迷走と行き先
これからを考えたら、選ぶ道がなかった。
氷のダンジョンに入るには、42の町のダンジョンを攻略しないと4つ目の指輪が手に入らない。
これは現時点で攻略不可能。
48の町のダンジョン裏ボスの情報は貰ったけど、今行くのは危険すぎた。
どうしよう。
ダンジョンの攻略出来るようになるまで、時間が潰せる何か無いかな。
ステータスから地図を見ても何も思い浮かばない。
暇。
ベッドでぐるぐるしながら考えた。
分かっているのは、この50の町から転移で他の町に行ったら確実に怪しまれる事だけ。
明日、来るときの馬車で一緒になった乗客の大半はこの町から馬車で移動するはず。
ポーションで悪目立ちした私が乗らなかったら不審に思われるに違いなかった。
自意識過剰?
半分そう思うけど、気になり始めたら転移出来ない。
どうしよう。
本線を戻るか支線を選ぶか。
考えて支線を選んだ。
冒険者ギルドが絡んでなかったらクエスト進めるんだけど、今は怖くて近付きたくなかった。
翌朝馬車に乗った。
思ってた通り、乗り場で知り合った人たちと軽く挨拶して、49の町行きの馬車に乗った。
49の町へは5日で金貨1枚。
馬車3台に乗客は11人荷台は1人。
私は荷台じゃなくて中に乗せられた。
馬車は商人の青年とおじさんと私の3人。
商人の2人は伝票に釘付けでぶつぶつ言ってた。
気付かれないよう見たら、売り上げの計算してた。
休憩で外に出て屈伸してたら、荷台に新人用の防具を付けた少女が見えた。
きっと48の町のダンジョンへ行くんだろう。
1階から3階で採算が合うか心配になる。
志願兵にならなかった少女が、冒険者として生きていけるよう願った。
50の町を出て3日目の夜に熊が出てきた。
乗り合わせた爽やかな印象の青年冒険者が、さくっと倒したので私は傍観した。
その夜から、少女の目に青年への尊敬が写った。
青年から剣の素振りを教わったり、魔物と戦った話を目を輝かせながら聞いていた。
青年に対する少女の尊敬が愛情に変わるまで、1日もかからなかった。
青年の方も少女が好きな様子で羨ましかった。
好きって気持ちをまだ知らない私でも、少女のはにかむ仕草は可愛いと思った。
49の町まで散々2人に見せ付けられて、もう恋人同士はお腹いっぱいだった。
49の町に着くと、人目の無い路地裏から43の町の宿屋の裏に転移した。
乗り場で42の町までの馬車を調べると、料金は出てたけど馬車は無期限運休と書かれてあった。
やっぱり無いんだ…。
予想してたからがっくりとやっぱりが半々だった。
これからどうしよう。
可能なら軍の情報が欲しい。
少し考えてハルナツさんの村に転移した。
「待ってたんですよ」
「災難でしたね」
ハルナツさんは私が軍の内通者にされた事を酷く心配して怒ってくれた。
「チェスター国の訂正は逆効果ですよ」
「ホントですよ」
「髪を染めたんですか?」
「濃い茶色も綺麗ですよ」
ハルナツさんだけじゃなく村人にも見られるから、黒に限りなく近い茶色に偽装してあった。
「ルアンは本当に魔法使いとお友達何ですか?」
「お友達ならもっとはっきり言って貰いなさいな」
『知りません。会った事も無いです』
「ならどうしてお友達だなんて流したのかしらね」
「何か事情があるの?」
『事情ですか。魔法使いに巻き込まれた形なので、私の名誉回復にあんな報道になったそうです』
嘘が上手になった自分に嫌悪感が強い。
それでも自分の身を守るためには必要だと思った。
ハルナツさんはうんうんと頷いて納得してくれた。
「確かにですねぇ」
「魔法使いにすれば申し訳なく思いますよ」
「だからもうモナーク国の依頼は受けないと怒ってしまったんでしょうね」
「これはモナークの自業自得ですよ」
『チェスター国からどんなに訂正されても、モナーク軍から見ると私を捕まえれば友人の魔法使いを捕まえられると思われてるようで困ってます』
「それは無謀ですよ」
「あなたを餌にして魔法使いを釣り上げようとしてるって事ですからね」
『面識もない私を助けようとしてくれるとは思えなくて、軍に捕まったら殺されそうで怖いです』
「本当ですよ」
「今の軍は狂ってますからね」
「43の町の噂ですけど。チェスター国から調査隊が来ると思って偽情報を流したそうですよ」
「魔法使いが隊長で来るように情報操作したそうですが、上手くいかなかったようですよ」
『そんな話は無いと思います。聞いてないです。チェスター国の人は外の国に関心が薄いので、今回の私のように国民に被害が出なかったら無関心ですから』
「無関心なの?」
「神の怒りに触れないの?」
「龍人は神の壁を通れると噂になってますよ」
「違うのかしらね」
『チェスター国で龍人を見た人は居ないですよ』
10の町の宿屋でグラムに会ったのは私とクラークさんだけだから、他のチェスター国民は知らない。
「そうなの」
「チェスター国は無関心。分かるような気がするわ」
「あなたを軍が追い掛ける間は、チェスター国の魔法使いはモナーク国を助けてくれないのね」
「捕まえたら逆に怒りを買うのでしょうね」
こんな話をするハルナツさんに悪意はない。
ハルナツさんは小さい自分たちの世界が脅かされる事に不安があるから、無意識にこんな聞き方をしてる。
そう分かるから淡々と答えた。
そして、ちょっとの情報操作もしてみた。
「あなたは今何処に居るの?」
「軍に捕まる危険がありますよ」
『チェスター国に居ます。私の事がどうモナーク国に流れてるのか気になったから、教えて貰いたくて今日訪ねてきたんです』
「ルアンの事は何も噂になってないわ」
「魔法使いの報道と一緒だったから魔法使いに隠れてしまったのよ」
『それでも軍は探してると思うので、安全だと分かるまでチェスター国に居ようと思ってます』
「それが安全よ」
「そうなさい」
『モナーク国の冒険者ギルドは軍と同じなので、冒険者ギルド経由で私宛の手紙は送らないで下さい』
「ならどうしたら?」
「連絡出来ないわ」
『軍や冒険者ギルドに手紙を読まれる危険があるので、たまに私から訪ねてきます』
それだけ軍はしつこいと肩をすくめて見せた。
何処へ行こう。
ふと27の町が浮かんだ。
その後の解放軍がどうなったのか、27の町なら聞けそうな気がした。
明るい茶髪の少年に偽装した。
ハルナツさんは好い人だけどお喋りだから、話したことが直ぐ噂として流れると思ってる。
姿を変えておくのが安全だと思った。
前に泊まった宿に部屋を取った。
お昼を食べにあの酒場にも行ってみた。
残念だけど店は閉まってて、隣の店に聞いたら先月辞めてしまったと言われた。
軍が解放軍の探索を諦めたとは思えなかった。
もしかしたら、カレンから情報を掴んだのかも。
期待してた27の町も行き止まりに感じる。
宿の食堂も冒険者は少なくて、商人が48の町の話を嫌そうにしていた。
夕食を食べながら聞こえてくる話に耳を傾けた。
「聞いたか?孤児の冒険者が10人、ダンジョンに閉じ込めたられたそうだ」
「聞いた聞いた。チェスター国に救援を頼んだけど返事すら無いそうだ」
「この前の事でかなり怒ってるな」
「チェスター国の魔法使いに隷属の魔法を掛けようとするとか自殺行為だ」
「それも30の町の氾濫の討伐中だったらしい」
「チェスター国が怒るのも当然だ」
「軍と冒険者ギルドはどう謝罪するつもりなんだ?」
そんな詳しく噂になるなんて…。
誰が流してるんだろうと疑問に思ってたら、クラークさんの顔が浮かんだ。
そうか、クラークさんがモナーク国に置いてる人に情報を流させてるんだ。
噂の表に立ってるのは魔法使いだから、これはチェスター国のモナーク国への牽制に思えた。
「最近物騒だよな」
「だよなぁ」
収穫が何も無くて選べる道が無かった。
気持ちがどんどん沈んでいってしまって、自分でもナーバスで危ないと思い始めてしまう。
内に溜まる負の感情を振り払って、今は動くしかないと自分に言い聞かせた。
何処に行こう。
駄目でも良いと30の町の駐屯所に転移する。
ポツンポツンと明かりが灯るなか、黒ずくめに隠蔽を掛けてこっそり忍び込んだ。
「俺たちも明日から48の町の応援らしいぞ」
「げっ、嘘だろ」
「本当だ。さっき隊長が上官に命じられてた」
「うわぁー。俺あの女苦手なんだよなぁ」
「俺だって好きじゃない」
見張りの2人は本当に嫌そうだった。
「囮にした餓鬼ども半分が死んだらしいな」
「あんな金髪女に騙された奴が悪い。自業自得だ」
金髪?
まさか。
「餓鬼は簡単に引っ掛かると笑ってたそうだ」
まさか、あのロンとパーティー組んでくれるって言ったあの金髪の女の人?
ロンを騙して、チェスター国の魔法使いを誘き寄せる囮にしたって事なの?
信じられなくて、歩いていく2人を見送ってしまう。
モナークはどれだけ傲慢な事をするのだろう。
孤児だから、冒険者だから、それだけで容易く意思を奪われて死んでいく。
その理不尽さにモナーク軍への憎しみが広がった。
暗闇に紛れて移動する。
前の時上官がいたテントに近付いて、微かに聞こえてくる会話を風魔法で聞いてみた。
「48の町の罠にも掛からないそうだな」
「はい」
どっちも聞き覚えの無い声だった。
「炎の聖獣は取り逃がし、龍人は廃人同様」
「申し訳御座いません。ただ今新たな隷属の首輪をグラムに試しております。今暫しの猶予を」
新しい隷属の首輪。
思わず両手を握りしめた。
「カレンはどうした」
「カレンは首輪を外し泳がせてあります」
「見張りは付けてあるだろうな」
「はい。今は32の町の宿に私の配下が潜入させた手下と隠れてます」
それからの話は耳を塞ぎたくなる内容だった。
カレンとグラムに近付いた偽サブはやはり軍の兵士で、食事に眠り薬を入れて2人を眠らせたらしい。
「何故あれほど手の込んだ仕掛けをしたんだ」
「カレンにはまだ喋らせたい事が有りましたから」
3人をある空き家に運び込みグラムにだけ首輪を付け、カレンと偽サブは後ろ手に縛っておいたと言う。
「抵抗するカレンの目の前で自分の部下の手下を拷問した気分はどうだった」
「面白かったですね。失敗した時の為の布石でしたが、実際に使うとは思いませんでした」
目の前で手下の拷問を見たお陰で、カレンの絶対の信頼を引き出せたと男は笑った。
「サブリーダーとして入り込ませていた手下にカレンを助け出させて、期待した成果はあったのか」
傷を負った偽サブがカレンを助けだし32の町の宿に隠れている。
2人の話から、そんな筋書きが見えた。
「有りませんね。魔法使いではと調べていたルアンは光魔法は使いますが攻撃魔法は使えません」
心臓がドクンと跳ねた。
カレンから聞き出したかったのは私の事だったんだ。
「確かなのか」
「確かですね。転移は出来るようですが解放軍の捕虜の奪還には聖獣が攻撃を受け持っていたそうです」
「そうか、魔法使いとルアンは別人か」
「残念ですが別人です。ルルの証言どうり、攻撃はあの属性付きの腕輪でしょう」
「ルアンを人質にする案はどうなった」
「チェスター国からは、報復を承知でルアンを人質に取るなら止めないと」
「強がりにしか聞こえん」
「チェスター国はルアンに利用価値を見出だしてないから運良く人質にしても交渉にはのってきませんね」
!………
「ルアンは捨てゴマだと言いたいのか」
「チェスター国はルアンに自由に旅をさせている。それは何故か」
「情報集めか」
「いえ、ルアンに我らの目を集めて、本物の情報収集の人間は別に居ると思ってください」
「ルアンはダミーか」
「そう思うと最近の情報操作も説明が付きます」
30の町の氾濫でモナーク軍の魔法使いの隷属の魔法の失敗など、流出している情報がルアンでは知り得ない物ばかりだと男は言った。
「逆にルアンを捕らえれば、チェスター国にモナーク国へ攻め込む口実を与える事にも成りかねません」
「分かった。ルアンについては追跡調査のみにしろ」
「残念ですが、ルアンはチェスター国から出た形跡がありません」