見たくない現実
宿の部屋に転移して、だくだくしてる胸をギュッと押さえてベッドに座った。
急いで32の町に行って、カレンの様子を確かめるべきなのかもしれない。
頭はそう思ってるけど、体は動くの拒否してた。
カレンが信じてるサブリーダーは偽物で、カレンに隷属の首輪を付けた軍の兵士だ!
何て私が言ってもカレンは信用しない。
逆に罵倒してくるだろう。
それに…、私もルアンとしてカレンに会いに行こうとは思えなかった。
この少年の姿のまま、明日はカレンが居る宿に泊まろうと思った。
意識は有るのだろうか。
最悪のイメージしか浮かばない再開に胃が痛かった。
気力が削られてて今日はもう何もしたくない。
ううん、出来ない。
取り敢えず、明日動こう。
それから…、ロンも訪ねないと。
チェスター国の魔法使いを軍が狙ってるから警戒しながらだけど、行くべきだ。
チェスター国の魔法使いの私を捕らえるために、利用された10人に謝るためにも行かなきゃ。
10人のうち半分が亡くなったと、兵士が話してたのを思い出すと身震いが出た。
ロンがその亡くなった中に居ませんように、と都合の良い事を願ってしまう。
短い時間でも一緒にダンジョンを攻略したロンが、自分の犠牲になった罪悪感を少しでも減らしたい。
身勝手だけど、そう願わずにいられなかった。
翌朝、32の町に転移した。
32の町に、宿は幾つもあった。
安い宿を除くと宿は2つ、そのどちらに泊まっているのかまでは魔法でも分からないと思う。
自分の勘は頼りにならないから、実際にその宿へ泊まってみるしかない。
グラムが居ないから探索で見付けられるかもしれない、って気付いたのは夕方になってからだった。
最初は馬車の乗り場に近い宿にした。
この町に詳しくなかったら、降りて直ぐ見える宿を選ぶ可能性が高いと思った。
夕方まで無駄に部屋を出入りして、不振人物みたいに宿の中をうろちょろした。
宿にはパーティーメンバーと待ち合わせしてる、と苦しい嘘を付いて朝からの泊まりの言い訳をした。
昼を宿の食堂で食べてみた。
けど、期待した姿は見付からない。
夕方宿を引き払ってもう1つの宿に移ろうか。
そう迷ってる時検索を思い出した。
まずこの宿から。
カレンの姿を思い出しながら、宿の中を探した。
もやっとした反応が隣の2人部屋に1つ。
宿の主人に町を見てくると断って外に出た。
もう1つの宿の裏に回って、同じく検索を掛けた。
町全体を検索する事も考えたけど、魔法使いがカレンを守ってたら気付かれてしまう。
だからいつでも転移できるようにして検索を掛けた。
2つ目の宿にカレンの気配は無かった。
なら隣の部屋のもやもやが?
宿に戻って、メンバーの到着に何日かかかりそうと主人に伝えて5日分の宿賃を先払いした。
「家の個室を5日も押さえるなんて余程裕福なパーティーなんですね」
返事の代わりににっこり笑った。
「隣の2人連れも10日の予定でお泊まりなんですが、1日中部屋から出ないで怪しい客なんですよ」
『ご飯の時も?』
「部屋に運べと言われてましてね。トラブルになりそうで使用人に警戒させてますよ」
『怖いな』
口の軽い主人に内心感謝して、チラッと部屋の方角を見てから怯えた素振りをして見せた。
部屋へ戻って改めて検索したけど、もやで隣に居るうちの1人がカレンだって確信が持てない。
動くのを待つしかない、と長期戦を覚悟した。
夕飯を食べに食堂へ行っても2人の姿はない。
泊まり客の話に2人の事が出なくてホッとする。
2人が泊まるのは10日。
その10日に意味が有るのだろうか。
ただ10日を待つのは辛いから、部屋に戻って48の町の宿の裏に転移した。
この町の何処にロンは居るのだろう。
軍の魔法使いも来てるはずだから、安易に検索を使うのは危険すぎた。
無駄になっても良いと思って宿に部屋を取った。
遅い夕食を食べに食堂へ行った。
2度目の夕飯はきついと思ったのにペロリだった。
食堂には顔見知りの冒険者も何人かいた。
この町に留まってダンジョンに潜り続けてるんだ。
懐かしい気持ちを隠して、泊まり客の話を聞いた。
お酒を飲んでる冒険者たちの話だと、ロンたちは軍の駐屯所に居るらしい。
囮にロンたちを使った事には怒ってたけど、半分が命を落としたとは知らないみたいだった。
もしかしたら、全員生きてるのかも。
兵士の話より、実際に48の町に居る冒険者の話の方が真実に近いと感じた。
軍の駐屯所。
宿の主人に場所を聞いて、隠蔽を自分に掛けてから目立たないよう行ってみた。
神経を張り詰めて近付いていく。
警備の人数は多いけどピリピリしてる感じはなくて、特に警戒が強いテントも無かった。
ロンたちは何処に居るんだろう。
小さなテントの横にしゃがんで兵士の動きを見た。
どのテントにこの駐屯所の司令官が居るのか、知って動かなきゃ危険だと思う。
兵士とは制服の違う3人が大きめのテントの1つへと入っていくのが見えた。
辺りを警戒しながら近付く。
中の話を聞いてみると、30の町の駐屯所で聞いた話を報告してるところだった。
「今頃になってルアンは囮だと上層部が気付いたと」
中から赤茶の髪の青年の怒った声が聞こえてきた。
この計画を任されたのは赤茶の青年らしかった。
「はい。上官からの指令です」
がさがさ紙の音がしてバンと高い音がした。
多分机か何かを叩いた音だと思う。
「あれだけ俺が言ったのに今更か」
青年はチェスター国が警戒を強めてしまって今更交渉の余地もない、と冷えた声で言った。
「チェスター国はこの期を逃さずあからさまにルアンにモナーク国内を歩かせるだろう」
ルアンを軍が捕まえれば格好の政治問題になって、チェスター国にモナーク国へ攻め込む口実を与える事になると静かにいかった。
「お言葉ですが、チェスター国に漏れる心配は無いと思われます」
「もしや、お前は軍の中にチェスター国の偵察者が居ないと思ってるんじゃないだろうな」
「え?」
「上官が指令を出して直ぐ、チェスター国にこの事が漏れているのは確実だ」
「まさかそこまでは無いかと」
「冒険者ギルドにもルアンには絶対手を出すなと命令しておけ。恐らくカレンの居場所もグラムの監禁場所もチェスター国には知られている」
!
チェスター国がグラムの居場所を知ってる!
思わず息を飲んだ。
「まさか」
「配下の兵士を使ってグラムが神の壁を超える方法をカレンから聞き出させているが確かな知らせはない」
あぁ、そのためにカレンの首輪を外したのか。
無駄だ。
グラムの転移はが…、や私と違う。
が…、や私は転移に魔力を使うけど、最初チェスターに転移してきたグラムは魔力とは違う力を使ってた。
きっと龍人だから使える力だと思う。
でもそれは神の壁には阻まれた。
炎の竜の結界もグラムを弾いたのを思い出した。
報告していた3人がテントを出ていって、入れ換わるように兵士が食事がのってるトレイを持ってきた。
夕飯らしく兵士はトレイを置くと出ていった。
遅れて兵士の後を追った。
きっとロンたちに食事を持っていくはずだから、この兵士に暫く付いて歩くつもりだった。
兵士が向かったテントから美味しそうな匂いがして、数人の声もした。
兵士の食事を作ってるテントらしい。
何々を持ってこい、とか幾つ肉を焼けとか、会話は料理の事しかない。
気長にまってると、15人くらいの兵士がテントに入っていって食事を始めた。
その15人が終わると、入れ替わりにまた15人が来て食事をしていく。
それが飽きなく続く。
いい加減飽きてきてあきらめて転移しようとした時、入れ換わった15人の中にロンを見付けた。
変だった。
誰も喋らないで黙々と食事をすると、また列を作ってテントから出ていく。
嫌な予感しかしない。
軍の制服だから首は見えないけど、そこに隷属の首輪があるとロボットみたいな動作から分かってしまう。
もしかしたら、さっきまで何回も出入りしてた15人の兵隊たちはみんな首輪を付けられた志願兵なの?
あの中に残りの9人もいたの?
体から熱が消えていくみたいで、手が冷たい。
震える息がこれは現実だと教えてる。
ハルナツさんから聞いてたのに、頭の中では実感してたつもりだったのに。
それを体が否定してる。
そんな憐れみで流される現実じゃない。
モナーク国は傲慢な神より傲慢で残酷なんだ。
気が付いたら、怒ってるのに笑ってた。
レベルを上げたい。
モナークを再生できないほど粉々にしてやりたい。
怒りに震える頭の中に氷の竜の姿が浮かんだ。
氷の竜が何っ!
勢いで心の中で怒鳴った。
………
怒鳴って…気持ちが静まってくる。
自分に誰かを裁く権限なんか無い。
無いけど許さない。
許さないけど、モナークを裁くのは私じゃない。
私であってはいけない。
この気持ちは氷の竜?
私をなだめてるの?
グラムと同じで、私もこの世界の駒なのかも。
きっとカレンも茶髪の青年も。
そう感じたら怒りより無力感が心を襲ってきた。
48の町の宿に戻って、友人を見付けたと言って宿を引き払った。
そして、32の町の宿に転移した。
鬱々と時間だけが過ぎた。気力が尽きたら全てが尽きてしまった。
習慣で朝昼晩と食事して寝る。
そんな生活を3日続けた。
4日目の朝、明日で5日だと頭に浮かんだ。
フッと、カレンを気にする理由が無いと気付いた。
カレンの首輪が外れたから何?
私はカレンに会って何をしたかったんだろう。
改めて考えて、答えが出なかった。
カレンを軍から助け出す気持ちもない。
グラムの事は気になる。
グラムが龍人の力で世界を滅ぼそうとしたら、きっと誰にも止められないから。
だけど、カレンは?
カレンを追ってきた1番の理由は私の自己満足だ。
今のカレンを見たかった。
それだけなんだ…。
最低の人間。
カレンを助けるでもなく、ただ見たかった。
私は狂ってるのかもしれない。
自分を軽蔑してもお腹は減る。
夕食を食べに食堂へ行ったら、真ん中に近いテーブルにカレンと偽サブが座っていた。
カレンたちの近くには席がなくて壁際の席についた。
偽サブが話して、カレンが短く答えてる。
それだけで意識は戻ってるように見えた。
宿の主人がカレンたちのテーブルに行った。
「明日お発ちですか」
「その予定だ」
話す声が大きいから私のテーブルまで聞こえた。
「奥さま初めまして」
ぼんやりしてたカレンは、驚いた顔から頬を染めた。
「は、初めまして」
今まで聞いたこと無いカレンの恥ずかしそうな話し方が胸に刺さる。
馬車に乗り合わせたあの少女と違って、カレンの恋が実る事は無いと思うと、見ていられなかった。
カレンたちは明日の朝発つと言う。
2人が5日も先から泊まってたとは思わなくて、先を全然考えてなかった。
どうしようと思ったけど、偽サブがカレンから聞き出したのか失敗したのかの結果は知りたかった。