討伐
翌朝、食堂の声を風魔法で聞きながら40の町へ向かう仕度をした。
朝食の時間も惜しくて、食べずに行くつもりだった。
そんなところに飛んできた情報は爆弾だった。
「チェスター国に軍の内通者がいるぞっ!」
「あの氾濫の魔法使いの情報も軍に売ったっ!」
!!
ルルっ!!
心臓が止まるかと思った。
急いでクラークさんに念話した。
『クラークさん』
『ルアンか?何処にいる』
『43の町です』
『間に合ったか、直ぐに戻ってこい』
クラークさんは何度も念話してくれてたらしい。
『すみません』
『話は後だ、voiceを切って冒険者ギルドへ着てくれ』
『分かりました』
急いで宿を引き払い、宿の裏からクラークさんのいる冒険者ギルドへ転移した。
『遅くなりました』
メモに走り書きした。
「モナーク国の軍が、内通者として国民にルアンの名前を出している」
『私?ルルじゃないんですか?』
ビックリ過ぎてクラークさんの顔を見てしまった。
「ルルは数日前に消えた」
どう書いていいのか言葉が無かった。
「チェスター国として、モナーク国、ハルツ国、冒険者ギルドと商業ギルドに向けて公文書を出した」
『公文書ですか?』
「チェスター国から追放されたクララとその娘のルルへの情報の徴収。それを悪用してチェスター国民のルアンに内通者の汚名を浴びせた事実をモナーク国の軍と冒険者ギルドに強く抗議した文書だ」
『それこそ偽だと言いそうですけど』
「その方が助かるな。モナーク国の軍が否定すれば、チェスター国は2度とモナーク国を助けない」
話が理解できない私を見て、クラークさんは笑った。
「肯定すればモナーク軍の恥を国内外に晒す事になる。否定すれば氾濫の討伐を頼めなくなる」
クラークさんは職員が集まっている奥を指した。
そこには大きな大陸全部の地図が広げられていた。
モナークには氾濫の前兆の大きな光が3つ。
ハルツにも2つあった。
光の大きさから見ると、前兆の魔物の数はまだ1000に満たないと思う。
…嘘。
ステータスの地図と目の前の地図を見比べたら、大きさと数が全然違った。
ステータスの地図は昨日と殆んど変わってない。
クラークさんを見たら苦笑された。
…これは近未来の地図だ。
「明日の朝だ」
クラークさんは短くそう言った。
兆しが1日で…。
『モナーク軍には龍人が付いていると話してました』
緊張して書いた。
「ルアンは龍人が誰か知っているのか?」
『いいえ。今日見に行くつもりでした』
「モナーク軍が捕獲した龍人はグラムだ」
『そうですか』
やはり、だった。
ならカレンは?
『一緒に居たはずのカレンは?』
「一緒に捕らえられた」
…やはり。
『モナーク軍が捕らえた龍人がグラムなら、チェスター国に来れないはずです』
「その理屈をモナーク軍が理解できれば、滅亡への道に足を踏み入れないさ」
有り得ないと思いながらも、軍にそう話したのはカレンの気がして仕方無かった。
「ルアン。3日、動くな」
モナーク国は軍をあげて私を探してるらしい。
『何故3日何ですか?』
「氾濫を討伐出来なかったモナーク軍がどう出るかで、チェスター国の出方も変わるからだ」
『かなり被害が出ると思いますが』
「モナークは人が増えすぎた、良い機会だ」
クラークさんの冷たい言い方にゾッとした。
その日から冒険者ギルドの仮眠室を使わせて貰って、入ってくる情報をリアルタイムで聞いた。
それからの3日は長かった。
聞きたいカレンとグラムの情報は殆んど無くて、崩壊した被害ばかりが届いた。
「ルアン。氾濫の討伐を頼めるか?」
この時モナークには2つ、ハルツには1つの3000を超えた氾濫が起きていた。
『こちらから動くんですか?』
「モナーク国じゃない。救援依頼はハルツからだ」
『ハルツからですか』
地図から見る被害はモナークの方が大きい。
疑問に思ってたらクラークさんが言った。
「氾濫はハルツの王都に向かっている」
『世界樹に?』
冒険者ギルドの地図とステータスの地図を重ね合わせてみると、町から離れた村の感じだった。
『残念ですが、光ってる場所まで行く方法があり』
「11の町へ迎えに来るそうだ」
書いてる途中でクラークさんの声が重なった。
『11の町の乗り場は警戒されてると思いますが』
「そこが問題なんだが」
『11の町にあった、ウサギの鞄屋の前では?』
「鞄屋?」
『相手が転移を使えればですが、そこなら裏町ですから見付かる危険は少ないはずです』
「分かった。それで話を進める」
話が決まったのはそれから3時間くらい後で、その1時間後には落ち合う手はずが整っていた。
約束の時間の5分前、指定した場所の近くに転移して周りの様子を確認した。
感じる気配は5人。
念のため、しっかりバリアを張った。
時間が迫ると、3人の犬の耳の青年が店の前に出できて周囲を見渡した。
時間ジャストに擬装に金髪の私が転移で出る。
一瞬で空気が固まったけど構わす念話した。
『案内を』
「先に目隠しをしろ」
『断る』
モナークと似たやり方にげんなりしていたら、隠れていた2人が魔法を唱え始めた。
『これがハルツのやり方か』
唱える2人を魔法で縛り付けて引き出した。
「人間は信用できない」
『決裂だな』
そのまま10の町の冒険者ギルドに転移した。
「ルアン」
驚いてるクラークさんに事情を話した。
氾濫の渦が迫っているハルツ国からの非難を、クラークさんは逆に非難で返した。
ハルツからはそんな非礼はしないと返って着たから、クラークさんが魔法使いまで用意していたと返す。
何度かの応答で事実を理解したハルツ国側は、誠実の証に王族に迎えに行かせると言った。
『なら、末の王子を』
「分かった。場所は?」
『同じ場所が使えるか見てきます』
飛んだ町外れから鞄屋まで歩いた。
幸い辺りにモナークの影はない。
無いけど、ハルツの魔法使いの影は増えていた。
めんどくさい。
戻ってクラークさんに伝えた。
ステータスの地図も氾濫が村を飲み込もうとしてた。
『残念ですが、間に合わなくなりそうですね』
往復2回の転移で地味に魔力が削られてる。
その話もクラークさんにした。
100に届いてないレベルが魔力不足を呼んでいた。
夜になって、ハルツがチェスターの条件を全て飲む形で再度鞄屋の前で接触した。
「ハルツの末の王子だ」
きらびやかな衣装の精悍な青年を、付き添ってきた老人がそう紹介した。
「これで満足だろう。こちらの条件も飲んで貰う」
老人の後ろから縄と目隠しを持った青年が現れた。
『私に見分けが付かないと思っていたのか』
その青年と懲りずに唱える2人を魔法で縛り付けて前に引きずり出した。
『私は奴隷商に居た末の王子を知っている』
ハルツ側は一瞬動揺したけど、本物だと言い張った。
『骨格から変わるとか、面白い冗談だ。決裂だな』
「待ってくれっ!」
偽王子が転移しようとした私を動揺した声で止めた。
「私が弟の代わりに人質になる。それでハルツを助けて貰えないか」
声の必死さに改めて青年を見た。
『お前は?』
「ハルツ国皇太子キング」
『愚かな行為を重ねるハルツの何を信じろと?』
皇太子キングの返事より先に周りがうるさくて、げんなりしたのが顔に表れたんだろう。
キングが厳しく一喝した。
「すまない」
悔しそうに口を閉ざした4人を見て、キングを見た。
『条件が1つ』
「言ってくれ」
『キングは転移が使えるか?』
「使える」
『私を共に転移が可能か?』
「可能だ」
『この先はキング1人。それが条件だ。キングを信用したわけではないがその4人はもっと信用できない』
今にも殴りかかってきそうな4人をキングが止めた。
「これ以上ハルツの恥を晒すなっ!獣人の誇りを捨て人間に成り下がりたいのかっ!」
キングの言葉が偽善に聞こえる自分に笑えた。
「時間がない。同行して欲しい」
私が頷くと、キングがすぐ横に来て転移した。
視界が歪んで戻った先は空気の澄んだ森だった。
勝手に高い木の上のイメージを持っていたから、見えた光景をぐるっと見回してしまった。
後ろに西洋みたいな城と町が広がっていた。
視界を前に戻せば、魔物が透明の壁を叩いていた。
ハルツ国にも結界が有るのか?
「壁がもうもたない」
キングが目の前の結界を指して言った。
『私をあの真上に飛ばせろ』
「何をする気だっ!」
『討伐』
氾濫の渦を見て、キングを見た。
「本気か?」
キングがごくりと唾を飲んで、私を飛ばせた。
落下するに任せて全体の雷魔法を使う。
ポーーン。
レベルの上がる音が連続した。
風魔法で落下速度を抑えながら、2発3発と雷を落とし風魔法で素材の回収する。
レベルが上がっても魔力が足りるか危なかったけど、最後の1匹までしっかり倒してから転移で戻った。