チェスター国巡り
「困ったり知りたい事がある時は、何時でもこのじいの家へ着なされ」
来る事は無いだろうと思いながら頷いた。
後から、42の町のダンジョンへ行く方法を聞けば良かったと思ったけど、それは違うと直ぐ思い返した。
こうなってしまうとグラムが変わるのを待つ形になってしまって、気持ちは複雑だった。
朝起きたら地図を見て、夜寝る前に地図を見る暮らしが半月近く続いた。
明日には先払いした30日が終わる。
今になって迷う。
明日、何処へ行こう。
行きたい場所が無かった。
時間潰しに、擬装して48の町のダンジョンに行こうと決めた。
絡まれるのは嫌だから、念のため少年に擬装してギルドカードの性別も女から男に変えた。
宿はあのおじさんと女の子3人のところへ決めた。
おじさんに喉を差して、個室10日と書いたメモと料金を出したら頷かれた。
ギルドカードは書き換えたけど、使わずに泊まれるなら現金でお願いしたかった。
「声代わりか、体が小さいから遅くきたんだな」
おじさんは勝手にうんうんと納得すると、10日分の宿代を確認して部屋の鍵を寄越した。
私は納得してないけど、言っても無駄だから止めた。
最終ダンジョンの町だから、やはり宿の泊まり客は商人より冒険者が多かった。
また初めから潜る。
不思議と中級と上級装備が幾つか出た。
もしかしたら…、男女で出る装備が違うとか言う?
それってどれだけ意地悪なゲームなの。
この町のダンジョンが終わったら、また始まりの町のダンジョンから潜り直そう。
そこまで考えて、少年の姿で潜ったこともあったと思い出した。
その時は新しいドロップは無かったような…?
記憶が曖昧ではっきりしないから、やっぱり最初の町から潜り直すと決めた。
潜り始めて10日目で門番の前に着いた。
?
誰かに見られてる気がした。
勘は危険だと言ってる。
勘を信じて、出口に戻る魔方陣へ向かった。
誰かが後ろを歩いてる気がして、地図を確認したら3つの影があった。
急いで出口から宿に戻った。
走り込んだ私をおじさんが見てきたから外を指した。
「どうした?」
おじさんが外を見たら、がらの悪いおじさん3人が店の前に居たらしい。
『ダンジョンで追い掛けられた』
「あれは物取りだな」
おじさんに頷いてたら後から戻ってきた泊まり客が、怪しいおじさん3人を追い払ってくれたと聞いた。
「子供1人だから強奪出来ると思ったんだろう」
「明日から気を付けろよ」
「いや、この子は今日までだ。明日の馬車で戻る」
「稼げたか?」
うん、頷いた。
夕食の後、鍛冶屋に行くと言う冒険者たちと一緒に雑魚装備を売りに行った。
魔法の袋に1つを引き取って貰ったら大金貨50枚になったので、全部現金で受け取った。
「現金で持ってるのは危険だぞ、盗賊に狙われる」
「確かにそれはそうだが。万が一死んだら、ギルドカードの金は冒険者ギルドの物になるだろ」
「家族の元にいかないのか?」
冒険者たちの会話を聞いてポカンとしてしまった。
確かにそうだ。
もし自分が父親の立場なら、死んだ後家族に自分の働いて貯めたお金が届かないとか納得できない。
冒険者ギルドだけが徳をする仕組みに、言われてみて改めて気が付いた。
後からだけど、旅で死んだら身ぐるみ剥がされるから結局どっちも変わらないと気付いて笑ってしまった。
その夜、宿の主人のおじさんに大金貨2枚を渡して、明日の夜泊まり客にお酒を出して欲しいと頼んだ。
理由を聞かれたから、鍛冶屋で大金貨50枚になった話をして、取られずに済んだお礼と書いた。
「お礼なら今日にすれば良いだろ」
『僕は飲めないから明日が良い』
「俺が猫ばばしたらどうする」
にっこり笑っておじさんを見た。
『おじさんにもお礼したいから半額猫ババありです』
「面白いガキだな。また来いよ」
『はい、ありがとうございました』
気分の良いまま始まりの町のダンジョンへ転移した。
ダンジョンは10分もあればクリア出来た。
初心者のダガーの苦い記憶をブンブン振り払って、何回も潜り直したら初級が2つドロップした。
うー、複雑な気分。
何回転生してもゲーム内では性別を変えるとか無かったから、最初からアイテムコンプは無理だったんだ。
フルコンプ狙ってたのは私だけじゃなかったから、これを知ったらプレイヤーみんな怒るよね。
夕方、初めて泊まった宿に一晩泊まった。
明日の夕方まで潜って、その後は4の町のダンジョンへ移動しよう。
翌朝からもしつこく潜ったけど、もう新しいドロップは期待できそうになかった。
4の町のダンジョンへ転移しようとしたら、転移がタップ出来なかった。
地図を確かめると直ぐ後ろに3つの反応があった。
振り返ると少年1人と少女2人の新人パーティーで、会話に何か聞き覚えがあった。
「まだなの!こんな汚くて埃臭いところ速くクリアして町に帰りたいわ」
「急かすなよ。道間違えたじゃないか」
「私のせいじゃないわよっ!」
つい笑ってしまった。
そうか、無口な男の子は10の町で今も生きてるからここに居ないんだ。
こんなの何て言ったっけ。
箱庭のチェスター国とモナーク国、ハルツ国の違いは目の前のこの姿なんだ。
「あっ、人が居るよ。出口まで連れていって貰お」
「図々しいと思われるわ」
「ここに居るより良いわよ。すいませーん」
笑ってるのを気付かれないように振り向いた。
「出口どっちですか?」
『出口まで案内するよ』
「ありがとー」
先に立って歩いてると、後ろの3人はひそひそ相談しながら着いてきた。
出口まで送ってまたダンジョンに戻ろうとしたら、あの勝ち気な少女が引き留めた。
「あのー、あなたソロですか?私たちとパーティー組みません?」
『組みません』
はっきり言ったら勝ち気な少女はポカンとしてた。
少女の口が復活する前にダンジョンに戻って、4の町のダンジョンの少し前に転移した。
ダンジョンまで歩きながら、プッって思い出し笑いが止まらなかった。
voiceのスキルがあるだけでこんなに違う。
胸の奥に押し込んだ悔しさがまた増えて、ざまぁが半分の嬉しさになっちゃっても嬉しいのは本当だった。
予想してたけど、4の町のダンジョンにトーヤがパーティーメンバーと居て、そのメンバーに装備を頂戴と言ったヨハンが居た。
顔を覚えてた訳じゃなくて、見覚えのある装備だったから後から名前が出てきた感じ。
不思議なのは、トーヤがヨハンの装備を見ても何も言ってない感じな事。
トーヤの欲張りが治った?
思いながら素通りしてダンジョンをくるくる回った。
あれ?
リリカは?
もしかしたら…、村で仲良く暮らしてる、とかだったら良いな。
そう思うと少し気持ちが楽になった。
夜は誰も居なくなったから、入口からボスの手前まで通らない道が無いように何度も念入りに歩いた。
このダンジョンでも初級を3つ見付ける事が出来た。
眠くなって夜中にダンジョンを出て、目立たない場所にテントを出して昼近くまで寝た。
夕方まで潜って、その日は7の町に泊まった。
グラムと別れてもう一月近い。
朝晩地図を見てるけど、グラムも氾濫の兆しも無い。
どうしているだろうか。
何も出来なくてもどかしい。
何もしてあげられないのに…。
それが傲慢な気持ちなんだと気付いてからは意識して考えないようにしてたのに、トーヤを見てから忘れられなくなっていた。
翌朝からダンジョンに潜った。
!
ダンジョンに、会いたくないと思ってた4人組のおじさんパーティーがいた。
極力かかわり合わないよう意識して潜った。
自分でも情けないけど、ピリピリしてた。
会いたくないのは私が子供だから、分かってるのに会いたくない気持ちは消えなかった。
おじさんたちは生きてるよね。
そう思った自分が嫌だった。
2日、2日潜ったら10の町のダンジョンへ…。
ダンジョンだけ。
自分にそう言い聞かせた。
それならクラークさんに会わなくて済む。
何か、会いたくなくて逃げ隠れしてる自分が惨めで嫌いになりそうで、気持ちがドンドン墜ちて浮き上がれなくなりそうで怖かった。
根暗なのに、もっと根暗になりそう。
鬱々しながら7の町のダンジョンを攻略してたら、ダンとカラをダンジョンの帰りに見付けてしまった。
2人は店で売ってる初級装備を付けてて、新人冒険者パーティーに見えた。
他のメンバーは?
ダンの腕の傷が消えてて、胸がどくどくした。
それならカラもだって思ったら吐き気がした。
こんなに簡単に…。
路地に逃げ込んで吐いてしまった。
日本も残酷だったけど、この世界は残酷すぎる。
結局7の町に4日居た。
今のダンとカラは、パーティーに入ってて楽しくやってる様に見えた。
7の町のダンジョンも合計4つ見付ける事が出来た。
予想より少ないのは、男女共通の物と男だけ、女だけにドロップするのが有るからに思えた。
嫌な予測だけど、ソロとパーティーでも有りそうで、どれだけ無理ゲーなのかと思わされた。
4日目の夕方、10の町に転移して泊まり慣れた宿へ部屋を取った。
ソロの旅人は珍しいから、今頃おかみさんか手伝いの子がクラークさんのところへ知らせに行ってるはず。
擬装してもクラークさんは私を見失ってないはず。
はず、ばかりだけど、間違ってないと思う。
実際そう分かってて泊まった。
気分がダークで好戦的になってたから、来るなら迎え撃つくらいの気持ちだった。
翌朝からダンジョンへ潜った。
10の町のダンジョンは、48のダンジョンより魔物が強かった。
氷のダンジョンの次が、予測だけどこの10の町のダンジョンだと思う、次は35の町のダンジョン。
42の町のダンジョンがどの順番になるかは行ってみないと分からないから、まだ正確じゃないけど。
一応35の町のダンジョンの次は27と20の町のダンジョン、その次が48と14の町のダンジョンだと強さのランク付けが出来た。
10の町に5日居た。
あの無口な男の子の居るパーティーは、地道に10の町のダンジョンに居た。
メンバーも1人増えて5人になってて、装備もかなり良くなっていて、20の町のダンジョンくらいまで潜れる感じに仕上がっていた。
遠くから風魔法で会話を聞いてみると、ダンジョン攻略に余裕があるから話題も明るくて良いパーティーになっていた。
移動する前日まで、10の町の裏ボスに挑むか諦めるか考えてた。
何度も頭の中でバトルをイメトレしたけど、1回も勝てたイメージが沸かなくて、今回も諦めた。
翌朝、夕方には14の町へ転移する予定でいたから、今日までのお礼を伝えて宿を引き払った。
おかみさんは少年で泊まった5日分のお礼だと思ってると思うけど、今までの親切へのお礼も込めた。
10の町のダンジョンでも新たに3つ見付けて、そろそろ14の町へ転移しようとした時、ムカつくトラブルが起きた。
おかっぱで勝ち気そうな顔付きの女性ギルド職員がダンジョンまで来て、前回の氾濫の素材がまだ納品されてないと苦情を言い出した。
言われて出してないのを思い出した。
思い出しても、渡す気持ちはもう無いから断った。
「規約ですから出してください。ランクSSSでも持ち逃げはさせません」
思わずカッとした。
ギルド職員の見下した言い方に、ムカつきを通り超して怒りが溢れた。
『それはクラークさんからの命令ですか』
「はい。素直に出さないなら兵士を呼びますよ」
『話は門番のおじいさんのところで聞きます』
「えっ…」
女性の顔が一瞬狼狽えて、直ぐに持ち直した。
「その必要はありません。門番も承知してます」
『承知してるのなら行っても構わないですよね』
「ま、待ちなさいっ!」
ギルド職員の女性をその場に残して、もう来ないつもりだった門番のおじいさんを訪ねた。
『こんにちは』
「おやルアンどうしました」
おじいさんにダンジョンでの事を手短に伝えた。
「素材は倒した者の物だ。早速調べよう」
おじいさんは奥に居た女の子に書いたメモを持たせてお使いに行かせた。
「その職員の名前は聞いた?」
『いえ、最初から喧嘩越しで言うので聞いてません』
そうしてるうちに、女の子はクラークさんを連れて帰ってきた。
おじいさんがクラークさんに確かめると、誰だか分かるみたいで眉間に皺が寄った。
「誰なんだい?」
「クララです」
え?
驚きと一緒に、何か納得してた。
最初のダンジョンの3人も、ダンとカラも前と変わらなかったから、クララが同じ様に変わらなくても驚かなかった。