42の町のダンジョンと情報
ピコーーン。
42の町のダンジョンボスは黒い豹だった。
風の竜のダンジョン、だとは改めて教えなかった。
聞かれなかったのもある。
グラムはニヤリと笑いながら、黒豹が待ち構えている中央へ歩いていった。
「よく見ていろ」
余裕の表情のグラムは、次の瞬間黒豹のかまいたちに傷だらけになった。
信じられないと目を見開くグラムが遅れて剣を振り上げたけど、空を切るだけだった。
私は隅に隠れて小さくなってた。
グラムはそんな私を見て戦力にならないと思ったらしく、私をボス部屋に残して転移してしまった。
うっそ!
有り得ない展開に固まってしまった。
グラムが倒すと思ったから装備も変えてない。
どうしよう。
確か弱点は土っ!
考えるより先に体が動いた。
黒豹がかまいたちを放つ前に、光の結界を張って土の尖った柱を天井から無数に落とした。
これでダメなら地震しかない。
ポーーン。
土埃の中で、久し振りにレベルアップの音を聞いた。
ステータスを開くとレベル150で、スキルに転生と闇の落雷が増えていた。
転生?
生まれ変われるの?
スキルに説明が無くて、使うには怖すぎた。
もう1つの闇の落雷は、多分単体に使うスキルだ。
埃が舞い上がるボス部屋を光のシャワーで清めた。
その後土の柱を地に戻して黒豹がいた場所を見ると、杖と風が刻まれたメダルが残されていた。
残るのは裏ボス。
少し迷ったけど、中途半端に魔力を使ってる今、続けて挑むのは危険すぎる。
今日は引き上げよう。
家でゆっくり温泉に入ってた時。
!
思いきり固まった。
男の子の姿で42の町のダンジョンに潜ってない。
もう一度ステータスからアイテム欄を見直した。
幸い中級コンプは変わってない。
ホッとしながらも明日からを考えた。
早く氷の竜に会いたいけど、グラムがどう動くか分からないから裏ボスを倒すのは少し遅らせようか…。
それに、男の子の姿で潜って取りこぼしが無いかも確かめたいと思った。
翌日、やっぱりグラムは現れなかった。
きっと龍人の村で傷を治してるんだと思う。
男の子の姿で1階から回る。
急いでるつもりだったけど、25階に着くまで半月も掛かっていて、新しいドロップは1つも無かった。
不思議だった。
このダンジョンだけ設定が違う?
潜り始めてから二月近いのに獣人の姿を見ないのも、更に疑問を増やした。
どうしよう。
裏ボスに挑もうか。
1日の終わりにボスを倒してたからレベルは153まで上がっている。
ボスなのに上がりが悪いのは、48の町のダンジョンより経験値が少ないからだ。
お風呂の中で考えた。
グラムは来ないけど、4つ目の指輪を手に入れたら待たずに50の町へ行こう。
4つを碑石にはめてみれば道が開ける予感があった。
装備を最強に変えて裏ボス部屋の前へ転移しようとしたら、空間が歪んでグラムが転移してきた。
何時もと違う表れ方に嫌な予感がする。
「ボスに挑みに行くのか」
警戒しながら頷いた。
「俺が先だ」
グラムは長から貰った装備を着けてきたと言った。
どこが違うのか、分からなかった。
「風魔法を跳ね返す装備だ」
これでどうだ、みたいに言うグラムにうんざりする。
グラムは懲りずに私の右手首を掴むと転移した。
出たのはボス部屋の前。
「今度は倒す」
グラムの独り言が聞こえてきて、後ろで笑いを堪えるのが大変だった。
「よく見ていろ」
頷いて端に移動した。
グラムが右手を広げると、野球のボールサイズの黒い玉が表れた。
グラムは攻撃される前にその玉を黒豹に投げた。
黒い玉は地面に当たって弾けると、一瞬光って黒豹を玉の中に閉じ込めた。
グラムが玉に手のひらを向けると、バンと弾けた。
弾けた後に残されたのは風が書かれたメダルだった。
私が手にしたメダルとは違う。
色々考えてたら、グラムはまたメダルを宙に投げた。
メダルはゆらゆら浮いて、ポトリと床に落ちた。
「何故だ!」
グラムの怒鳴り声で耳がキーンとなった。
グラムはまた私を置いてきぼりにして転移した。
もう身勝手とすら思わない。
暫くは戻らないだろう。
今のうちに裏ボスに挑もうと思った。
貰ったメモの通りに進んだ。
地図が丁寧だったから途中迷わずにすんだ。
ダンカンさんたちはどうしてるだろう。
会いたくはないけど、生きていて欲しいと思う。
それに、ハルナツさんも。
………
大きく息を吸い込んで肺が空っぽになるまで吐いた。
気持ちを切り替えて裏ボスに挑んだ。
裏ボスは風のストーンゴーレム。
使ってくる魔法は風と光。
ボスと同じく土魔法から仕掛ける。
土、風、氷、炎、雷、闇、光と使っていった。
ポーーン。
最後の光でゴーレムは倒れて、後に風の竜を彫った指輪がポツンと残されていた。
これでレベル154。
最後の1つを手に取ったら、脳裏に碑石が浮かんだ。
このまま行こうかと思ってステータスを開いたら、転移先に50の町のダンジョンが無くなっていた。
………
まだ何かやり残した事があるの?
家に戻って、お風呂に入りながら考えた。
白い世界は何をさせたんだろう。
いくら考えてもやり残してる事が思い付かなかった。
どうしよう。
翌日グラムが来た。
「倒したあとの話をしろ」
意味が分からなくて、首を傾げた。
「お前が知ってるはずだと長は言った」
『何を』
「42の町のダンジョンの裏ボスの部屋へ行く道だ」
知らないと首を振った。
グラムと私のメダルが違うのは、きっと裏ボスへの道も違うからだ。
だから言わなかった。
グラムの苛立ちに任せた舌打ちが聞こえてきて、流石にムッとした。
「残る手段は35の町のダンジョンか」
グラムは芯から嫌そうに吐き出した。
35の町のダンジョンへ行けるの?
当然な疑問だった。
また強引に腕を引かれ、転移で出たのは35の町のダンジョンの入口だった。
ダンジョンを塞いでいた岩は取り除かれ、ダンジョンの前には形だけ冒険者ギルドがあった。
「長が竜と話を付けたんだ」
え?
炎の竜と?
考えなくてもそれは有り得ないと思った。
炎の竜は人間を嫌っている。
人の中に龍人も入ってるはずだから、グラムの話は信じられなかった。
「竜は閉鎖したのを長に謝った」
嘘。
「信じてない顔だな」
冷たく威嚇されても信じられなかった。
冒険者ギルドへ入っていくグラムのあとを追った。
受付けで話してるグラムの後ろでもやもや考えてた。
あの炎の竜が?
どう考えても頷けなかった。
「攻略を許可する条件として、ダンジョンでドロップする装備は冒険者ギルドが引き取る」
「肉じゃないのか」
「最近はSランクの魔物も減って狩りが出来るようになったからな」
受付のおじさんがグラムをからかうように笑った。
ムッとしたんだろう。
グラムも強気に言い返した。
「誰のお陰で35の町のダンジョンに潜れる様になったと思ってるんだ」
「誰のお陰だ、だと。お前は馬鹿か?それは生き残った魔導師さまのお陰だ」
!
魔導師!
頭の中に塔に突き刺さった姿が浮き上がった。
あれで生きてるとは思えなかった。
「違う!俺の村の長が炎の竜をいさめたからだ!」
「炎の竜?お前まだそんな迷信を信じてるのかよ」
おじさんは、グラムに言い聞かせるように話した。
「良いか?軍人が1人とその軍人付きの魔導師さまが1人生き残ったんだ」
軍人と魔導師…。
!
まさか赤茶の髪の青年とあの魔法使いの少女が?
背中がぞくぞくした。
違って欲しい。
欲しいと願いながら、あの2人だと思う予感が交差して息が詰まった。
「その嘘付きはどこにいる」
「魔導師さまは軍人と一緒に30の町だ」
30の町に家を建てて住んでいるらしい。
今はモナークの王になる準備を進めている、とおじさんがグラムに言った。
あぁ、やっぱりあの2人だ…。
思わず身震いが出た。
赤茶の青年はこのチャンスを絶対逃さない。
もしあの青年がモナークの王になったら、ハルツとチェスターも狙ってくるに違いない。
拒めば…、あの声の少女が出てくるだろう。
あの声の少女と争う?
考えただけでゾッとした。
居るのに気配を感じなかったあの少女と?
…無理だ。
勝てるはず無い。
恐怖で震えが来た。
「その家に行くぞ」
『行かない』
震える手でやっと書いた。
そんな怖いとこ行けるはずがない。
「来い」
グラムはまた強引に連れていこうとした。
必死で抵抗した。
またグンッて右の手首を引かれて、出たのは30の町の端っこだった。
その家は直ぐ目に入った。
瓦礫の中にたった1つ建っている木の家は異様で、初級の結界で守られていた。
きっと少女が魔法で造って結界を張ったんだ。
グラムは無造作に結界に近付いた。
次の瞬間バチン、とグラムが弾かれた。
え?
何度試しても、グラムは中に入れない。
グラムもやっと分かったようで、結界を睨み付けてまた何処かへ転移で消えてしまった。
多分私も弾かれる。
仕方無いから10の町で食料の補充をした。
様子を見るだけのつもりで冒険者ギルドへも寄った。
赤茶の青年の事をチェスターも知っているはずだ。
クラークさんはどう思ってるだろう。
そして、長老のおじいさんはどう決めたんだろう。
?
冒険者ギルドの中は空気がピリピリしてた。
依頼を見てる振りで、意識を奥に向ける。
風魔法を使ってもクラークさんの声は拾えない。
冒険者ギルドを出て、路地裏から仮眠室に転移した。
ドアを少しだけ開けて、気付かれないよう風魔法でクラークさんの声を探した。
「モナークのあの軍人を始末しろ」
!
やっと聞こえてきたと思ったら驚きの話だった。
「しかしマスター…」
「奴はチェスターを狙っている。和平の使者を送りたいから道案内しろ、と送ってくる奴だぞ」
つい笑ってしまった。
断れば戦争の口実にするつもりだろうけど、神の壁を越えられないのにどうやって侵略するんだろう。
ああ、だから使者なんだ。
モナークは王が死んでも変わらない。
チェスターも同じで笑えた。
「相手には魔法使いが着いています」
「だからなんだ」
「報告ではルアン並の少女だそうです」
!
「数で押せ!」
私並み?
違う、私より少女の方が強い。
「先の氾濫で魔法使いの大半は生まれ変わりました。今、その少女を倒せる者はこの国にはおりません」
!!
ひゅうと喉が鳴った。
もし戦えば…あの少女の独壇場になる。
手のひらの汗が気持ち悪い。
「役立たずが。ルアンは魔法を使えないままか?」
「はい。龍人らしい青年とパーティーを組んでダンジョンを回っています」
!
背中が気持ち悪かった。
どこから見張られていたんだろう。
「龍人?その龍人を使え」
クラークさんの言い方に呆れた。
呆れて、聞いてるのも馬鹿らしくなって、家へ戻ろうと思って気が付いた。
クラークさんは怯えてるんだ。
もしモナークが侵略してきたら、脅威なんだ。
怖いから排除しようとしてる。