どこへ行こう
ミシェルさんが生きてるとみんなが知る頃、あのおばさんの姿が見えなくなった。
それなのに誰も探そうとはしなくて、私だけあたふたしてたら、他のおばさんの1人が教えてくれた。
「あの女はね、違う集まりに移って行ったのよ」
私は知らなかったけどここと同じくらいの集団が他にも2つあって、リーダーたちはたまに集まってこれから先を相談し合ってるらしい
「女が1人で暮らすのは苦しいから、あの人が亭主を欲しがるのは分かるんだけどね」
言ってるおばさんも同じ状況だから、言葉の重さにどう返せば良いのか分からなくなった。
更に半月もすると、冒険者ギルドと商業ギルドが細々と依頼を再開し始めた。
笑えるけど、冒険者と商人のギルドランクの記録が消えてしまって預金額が分からなくなった、と2つのギルドが同時に発表した。
その時はまだ誰も知らなかったけど、王都に集まっていた王族や貴族、軍の上層部まで一気に消えてしまったのを最初に知ったのは2つのギルドに残された職員で、国を動かす野望に狂ってたらしい。
SやSSの実力者が居なくなって実戦を知らない者だけが残されていたから、成功すると楽観視して無謀な計画を実行したんだろう。
返さないお金を復興の資金にしたいんだろうけど、それに黙ってる冒険者も商人もいるはず無い。
ギルドに大金を預けてるのはギルドランクB以上の暮らしに余裕がある人たちだから、この発表は両方のギルドを逆に追い込んだ。
冒険者も商人も信用できないギルドを介さず、討伐や商いをするようになった。
この状況じゃお金があっても使えないし、商人も商品の在庫と冒険者が狩る食料を物々交換して暮らしていたから、ギルドが無くても別に困らなかった。
ギルドの目論見は完全に外れて、依頼を受けるのは初心者しか居なくなっていた。
「ギルドは何がしたかったんだ?」
ギルドの思惑を知らないおじさんの1人が、疑問符を付けて呟いた。
「唯一の通信網を持っているのがギルドだからな、他から入る情報から優位に立てると踏んだんだろう」
ギルドの動きを厳しい目で見ていたダンカンさんが、呆れた口調で答えていた。
「あれから二月近いのに国も軍も動かない。推測だが王都が壊滅して指揮する者がいなくなったんだ」
「それでギルドが王や軍の後がまに座ろうとしたか」
「そう考えたらふざけたギルドの言動が理解できる」
ダンカンさんの話に何人も頷いていた。
それから更に半月もすると乗り合い馬車も動き始め、他の町へ移る人も出てきた。
最初はお金を押さえれば冒険者や商人を操れると思ってたギルドも、言いなりになるのがランクの低い者だけだと気付いて方向を変えてきた。
「依頼を半年受けなければギルドランクを抹消する」
これでどうだ、とばかりのギルドを冒険者と商人が逆に見捨てる形になった。
通信の不便はあるが、壊れた家を取り壊して建て替えも始まっていて、徐々に生活が戻り始める。
私もそろそろ次の町へ行こうと思いだしていた。
「やはり行くのか」
『私は冒険者ですから』
「1つの町には居られないか」
ダンカンさんも来月にはミシェルさんがいる36の町へ行って、2人で本店へ1度戻るらしい。
『どの町が本店何ですか』
「47の町のじじいが俺の親だ」
ダンカンさんとミシェルさんと、2人の子供で定期的に支店を回ってると話してくれた。
「何か困ったら47の町のじいさんのところへ連絡してきてくれ。力になる」
ダンカンさんに頷いて、本線を23の町へ向かった。
馬車は満員で、指差すだけで簡単に荷台に乗れた。
23の町に着いたら、27の町に転移するつもり。
少年でも追い掛けられるから、27の町のダンジョンは青年の姿で潜ろうと思っていた。
23の町までの旅で女の子2人組の冒険者を見た。
2人とも私より少し上?くらいの年齢で、最初は感じの良い2人連れに見えた。
乗り合わせた冒険者に初心者を装ってお金を無心したり、23の町からの馬車の客にも無心する姿を見たら逆に嫌いになった。
それが2人の生きる方法かもだけと嫌だった。
荷台の私には会釈すらしないから、私もしなかった。
23の町に着いて、すっかりその2人の事は忘れた。
23の町は両端からえぐるように町が無かった。
青年に偽装して27の町まで転移する。
氾濫で町の半分が無くなってたけど新しい家も何軒かあって、住人にも活気があった。
この町の苦い思い出に目を瞑って神殿に転移すると、光のシャワーを2回使って浄化した。
町に戻って部屋を取った。
話せないことで面倒な事になるかもと思ってたら、宿では何も聞かれず鍵を渡された。
話せなくても、青年ならすんなり泊めるんだって知ったら、その理不尽さに腹が立った。
ムカつきながら翌日からダンジョンの攻略を始めた。
青年に偽装してみて、更に馬車で知り合ったみたいな女性の冒険者が目に付くようになった。
冒険者としての実力が無いのに何故冒険者をしてるのか、同じ女性としてムカついた。
苛ついてるからじゃないと思いたいけど、27の町のダンジョンは新しいドロップが1個も無かった。
中級と上級はぽつりぽつり埋まるのに、目的の初級は全然増えなかった。
もしかしたらだけど。
初級ダンジョンと呼ばれるのは20の町のダンジョンまでだから、中級になる27の町のダンジョンで初級装備は期待できないのかも。
それに、埋まらないのはパーティーでしかドロップしないのかも。
その仮定に大きいため息が出た。
明日もう1日潜って駄目なら35の町へ行こう。
そう決めた日の夕方。
あの女性2人のパーティーを宿で見た。
2人に追い付かれるくらい、27の町に居続けた自分の執着に少し凹んだ。
「この宿で1番良い部屋に泊まってる人は、どこに座ってる人?」
食堂へ入ってきて直ぐ、2人が宿の主人に聞いてるのが聞こえてきた。
変な顔をしながらも、主人は私ともう1つの個室に居る客を指した。
2人は頷き合って、1人は私の元へ、もう1人は別の個室の客のところへ笑顔を作って近付いてきた。
別の個室に居る客は、商人に見えた。
「こんばんは」
食べてる私の前ににこにこ笑って座って、出てきた食事を食べながら話し掛けてきた。
「私と友達とは冒険者になったばかりなの、女の子2人だから変なのに追い掛けられたりして大変なのよ」
あとは察してみたいな雰囲気を、全部無視した。
「ねぇ、助けて」
焦れたのか、甘える声を出してこっちを見てきた。
目の前の女性が不思議な生き物に見えた。
その女性を無視して席を立つと、食堂の外へ出た。
断られるのに慣れてるのか、彼女はちょっと肩をすくめてもう1人の方へ移って行った。
嫌な気持ちで朝を迎えて食堂へ行ったら、別の個室の客も女性2人も居なかった。
嫌な気分で最終日のダンジョンに潜っても、やっぱり初級は出なくて早々に諦めた。
35の町へ転移しようと場所を探してたら、あの2人と数人の男性が固まっていた。
見れば男ばかり6人のパーティーが、女性2人を囲むようにして話していた。
「良いな。降りてきた奴を油断させろ。始末は俺たちがする。それだけで金が入るんだ」
「良い商売だろ」
「怪しまれ始めたら20の町のダンジョンに行く」
「俺たちは20、27、35の町のダンジョンを順繰りに回ってるから、お前たちもこい」
「本当にそんな簡単にお金や装備を奪えるの?」
男たちの話に半信半疑な様子で女性の1人が聞いた。
「なるさ。3人以下のパーティーか弱そうなパーティーを狙って襲って、全部奪えばかなりの金になる」
「それをこれからは8人で頭割りにするんだ」
「ならやるわ」
何にも言えなかった。
ダンジョン内の強盗は昔からいるから驚かないけど、段々やり方が悪質になる。
「来たぞ。3人だ」
階段を見張っていた1人が知らせにきた。
直ぐ6人が隠れて女性が2人になった。
2人は互いに頷き合ってから、疲れきったようにしゃがんで獲物を待った。
「助けて…」
3人パーティーが2人を助け起こしてる所に、後ろから6人が襲い掛かった。
そのあとは見てても修羅場だった。
3人は6人を返り討ちにした。
女性2人は、自分たちは6人に脅されてやったと泣きながら言った。
「嘘つくな、お前たちも奴らの仲間だろ」
3人は冷たく言い返して2人を縛ると連れていった。
2人が酒場に売られたのを知らない私は、そこから35の町へと転移した。
やっぱりだけど、35の町のダンジョンで初級装備は1つも出なかった。
代わりに中級と上級の装備がかなり埋まった。
虫食いみたいなアイテム欄に口が歪んだ。
『…パーティー』
今までも、苦しい時や勝てない時に思ってた。
ゲームの時はコメントが書けたから会話に困らなかったけど、飛び交ってる会話が現実と似てて、会話はするけどパーティーに入ろうとは思わなかった。
行き詰まる度にパーティーが頭の中に浮かんで、でも募集板を見て諦めるを何回も繰り返した。
それが、42の町のダンジョンがどうしてもクリア出来なくて、初めてパーティー入ろうと思った。
その結果は思い出したくない嫌な思い出になってる。
その時からパーティーは組まないって決めてた。
決めてたのに、コンプの可能性が勝って本気でパーティーを考えてる自分がいた。
ダンジョンだけのパーティーを組もう、って思い付いたのは翌日だった。
始まりの町へ転移しようとしかけて、手が止まった。
チェスター国の氾濫は?
そーっと地図を開いた。
チェスターの氾濫は小さい1つを除いて消えていた。
モナークには兆しが2つ、ハルツにも3つあった。
あれからまだ3ヶ月とちょっとなのに、また氾濫?
ハルツは分からないけど、モナークには氾濫の討伐をする力はもう無い。
白い世界は何をするつもりなんだろう。
何がしたいんだろう。
思いながら始まりの町へ転移した。
………
始まりの町は跡形も無かった。
辛うじて何軒かの家が残ってるだけの廃墟だった。
人も少なくて冒険者ギルドも無くなっていた。
あ、冒険者ギルド…。
こんな肝心な事に何で気付かなかったんだろ。
冒険者ギルドのあの機械?が無かったらパーティーが組めない事をすっかり忘れていた。
残りの魔力を気にしながら、4の町、7の町とダンジョンを転移して回った。
10の町へ転移したら35の町へ戻る魔力が無くなるから、7の町のダンジョンから35の町へ転移した。
明日、10の町へ転移してみよう。
翌日転移した10の町は、町の半分が残っていた。
………
ダンジョンから、あの無口な少年がいたパーティーは消えてしまっていた。
それが…引き金だった。
誰にも会ってない。
トーヤにも、ダンとカラにも、おじさんパーティーにも会わなかった。
思わず冒険者ギルドを訪ねようとして…、止めた。
もしクラークさんが居たとしても、きっと私の知ってるクラークさんじゃない。
…どこへ行こう。
温泉も無くなってるし、ダンジョン攻略も出来ない。
こんな時なのに白い世界は道を指しても来ない。
脱力して14の町へ飛んだ。
町は半分残っていた。
モナークのいくつかの町を見てみて、被害は20の町が1番酷かった気がした。
半崩壊の冒険者ギルドへ行ってみると、カウンターは埃をかぶっていた。
ダメだ…。
機能してない冒険者ギルドを出て、どこに行こうか路頭に迷ってしまう。
こっそり温泉を森の奥まで引いて1人で暮らそうか。
それは直ぐ却下した。
料理の出来ない私が1人で暮らせるわけない。
どうしよう。
考えて、考えて、48の町へ転移した。
48の町は、一回り小さくなったけど生活に支障は出てなくて変わらなかった。
どうしよう。
真っ直ぐ冒険者ギルドへ行ってみた。
ギルド職員は居たけど、話せないと分かると対応は極端に冷たくなった。
青年の姿でも同じ対応なのを、ざまみろ、とか思ってしまって自分でも笑えた。
可笑しくなってしまって、姿をルアンに戻した。
話せないルアンで宿で部屋を取った。
最初渋い顔をされたけど、10日分先払いしたら応対が柔らかくなった。
ぼんやり何日か過ごして、先を考えた。
温泉を森の奥に引いて、小さい家を建てて、食事は町へ転移して買って食べる。
それもありだと思いながらも、コレクターとしての自分が自分を急かせて、早く集めろと背中を押した。