30日の休暇
10の町の冒険者ギルドへ戻った時はもうくたくたで、そのまま仮眠室で寝てしまった。
目が覚めたのは翌日の昼過ぎで、ステータスの地図を開けばハルツの氾濫はちゃんと消えていた。
モナークの氾濫は、2つとも残っていた。
起き上がるのもだるくて、アイテムボックスから果物を出して水分補給した。
「ルアン。起きたか?」
絶妙なクラークさんの声掛に苦笑しかない。
思わず監視カメラでもついてるのかと、返事をする前に天井を見てしまった。
『起きてます』
念話で答えた。
「悪いが、着てくれ」
ごきごきする体を軽く動かしてから、急いでるクラークさんの後に続いた。
「モナーク国から救援依頼が着た」
『まさか、昨日の今日で私に行けと?』
心の奥に苦いものが浮き上がる。
それを隠してクラークさんの後に続いた。
「モナーク国から訂正があった。情報はルルからルルは霧のように消えてしまったので訂正の証明が出来ない。ルアンと発表したのは印刷ミスだそうだ」
『それで終わりですか?』
「国と国としてはそれ以上の追求は出来ない」
『そうですか』
「元とはいえチェスター国の国民からの強要とも言える聴取には強く抗議した」
国の対面なんか私に関係ない。
冒険者ギルドの地図の上で、2つの氾濫が1つになろうとしていた。
「疲れているだろうが、頼まれてくれ」
もう笑うしかなかった。
信じるから裏切られる。
ホント、…何度繰り返せば分かるんだろう。
『明日、1つになってから叩きます』
私もグラムと同じだ。
都合の良い力だけを望まれる。
「ルアン?」
頭を下げて冒険者ギルドを出て、宿を取った。
何時からチェスター国の都合の良い魔法使いになったのか、改めて考えてみると炎の竜のダンジョンから帰ってきてからだと気付いた。
それまで魔法を使うことも、それなりに魔力があることも、1度も話した記憶がない。
それが何故?
30の町の氾濫の時、クラークさんは私が全体魔法を使うことを知っていた。
どこから知った?
誰かに私を見張らせてたとしか思えない。
そうか、昔の忍者みたいに、探る専門の人をあちこちに散らしてるんだ。
だから捕まった龍人がグラムだとクラークさんが知っていたんだ。
ホント馬鹿。
馬鹿みたいに信じてた自分が馬鹿なだけ。
氾濫が終わったら何処に行こうか。
20の町で温泉に浸かろうか、それとも始まりの町でずっと冬眠しようか。
氾濫の討伐はちゃんとする。
その後は…、ひっそり暮らしたい。
お金もギルドカードとアイテムボックスに死ぬ時まで稼がなくてもいいくらい入ってる。
今は…静かに1日を過ごしたかった。
翌日の夕方、氾濫はまた30の町まで迫っていた。
クラークさんからの情報では、30の町の入口でカレンたちパーティーは討伐準備が整ってるらしい。
ならばと冒険者ギルドに行かず氾濫の後方に飛んだ。
3度目となると擬装も金髪も手慣れてきて、少しあった恥ずかしいとかは感じなくなっていた。
今回の氾濫は変則で、何時もなら後方で群の指示を出してるボスが中央に居る。
5000を超える群はボスクラスの魔物が5体、それが中央のボスの周りを守っていた。
ステータスの地図を見ながら前方の様子を確認する。
楕円形に近い群は、先頭から最後尾まで500メートルはありそう。
地図の上だけど、グラムはまだ動かないみたいで町に攻め込まれているように見えた。
最初は前に合わせて討伐しようと思ってたけど、それだと被害が増すばかりだから全体魔法を多用した。
ポーーン。
何度かレベルアップの音を聞きながら討伐する。
魔物の数が半数を切ると、隙間から前が見えた。
いたっ!
最初に見付かったのはやはりカレンだった。
その横にサブリーダーがいた。
近くにグラムを探したけど見付からない。
グラムの代わりとは思えないけど、妙に魔法使いの姿が多く見えた。
戦いながら見てると魔物を倒してる様子もなかった。
…まさか、魔力消費は痛いけど、レベル90で覚えた光の結界を張った。
次の瞬間、体にピッと静電気みたいな電流が走った。
気付くのがちょっとでも遅かったら…、そう思うだけで身体中から冷や汗が出た。
もし30の町の冒険者ギルドか、町の入口へ無防備に転移してたら…。
誰にも言えないけど。
返り討ちにしてやればよかったとその時思った。
好戦的な気分の討伐は、はかどった。
自分の金髪がモナーク軍の魔法使いには格好な目印だったんだ、と戦ってて気付いて笑ってしまった。
群が700を切ったくらいで、ボスとサブボスの集団を一気に叩いた。
ボスを失った群が統制が取れずに右往左往するタイミングで、風魔法で素材の回収をしながら擬装と金髪を取って、30の町で泊まった宿の裏に飛んだ。
擬装で少年冒険者になると、カレンが戦っていた町の入口へと急いだ。
走りながら自分に隠蔽を掛ける。
「チェスター国の魔法使いは何処だっ!」
「消えたぞっ!」
そんな声をすり抜けて、カレンの見える場所まで近付くのは大変だった。
無表情なカレンの首には布が巻かれていて、横のサブリーダーが何か囁いている様に見えた。
風魔法で会話を聞いて、固まってしまった。
「前の2体を切れ」
「横から来る1体を突け」
ガタガタ震える体を叩いて、カレンがギリギリ見えるところまで必死に離れてから風魔法を使った。
カレンの布を風魔法が飛ばす。
サブリーダーが慌てて拾って巻き直したけど、カレンの首には使用人と同じ首輪がはめられていた。
そうだったのか…。
あの男も軍の人間だったのか。
きっとあの軍の女が、気付かれないよう解放軍へ男を引き入れたんだろう。
女が直接引き入れたらカレンも警戒したはずだから、疑われない方法を使った気がする。
例えば他のメンバーの紹介とか、だからカレンは信頼してパーティーを組んだ。
色々あってカレンを好きとはもう言えないけど、こんな結果なんか望んでない。
軍に捕まったって聞いた時、カレンのこんな姿は想像してなかった。
頭の中に2回も奴隷になるはずないって気持ちが強くて、こうして見ても受け入れられない自分がいた。
サブリーダーを信用してたから、隷属の首輪を付けられた時も無防備だったに違いなかった。
カレンが信用してたから、グラムもサブリーダーを警戒してなかった。
2人が隷属の首輪を付けられた光景が嫌でも頭の中に浮かんだ。
1つ深呼吸して、クラークさんに念話した。
『クラークさん。聞こえますか?』
『ルアンか?どうした?』
『残り300ほどですが氾濫の討伐から途中で抜けました。後はモナーク軍に討伐させてください』
モナーク軍の魔法使いから、隷属の魔法を何度も仕掛けられた事を告げる。
『そこまで愚かだとは』
『ボスは倒したので、町を襲うのは少数のはずです。モナーク軍でも討伐可能だと思います』
『分かった。戻ってこい』
『いえ、独りになりたいので戻りません』
『ルアン?』
『私の無実は公表されてない。チェスター国もモナーク国に求めなかった。モナークでもハルツでも、私は今でも犯罪者のままです』
『きちんと訂正させる』
『チェスター国はルアンの私ではなく、魔法使いが必要なんだと痛いほど理解できました』
『ルアンっ!』
『今まで御世話になりました』
voiceを切った。
ステータスの地図でカレンと偽サブの男を追った。
2人を追えばグラムの居場所が分かると思ったからだけど2人は討伐が一段落すると宿に戻ってしまった。
どうしようか外で考えてたら、偽サブの男だけ出て来て急ぎ足で町外れに向かっていった。
向かった先は1度行った事がある軍の施設で、夜と違って着いて行くことは出来なかった。
見付からないよう風魔法を使ったけど、風が吹くと声が流されて上手く聞こえて来なかった。
「カレンを宿に戻しました」
「ご苦労だった」
「魔法部隊は捕縛に失敗したようですが?」
「ああ、もっと引き付けてからと命令しておいたんだがな、命令違反で全員処分したところだ」
「もしや奴隷に?」
「ああ、あの力は殺すより死ぬまで利用するべきだ」
切れ切れに聞こえてくる会話にぞわぞわする。
「グラムの方は?」
「残念だが魔法を発動しない。あれだけの魔力がありながら、宝の持ち腐れだ」
………
捕まったのはやはり本当だったんだ…。
自分の読みの甘さに胸の奥が熱くて痛かった。
あの35の町のダンジョンで教えていたら…。
違う…、もし教えてもカレンは私の言うことなんて絶対信用しなかった。
これが白い世界の書いたシナリオなら…何を言っても何も変わらない。
「魔法は使えるのではないでしょうか。カレンは行動を命令しないと動きません」
「行動の指示だと」
「例えば右の敵に炎の魔法とか、細かく指示を出せば違うと思われます」
「グラムの魔法を探れなかったお前の失敗だ」
「そ、それは」
鈍い音と偽サブの男の唸る声がした。
「2度と失敗は許さん」
「…は…い」
それ以上聞いていられなくて、その足で20の町の温泉宿に転移した。
初めギルドカードを求められたが、おかみさんが顔を覚えてくれていたから現金で泊まれた。
おかみさんは氾濫の討伐から逃げてきたと推測してくれたみたいで、深くは聞かないでくれた。
『前回と同じく30日お願いします』
大金貨30枚をおかみさんに渡した。
「ごゆっくりどうぞ」
『御世話になります』
温泉に入りながらステータスを開いた。
レベル119。
どこへ行こうか。
カレンとグラムの事は…切り捨てた。
もう私が関わる人じゃなくなってる…そう自分に言い聞かせて、忘れる。
どこへ行ってもクラークさんの監視からは逃げられないかもしれないけど、それももうどうでもいい。
3日考えて、43からの旅を続けようと決めた。
氾濫で予定外のレベルアップが出来た。
48の町のダンジョンを攻略してから次を考えよう。