転移の誤解と解放軍の4人
36の町に着く前日の夕方。
偽サブは36の町から来た冒険者パーティーと焚き火の薪を組んでいた。
小声で話してるのが口の動きで分かる。
明日には着くのに指令があるのかと不思議だった。
夕食を食べてるとき冒険者パーティーが言い出した。
「チェスター国から龍人を寄越せってモナーク国に脅しがあったらしいぞ」
「俺も聞いた。いくらチェスター国でも強引だろ」
カレンが口を開こうとして偽サブに止められた。
「龍人は神の壁を超えられるからチェスター国にしたらモナーク国の味方されたら驚異なんだろ」
「だから寄越せって脅してるのかよ」
冒険者パーティーは言葉を変えてしつこく言った。
乗客の何人かは本気にして、不安そうに本当なのかと冒険者パーティーに聞いていた。
カレンは何度も話そうと口を開きかけて、その度に偽サブに止められるを繰り返した。
「後で聞く」
偽サブはそう言ってカレンを黙らせた。
「何で止めたの」
馬車に戻って、直ぐにカレンは偽サブを問い詰めた。
「俺たちは軍の設備から逃げてきたんだぞ。下手に目立ってまた捕まるのか?」
「それは…そうだけど」
偽サブの反論にカレンも言葉を濁らせた。
「俺たちは運良く逃げられたけど、多分グラムはまだ捕まったままだ」
偽サブは今は動く時じゃないとカレンに言った。
「俺やカレンのように、奇跡でグラムが逃げる可能性もある。グラムにしたら自分を捕まえたモナーク国よりチェスター国の方が安全だと思うだろうがな」
苦しいこじつけだと思ったけど、カレンは困った声で無理だと偽サブに言った。
「何が無理だ」
「グラムはもうチェスター国には行けないわ。チェスター国のギルドマスターって人がグラムがチェスター国に来れないよう神様に伝えたらしいもの」
嘘!
「そんな馬鹿な」
偽サブの口調も動揺していた。
「本当よ。何回もチェスター国へ転移しようとしてたけど弾かれて戻されるって怒ってたわ」
「弾かれる?」
「ガウを追って炎の竜のところへ転移しようとして失敗した時と同じだって言って怒ってたわ」
「炎の竜の聖域にも弾かれたのか?」
「グラムの話だとそうらしいわ」
「どう話してた」
「ガウのいる場所に転移しようとしたら前に透明の壁があって入れなくて、逆にバンって弾かれたって」
「同じことがチェスター国に転移しても起こると?」
「そう言ってたわ。チェスター国も炎の竜も神の象徴だから認められた者しか入れないのかも」
何と無くカレンの表現が納得できた。
「1度は入れたんだろ?それが何故入れなくなった」
「龍人だからかもって。遠い昔はチェスター国と龍人は友好関係にあって互いに往き来していたって話よ。それがモナーク国とハルツ国で龍人狩りをして、一握りの龍人しか居なくなってしまったって」
「それがどう関係がある」
「初めてグラムがチェスター国に行った時、ギルドマスターに違うって言われたらしくて。それから入れなくなったって言ってたわ」
「違う?昔の龍人と違うって意味か?」
「多分。グラムもそんな風に話してた」
違うけど、凄い勘違いだけど、違うままにする方が世界の平和だと思う。
「チェスター国に入る方法は無くなった」
偽サブの呟きは自棄になってる感じだった。
「え?何て言ったの?」
「何でもない。もう寝ろ」
偽サブはカレンを馬車に残して焚き火を囲んでいる冒険者パーティーの元へ行ってしまった。
翌日36の町に着いて、カレンと偽サブが目の前の宿に入っていくのを見ていた。
気になっていた事も思わぬ方向で収まって、今後の心配はまず無くなったと思う。
これでカレンを追う必要は無くなった。
長い10日だったと思いながら、何処へ行こうかぼんやり考えていた。
そろそろ48の町の軍も居なくなってないかな。
乗り場を離れて裏通りへ入っていったら、じっと宿を睨んでる影があった。
え?
形から男だと分かる。
立ち止まって男を見てしまったのは、男が宿を見上げて言ったのが『カレン』だったから。
男も立ち止まった私を警戒して見てきた。
「誰だ」
『怪しくない』
慌てて変な事を書いて渡してしまった。
男はメモを読んでジロジロ見てきた。
『あなたが『カレン』と亡くなった姉の名前を呼んだからつい見てしまった』
男はハッとして自分の唇に指を当てた。
「呼んでたのか」
男は悔しそうにがっくりする。
何か危ない人の気がして、頭を下げて逃げようとしたら腕を捕まれてしまった。
「待ってくれ。悪いが俺と一緒にこの宿に泊まってくれないか?宿代は2人分払う」
やはり嫌な展開になった。
「俺はレナルド。お前は?」
『私は…る、アン』
「アンリか、女みたいな名前だな」
あ…少年だった。
思わず右手で目を覆った。
ぐいぐい腕を引っ張られて、宿の入口まで連れて来られてしまった。
「俺たちは兄弟だ、良いな」
レナルドの勢いが良すぎて思わず頷いた。
「よしっ」
その勢いのまま中に入って2人部屋を取った。
明るいところで見たら、レナルドは茶髪で髭もじゃで体格が良くて幾つなのかも分からない。
救いなのは不潔そうに見えない事だった。
レナルドが鍵を貰って部屋に行った。
「さて自己紹介だ」
2つあるベッドの1つにドンと座ると、もう片方のベッドに私を促した。
「俺は冒険者だよろしく頼む」
『私も冒険者です。レナルドさんは幾つですか』
「24だ。アンリは幾つだ」
『15』
16と書きかけて時間が止まっていると思い出した。
メモを渡してレナルドを観察した。
カレンとの接点は有りそうにない。
でも確かにカレンって言った。
「不審者に見えるよな」
大きく頷いた。
「さっき、知り合いが男とこの宿に入って行った」
『それがカレン?』
「そうだ。カレンだけなら声を掛けたんだが」
意味が分からないとじっと見た。
「ちょっと疑ってる男と2人連れだったから、声を掛けそびれた」
納得と頷いた。
レナルドは偽サブを疑ってる?
もしかしたら、解放軍の1人?
「髪型も変えてるし髭も伸ばしてるから、俺から話し掛けなきゃ向こうは分からないはずだ」
うんと頷いた。
「取り敢えず夕飯の時に2人を観察したい」
分かったと頷いた。
頷きながら、私とカレンは縁が切れないのかも、って嫌でも思ってしまった。
何か、疲れる。
夕食のベルが鳴って、少し遅れて食堂へ行った。
カレンと偽サブは奥に座っていた。
レナルドは自然にその斜め後ろに座った。
そこはカレンと偽サブの2人が視界に入る席だった。
レナルドが、目だけであれだと伝えてくる。
ちょっと驚く振りで2人を見てレナルドを見た。
目で後でと伝えて食事に専念した。
偵察に慣れてるのか、レナルドは何気無い顔で食べて視界の隅に2人を置く感じだった。
カレンと偽サブは、食事中殆んど喋らなかった。
2人は部屋に戻る前に宿の主人と話始めたので、私も席を立って主人の近くへ行った。
「友人を待っているから5日ほど滞在したい。心配だろうから部屋代は先に払う」
偽サブは5日分を払って2人で部屋に戻った。
「お客さんは?どんな用事です?」
『お風呂の予約を』
久々のvoiceで主人に伝えた。
メモ書きして主人の記憶に残る危険は避けたかった。
「支度ができたら使用人を呼びに行かせますよ」
軽く頷いて、まだ食堂にいたレナルドと部屋に戻る。
「主人と何を話していた」
部屋に入った途端レナルドに聞かれた。
『お風呂の予約。支度が出来たら呼びに来る』
レナルドがホッとしたように体の力を抜いた。
『あの2人の女の人がカレン?』
「そうだ」
『あの2人は32の町からの馬車で一緒だった』
「奴は32の町からの来たのか?」
自分が2人の馬車の荷台にいた話をした。
「それは奇遇と言うか…」
レナルドが何を想像したのか言葉を濁した。
『カレンの連れは軍人?』
ギロっとレナルドの目付きが変わった。
「何故そう思う」
『話し方が命令口調だったから。軍人と似てた』
思い当たるのか、レナルドは肩で息を吐いてベッドにドカッと座った。
「俺もそう思っている。確証は無いが」
この先はレナルドが話してくれないと、私からは話せないと思った。
お風呂の後、改めて話した。
『2人は5日分の部屋代を払っていた』
「5日分?5日もこの宿に居るつもりか?」
『そう言って部屋代を払っていた』
「そうか」
何故か悩んでるみたいなレナルドに聞いてみた。
『三角関係?』
爆弾投下?
「違うっ!絶対違うっ!」
『違うの?』
「俺とカレン、あの男は一時同じグループにいた」
レナルドは裏切りで仲間割れになって、みんなバラバラになったと言った。
「首謀者の女の手下があの男だった。奴はリーダーの紹介で入ったはずなのに、常にその女と組んだ」
『首謀者がその女の人だってどうして分かったの?』
「軍を手引きしたのがその女だ」
レナルドは開き直ったように話始めた。
「27の町の解放軍を知ってるか?」
『話だけ』
「首謀者の女が俺たちを軍に売った。俺は包囲網を破って逃げた。噂で11人捕まって4人逃げてると聞いたが、そのうちの1人が奴とか笑えない冗談だ」
『レナルドが解放軍なら今まで何処に隠れてたの?』
自然な疑問だ。
「女のヒモしてた」
書こうとしてもペンが動かなかった。
変な笑い方しか出来なかった。
『カレンを好きなのに?』
「カレンはリーダーを好きだった」
………
嫌な沈黙が部屋に落ちた。
レナルドがリーダーを好きだったと言うカレンは、今は偽サブを好きになってる。
恋ってそんなに簡単に相手が変わるものなの。
それなら私は恋をしたくない。
そんな怖い恋はいらない。
考えてる事を振り払って、レナルドに聞いた。
『36の町に何かあるの?』
「仲の良かった奴の妹がこの町に居たんだ」
『過去形?』
「死んだそうだ」
レナルドは多分軍に殺されたと言った。
逃げ延びた4人。
カレンと目の前のレナルドと偽サブ。
残りは1人。
思わずぎゅっと目を閉じた。
「カレン
レナルド
カレンの連れ
首謀者の女」
メモに書いた。
レナルドを見た。
「…嘘だ、嘘だ」
メンバーの数に偽サブと軍の女が入っているのなら、これしかない。
「殺してやる。奴ら全員殺してやる」
モナーク国を滅ぼすのは彼かもしれない。
不思議とそう思った。