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「ごぎげんよう」
そう言って手を振ると、花影塚ユリは颯爽と校舎に入っていった。
「か、格好いいーっ」少女Aは高らかにそう声を上げた。「いいなー、ユリ様はいつ見ても、素敵ねえ」
「ねー、そうだよねー」と少女B。「あー、いいなあ。いつか、お話してみたいなあ」
「いやー、無理よう、そんなの。だって、学校中の憧れの的なんだよー。ユリ様はぁ」
「うーん、やっぱそうだよねー」少女Bは溜息をつく。「手を振ってくれるだけで、私満足かもー」
「長い黒髪、すらりと伸びる足、響き渡るような低い声、どれをとっても最高よねー。もう、ユリ様に出会ったら、男なんて好きになれないよう」
「うんうん。わかる。いいなー、私たちの王子様だよねー」
「そうそう。あーあ、いつか、白馬に乗って、迎えにきてくれないかなー」
白い生地に、金の刺繍が入った学ラン調の上着。
黒いタイトなミニスカートに、健康的な桃色のソックス。
高い身長に、人を射貫くような大きく青い瞳。
歩く度に、長い髪が揺れ、道行く人々は皆振り返る。
彼女こそ、
黙示録学園中高等部二年、
知る人ぞ知る学校一の有名人、生徒会長花影塚ユリなのであった。
「ちょっと! お待ちなさい、花影塚さんっ!」と、ユリの前に、厳しいことで有名な教師、白鳥エンマが現れた。白いブラウスに、黒いロングスカート。平行四辺形の眼鏡に、タマネギのような髪型をしている。「あなた、なんですの、その制服はっ? 毎回毎回、校則を破って! あなた、それでも生徒会長なんざますの?」
「おはよう、白鳥さん」ユリは片手を挙げ、爽やかに微笑んだ。
「きゃー、格好いいっ!」周りから上がる、生徒たちの歓声。二人がいるエントランスは吹き抜けになっていて、二階や三階からも見下ろせる。この時間になると、一目ユリの姿を見ようと、人が集まりだすのだ。また、二階三階だけでなく、一階にも多くの人がいた。
「ええ、おはよう、花影塚さん……って、ち、ちがうざますっ!」白鳥はきーっ、と叫んだ。「いいですかっ? この、黙示録学園は、由緒溢れる、伝統ある女子校なのですよっ? 普段の制服は、黒いブレザーに、灰色のスカートという、極々一般的なものなんですっ。それが、なんですか、そのどこぞの歌劇団もビックリな学ランに、丈の短いスカートはっ? ここは舞台の上じゃないんですよっ? さあ、即刻着替えなさい!」
「白鳥さん」ユリはゆっくりと、白鳥に近づく。
「な、なんですかっ? ぼ、暴力はいけませんよ、暴力は!」眼鏡を人差し指で押さえる白鳥。
ユリは、白鳥の前に立つと、どこからともなく白いバラをとりだし、それを白鳥の服にある胸ポケットに差した。
「えっ? えっ?」困惑する白鳥。
そしてユリは、
彼女の耳元でこう囁いた。
「あなたに、バラの御加護があることを……。アディオス」
「きゃーっ! 格好いいーっ」
おおおおおお、とわき上がるエントランス。
「くっ……、ご、誤魔化されないわよ、こ、こんなことで……、ちょ、き、聞いてますの、花影塚さんっ!」
「ふっ」白鳥の後ろを歩いていたユリは、立ち止まって振り返った。そして、左手の人差し指と中指だけを立て、それを白鳥に向け、爽やかに微笑みながら言った。「私は、何ものにも囚われない主義なんだ、悪いけどね」
「きゃーっ! ユリ様あああぁぁっ」一斉に上がる歓声。
「なっ……」白鳥は顔を赤らめながら「きょ、今日のところは、見逃しますわっ。あ、明日こそは、お、覚えてらっしゃい!」と言った。