狼とバトル
のんびりと4の町まで続く道を歩く。
確か4の町のクエストは初級ダンジョンのボスが落とす宝石。
面倒なのは依頼を受けてから潜らないと宝石を持っててもクエストクリアにならないこと。
ダンジョンは4の町の手前にあるから、依頼を受けて引き返さなきゃならない。
4の町まで1週間は掛かるから、町で1日休んでからダンジョンに潜ろう。
焚き火跡の近くで眠るのも慣れてきて、この何日かは態々火を起こすこともしなくなっていた。
テントの中で、昨日のお弁当と水で夕飯にする。
特別先を急ぐ旅ではないから気楽だった。
翌朝、テントに当たる雨の音で目が覚める。
このゲームの天気は8割晴れだけど、残り2割は曇りがなくて全部雨。
それも、降りだしたら最低3日は降り続く。
そう言えばずっと晴れだったと思いながら雨の粒をぼんやり見た。
何にもすることがなくてテントの中でゴロゴロ。
暇で暇でステータスを隅から隅まで見直してみる。
今更だけど装備の種類と量の多さに驚いてしまう。
これを全部売れば前のギルドカードに入ってたお金より多くなりそうだった。
ふと…、ゲームの最終ダンジョン、氷の魔竜の鎧に目がいく。
とどめを刺すのを躊躇わせたあの姿を、今でも鮮明に思い出せた。
初めて挑んだ時は何も出来ないまま瞬殺された。
2度目は氷の欠片。
3度目は氷の剣だった。
4度目は氷の兜。
5度目はこの鎧。
6度目は…。
挑む度にドロップするアイテムが変わった。
3度目くらいからは、与えるダメージでドロップアイテムが変わるらしいと気付いた。
氷の魔竜なのに氷が弱点で、ダメージを受けても頑なに何かを守るその姿に強く惹かれた。
誰も到達できない深い氷の奥底で…。
感傷に浸ってたら聞き慣れない音が近付いてきた。
テントからちょっと顔を出してみたら、おじさんが満載の荷車を引いている。
がらがらごとごとの濁音はでこぼこ道を進む荷車からだった。
雨なのに大変だ、とか思ってたらおじさんの後ろを3匹の狼が狙っていた。
どうか間に合って!
急いでテントを飛び出して狼の群れに走った。
群れの狙いはおじさんじゃなくておじさんの引いてる荷物らしい。
「わぁぁ!」
おじさんも狼に気が付いて叫んでいる。
ギリギリ間に合って荷車と狼の間に立った。
3匹一緒にかかって来られたら負けてただろう。
襲ってきたのが1匹づつだったのが幸運だった。
3匹を倒しておじさんを見ると、腰が抜けたらしく濡れた地面にぺたんとしゃがみこんでいた。
「…有難う御座いました」
怖かったのかおじさんの声が震えていた。
「ありがとう」
道に横たわっている3匹を見て、改めて頭を下げるおじさんは何処へ行くのかと聞いてきた。
私は手で前方を指した。
「4の町へ行かれるんですか?この雨じゃ大変でしょう。良かったら家で雨宿りしていってください」
おじさんの家はすぐそこの小道から入っていく小さな村だと言う。
ここからなら小一時間だと聞いて甘える事にした。
おじさんが荷物の横に狼の死骸を乗せる。
毛皮は敷物に丁度良いらしく、さっきの恐怖をころっと忘れてしまったようににこにこしていた。
歩き出そうとするおじさんにちょって待って貰って、放り出した袋を取ってくるふりをして素早く隠蔽のままのテントをアイテムボックスに放り込んだ。
それからマントのフードを深く被って、おじさんの家まで脇道を歩いた。
途中で話せないことを筆談で伝えると、話せなくても冒険者になれるのかと酷く驚かれた。
信じられないと言うのでギルドカードを見せるとようやく納得してくれた。
おじさんは週に1度3の町へ育てた野菜や森の果物を売りにいって帰りに日用品や足りない食糧を買って帰るそうだ。
雨で行きたくなかったが足りない物もあったので出てきたらしい。
何時もなら襲われないのに、と恨めしそうに腰に着けていた卵サイズの袋を目の高さまで持ち上げて恨めしそうにそう言った。
多分、動物の嫌いな匂いを放つ匂袋だろう。
雨で臭いが消えたのではと尋ねたら、思い当たったのか何度も頷いていた。
1時間くらい歩くと周りを板で囲んだ場所に出た。
板塀の高さは2メートルくらいで、中に入ると10件ほどの家が立っていた。
10家族30人程で暮らしているそうだ。
おじさんの家は村の奥にあって、奥さんと16才になる息子の3人家族。
息子さんは不在で挨拶しないで済んだ。
おじさんは奥さんに狼から助けられた話と雨がやむまで泊める話をした。
食料に余裕がないと渋る奥さんに荷物も無事だし狼の毛皮もあると話して泊めることを承知させた。
何と無く居心地が悪い。
このゲームの世界の生活は決して楽じゃないから、家計を預かる奥さんの言い分も当然だと思えた。
それでもここまで着いてきてしまったら引き返すわけにもいかなかった。
その日の夜の食事は味のない野菜スープだった。
塩は無いけど胡椒ならあの小さい瓶がある。
明日口実を作って出ていくつもりだから、その時に泊めて貰ったお礼に渡そう。
屋根裏の部屋を使ってくれと案内された時は、無理でも夜道を歩こうかと思ったほどだった。
鍵をかけてから、屋根裏全部を魔法で消毒する。
綺麗にしたのに落ち着かなくて、どうやっても眠れないまま朝を迎えた。
下に降りておじさんを探してたらおじさんを若くしたみたいな男の子に会った。
きっとこの子がおじさんの息子だ。
軽く頭を下げる。
おじさんがどこにいるか聞こうとしてたら先に相手が喋り出した。
「母さんから聞いたけど冒険者だってね」
頷いて見せる。
「冒険者は危ないって聞いてたけど君みたいな女の子に出来るなら俺にも出来そうだな」
え?
驚いていると話し声が聞こえたのかおじさんの奥さんが台所からこっちへ来た。
「ヨハン、その子は喋れないのよ」
本物の冒険者じゃない、と私を見て言った。
「へえ、そうなのか」
話せないから冒険者じゃないとか誰が決めたのか。
「偽物なのに防具と剣着けてるの?試しで俺にも着けさせてよ」
嫌だと首を降った所で裏口が開いて野菜を手にしたおじさんが入ってきた。
「何してるんだい?」
「彼女にちょっとだけ防具と剣を貸してって頼んでたんだ」
この村ではまとまった金は稼げないから、冒険者になって金を貯めて父さんたちの暮らしを楽にしてやりたいとヨハンは言った。
おじさんは涙ぐんで、貸してやって欲しいと言う。
目を輝かせてるヨハンとおじさんに負けて、着ていた防具を外して貸した。
「横の紐でサイズを調節するのか」
ヨハンは浮かれて一回転して見せる。
ベルトをして剣を差してから楽しそうに聞いてきた。
「装備の予備ってあるの」
頷いて見せたら…。
「ならこの装備頂戴」
…え?
かるーい口調で言われたので、最初聞き間違えたと思った程だった。
「ヨハン!」
おじさんは驚きながらも叱るように名前を呼んだ。
「冒険者になりたいんだ。金稼いでみんなに楽させてやりたいんだよ」
おじさんは止めるように言うけど奥さんはヨハンの味方だった。
「私からもお願いするわ。予備があるなら、これをヨハンにくれないかしら」
おじさんは泣きそうな顔で下を向いた。
まさかこんな展開になるとは思わなくて、一瞬カッときたけど直ぐに冷めた。
ヨハンを警戒しないで貸したのは私だ。
もう苦い笑いしかでない。
その足で屋根裏に戻りマントを羽織ると下に降りる。
おじさんにだけ頭を下げて雨の中を走り出した。