おわり
「やはり思った通りだ」
!
居るはずの無いキングの声に振り向けば、階段の前にキングとキングに支えられたグラムが居た。
どうして。
驚きすぎて動けなかった。
自力では立てないのか、グラムは喉に手を当てて肩で息をしていた。
「氷の竜…神話は本当だったのか」
キングが手を離したら、グラムがよろけて倒れた。
「ま…て」
走り出すキングにグラムがすがろうと手を伸ばした。
でもその手はキングに届かず、そのまま倒れた。
呆然としてる私を押し退け、キングは氷の竜を守る氷を砕こうと魔法を使うが厚い氷はキングを阻んだ。
「くっそっ!」
床を這いずって、グラムが近付いてくる。
「約束…を守れ」
「邪魔だっ」
やっとキングの足首を掴んだグラムを、キングが邪険に蹴りあげた。
ひっくり返ったグラムを助けて、そこに座らせた。
体勢的に私が後ろから見下ろす形になって、喉に巻かれた布の奥が見えた。
あぁ…。
言葉にならなかった。
黒い鎖の奥で、溶岩が出口を求めて吹き上がる。
解呪出来たんじゃなかったんだ…。
記憶のグラムの再現に喉が詰まった。
「くそっ!!」
キングが氷を拳で殴った。
氷に拳を着けたまま、キングが私を向き直った。
「どうやったら氷が割れる!言えっ!」
欲に狂ったキングを見返して首を振った。
「嘘を付くな!お前はこの氷の神殿に転移した。氷の竜を助ける方法を知っているから来たはずだ」
キングもお前なんだ。
1つ深呼吸してメモに書いた。
『知らない』
「知らないだとっ!ここに来れて知らないが通用すると思ってるのかっ!」
狂気に飲まれてるキングに書いて見せた。
『1度グラムに連れてこられたから、もしかしたらと思って転移してみた』
「嘘を付くな」
『嘘だと思うならグラムに聞いてみれば良い。前回も私は何も出来なかった』
キングがギッとグラムを見た。
「本当だ。こいつは役立たずだ」
喉を押さえて、グラムがゆっくり言った。
少しでも休む時間があったからか、グラムは落ち着きを取り戻していた。
グラムから離れて、キングの後ろに見える氷の竜をじっと見て考えた。
予想外の展開でキングもグラムもここに居る。
もしこれが白い世界のシナリオなら、これからどうなるんだろう?
どう書かれてるんだろう
2人の前で万能薬を使うの?
あ。
驚きすぎてて、するべき事を忘れていた。
アイテムボックスから万能薬を出そうとしたけど、やっぱり出せない。
きっと氷の竜と私の2人だけの時に使わせたいんだ。
2人にって…、て考えてた時グラムが沈黙を破った。
「俺が知っている。…話は俺を治してからだ」
え?
思わずグラムを見てしまった。
そんな話聞いてない。
キングも同じらしく横目でグラムを見下ろしていた。
「1度失敗したからな。長に聞いた」
「言え」
「治すのが先だ」
目だけの、2人の無言の攻防はキングがおれた。
「良いだろう」
キングが装備の裏から何かを包んだ紙を出した。
「これを飲め」
グラムはキングを真っ直ぐ見て飲んだ。
「速く話せ」
「効いてからだ」
急かせるキングをグラムが流した。
時間の流れが遅い。
時間潰しに、2人を見ながら疑問を考えた。
多分だけど、キングを連れてグラムがここまで私を追って転移して来たはず。
何故?
何故キングまで?
傲慢なグラムらしくなかった。
「まだなのか」
「まだだ」
「治ってない振りをしてるんじゃないだろうな」
急いてるキングが苛々していた。
重苦しい時間が過ぎて、グラムの喉の鎖は黒い痕に変わっていった。
「薬の代償として、お前をここへ連れてくる。俺は城での約束を果たした、なのにお前は違えようとした」
言いながら、グラムがゆっくり立ち上がった。
「なんだと?」
「お前は用済みだ!」
!
グラムが手のひらの丸い玉をキングに投げ付けた。
止める時間も無かった。
一瞬だった。
キングを閉じ込めた玉が砕けて、…血だらけのキングがそこに立っていた。
動けなかった。
私は馬鹿みたいに2人を交互に見てた。
「チッ!」
グラムがもう1つ、玉を手のひらに乗せてる。
咄嗟に光の結界をタップしたのは、死にたくないと思う本能だと思う。
「させるかっ!」
キングも胸ポケットから玉を出してグラムに投げた。
投げたのはキングの方が速いように見えた。
遅れてグラムもまた投げた。
その後は見えなかった。
爆発音と雷みたいな閃光に顔を背けて目を瞑ってた。
ハッとして2人を見た。
不思議だけど、見る前から2人は倒れてるって分かってた気がする。
呻く2人は互いを憎しみがこもった目で見てた。
怪我は…。
見た目崖から落ちて骨折した様な感じだけど、どっちも死にそうなほどは重症じゃない。
それでも立ち上がるのは無理そうだった。
「…くそ」
グラムが舌打ちする。
「結界を張っていたか」
キングも悔しそうに言った。
「お前は絶対殺す」
グラムの声にキングが声を出さず笑った。
「何が可笑しいっ」
グラムが炎の塊をキングに投げ付けた。
キングの結界が炎を弾く。
え…。
頭を上げたグラムの首が燃えていた。
嘘。
さっきは黒い痕だった。
なのに何故。
動揺で足が震えた。
「あの薬は短時間しか効果がない。俺が言わなくても分かってるはずだ」
え?
薬の効果が切れたから…。
「場所は分かった。これの壊し方はお前が死んでからゆっくり調べるさ」
キングの残忍な目が私に向いた。
「お前もこの龍人と一緒に殺してやろう」
キングが言ったと同時に視界か赤く燃えた。
その数秒は駒送りの世界だった。
炎がかまいたちで切り刻まれて竜巻に見えた。
綺麗…、だった。
炎が消えて見えたのは、焼きただれた2つの塊。
可笑しくて、くつくつと笑ってしまった。
これがこの世界。
自分が良ければそれで良い。
キングとグラムの姿がこの世界の姿に見えた。
「くそ…」
「目の前に…世界を握る力があるの…に」
私は2人の声を静かに聞いてた。
どちらも回復の魔法を自分で使えるから、助けないととか焦らなかった。
気持ちを閉ざしてるのか、氷の竜はそれでも静かにそこにいた。
2人は力尽きた様に静かになった。
もしかしたら、と思ってアイテムボックスを開くと万能薬が取り出せた。
他もと思ったけど、取り出せたのは万能薬が1つだけでポーションは駄目だった。
飲ませるのに氷を壊すのは躊躇われた。
もし失敗したら…回復したキングかグラムが…。
その可能性の方が怖かった。
賭けだけど。
万能薬を氷の竜のところまで転移させてみた。
ダメなら弾かれる。
もう1つある事が私にその決断をさせた。
結果は…。
何も変わらなかった。
…どうしよう。
もう1つ転移させてみる?
もう1つ取り出す前に、氷の竜に鑑定を使ってステータスを見てみた。
すると万能薬でライフはMAXになっていた。
どうしよう。
どうしたら良いのか分からなかった。
諦めてステータスを閉め掛けて、自分のステータスが目に入った。
レベル160。
カンストしたレベルを10分くらい見てた気がする。
改めてアイテム欄を見てみた。
装備の中で集められていないのは残り3つ。
先にこの3つを集めようか。
とかぼんやり考えてた。
3つ…!
あっ、て思った。
だって…、その1つはきっと10の町の裏ボスだ。
そして、1つは氷の竜…。
最後の1つは…氷のダンジョンにまだ眠ってる。
はは…無理。
10の町のダンジョンの裏ボスも、氷の竜も、今は怖くて挑めない。
………
どうすれば良い?
!
氷の前に倒れてたキングがピクリと動いた。
「…ルアン。俺を王都…に連れて帰れ」
急いでステータスを開いた。
転移は使えたけど、無理だと首を振った。
「必ず…礼はする」
見えるか分からないけど書いて見せた。
『無理』
自分を殺そうとした相手を助けるほど私も甘くない。
キングは悔しそうに舌打ちした。
「前も俺が転移させたんだったか…」
前?
それで思い出した。
前の氾濫の時も転移を使ったのはキングだった。
「くそ、そいつを見張ってろ」
転移でキングが消え、私とグラムが残った。
時間がない。
キングが戻る前に、氷の竜を助け出したかった。
でもどうやって?
閉じ込められてるこの氷から氷の竜を助け出せても、何処に隠す?
逃げる場所が思い付かなかった。
それに、逃げた先で結界を張っても無意味に思える。
どうしよう。
ぐるぐると考えてたら、グラムに呼ばれた。
「ル…アン」
ビクンっ!
驚きで体が跳ねた。
「た、助けてくれ」
すがるように手を伸ばされて、思わず後退る。
「む、無理なら殺してくれ」
!
ブンブンと首を振った。
どっちも出来るはずない。
「氷の竜も俺と一緒に殺せ。絶対アイツをこの世界の王にはさせない」
………
気持ちがスーっと凍った。
本当に、最後の最後まで身勝手なままなんだ。
ふふ…。
立場が変われば、キングも同じ様に言うだろう。
「お前をだまそうと言い出したのもアイツだ」
城で王と話してる途中動けなくなったらしい。
対策を練る時間稼ぎに、氷の神殿と私の名前を出したとグラムは言った。
………
私なんだ。
キングの話に乗せられて、氷の竜の居場所を教えてしまった…。
違う。
教えたのはグラムだ。
グラムが連れて来なかったらキングは来れなかった。
「俺のせいじゃない」
まるで私の気持ちを読んだようにグラムが言った。
「お前だって、危険になったら俺と同じ事をするさ」
聞きながらスキルを見ても、回復も再生も使えない。
何も出来ない自分が苦しかった。
っ!
…嘘。
下で転生が点滅していた。
小さく横に説明が見えた。
今まで何も書かれて無かったのに何で?
《使えるのはただ1度、異世界に生まれ変われる》
!……
この世界から逃げて、生まれ変わりたい!
タップしようとして…、止まった。
逃げたいのは氷の竜も同じだから…。
指が震える。
グラムが死んだら…私の結界を通り抜けられる人は居なくなるはず…なら氷の竜を…。
馬鹿みたいだけど、倒して転生させたら…、とかコンプしたいずるい考えも私の中にまだあって。
もうぐちゃぐちゃだった。
「くそぅ…、お前も道連…」
グラムの言葉の最後の方は聞き取れなかった。
暗闇になったのが先か、カッと閃光が見えたのが先かは分からない
光に驚いて転生をタップしていた。
気が付いたら、白い世界に居た。
ああ…、死んだんだ。
最初に思ったのはそれだった。
グラムに殺されたのはちょっと嫌だったけど、戦って勝てないと分かってたから悔しさは無かった。
氷の竜はどうしただろう。
私の転生の方が速かったら、きっと別の世界に生まれ変わってるはずだと思った。
今は…氷の竜より私だ。
死んだから次は何処に逝くんだろう。
出来るなら『無』になりたい。
地獄は痛そうだから嫌だけど、天国も嫌だと思う。
消える前に、もう1度だけ母に会いたかった。
『その願い敵えてやる』