グラムとの別れ
「龍人に王都が襲われてるらしいぞっ!」
宿に飛び込んできた商人の声に、食堂にいた誰もが息を飲んだ、と後から聞いた。
翌朝私が知った時には泊まり客が無駄におろおろしていて、宿の主人が死んだ事など忘れ去られていた。
「本当に王都が襲われてるのか?お前の聞き間違いじゃないのかっ」
「魔方陣で逃げてきた貴族が冒険者ギルドに溢れてるから、信じられない奴は見てこいよ」
グラムが動き出した!
王都に転移しようとして、出来なかった。
転移に王都の選択が無くなっていて、飛んで行きたくても行けなかった。
白い世界が、私に何をさせたいのか分からなかった。
グラムを龍人を騎士に殺させるつもりなの?
じりじりした長い1日が過ぎて、少しずつ情報が流れてくるようになった。
笑えるけど、宿の主人の兄と名乗る男が翌日から主人になって動揺してる泊まり客から宿賃を集めた。
こんな時でも欲を忘れない人間にホッとしてる自分がいて、ホントに腐ってると自覚してしまった。
グラムは王都の結界の薄くなった場所を破って貴族の街を襲ったらしい。
商人の1人が、どこからか手に入れてきた王都の地図を食堂のテーブルに広げた。
地図を見たら、私が逃げるのに闇魔法で穴を開けた場所に、大きくばつ印が付いていた。
「このばつ印の所から入ったのか」
「そうらしい。何日か前にも入ろうとしたらしいが、その時は失敗したって話だ」
あ…、私のしたこともグラムのせいになっていると知って、罪悪感が行動を急げと背中を押した。
「聖剣と聖騎士はどうした」
「聖剣は中の結界の外には持ち出せないらしい」
え?
もしかしたら…、白い世界はグラムがもう1つの結界を破るまで待っているの?
中に入ったら聖剣で討伐されてしまうのに?
それは絶対嫌だった。
………
あぁ、そうなのか。
だから予知夢なんだね。
グラムは聖剣で死ぬくらいなら私に殺されたいんだ。
死んだあと死体を誰にも見られたくないから、私を選んだんだと気が付いた。
それも白い世界のシナリオなの?
きっとグラムが中の結界を破ったら、私の王都への転移も可能になるんだ。
もう白い世界を残酷だとも思わない。
悪魔になるために、私はこのゲームの世界に来させられたんだと悟ったから。
悪魔が氷の竜を助けるとかどんなシナリオなの、もう笑うしかないじゃん。
「じゃあ中を襲うまで待つしかないのか」
「そうらしいが、中に入れない龍人が貴族の屋敷を破壊しまくってて、討伐後は住めなそうだ」
「じゃああの威張り散らす貴族が、どこかの町に住むって事なのか?」
「出てきたこの町に居座る可能性大じゃないかよ」
商人も冒険者もさも嫌そうに顔を歪めていた。
ゲームの世界の中に貴族がいるってことは、領地とかもあるんだろうか。
「いっそ王都を全部壊して、王も貴族もいなくすれば平和になるのによ」
!
白い世界はそれを狙ってる?
「王が死んだら軍が出てくるから変わらないさ」
「軍が死んだら冒険者ギルドだろうな」
冒険者の、軍が死んだらは言い方がおかしいけど、言いたい事は伝わってきた。
例え王や貴族が死んでも上に立とうとする人間は無数にいて、今と大差ない気がした。
それから2日は情報に進展は無かった。
貴族の誰々の屋敷が壊されたとか細かい情報も流れたけど、私には意味のない情報だった。
進展に焦れてた4日目にチェスターから青年がきた。
おじいさんが呼んでるらしい。
この大事な時に何故voiceを切ってるんだ、と責められたから全身で行くのを拒否した。
グラムの叫びをvoiceで聞き続けたら…私の方が先に狂ったかもしれない。
白い世界が切ったのか、私の心が切ったのか、どちらかは分からないけど、今の私にvoiceは使えない。
そう書く時間さえ無く、私はまた腕を掴まれてチェスターに連れていかれた。
「待っていたぞ」
私を見るおじいさんの顔は険しかった。
「孫の捕まってる場所まで龍人に襲われてるらしい。急いで助けに行ってくれ」
一瞬またモナーク軍の罠?って思ったけど、モナークの罠じゃなくて本当に危機が迫ってるんだと思った。
動かない私におじいさんは非難の目を向ける。
「チェスター人5人の命がかかっておるんじゃぞ!」
『転移もvoiceも使えない』
怒鳴るおじいさんへ書いて渡した。
「どちらも使えないだと。今さら嘘をついても無駄じゃ。救いだして来いっ!」
孫可愛さに豹変したおじいさんを見返して、ノーとハッキリ首を振った。
『白い世界が私から取り上げた。文句は神に言え』
「そんな…」
私の走り書きのメモを読んだおじいさんは、絶望した顔でぶすぶすとしゃがみこんだ。
「…神はチェスターを見離したのか」
おじいさんは独り言のように呟いて宙を見た。
『私がここにいる意味は無くなった、宿に戻して』
おじいさんに書いて見せると、憎らしそうに私を見てから青年に連れていけと手を振った。
「魔法も使えない子供には何の利用価値も無い。今すぐこのチェスターから放り出してしまえっ!」
転移する寸前のおじいさんの言葉が耳で木霊した。
王都じゃなければ転移は使えたけど、何故なのかを説明するのは無理だと思ったから使えないで通した。
おじいさんに魔法も使えなくなったと勘違いされたのは、この先を考えたらその方が良かったと思えた。
「肝心な時に使えないなんて、役立たずな奴だ」
ドンと突き飛ばされて、辛うじて床に手を付いた。
これが喋れない者へのチェスターの扱いなんだ。
チェスターだけじゃない、この世界の。
魔法使いじゃない私には何の価値も無いと思ってる。
可笑しくて、声が出ないのにけらけら笑った。
「おい、貴族たちが続々と城に移ってるって話だ」
「城へだと?何でだ?」
「ごみ溜めの様な町では暮らせないんだとよ」
………
段々白い世界のシナリオに近付いてる。
!
存在を忘れてたけど、モナークの王都が壊滅したら…ハルツが攻め込むかもしれないんだ。
そうなったら…。
モナークもハルツも消えて、チェスターだけが残る?
ブルッと身震いした。
有り得ない。
いえ、あってはいけない。
モナークよりハルツより神に近いと思ってるチェスターが力を持てば、今より悪い。
あぁそうか。
だから私なのか。
どこか1つの国が暴走しないよう、白い世界は私を歯止めにしたかったんだ。
私で思ったような効果がないからグラムなのかも、そこまで考えてハッとした。
白い世界がこの世界を壊す準備を始めてる気がして、そう仮定すると妙に納得できた。
「それにな、龍人が呼んだのかあちこちで小さい氾濫が起こってるから、奴ら身の危険を感じてるのさ」
嘘。
ステータスから地図を見れば、水玉模様みたいな氾濫の兆しがモナークにもハルツにも点々とあって、何故かホッとした。
この全部が氾濫にはならないと思うけど、数が多い。
だから城に逃げたのか。
私の目には白い世界のシナリオで1つの所に集められてる様に見える。
それって気のせい?
それから5日。
グラムが中の結界を破って城の周辺を襲っている、と情報が入った。
急いでステータスから転移をタップしたけど、王都の選択肢はまだ消えたままだった。
グラムが聖騎士に殺されてしまう!
焦っても王都へ行く手段は無くて、こうして手をこまねいて待つのが辛かった。
どのタイミングで転移が使えるようになるんだろう。
ステータスを開きっぱなしにするのは視界的にきついから、頻繁にチェックだけした。
そんな生殺しの時間が翌朝まで続いて、衝撃の知らせがこの世界を揺らした。
「聖剣が折れた!聖騎士も殺されてしまった!」
町はパニックになった。
聖剣と聖騎士がグラムを討伐すると疑わなかった国民は、知らせを聞いて逃げ惑った。
それでも王都への転移は使えなかった。
その2日後。
城を守る騎士が全滅して軍が代わりに警備に付いた。
町の治安は当然冒険者ギルドに回ってきた。
国民には公表されないけど、軍の上層部は自分の身の安全を最優先にして王族の警護を口実に城へこもっているらしい。
チェスターの魔法使いが動かないと今さら気付いた軍の上層部は、魔法使いの長の魔導師長が城だけに張る結界にすがった。
それからの3日は地獄だった。
氾濫の兆しはいくつかが1つになり、モナークとハルツを襲い始めた。
驚いたのは、チェスターにも兆しが表れて5の町へ向かっている事だった。
おじいさんの言葉通り、白い世界はチェスターを見離したのかもしれない。
兆しはハルナツさんの村の近くにもあった。
今までなら、飛んで助けてた。
でも今は違う。
つい笑ってしまった。
気付いてしまったから。
このゲームの世界には、私が死なせたくないって思う人が1人もいない事に。
生きてて欲しいって思う人がこの世界に居ないって、それってここにいる意味がないって事だよね。
日本なら、唯一母だけは守りたいと思える。
私に魔法は効くのかな。
グラムと一緒に自分も始末してしまおうか。
グラムと同じで人に死んだ自分は見られたくない。
グラムごと自分を地下に埋めるには、2つのスキルを同時に使えたら可能な気もする。
鬱々と、グラムと死ぬことだけ考えていた日の夜。
グラムが魔導師長が守る城を襲った。
………
その時は予感なんて綺麗なもんじゃなかった。
断末魔みたいに、ぞくぞくした。
そんな情報はないのに、体が締め付けられた。
ステータスを開いても転移で王都には行けなくて、ぞくぞくする負の予感だけが膨らんだ。
真夜中、遠巻きにしていた魔物が一斉に町を襲った。
私も討伐に参加するつもりで冒険者ギルドに行ったけど、子供だからって帰された。
SやSSの冒険者だけじゃなく、ランクの低い冒険者も討伐に駆り出された。
この氾濫でどれだけの人が死ぬんだろう。
《人が増えすぎた》
クラークさんの呟きが頭を過った。
翌日、冒険者たちはじりじりと魔物に押され始めて、町に悲愴な空気が膨らんだ。
確かめても王都は光らない。
商人まで防戦に駆り出され、女子供はバリケードみたいな板を作らされた。
逃げ出す事も出来ずに、町は魔物に飲まれていく。
髪が焼ける臭いと血の臭いが混ざって、町の終わりを私だけが分かっていた。
町だけじゃなく私もぎりぎりだった。
気持ちも気力も折れそうだった。
ステータスの地図を見ても、モナークで氾濫を持ち堪えた町は5つも無かった。
チェスターの氾濫も他に広がっている。
不思議とハルツの氾濫は動きを見せてなかった。
もうこの町には居られない。
王都に行けるまで何処に居ようか。
半分諦めてスキルをタッチしたら王都が点滅してた。
嘘。
装備を最強に変えてマントを着けた。
髪を金髪にしかけて…。
青年に偽装してから短髪の金に変えた。
グラムなら私だと分かる。
そんな確信があった。
転移した王都は城が崩れ去っていた。
魔物を倒しながらグラムを探した。
グラムはどこ!
グラムを見付けるために、辛うじて残されてる城の塔の天辺に転移して…絶句した。
尖った塔の天辺に人が串刺しになっていた。
服の形から魔法使いだと気付いて、ハッとした。
きっと魔導師長だ。
ならグラムはっ?
見回して動けなくなった。
最初に目に入ったのは真っ黒に底光りする肌の鱗。
そして赤い目。
『グラム』
こっちを見て。
『グラム』
呼んでるのに返ってくるのは獣の雄叫び。
分からないんだ…。
《殺してくれ》
グラムの願い。
『今楽にしてあげる』
自分がvoiceを使っている事すら気付けなかった。
『一緒に死のう』
迷わず闇の全体魔法と地震を同時にタップした。