再生
1度ギクシャクしてしまうと、ダンカンさんとの関係はなかなか修復できなかった。
こうなる前の会話も筆談で少なかったから、嫌でも必要な話しかしなくなった。
それが少し修復されたのは宿とのトラブルだった。
今までは、話せない私が部屋を取ろうとすると断られるか倍の料金を取られるかだったけど、途中から気が付いたダンカンさんが私の部屋も一緒に交渉してくれるようになってからは嫌な思いも少なくなった。
「今まで苦労してたんだな。自分の国が、話せないだけでこんな扱いをする国だとは今まで知らなかった」
《喋れない奴が個室なんて贅沢だ》
私は慣れてたけど、宿の主人の言い方にダンカンさんはショックを受けていた。
「昔耳の聞こえない冒険者が居てな、そいつもソロだったんだが。今になってソロの理由が分かった」
私は驚いてた。
この世界にも見えない人聞こえない人も居るかも…、って思った事もあった。
けど、ホントにいるとは期待してなかったから、話を聞いてビックリだった。
「いつの間にか来なくなったから、冒険者を止めて商人にでもなったんだろう」
はは…。
なるわけない、なれるわけない。
もう死んでるとダンカンさんに言っても信用しないだろうし、言っても意味がない。
自分の終わりを聞かされた気がして、苦しかった。
!
そうか…ダンカンさんは話せない私を哀れんで苦労したって言ったんだ。
もう笑うしかない。
47の町が近付くにつれて、ダンカンさんを見付けると私を頷きながら見てくる冒険者が増えた。
理由は何と無く分かってた。
5人も知ってる秘密は秘密じゃない、それの証明。
段々視線に敵意さえ感じるようになって、やはり行くのは止めようと思い始めてた。
「聞いたか?また氾濫らしいぞ」
「今度はハルツ国とチェスター国だけらしいな」
え?
ダンカンさんが私の側を離れてる隙を選んで、冒険者たちが脅してくる様になった。
「チェスター国もハルツも大変なんじゃねぇかぁ」
「さっさと帰れよ」
私は何もしなかった。
冒険者が言う通りチェスターとハルツには氾濫の前兆があるけど、モナークにはそれ以上にあったから。
47の町に着いて。
「その子がチェスターから来た子供か。さっさとチェスターに帰してしまえ」
「チェスター国に攻める口実をやってたまるか」
「他の町に落ち着くならまだしも、この47の町に居座られたらたまらん」
「ダンカン。お前こんな疫病神を連れてきやがって」
乗り場に屋台を出していたおじさんたちが言った。
ダンカンさんが言い返す前に他の屋台からも声が上がって、帰れ帰れが始まった。
どう伝わったのか想像がつく。
ダンカンさんは屋台のおじさんたちを睨むと、私の手を掴んで歩き出した。
背中から浴びせられる罵声に、ダンカンさんの顔が怒りで赤くなっていた。
帰ろう。
チェスター国にじゃなくて私の家へ。
そう気持ちを決めたら何を言われても聞き流せた。
氾濫はまたモナークを飲み込む。
もしかしたらこれからの一月で、この世界から人も獣人も居なくなるかもしれない。
それも構わなかった。
その前に食料を買えるだけ買い漁ればすむ。
それが尽きる前に、白い世界が道を指し示すだろう。
花の鍛冶屋には緊張したミシェルさんが待っていた。
おじいさんは奥で寝ているらしい。
「おじいさんから預かってるわ」
周りの視線を気にしながら、ミシェルさんがメモを2枚渡してきた。
1枚目はダンジョンの地図だった。
上に25階とあって、ボスと裏ボスと書いてあった。
42の町のダンジョン?
「42の町のダンジョンの裏ボスと、この人に言えばダンジョンまで連れていってくれるそうよ」
2枚目には43の町の宿屋の名前が書かれていて、店主とだけ書かれていた。
やはり白い世界のシナリオなんだ。
「悪いけど、この足で1度チェスター国に帰って貰えるかしら。家の人のせいだって町の人から…」
「ミシェルっ!」
ミシェルさんを殴ろうとするダンカンさんからミシェルさんを庇った。
堪えていた怒りがミシェルさんの言葉で爆発したんだと思うけど、あたる人を間違えてる。
ミシェルさんが私の後ろで叫んだ。
「家にはおじいさんも子供たちもいるのに、この子のせいで食べ物を売って貰えないのよっ!」
「っ!だとしてもおやじが連れてこいと言ったんだ」
追い詰められた状況がミシェルさんを変えていた。
私を押し退けて言い争う2人に頭を下げて走った。
白い世界は何がしたいんだろう。
確かに42の町のダンジョンは行きたい。
行きたいけど、メモを渡すためにこんな無理があるシナリオって…有り得ない。
これなら私をここに連れてこなくても、ダンカンさんが渡してくれれば良い話だった。
ダンカンさんに来てくれって言われた時、もっと何か違うシナリオがあるんだと思ってたのに。
兎に角、今は転移ができる場所を探そう。
ステータスから地図と転移を見ながら走った。
町の中に転移できる死角は見付けにくそうだから、町を出て森まで走った。
森の中から家に転移した。
ベッドに寝転んで、もう一度メモを見た。
このメモの店主を訪ねたら42の町のダンジョンへ行けるのかもしれないけど、怖すぎて絶体行けない。
メモをアイテムボックスにしまって、ステータスの地図を見直した。
チェスター国の氾濫は1つ。
モナーク国にはかわらず2つ。
ハルツ国は1つに減っていた。
これが一月でどう動くか私にも予測ができなかった。
取り敢えず食料を買えるだけ買おう。
翌日から青年の姿で買えるだけ買い漁った。
量的に半年は困らないと思う。
念のためお塩と肉を焼く鉄板も買った。
料理をしたことがない私に上手く焼けるかは自信がないけど、空腹には変えられない。
お肉はアイテムボックスに大量にあるから、長期戦になったら焼こう。
パンも買っておこうか?
50の町まで行ったのに今回はどの町にもご飯が無くて、お米に飢えていた。
炊けないからお米じゃ困るけど、無性に食べたい。
明日から、50の町からお米探しをしよう。
次の日から朝に地図を見て氾濫の位置を確かめて、その後お米を探した。
青年の姿だから無駄に絡まれないし、話せなくても買い物に困らなかった。
その時、魔物狩りで喉を怪我したのか、と聞かれた。
それが思わぬヒントになって、偽装で喉に目立つくらいの傷跡を付けてみた。
傷があると話せなくても何も言われない。
もっと早くこうすればって、損した気分だった。
43の町へも行ってみたけど、宿屋を訪ねる勇気は湧いてこないから屋台だけ回って帰った。
?
誰かに見られてる?
36の町へ買い出しに言った時、視線を感じた。
周りを見てみるけど気になる人は居ない。
気のせい?
チェスター国の見張り?
とも思った。
でも違う。
やはり気のせい?
そんな気持ち悪い感じが場所を変えても3日続いた。
誰?
怖くなって家に引きこもった。
それから半月が過ぎて、モナークの氾濫が動いた。
襲われたのは43の町。
もう1つは20の町の近くにあった。
モナークを追うようにチェスターの氾濫も1つが2つになって別々に移動して、それが4つになった。
ハルツは1つ。
動きがなかった。
ハルツは生き残るかもしれない。
43の町を飲み込んだ魔物は47の町へ向かう。
ダンカンさん夫婦とおじいさんの姿が思い出された。
………
毒に犯されるみたいに心が悪魔になる。
人が死ぬ。
それを何とも思わない私がいて、ダンカンさんたちがこの氾濫で死んでももう何も思わない。
普通の人は自分だけ生き延びてもって思うかもしれないけど、私は独りに慣れてるから平気。
動く地図を見ながらまた10日を暮らした頃、結界に魔物の反応があった。
襲われてみてから、ここが20の町に近いってやっと気付いた。
結界を破れる魔物はいないから襲われるは変だけど、映画のスクリーンみたいに見えて落ち着かなかった。
20の町はこの氾濫で人が住めなくなるだろう。
あれ?
確か町の下には魔物が嫌う何かが埋まってるはず。
なのに襲われるの?
何かより魔物の力の方が強いの?
疑問ばかりが浮かんだ。
5日後、20の町を襲った魔物は23の町へ向かって移動を始めた。
あとは終息を待つばかりだと思ったらハルツの氾濫が動き出して、36の町から溢れた。
モナークとハルツの氾濫がぶつかりあう。
まるで津波の様にモナークとハルツの魔物が混じりあって争いになった。
2つだけじゃなくチェスターも赤く染まった。
白い世界はこの世界を壊すつもりなのかも、って思ったのは世界が赤く染まってからだった。
生き残ってる人はいるんだろうか。
あ…43の町の宿屋も無くなってるかも…、もし残ってたとしても怖くて訪ねられないから関係ない。
氾濫が終息に向かったのはそれから更に一月も経ってからで、急に魔物の数が減っていった。
白い世界って頭悪い?
溢れ方も不自然だったけど、消え方も無理すぎた。
《人が増えすぎた》
それってモナークだけじゃなくハルツにもチェスターにも言えたの?
ハルツは奴隷にされて人口が激減したはずなのに?
チェスターはまた産まれるから意味ないよ。
地図の上から氾濫が消えて更に一月待った。
もし誰か生きてるなら、期待はしてなかった。
最初は始まりの町へ転移した。
!!
驚き過ぎて息が出来なかった。
何故。
何故だけが頭の中をぐるぐる回った。
初めて飛ばされてきた時みたいに、再生された町を無駄に歩いた。
だから、チェスターは神の箱庭なんだ。
生まれ変わるのは人だけじゃなく国もなんて、誰が想像しただろう。
だから、氾濫が必要だったんだ。
全てを壊して町から造り治すために。
《同じ1日が…》
ホントにそうだと笑ってしまった。
その次に10の町へ転移した。
10の町も、氾濫前の姿であった。
懐かしい、と思えた。
色々ありすぎて、冒険者ギルドの前に立って見上げてたら中なら職員が出てきた。
「冒険者希望の方ですか?」
思わず違うと首を振って、アイテムボックスからギルドカードを出して見せてた。
「え?SS…S」
ヤバイっ!
そう思った時は遅かった。
ギルド職員に連れられて冒険者ギルドの中に連れていかれて、クラークさんを呼ばれてしまった。
走ってきたクラークさんは、2人目のクラークさんをもっと優しくした印象の人だった。
「君がSSS?」
クラークさんは驚いていて疑問符付きで聞いてきた。
警戒しながら頷いた。
「名前は、ルアン。間違いない?」
頷いた。
「年齢は15、かぁ」
信じられないって顔で私とギルドカードを交互に見ながら、呟いていた。
「武器に剣とあってvoiceの印が付いてるね。voiceの理由を聞いても良いかな?」
『私は話せないから』
クラークさんが驚いた顔でジロジロ見てきて、納得したように言った。
「なるほど、話せないから神の加護でSSSか」
…人って生まれ変わっても変わらないのかも。
少しだけ、生まれ変わる度に善人にならないかな、とか思ってた自分が馬鹿みたいに思えた。
「話せないから魔法も使えないし、これでギルドランクが低かったら今頃君は消えてるよ」
………
何も知らないんだ。
クララみたいに、前の記憶を持って生まれ変わるんじゃないの?
『クララさんは?』
「祖母を知ってるのか」
クラークさんが嫌そうに眉を上げた。
「祖母は長老の元に居るよ」
『そうですか』
私がホッとした顔で言ったから、クラークさんがぼそりと呟くのが聞こえた。
「また祖母の被害者か…」
冒険者ギルドを出て、家へ転移しようと路地に入ったら…また誰かに見られてる気がした。
見回しても誰もいなくて。
恐怖に怯えながら家へ転移した。