう。動機は、既にないといっていい。これが、衝動というものか。彼女はそう思考すると、何故か少しおかしくて、一人で苦笑した。
朝、八時十五分。
いつも通りの時刻に、ギャラリーの歓声がしてくる。これは、ユリがきた合図。
ただ、彼女は今までただ一方的に負けてきたわけではない。一つ負ける度に、対策を練っている。そして、今回は、その集大成ともいえる、秘密兵器も用意してきた。準備は万全。体調も万全。今日こそは勝てるかも、という気配がなんだかしている。
ザッ。
姫釘は、赤いマントを翻すと、エントランスの中央に立ち、叫んだ。
「さあっ、花影塚くんっ! 今日こそは、この因縁の対決に決着をつけようではないか……って、んぅん?」姫釘は、目を細めて、数メートル先にいるユリを見た。
ユリとスミレの他に、知らない生徒が二人、ユリの左右にいた。
首を傾げる姫釘。だが、計画に大きな支障はない。多少のイレギュラーは今までもあった。これくらいで、動揺する彼女ではないのである。
やがて、吹き抜けのエントランスは、洞窟の中のように反響するかけ声に包まれた。また、一部、どこから用意してきたのか、色とりどりの紙吹雪まで降らしている生徒もいた。
そして、ユリは、姫釘の近くにやってくると、髪を払いながら言った。
「おはよう、マリア。しかし、キミはまた性懲りもなく……。しか」
「ユリ様。ここは、私に任せて」と、見知らぬ少女の、背の低い方が一歩前にでて言った。「私は、名嘉矢カーザ。ユリ様の……、守護神です」
「し……、し、守護神だとぉっ?」姫釘は大きく口を開けた。「か、花影塚くん……。お前、そんなものまでいたのか……。さすがに、それは想定したことがなかったぞ」
「誰もしないと思いますけど」横にいる、赤い髪の少女が言った。
「まあいい……」姫釘は口元を、にやりと緩める。「では、まず、守護神とやら。お前から地獄にたたき落としてやろう。いいか、勝負の方法は」
「ローズ、ユニコーンっ!」と、カーザはいきなりそう言うと、片手を大きく天に掲げた。
「な……、え、なに?」瞬きする姫釘。
すると、
驚くことに、
薔薇の花びらとともに、角をつけたたてがみつきの、白い馬が玄関から猛スピードで入ってきた。
「え……、え、えええええぇぇぇっ!」姫釘は絶叫した。「な、なんだそれはっ!」
カーザはローズユニコーンに颯爽と跨ると、
「古の頃より、封印は解かれたり。汝、薔薇の御加護を持つ者よ。我に続かん……、さあいけ、ローズユニコーン! あの赤マントを、後ろ蹴りで吹っ飛ばしてしまえっ!」
「ちょ……、まっ、どこからつっこんでいいか……、て、ていうか、馬にけっ飛ばされたら、普通死ぬ……って、う、うばっし!」姫釘は、見事な後ろ蹴りをくらい、窓硝子まで一直線に突入し、パリンッ、という効果音とともに、裏庭まで吹っ飛ばされた。
「どうだった、ユリ様!」後方から、カーザの声が聞こえた。「私、ユリ様のために、召喚術を覚えたんですよっ」
「ああ、ありがとう。カーザ」と、ユリの声。「けれど……、今度からは、もっとエレガントにお願いできるかな。ここ、校舎内だし、窓も割れてるし……。さすがに、伝説の獣はちょっと」
「オッケーッ。じゃあ今度は、トランプ騎士団を連れてくるわ。それか、ランプの精っ!」
「く……、お、覚えていろよ……。花影塚……、そして、カーザよ……」姫釘は、茂みの中で、静かに呟いた。




