思惑
10の町の冒険者ギルドから疲れきって家に戻った。
赤茶の青年と魔法使いの少女を始末する報酬にダンジョンの情報をグラムに与える、とクラークさんは職員と話していた。
信じられない話だけど、クラークさんはグラムと連絡する方法があるんだと気付いた。
もしもだけど私を見張ってるから?
今まではっきり聞いたこと無いけど、転移であちこちの町へ移動する私をどうやって見張ってるんだろう。
何時か、があるか分からないけど、聞けるならおじいさんかクラークさんから聞いてみたかった。
クラークさんの話に、グラムならどう答えるだろう。
グラムなら話に乗りそうな気がする。
それもいい。
多分赤茶の青年とグラムの事が解決しないと、氷のダンジョンには転移できないと思うから。
白い世界は神さまだから人を好き勝手に動かすの?
最近、投げ遣りになってる。
溺れかけて泳ぐのを諦めた時と同じで、未来に希望なんて1つも無い。
自分からは死ねないから生きてるだけ。
惰性?
足掻き疲れて開き直ってるのかも。
グラムが来たのは翌日の朝だった。
「35の町のダンジョンを先に攻略するぞ」
村の長とどんな話し合いがあったんだろう。
まだクラークさんから連絡来てない?
盗み聞きしたとは言えない。
『転移が変わった?』
今日こそは聞いてみようと思ってメモに書いた。
「変わったんじゃない。これが龍人の転移だ」
意味が分からない。
『なら前は?』
「転移の玉を使っていた」
転移の玉?
メモに書こうとしたらグラムに止められた。
「余計な事は聞くな」
『何故』
グラムは怒った顔でメモを取り上げに来た。
「寄越せ!」
嫌だと首を振った。
光の結界を抜けた仕組みが解るかもしれない。
『知りたい』
「お前が知る必要はない」
『話さないならパーティーを解散する』
「ふざけるなっ!」
捕まえに来るグラムから逃げるように転移する。
着いた先は始まりの町。
暫く待ってもグラムは追って来なかった。
やっぱりだ。
確信して家に戻ったら、グラムが不機嫌な顔でソファーに座っていた。
「チェスター国へ転移出来ない。お前、何をした」
『何もしない。神の壁はチェスター国民を傷付けた者を通さない』
「何時俺がチェスター国民を傷付けた」
『10の町で冒険者を殺した』
思い出したのか、グラムの口が『あ』の形に開いた。
「どうすれば入れる」
『長に聞けばいい。私は知らない』
グラムは舌打ちしてまた何処かへ転移して行った。
グラムが居た場所を見ながら考えた。
グラムは転移の話はしたくないらしい。
何故?
夕方グラムがまた来た。
「チェスターの事は長が神に話す。俺とお前は35の町のダンジョンへ行くぞ」
『1人で行って』
「お前も行くんだ」
『私は行かない。無理強いするならチェスター国へ行って帰らない』
グラムが殴り掛かってくる動作をしたから、転移で部屋の端へ移動した。
「世界を救う為なんだそ!」
『グラムだけで救えばいい』
遠くて見えるか心配だったけど、近付く気はない。
「お前が居ないと氷の竜に会えない」
『私が居なくても会える』
指輪が揃えば会えると繰り返した。
「だから一緒に来い」
グラムもだ、自分の希望が通るまで言うんだ。
『なら条件がある』
「何だ」
『転移の話が聞きたい。何故使えなかった。何故使えるようになった』
グラムは凄く嫌そうな顔をして、渋々話し始めた。
「弟のグラムが死んで。弟の力が俺へ戻ってきたから転移が使えるようになった」
『死んだから使えるって何?』
龍人は双子の場合1つの力を2人で分けるらしい。
あ。
クラークさんが初めてグラムと会った時、波紋が薄いと言っていた事を思い出した。
《双子か?》
聞いてきたクラークさんの声も言葉も思い出だした。
「片方が死ねば、力は残った方に移る」
え?
グラムの力が目の前のグラムに移った、って事?
「力が強い分同化に時間が掛かる」
グラムの話を聞いていて、ある仮定が生まれた。
兄弟で、優れていたのは目の前のグラムじゃなく死んだグラムの方だったんだろう。
だから騙して奴隷に落としたのか。
毎年神に問うのはグラムだったって言ってた。
兄は、優秀な弟をどんな気持ちで見てたんだろう。
哀れだと思った。
哀れだと思うけど、だからって勝る弟を奴隷に落とした理由にはならない。
きっと私は批難する目をしてたんだと思う。
グラムが大声で怒鳴った。
「お前だって弟を倒してレベルを上げただろうが!」
!!
グラムを倒して?
私が?
…あ。
レベル149になった記憶がなかった。
48の町のダンジョンで147まで上げた。
差の2レベルはグラムを倒したから?
猛烈な吐き気に襲われて家の外へ転移する。
泣きながら吐いた。
35の町のダンジョンの攻略は翌日からになった。
今までと同じく、朝に集まって夕方別れる。
それを3週間続けた。
グラムと別れたあと、42の町のダンジョンでボスと裏ボスを倒してレベルも156まで上がってる。
魔力もかなり上がっていて、闇の全体魔法も連続2回使用可能になっていた。
ここまで上がっても魔法使いの集団を私1人で相手に出来るとは思えなくて、更に力が欲しと思った。
翌朝、グラムは35の町のダンジョンボスに挑んだ。
予測してたけど、やっぱり倒せなくて苦戦する。
私はまた逃げるかも、と思って見てた。
攻略する方法は覚えてる。
グラムには馬鹿にして笑われたけど、最強の盾を持つのは譲れなかった。
「そんな初級の盾に何の意味がある」
確かに見た目は初心者用にも見えるけど、これより上は氷の竜の装備しかない。
グラムには装備の知識がない?
『グラムも装備を着けてる』
「龍人は耐性を持っている」
耐性を持ってる?
言葉のとおり、苦戦してても盾が無くても戦えてた。
仕留めきれずにいたグラムが、また手のひらに黒い玉を出してボスに投げた。
「ざまあみろ」
肩で息をするグラムは傷だらけで、残されたメダルをまた宙に投げた。
グラムは隅にいた私のところへ転移できて右手首を掴むと、メダルの後を追ってまた転移した。
転移した場所は前回メダルをはめた部屋だった。
想像した通り私がはめたメダルは無くなっていて、グラムと私が着くとメダルはストンと凹みにはまった。
グラムは四方をぐるりと見て待った。
裏ボスへの扉はボスの奥だから、ここで待っても表れるはず無い。
私は教えなかった。
炎の竜がグラムを受け入れるとは思えなかったから。
「ボス部屋はどこだっ!」
この部屋には裏ボスへの扉がないと知って、グラムは無駄に吠えた。
『長に聞けばいい』
「くそっ!またあのじじいを責めて吐か…」
最後の方はグラムが転移したからよく聞こえなかったけど、責めて吐かせるって聞こえた気がした。
責めてって…。
突然頭の中に答えが浮かんだ。
村の長からグラムに話したんじゃない。
グラムが村の長を脅して言わせたんだ。
あぁ、そうか。
長は白い世界に助けを求めたのかもしれない。
それに炎の竜にも。
それでも助けは来なくて、嘘をグラムに言った。
そこまで考えて、違う疑問も浮かんだ。
氷の竜の存在を、グラムはどこから知ったの?
グラムは最初村の長になりたかったはず。
弟を奴隷に落としても村の長になりたかったはずなのに、それが何故氷の竜を妻にするに変わったの?
今日は来ないだろう。
グラムを待たずに10の町で食料の補充をした。
もう42の町のダンジョンでもレベルは上がらない。
ぼんやりグラムを待つ日が2日続いた。
「35の町のダンジョンに行くぞ」
グラムは勝ち誇っていた。
長から聞き出せたようだ。
傲慢なグラムの顔を見て、体が固まった。
どんな方法を使って聞き出したのか、今になって話が現実になった。
『分かったの?』
「ああ」
グラムは怒った顔で頷いた。
グラムが来るまで2日。
私が教えていれば、と一瞬だけ思ったけど、直ぐに違うと否定した。
グラムはボス部屋の前に転移して迷わず扉を開けた。
!
グラムが硬直してるのが分かる。
見ればボスが復活していた。
「お前が倒せ。お前に譲ってやる」
思ってもいなかった言葉に動けなかった。
「速く行け」
グラムはそう言うけど、ボスはグラムを標的に選んでいて襲いかかってきた。
必死に戦うグラムを部屋の隅で見てた。
冷たいと自分でも思うけど、助ける気持ちは無い。
辛うじて前回と同じ方法でグラムがボスを倒すと、ボスの後ろに裏ボスへの扉があった。
床からメダルを拾って、裏ボス部屋への扉にはめた。
音も無く扉が開くって怖いんだって初めて知った。
今まで感じたことも無かった恐怖だった。
やはりだけど、グラムは勝てずに転移で逃げた。
私も転移で逃げようとしたら、転移が黒くなってて使えなかった。
嘘。
仕方無く倒して、家へと転移した。
次からはボスを私に任せてくるだろう。
グラムに怪しまれないよう倒す方法を色々考えた。
グラムのように玉で倒す様に見せる事にした。
それから更に3日して、グラムがやっと来た。
「お前はボスを倒せ。俺は裏ボスを倒す」
やっばりだ。
ボスをグラムを真似て倒す。
グラムは少し驚いていたけど、直ぐに立ち直った。
裏ボスを前に、グラムは倍の大きさの玉を使った。
裏ボスを倒したあと、床に42の町のダンジョンの裏ボスの部屋への地図が表れた。
私が見ないよう背中で隠して、クラスは素早く地面の地図を消した。
「42の町のダンジョンへ行くぞ」
『私はまだ倒してない』
わざと書いて見せた。
「後にしろ。今は42の町のダンジョンの裏ボスだ」
グラムの考えが分からなかった。
グラムだけメダルを集めても私は入れないと話したはずなのに、忘れてる?
理由は42の町のダンジョンの裏ボスで分かった。
「このボスを倒したら、お前のメダルも俺が助けて取ってやる。その代わり、お前は俺の命令を聞け」
本気?
まじまじとグラムの顔を見てしまった。
「分かったな」
『断る。自分で集める』
メモを見てグラムの顔が変わった。
「人間のお前1人で倒せるわけ無いだろ。俺との実力の差を考えてから言え」
多分だけど、ここまでの戦いを見ていて、グラムと私と一対一なら互角に戦える気がしていた。
『断る』
何のために優位に立ちたいのか分からないけど、これ以上は嫌だった。
「指輪が集まらなくても良いのか」
『自分の力で集める』
グラムが舌打ちをして捕まえに来たから逃げた。
『無理強いするならチェスター国へ戻る』
グラムの動きが止まって、悔しそうにこっちを横目で見てから言った。
「チェスター国から30の町にいる人間2人を殺して欲しい、と頼まれてるのは知ってるな?」
『知らない』
首を振って見せた。
「受ける条件にお前をチェスター国へ戻れなくしてやっても良いんだぞ。俺の言う通りにしろ」
『断る』
やっぱりクラークさんは言ってたんだ。
なら何故受けなかった?
「何故受けないか、か?自力で攻略したらもっと優位にチェスターと交渉できるからな」
グラムは嫌な笑い方をした。