ダンカンとミシェル
《ググワァーー》
!!
思わず飛び起きる。
まただ…。
疲れきってる体をまたベッドへ戻して息を吐いた。
あの日から。
毎日あの時の夢で目が覚める。
闇の全体魔法と地震で、グラムだけじゃなく私もこの世界から消えるはずだった。
なのに、私だけ死ななかった。
陥没した瓦礫の中に、ポツンと立っている自分に気付いた時、発狂するかと思った。
あの時発狂してしまえばこんなに苦しまないのに…。
死ねなかった自分と、死なせない白い世界を呪った。
グラムの断末魔の雄叫びが頭から離れない。
出ない声を振り絞って私も絶叫した記憶が朧にある。
グラムの遺体は…見付からなかった。
まるで隕石で地面が押し潰された状態で、グラムを見付けようとする事が無謀だ。
頭では分かってるのに、諦められなくて探すことを止められなかった。
グラムの遺体を誰にも見付からないところへ、その思いが私の手を止めさせなかった。
そんな私の手を止めたのは現状確認にきた冒険者ギルドの職員の声だった。
「うっわ。こっちの方が凄いな。これじゃあ王都に避難は無理だな」
ギルド職員に陥没した底にいる私は見えないのか、ぶつぶつ言ってた声も直ぐ聞こえなくなった。
あ…。
後から自分でも馬鹿だと思ったけど、自分の回りの景色を見て、やっと意識が現実に戻った。
はは…。
無駄に荒らした底を全て綺麗に埋めた。
グラムを見付けられなかった罪悪感が強くて、自分に可能なだけ深く、深く埋めた。
姿を赤茶の髪の少女にして、戻った20の町は…町だった残骸の廃墟になっていた。
30の町の時みたいに、生き残った人が一塊になって何とか暮らしていた。
他の町へ転移しようとして、塊の中の太ったおばさんに見付かってしまった。
「ちょっとあんたっ!」
づかづか近付いてきて私の顔を上から見ると、おばさんはにやっと笑った。
「あんたどの村から来たんだい?」
咄嗟に王都の方角を指した。
「あんた親は?」
思ってもいなかった事を聞かれて、voiceを使おうとしたけど黒くなってて使えなくて、困って下を向いた。
「悪いこと聞いちまったようだね。私も亭主を亡くしてあの仲間に入れて貰ったんだ。あんたもお入りよ」
断れずにいたら、肩を掴まれて連れていかれた。
総勢30人程の集団が昼の支度をしている最中で、おばさんはパンパンと手を叩いた。
「今日から仲間になるよ」
おばさんの一声でそこにいたみんなが私を見た。
「どこの子だ」
火を起こしてたおじさんが聞いてきた。
「あっちの村だって。親が死んで町へ着たって」
おばさんは話ながら私がさっき指した方角を指した。
「そりゃ災難だったな。お前名前は?」
どっちの名前を名乗ろうか迷ってたら、おばさんに背中を叩かれた。
「まさかあんた喋れないのかい?」
!
ドキンとした。
voiceも使えないし、誤魔化す手段がない。
いざとなったら逃げて転移しようと決めて頷いた。
「何時からだい。生まれ付きはないから親が死んだショックから口がきけなくなったのかい?」
母親の顔を思い出して、思わず泣きそうになってた私を見て、おじさんがおばさんを止めてくれた。
「その子の顔を見てみろ。それ以上言うな」
「分かったわよ」
面白くなさそうにおばさんは他に行ってしまって、おばさんと入れ替わるようにおじさんが歩いてきた。
「行くところがないならここに居ると良い」
おじさんはそう言って頭を撫でてくれた。
!
驚いた。
こんな自然に…。
おじさんなのに母親と似てる気がした。
「お前、名前は?」
足元の石を拾って地面に書いた。
『ルアン』
「ルアンだな。おればダンカン、鍛冶屋の親父だ」
おじさんは小指にはめてる花の指輪を見せてきた。
私も親指の指輪を見せた。
「どこの奴が渡したんだ?これを持ってるってことはルアンは冒険者か?」
頷いて、地面に石で書いた。
『ミシェルさん』
「ミシェル?それは俺のかみさんだ」
不思議な縁に親指の指輪を見た。
それからは、仲間としてそこで暮らすようになった。
「冒険者なら食料の調達くらいしてきてよ。あんた1人増えてみんなの食料減ったんだからさ」
他の人とは何とかやっていけてるのに、最初声を掛けてくれたおばさんとは段々険悪になっていった。
他のおばさんから、最初のおばさんはダンカンさんの後妻を狙ってるから敵と思われたんだと教えられた。
花の指輪がダンカンさんとお揃いに見えて、なおおばさんの神経を逆撫でしたとか言われて、ムカついた。
連絡が取れないだけでまだ生死も分かってないのに、と教えてくれたおばさんも嫌そうな顔をした。
それからはなるべく最初のおばさんとニアミスしないようにして、ダンカンさんの側にも近付かないよう意識して、極力教えてくれたおばさんの近くに居た。
狩も、狩ってきても怪しまれなさそうなウサギや小型の猪みたいな魔物だけを選んで、毎日町の近くで最低1匹は捕まえて運んだ。
それでも顔を見れば睨まれた。
段々息苦しい生活が嫌になってきてたけど、乗り合い馬車が出るまでは我慢するしかなくて、早く動き出してと毎日思ってた。
そんなある日。
ダンカンさんがみんなを集めた。
自然に輪になって座る。
当然の顔で、ダンカンさんの左隣はおばさんだった。
ダンカンさんは、通信手段が無いから他の町の様子は分からないが、と前置きしてから、今の現状とまだ暫くはこの生活だと思ってくれと言った。
話の最中も、あのおばさんにギロギロ睨まれていて、他のおばさんの後ろに隠れながら聞いた。
グラムの事がつい昨日の様なのに、私が20の町に戻ったのはそれから8日も過ぎてからだったらしい。
「この町の冒険者ギルドも商業ギルドもギルドとして機能してない」
SやSSの冒険者ギルドの上層部が討伐で倒れて、残されたのは力の無い職員だけらしい。
「どの町も大差無いだろう。今はハルツが攻めてこないのが救いだ」
ハルツ!
ハッとしてステータスから地図を見た。
モナークの氾濫はまだあちこち燻ってて、ハルツは応戦してる最中に見えた。
今回の氾濫は王都を外れてるから、一つ一つ確実に潰してる感じがした。
そしてチェスターは…国が魔物に飲まれていた。
………何故?
神の箱庭が…何故?
チェスターには私より強い魔法使いがたくさん居るはずなのに、何で応戦しないの?
国を潰すつもりなの?
有り得ない考えが浮かぶほど私は動揺していた。
「私、怖いわ」
おばさんは怖がる風でダンカンさんの腕に手を置こうとしたけど、スッと避けられてた。
「大丈夫だ。このモナークだけじゃない。ハルツにも、チェスターにも氾濫の波が襲っている」
「チェスターにもなの?」
おばさんがもう一度手を伸ばす前に、ダンカンさんが立ち上がって場所を変えた。
何人かのおばさんがクスクス笑った。
後から聞いたら、ダンカンさんはずっとあのおばさんを避けてたらしい。
私なら避けられてると感じたら絶対近付かないけどおばさんは違って、大勢の前なら絶対逃げられないと強行手段に出たんだっておばさんたちが笑ってた。
「今までチェスターで氾濫が起きた記録はない。それだけ大規模な氾濫なんだろう」
他のおじさんが口を開いた。
「この氾濫のボスは軍が捕まえた龍人なんだろう?魔物が退いたってことはボスが倒されたからだよな」
「恐らくそうなるな」
「やっぱり聖剣は聖剣だったんじゃないか?折れても龍人を倒したから氾濫がおさまったんだろ?」
………
こうして伝説が作られるのかもしれないと思った。
過去のモナーク人もこうして聖剣を伝説にしたんだ。
おばさんはギロリと笑ったおばさんたちを睨んで、怒った顔で立ち上がるとどこかへ行ってしまった。
「それを言うなら今回の氾濫は天罰だろ」
別のおじさんが話に割って入ってきた。
「同じモナーク人を奴隷にした国王を戒めるために神が起こしたんだ。言いなりにならなかったハルツと、ハルツを擁護したチェスターにも天罰が下った」
「俺もそう言いたかったんだ」
さっき聖剣説を話してたおじさんが同調する。
「龍人が王都を狙ったのも王を戒めるためになのか、それを聞かなかったら王でも殺されてたりしてな」
あ…。
全ては土の中だ。
城も魔方陣のあった建物も、中の結界にあった物全てはグラムと共に地下深く葬った。
その中に王がいたとしても、何も感じない。
あ、あのギルド職員はどこの町の人なんだろう。
魔方陣が無いのにどうやって王都に来れたの?
遠目の感じでギルド職員だと思ったけど、今さら違うかもしれないとか思いだしてしまった。
「弟王子を見付けだす前に王が死んだら、王位継承でめんどくさい事になるぞ」
「それに乗じて軍が権力を掴んだらもっと面倒だ」
「それは無い。軍の上層部はみんな王都の城に隠れてるから、王が駄目ならそいつらも生きてないさ」
「冒険者ギルドと商業ギルドもSやSSが総倒れでこの町はギルドマスターまでやられたって話だぞ」
「軍の代わりに冒険者ギルドが出てこようにも氾濫で総倒れだからな」
誰が政権を握ろうが私には関係ない。
北の塔の弟王子の話をおじさんたちがしてるのを聞いて、王子からチェスターの5人の事を思い出した。
北の塔があの建物なら、生存者はいないだろう。
その日の夜、みんなが寝静まるのを待って王都に転移したら、そこも瓦礫の山だった。
目印の塔らしかった建物は破壊されてて、着てはみたけど場所も分からなくなっていた。
それに2重に張られていた結界も無くなっていて、魔物の遺体があちこちで腐って異臭を放っていた。
…来なければ良かった。
暗い気持ちで20の町に転移した。
それからさらに半月ほどすると、他の町との通信が回復したと冒険者ギルドが報せ回った。
ダンカンさんも急いで行ったけど、冒険者優先で鍛冶屋は明日にしてくれと断られたらしい。
『私から15の町へ連絡して貰います』
15の町へ転移するつもりでいたらダンカンさんに、違うと止められた。
「ミシェルは今36の町だ。ルアンは15の町でミシェルと会ったのか?」
『14の町のダンジョンの雑魚装備を買って貰った』
「そうか、次はこの20の町のダンジョンだな」
『48の町のダンジョンまで潜った』
「最終までか」
ダンカンさんが驚いた顔で見返してきた。
「まだ子供なのにたいしたもんだ。ドロップは何処で売ったんだ?」
『47の町の花の印の鍛冶屋』
「可愛い娘だったろ」
『おじいさんだった』
ダンカンさんが驚いた半信半疑の顔で見てくる。
「本当に潜ったのか」
頷いて、ドロップの中でも上級の剣を出して見せた。
「買い取らせて貰えるか。今は装備より生活用品が必要だ。勿体無いが潰して鍋釜にしたい」
ダンカンさんの話を聞きながら、別の魔法の袋から雑魚装備を一山出した。
『これを使ってください』
「14の町のダンジョンのドロップ品か?」
『量が在りすぎて出せなかった』
「助かる。全部買い取らせて貰うよ」
『雑魚装備ばかりなので代金はいりません。その代わり、今度買い取りをお願いする時おまけして下さい』
「はは、全部の店に言っておくよ」
これから狩りに行くからとダンカンさんと別れて、36の町に転移した。
幸い36の町は20の町より被害が少なかった。
花の鍛冶屋は直ぐに見付かった。
髪を黒っぽくしてから入ると、ミシェルさんがいた。
「いらっしゃい。あらあんたは」
覚えててくれたらしい反応に嬉しくなった。
『友達からの伝言を頼まれてきました』
「伝言?」
書いてる私の手元を見ながらミシェルさんが聞いた。
『ダンカンさんは無事だそうです。冒険者ギルドで鍛冶屋の手紙は明日だと言われたらしくて、冒険者の友人が代わりに私に連絡してきました』
「そう、無事なのね。良かった…」
ミシェルさんは安心したように両手を胸に当てて、小さく良かったと言った。
「報せに来てくれてありがとう。私も無事だと返事を送って貰って良いかしら」
『引き受けます』
「あ、ちょっと待って」
帰ろうとしたら引き留められた。
「売って貰える雑魚装備は無いかしらね。町の被害は少なかったんだけど回りの村がね」
『在ります』
ミシェルさんのところでも雑魚装備を一山出した。
『代金はいりません。その代わり今度買い取りをお願いする時おまけして下さい』
「ありがとう」
裏道から20の町に転移する。
ウサギを2匹狩ってから戻って、ダンカンさんにミシェルさんは無事だと教えた。
「連絡してくれたのか。悪かったな」
言いながらダンカンさんの顔が明るくなった。
『36の町は被害が少ないそうです。回りの村はかなりあったようです』
「そうか、生きていてくれて良かった」
相づちを打ちながらも気持ちはミシェルさんに飛んでるのが丸見えで、私まで気持ちが暖かくなれた。
こんな気持ち、何時から感じてないんだろう。
思い出せないくらい昔な気がしてきて、急いで気持ちを切り替えた。