グラムと予知夢
回復と再生で魔力を使い過ぎてて、グラムがテントを這い出すのを朦朧とした意識の中で見た。
追い掛けたくても体が重くて動けなくて、そのまま寝たみたいで起きたらやはりグラムは居なかった。
地図からグラムを探しても見付からない。
氾濫は分散して形になってなかった。
そうか…。
これが白い世界が決めたシナリオなんだ。
疲れた体でテントを片付けて20の町の宿に戻った。
「お帰りなさい」
『ただいま』
メモに書いて見せた。
「お友だちと楽しめましたか」
『はい』
氾濫の真ん中に飛ぶ前に、友だち会いに行ってくると部屋にメモを残して置いたから、何日か部屋を空けても怪しまれなかった。
「お友だちも話せなくて心配してたでしょ」
頷いてそのまま温泉に行った。
最近声がかすれて聞こえないと聞き返されるので返事は筆談で、と宿の人には伝えてあった。
それまでvoiceで会話してたから、疑われなかった。
温泉に入りながら、グラムの話を思い出してた。
自分の死を覚悟したからなのか、今まで聞いたこと無いくらいグラムの喋り方が優しかった。
現実になって欲しくないけど、金髪の私がグラムを殺すなら、モナーク国の王都をぶち壊してやる。
根拠の無い確信。
私が今度グラムと会う時は、モナーク国の王都でだ。
きっとあの目の赤いグラムと…。
グラムはどんな気持ちで、起こるかもしれない自分の未来を受け止めたんだろう。
私なら…そんな覚悟出来ない。
宿に戻った翌日、クラークさんから念話がきた。
『1度戻ってきてくれないか。こっちの都合でルアンを酷使したのは謝罪する』
そんな事を言ってるんじゃない。
やっぱりクラークさんは私の気持ちを、分かってくれてなかったんだ。
少しでも期待してた自分が嫌になった。
期待するから裏切られる。
私は何度苦い思いをしたら懲りるんだろう。
愚かなのは私だ。
気分的に落ち込んでたところにクラークさんからの言伝てだと、冒険者ギルドの職員が手紙を持ってきた。
職員は24、5歳の青年でクラークさんに似ていた。
やはり私にも見張りが付いてたんだ。
もしかして、って思ってたから驚きは少なかった。
食堂の隅を借りて青年と話した。
テーブルを挟んで向き合い、周りに聞こえないよう光の結界を張った。
「これを」
青年は手紙をテーブルに置いた。
『受け取りは拒否します』
そう書いたメモを見せた。
「手紙の内容を真に受けて、ハルナツさんの村へは行かない方が良いですよ」
青年はメモを見ながら言った。
ハルナツさん?
クラークさんからの手紙だと思ってたら、ハルナツさんからと聞いて驚いて青年をじっと見た。
青年は敵意が見える視線で見返してきた。
「表面上は軍が村人を人質にして、君を待ち伏せしている事になっています」
人質と聞いて、罠でも助けに行かないとと思っていたら、青年は冷めた口調で付け加えた。
「村長も村人も報酬に目がくらんで、誘き出す手伝いを引き受けました」
青年はもう一度ハルナツさんからの手紙ですと、封筒を渡してきた。
受け取った手紙の送り主は、青年の言うようにハルナツさんだった。
手紙は送らないでと言ったのに…。
話したい情報があるから是非訪ねてきて欲しい、とぎこちなくて変な文章で書かれていた。
無理矢理書かされた感じもあるけれど、村のためだと言われたらハルナツさんも私を売るだろう。
「どちらを信じるかは君が決めると良い」
『どちらも信じない』
「え?」
青年は驚いた顔で私を見てきた。
青年に手紙を返して部屋に戻ろうとしたら、強引に腕を掴まれて引き止められた。
力付くで腕を取り返してきつく睨む、こんな事からも自分をどう見てるのかが感じ取れて気分が悪い。
「確かに君を利用した。それは悪かったと俺も思う。謝罪も込めて君を保護したい」
『謝罪、謝罪。それが本当の謝罪だと思ってますか』
「え?」
書くのがもどかしくてvoiceを使う。
『私が今モナーク軍から追われている一因を作ったのはチェスター国。それの対処もしないで念話してくる内容は氾濫討伐の話だけ。そんな人を信用しろと?』
「いや、だから保護しようと思ってるんだ」
『モナーク軍に私を追わせるよう情報操作したのを知らないと思ってますか。逃げ場が無くなってチェスター国に戻ってくると思っていたでしょうが無いです』
「いや、だからそれは」
青年は慌てて弁護しようとするけど、それを手で制して言わせなかった。
『分かりました。それなら、これからはずっと神に近い場所で過ごします』
「いや待って」
『チェスター国のやり方もモナーク国と同じ、これ以上嫌いにさせないで下さい』
『ルアン、すまない。モナーク国に威嚇でルアンの名前を出したのは俺だ。許して欲しい』
クラークさんが青年との会話に割り込んできた。
『嫌です。謝罪を受け入れたら許さなくちゃいけなくなる。私はクラークさんを憎み始めてる。神の壁は敵意を持つ私を拒絶するでしょう』
『35の町の炎の竜を訪ねるのか』
クラークさんの声は固かった。
『おじさん。この少女の話は本当なんですか。俺にも仲間にもこの子の我が儘に振り回されてる、って話してたのは嘘だったんですか』
青年の声も固かった。
『ルアンはチェスター国民だ。国のために動いて欲しいからした行動だ』
『おじさんのやり方は頼んでるんじゃない強制だ!』
青年は吐き出すように怒鳴ってた。
ぼんやり、目の前の青年は真っ直ぐなんだと思った。
悪を悪と言って育った人だと思ったら、中学の熱血生徒会長が青年と重なった。
『それは違う』
『何が違うんですか。謝罪するから氾濫を静めろ。それが強制じゃなくて何ですか、他の門番のおじさんたちもおじさんの意見に賛成なんですか』
『了解は得ている』
『なら俺たちはこの子の側に付く』
『まて、話し合おう』
クラークさんの返す声に刺があった。
『じいさんに言って召集を掛けて貰います。その場で話し合いましょう』
青年は真面目な顔で私を見た。
「しばらく時間が欲しい」
『話し合っても同じ。みんな私が喋れないと知ると見下してくる、クラークさんの考えも根元は同じ』
「それは違う」
『違うくない。もし私が喋れてたら、あなたはさっき私の腕を掴んでまで無理矢理止めなかったはず』
私は捕まれてた腕をもう片方の手で擦った。
「あ…」
「兎に角1週間だけ時間をくれ」
青年の熱血に押されて言い返せなかった。
もう半月はこの宿に居るつもりだったから、青年は好きにすれば良いと思って放置した。
その青年がまた訪ねてきたのは4日後。
「俺と一緒に来て欲しい」
『何処へ』
「番人のじいさんたちの元へ」
メモに書いてたら返事を被せてきた。
『私は神の壁を抜けられない』
「大丈夫だから」
青年はまた腕を引っ張ってきた。
もう抗う気持ちにもならない。
私が通れなかったらこの青年も諦めるだろう。
カレンが言ってたグラムの表現を思い出しながら、黙って引き摺られて移動した。
人目の無い階段の死角で青年が転移を使った。
着いた先は10畳くらいの応接間で、クラークさんを混ぜた4人のおじさんたちと老人の5人がいた。
通れたんだ。
最初に思ったのはそれだった。
グラムと同じく光の壁に弾かれる覚悟をしてたから、チェスター国に出たのは軽い驚きだった。
「君がルアンかね」
おっとりした感じのおじいさんの問い掛けに、警戒しながら頷いた。
頭の中で地図を開いても、ここがどこなのか表示されなかった。
結界が張られてる?
そんな感じだった。
「孫が手荒に連れてきてしまった様だの」
「俺はちゃんと連れてきた」
穏やかなおじいさんに青年が言い返した。
「その子が腕を押さえておるのは何故かのう」
「え?ちょっと引っ張っただけだ」
「警戒してる者を力で動かそうとするのはクラークの言動と差して変わらん」
「あ…」
青年は口を開けたまま動かなくなってしまった。
「クラークが申し訳なかった。このじいに免じて許してくだされ」
おじいさんが頭を下げた。
最初は本心から私を助けようと思っていたはずだとおじいさんは言った。
「クラークは祖母のクララとルルの事を負い目に思っておるから強引になってしまってな」
言われてみて、そうだろうと納得出来た。
門番としてのクラークさんの立場もあるから、あんな言い方になったと解るけど、だからって私に命令して良い言い訳にはならない。
「間の悪い事にこの10年の門番はクラークでのう、なお暴走してしまったのよ」
『門番は交代制なんですか?』
疑問をvoiceで聞いた。
「最後の権限はわしにあるが、意見が片寄らんようここに居る者で10年を区切りに交代するんじゃ」
私が頷いたから、おじいさんは先を続けた。
「クラークには、自分が巻き起こした物の始末はきっちりさせる」
『その条件として氾濫の討伐をしろと?』
自棄に近い笑顔で聞いた。
「それがルアンしか出来ないなら、この年寄りの頭を下げてお願いする」
思わず笑ってしまった。
どんなに言葉を変えても、言ってることは同じ。
わざわざ敵地に着てしまった自分の愚かさを詰ってみても、もう遅かった。
『捕まえるならどうぞ。モナーク国の様に私に隷属の首輪を着けますか』
「おぃ!」
青年が怒って捕まえにきたけど、光の結界を張って撥ね飛ばした。
床で呻く青年を見て、おじいさんが言った。
「チェスター国が神の怒りで揺れておる」
?
地震は使って無いし、足元に地震の揺れも感じない。
おじいさんが何を言ってるのか分からなかった。
「やはりルアンは神が使わした者だったか」
今まで黙っていた別のおじさんが言った。
「ルアンよ自分の役目を知っておるか?」
おじいさんの口調がふわりと優しかったから、無意識にすっと言葉が出た。
『氷の竜に会いに行く事』
そこにいた6人が息を飲んで互いを見合った。
「どこにおるのか知っておるのか」
頷いた。
「ルアンが前に言った氷の竜の話は本当だったのか」
クラークさんの呟きに場の空気が重くなった。
「氷の竜は神に選ばれしこの世界の守り神」
違うおじさんが言った。
「この何百年、世界からは神の加護の光が失われ滅びへと向かおうとしておる」
「氷の竜は欲深き我々を見棄て眠りに着いたと言い伝えられてきた」
…ああだから傷付いて悲しそうだったんだ。
無理だよ。
人間から欲が無くなるなんて無いもの。
氷の竜。
あなたが望む世界はずっと来ないよ。
飢えてる時は飢えを満たす欲が人を変えるし、裕福な時はもっともっとと富を求める。
それが人間だよ。
私だって…死ねないから生きてる。
心の中に燻ってる、この世界を壊したい、って気持ちも形は違うけど欲だもの。
「ルアンよ。氷の竜を目覚めさせに行くなら、チェスター国は出来る限りの力を貸そう」
「我々に出来うる限りを尽くそう」
『私の意思じゃない。白い世界、あなた方が神と言う世界が私の行き先を示す』
「神が…」
おじいさんは絶望したように椅子に体を預けた。
『私にグラムを助けさせたのも、今彼を死に向かわせるのも、あなた方が神と呼ぶ物の残酷な意思』
「神を愚弄するな」
『グラムを私に殺させるシナリオなんて、残酷意外なんと言い表せば良いの?』
「グラムをルアンに殺させるだと」
クラークさんが驚いて椅子から立ち上がった。
「急にどうした」
おじさんの一人がクラークさんを咎めた。
!
まさか…。
『カレンとグラムをモナーク軍に捕らえさせたのはクラークさん、なの』
確信と疑問が半々だった。
「…俺だ」
青年が床に膝をついてボソリと言った。
「俺と仲間がクラークさんの指示で捕らえさせた」
4人の門番の目が一斉にクラークさんへ向いた。
「グラムの暴走を押さえるにはそれしかなかった」
力を失ったクラークさんの話に誰も言葉がない。
………
白い世界は全部知ってたんだ。
チェスター国だけじゃなくて、この世界ごと神の箱庭だったんだ。
白い世界の気まぐれで簡単に人が死ぬ。
『グラムはモナーク国の王都を襲うはず。行く手段は有りますか?』
「俺なら飛ばせる」
青年が生き返ったように高い声で叫んだ。
「20の町と30の町の冒険者ギルドの地下には王都に行く魔方陣が刻まれているから、それで行ける」
『その魔方陣を使ってあなたは怪しまれないの?』
「王都が襲われてる時なら、大騒ぎしてるはずだから気付かれないと思う」
青年は、その時は20の町の冒険者ギルドへ訊ねて来て欲しいと言った。
「ルアンや。龍人がモナーク国の王都を襲うのは、確かなのか?」
『龍人は予知夢を見るとグラムが言ってた。グラムは夢の中で、モナーク国の王都で金髪の私に殺される。と言っていた』
5人は見合って何かを言い掛けては口を閉じた。
『話してください』
「モナーク国の王都には龍人を倒す剣とそれを使える騎士が代々居る」
忘れていた。
ハルナツさんから聞いていたのに、忘れてた。
「もしも龍人が王都を襲って騎士に倒された時は?」
誰も答えなかった。