モナーク国へ
連れて来られた14の町は瓦礫ばかりで、人が住めそうな家は1つも無かった。
現実の惨さに息を飲む。
人の気配に、急いで髪を茶色に変えた。
「何故変える」
『黒髪はチェスターにしか居ないから』
疑問を口にしたグラムへ分かるように書いて見せた。
「行くぞ」
聞いてきたのはグラムなのに、チラッとメモを見ると私の右の手首を捕んだまま歩きだした。
町は死にかけていた。
ここでも、20の町の時と同じく人が集まって暮らしてる姿があった。
みんな痩せて埃まみれで、私とグラムを餓えた目で見てきてゾッとした。
生臭い臭いに鼻を押さえて、ぐるっと周りを見たら歪んだ鉄の板の上で肉を焼いていた。
臭いから何処の肉か想像できて、吐き気と胃から苦い味がこみ上げてくる。
思わずグラムを引っ張ってダンジョンへ急いだ。
鍋が無いから肉を焼くしか無いって分かったのは少し後で、まるで歴史の原始時代を見てる様だった。
ダンカンさんみたいな鍛冶屋がいたら生活も違う。
他人事だけど、何処かの町に鍛冶屋が生き残っている事を心の中で祈った。
ここに、私とグラムは場違いだった。
ダンジョンまでに20人くらいの集団が他に2つもあって、中には小さな子供も見えて可哀想だった。
やっと見えてきたダンジョンの前には、木を組んだだけの粗末なテントがあった。
「あれが冒険者ギルドだ」
え?
ビックリで足が止まった。
ぼろぼろの布で辛うじて屋根の代わりをしてるテントは、風で簡単に倒れそうに見えた。
雨の時はどうしてるんだろう。
きっとダンジョンに逃げ込んでいるんだ、と思った。
「ダンジョンに潜らせる条件は、倒した魔物の肉は冒険者ギルドに納めろ、だ」
?
何故?
疑問に思ってステータスの地図を開けば、大型以外獣も魔物も検索に掛からなかった。
魔物も食糧難なのかもしれない。
何故ダンジョンの魔物なのか理解できて、近い未来モナークは滅ぶかもしれないと本気で思った。
その日からダンジョンに潜った。
1日潜って、夕方に冒険者ギルドへ魔物を渡す。
幸い魔法の袋の中サイズをグラムが持っていたから、肉はグラムに任せて私は素材を受け持った。
夜はグラムと別行動で私は家へ転移して寝て、また朝に合流するを繰り返した。
馬鹿みたいドロップする雑魚素材を、毎日冒険者ギルドの横に少しだけ積んだ。
本数は少ないけど乗り合い馬車が動き始めたらしいから、鍛冶屋も来るかもしれなかったから。
「討伐の報酬が少なすぎる」
5日潜ったところで、グラムは冒険者ギルドの職員に文句を言った。
肉と引き換える条件にギルドランクのアップを出したグラムだけど、簡単には上がらなかった。
「ルアンは何故SSSなんだ」
『2回の氾濫で上がった』
怒った口調のグラムに書いて見せた。
「何千と倒してたったランク1つだと?」
グラムは瓦礫に八つ当たりして何処かへ消えた。
私は構わず潜った。
めんどくさいグラムが居なくなると、初級がポンポンとドロップして初級のアイテム欄が綺麗に埋まった。
嘘…。
初級コンプの点滅に思わずガッツボーズが出た。
アイテム欄を見ていて気付いた。
グラムのお陰も少しあるけど、念話が使えなくなった苦痛や焦りがビックリなくらい薄れてる。
グラムと別れたらまた強くなるかもだけど、今は気持ちが穏やかになっていた。
きっと、コンプ出来たのが気持ちを変えたんだ。
自分だけの満足感で心が満たされた気がした。
3日待ってグラムが来なかったら、20の町へ移動しようと思ってた。
残念だけど、翌朝にはグラムの姿があった。
「あと2日潜ったら次の町へ行くぞ」
次?
「20の町だ」
納得、って頷いた。
20の町は14の町より人が多かった。
ダンジョンの前の冒険者ギルドも木を組んだ小屋になっていて、新しい家も建ち始めていた。
この町の冒険者ギルドも、条件はダンジョンドロップの肉を納めるだった。
このダンジョンは竜がいる。
あ、20の町のダンジョンは攻略済みだけど竜を見てないと今更気付いた。
それに青いコインも無い。
私の時とは状況が違う。
それでも、本当に白い世界が私とグラムを引き合わせたなら、コインが無くても道は開けるはずだから。
グラムはどう攻略するのか気になったけど、聞いても意味無いから聞かなかった。
次の目標は中級コンプ。
埋まってないのは約3分の1。
42の町のダンジョンまでが中級のはずだ、と気付いて力が抜けた。
このままハルツに行けなければ、42の町のダンジョンには潜れない。
グラムはハルツも見てきたと言っていたから、グラムが居ればもしかしたら行ける?
…つい笑ってしまった。
心の中ではグラムを嫌悪してるのに、都合良く利用するつもりになってる。
何だ、私も同類なんだ。
沸いてくる自分への嫌悪感で気持ち悪くなった。
自己嫌悪が消えないままダンジョンに潜った。
ボスを倒したらやっぱり裏ボスの部屋があった。
グラムは簡単に1つ目の指輪を手に入れた。
「何だ、これだけか?」
グラムが嘲笑う様に指輪を宙に投げた。
「27の町のダンジョンの指輪は持ってないな」
焦って頷いた。
「俺が先に倒すから良く見ておけ」
私を見下すようなグラムの視線から逃げて、ダンジョンの外に出た。
冒険者ギルドへ納めてから27の町へ移動するつもりだったのに、グラムが足止めされた。
「あと5回潜ったらBランクに上げてやる」
グラムは笑えるほど簡単に職員の言葉に操られた。
5日目にはもう少し足りないと言われ、翌日Bランクに上がったけ。
けど、このまま冒険者ギルドのために働けば何時かAにしてやる、って言われてやっと催眠が解けた。
グラムは小屋を破壊するくらい怒り狂ったけど、騙されたのはグラム本人だ。
堪えきれず笑ってしまったのはギルド職員が登録の板を抱えて逃げ回ってる姿で、やはりモナーク人は変わらないんだ、と色々複雑だった。
27の町は20の町より人は少ないけど、冒険者ギルドは家になっていた。
ここでも肉を納めろと言われた。
グラムはギルドランクを上げる大変さに嫌気がさしていて、職員の話をまともに聞いてなかった。
「Bランク以上は魔物討伐に参加して貰う」
思わずグラムを見上げた。
今までギルドカードを出してるのはグラムだけだったから気にしなかったけど。
討伐となれば全員がギルドカードを出させられる。
SSSのカードを出す危険性に額に汗が浮いた。
ステータスの地図を見ても氾濫の兆候は無い。
また毎日地図を見る生活になるのかとげんなりした。
「まずボスだな」
ボスを簡単に倒して、グラムは手にしたコインをまた
宙に投げた。
何をするのかと見ていたら、コインが消えた。
グラムが私の手を掴んで転移する。
出た場所は神殿だった。
コインが静かに中央にはまる。
驚く私にグラムが勝ち誇った様に言ってきた。
「どうだ。お前は出来なくても俺は出来る」
黙ってグラムを見た。
「悔しいのか。俺に感謝してお前も指輪を集めろ」
私も?
グラムのお前にムッとしたけど、結界をすり抜けてくるグラムに怒っても何もならない。
言わせておけと、怒りを切り捨てた。
その後で、グラムらしくない言葉に首を傾げた。
「お前が居ないと最後の扉が開かない。長がそう言うから特別に連れて行ってやる」
私が居ないと?
意味が分からなかった。
頭の片隅で、42の町のダンジョンが点滅した。
気になるのは、グラムの口から何度か出てくる長。
もしかしたら、その長がグラムを導いてるの?
代替わりするために?
疑問はいくつもあった。
「明日の朝までに終えておけ」
何を?
と一瞬思ったけど、直ぐに指輪を集めておけ、だと気が付いた。
私が何も言わないから了承したと思ったのか、グラムは嫌な笑い方をして消えた。
翌朝からは35の町のダンジョンだった。
35の町は人が居なかった。
無人の町を風だけが吹き抜けていて、ダンジョンの入口は硬い岩で閉ざされていた。
「誰が塞いだんだ」
グラムが不機嫌な声を出した。
きっと炎の竜だ。
グラムがどんな魔法を使おうと岩はびくともしない。
「ルアン!手伝えっ!」
『グラムが壊せないのに、私に壊せるはずはない』
メモを読んだグラムがフンッと鼻息を荒くした。
「くそう」
グラムは苛立ち紛れに周囲を破壊していった。
「お前は家で待ってろ」
破壊し尽くして気が済んだのか、グラムは言い捨てて何処かへ転移して消えた。
きっと長のところだ。
そう思いながら家へ戻った。
グラムは、長はどうするだろう。
そんな事を考えていたら、いつの間にか寝ていた。
夢の中に氷の竜が居た。
『渡しに行きたいけど行けないの。ごめんね』
夢の中で謝っている不思議な夢だった。
昼寝から覚めるとグラムがいた。
「先に42の町のダンジョンに行く」
!
ビックリだった。
『獣人の国に人間の私が行けるの?』
「行けないのか?」
『行ったこと無い』
「待ってろ」
グラムはまたどこかへ転移して行った。
そのグラムが戻ってきたのは夕方だった。
「見てきたが、先代の王が亡くなったばかりでハルツは警戒している」
グラムも見付かりそうになったと難しい顔をした。
『先代?』
「今の王の父親だ」
『王はキング?』
「いや、キングは皇太子だ」
…あれ?
『ハルツの王族は生きてるの?』
「ああ、獣人は頑丈だからな」
それを聞いて何故かホッとした。
気付くとグラムの姿は無かった。
きっと何処に行くかを相談しに行ったんだと思った。
意識がグラムから氷の竜に戻る。
氷の竜もグラムに会いたいのだろうか?
《妻に》
ってグラムが言ってた事を思い出して、嫌な気持ちが心に浮かんだ。
傲慢なグラムと氷の竜が夫婦になるとか有り得ない。
でも、恋を知らない私には何も言えない。
あ、今までグラムの方から考えてたけど、氷の竜がグラムをどう思うかが一番大切な事だと今頃気付いた。
出来れば傲慢なグラムを選ばないで欲しい。
氷の竜にはあんな悲しそうな姿をさせない誰か、が良いと思えてしまった。
恋愛は怖い。
周りを見えなくさせる。
もし私が恋をしたら…、怖さに身震いが出た。
朝になってグラムが来た。
「48の町のダンジョンに行くぞ」
48の町?
『35の町は?』
「入れるよう、長が竜の神に願いを伝えている」
命竜に?
命竜と炎の竜は知り合いなの?
「半月もあれば良い知らせがあるはずだ」
そう言うとグラムは近付いてきて、また私の右手首を掴んで転移した。
笑えた。
何度もやられてるからもう何も感じなくなってる。
荷物みたいに扱われても、怒りが沸いてこないのが不思議だった。
何故なのか考えてたら、頭の中に答えが見えた。
グラムは龍人で、光の結界を通り抜けて、拒否しても逃げられないからだ。
グラムは高飛車で命令してくる進学教師と同じ。
ホントに笑える。
日本でもこのゲームの世界でも、住人の考える事は変わらないんだ。
転移した48の町は無惨だった。
町の中で魔物の死体が腐って異臭を放ってた。
辛うじてある冒険者ギルドは、木を地面にさして周りを囲っただけの物だった。
ここでも冒険者ギルドの条件は同じで、グラムはまたギルドランクアップを条件にした。
「良いだろう。しかし、Bになったばかりだ。当分掛かると思っていてくれ」
「当分とは何時までだ」
「早くて半年、長ければ1年」
それを聞いて、グラムが職員に怒鳴った。
「断る!」
「そうか。断れば何時までも上がらないままだぞ」
「肉が無くて困るのはお前たちだ」