35の町のダンジョン
転移した宿の部屋にはクラークさんが待っていた。
『ルルは避難場所に寝かせてきました』
「ご苦労だった」
お茶を煎れてクラークさんの前にも置いた。
『素材もサクッと回収してきたので、後からモナーク国の軍からクレームが来るかもですが』
「構わない、素材は倒した者の権利だ」
『取り敢えず、コレクション用以外の素材は冒険者ギルドに売ります』
「助かる」
ゆっくりお茶を飲みながら、テントで聞いた話をクラークさんにした。
「ルアンが気になってるのはグラムを実験材料にすると言っていた事だな」
『人間や獣人より能力の高い龍人に何をさせようとしてるのか、嫌な予感しかしないです』
グラムに隷属の首輪は効かないからいいなりになる心配はしてないけど、何をする気なのか分からない分見えない不安は大きかった。
『それに、ルルが30の町に居たのも不思議で』
30の町で倒れていたルルの装備は、普通に鍛治屋で売られている物だった。
「気を使わせたな」
クラークさんは祖母のクララさんがチェスター国の結界に阻まれて戻れない話をしてくれた。
「淑やかな外見と違い、中身は自己中心型の典型だ」
近い将来新しいクララがチェスター国に産まれる、とクラークさんが複雑な顔を横に向けた。
『!まさかルルもっ』
「そうなる。時間は何度でも訂正される」
本来生まれるはずの無いルルはこの世界から消えて歴史が訂正される、とクラークさんは言った。
これがこのゲームの世界の現実なんだ。
もし私が死んだら。
私もこの国のどこかに生まれ変わるのだろうか。
胸で膨らんだダークな気持ちを、深く息を吸い込んでごり押しで追い出した。
「ルアン」
『モナーク国の軍が気になるんですね』
「頼めないか」
『他に頼んで下さい』
「今回の討伐でギルドランクがSからSSに上がる」
クラークさんの言ってる意味が分からなかった。
「万が一、龍人がモナークかハルツの軍に拉致されてもSSランク権限で取り返せる」
なお意味が分からない。
「ルアンは軍と対等の権限を持つ」
『持って何が変わるの』
何も変わらない。
念話を使わなきゃ対等に自分の意思を伝えられない今と、何が変わるんだろう。
念話が両刃の刃と分かりなから、弱い自分はvoiceのスキルを捨てられない。
そんな自分にギルドランクなんて何の意味もない。
「初めてルアンと会った時。俺が「旅は楽しいかい?」って訪ねたのを覚えてるか?」
『はい』
「その時、俺に何て返したかも覚えてるか?」
………
「ルアンは笑って『はい』と書いたメモを見せた」
苦しかった。
泣いたら負けだと思うから腹筋に力を入れた。
「行ってこい。疲れたら、また戻ってくればいい」
何処へ行こうか。
クラークさんの話し方から、抗っても最後は捲き込まれるって気付いてしまった。
それなら自分で選びたい。
思い付いたのは35の町のダンジョンだった。
ボスの後ろに開いた裏ボスの扉しか浮かばなかった。
アイテムボックスの中の素材を冒険者ギルドに売って、10の町の宿屋を引き払い35の町へ飛んだ。
前回泊まった宿に10日分先払いで部屋を取った。
「お客さん先月もいらっしゃいましたよね」
部屋代を払うとき、宿の奥さんにそう言われた。
『はい』
「何かねぇ、軍の人がしつこくお客さんのこと聞いてきて本当に大変だったんですよ」
『すみません』
宿の部屋を借りたまま27の町の神殿に飛んでしまったんだと思い出して深く頭を下げた。
何日分か先払いしてたから宿は損してないはず、なのに奥さんの言い方はしつこかった。
「確かに話せなくてSとかSSとかの冒険者は珍しいから軍が追い掛けるのも分かりますけどね」
奥さんはちらちらギルドカードと私が書いたメモを見ながら、長々と同じ話しを繰り返した。
調べられていたのは分かってたから驚かないけど、改めて言われるのはやはり嫌だと感じた。
10日経ったら違う宿に移ろう。
げんなりしてるところに他の泊まり客が帰って来てくれたので、ねちねちのお喋りから解放された。
疲れた、部屋でベッドにダイブした。
このタイプの疲労は一生慣れないと思う。
気を取り直して、翌朝からはまた1階から挑んだ。
一月でまた大きくなってて、10階に着いたのは潜り始めて5日目の昼だった。
ここからは複数で魔法を使ってくる。
前回を思い出しながら、攻略していった。
10日目で宿を変えた。
屋台で聞いたお薦めの宿で、今度はおじさんが女の子3人を雇って開いていた。
無駄な絡みがなくて、私的には居心地良かった。
攻略を再開して10日、ボスの部屋まで辿り着いた。
装備を最強に変えて火の玉に挑んだ。
前回と闇だったけど今度は…、そう思いながら闇から始めたら今回も闇だった。
…嘘。
信じられないままその勢いで裏ボス戦に挑んだ。
ピコーーン。
裏ボスは炎のストーンゴーレム。
迷わず闇を選んだ。
ポーーン。
レベルが1上がった。
ここもドロップは炎のドラゴンが彫られた指輪。
これで指輪は3つになった。
このダンジョンも日付が変わるとボスが復活した。
ボスと裏ボスを毎日繰り返してレベルを上げた。
待望のレベル90で覚えたスキルは、再生と光の結界の最強ランクだった。
闇の最強スキルはもっと先になるみたい。
120と150の取得スキルに期待するしかない。
根気が続けば、この35の町のダンジョンでレベルも100の大台に乗せたかった。
そんなある日、キリの良いところまでと思ってたら夕飯の時間をかなり過ぎてしまっていた。
「お帰りなさい。先に食べて下さいね」
『遅くなりました』
急いで食堂へ行ったらもうお酒の時間になっていて、酔った冒険者がご機嫌で乾杯していた。
角の隅のテーブルで夕飯をとっていたら、冒険者の怒ったような変な話が聞こえてきた。
「あの「ガウ」「ガウ」呼ぶ奴等は一対なんだ?」
え?
「あぁ、あの肌に鱗みたいな模様を書いた男だろ」
「ああ、後ろから来て押し退けて行きやがった」
え?
グラム?
え?
あ…そうか…。
この町のダンジョンを選んだ時、何でこの可能性を考えなかったんだろう。
ホント私馬鹿じゃん。
…グラムもだ。
グラムも何も分かってない。
炎の竜の結界に阻まれた事も、が…が炎の竜の元に戻った事も、何も知らされずカレンのところへ戻されちゃったから何故なのか全然分かってない。
だから、が…を探しにここへ着たんだ。
それは軍がグラムを実験材料にしようとしてるって聞いた時は、知らせなきゃと思った。
でも直ぐに白い世界が浮かんで、嫌な思いをして知らせても未来は変わらないと気付いてしまったから関わらない道を選んだのに。
止めていた息を細く吐いた。
これを考えが足りないって言うんだろうな。
気付かれないよう話してる冒険者を見てみた。
「鱗?爬虫類かよ」
横の席の冒険者が蜥蜴の真似をした。
「女1人と男2人のパーティー何だがな。男のうちの1人が蛇みたいな鱗模様があるんだよ」
3人?
それって…、カレンとグラム?それとも別人?
グラムじゃない龍人の可能性は0だと思う。
それなら、カレンとグラムと…誰?
「そいつら何階に居るんだ?」
「今日は8階に居たぜ」
「え?昼に9階で見たぞ」
「俺らも見物しに明日は9階からにするか」
そんな話を聞きながら、明日…10階で待つ自分が簡単に想像できてしまった。
翌日から擬装してダンジョンに潜った。
擬装と言っても、ダンジョンの中でだけ少年冒険者になって攻略してるだけ。
逃げてるみたいで嫌だけど、カレンのきつい言葉をまたぶつけられるより絶対いい。
警戒していたグラムとカレンを見たのは2日後。
先頭をグラム、中をカレン、後ろを25歳くらいのタレントみたいな青年が守っていた。
誰?
本当に3人でパーティーを組んでるのなら、背中を守る青年はカレンが信頼してる人に思えた。
少し離れて風魔法で会話だけ聞いた。
「もっと下なのか?」
「分からないわよっ!呼んでも返事しないんだもの」
怒ってるグラムの声に、ヒステリックなカレンの高い声が続いてダンジョンの壁に響いた。
グラムの姿を見て直ぐvoiceを切った。
チラッとだけ見たカレンは変わらない感じだった。
でも、氾濫の時聞いた会話でが…の登録の引け目が薄れたのかな、負い目みたいなのは無くなっていた。
「もし炎の竜に会えなかったら絶対許さないからな」
グラムに睨み付けられて、カレンは逃げるように後ろの青年の背中に隠れた。
「カレンも反省してるんだ許してやってくれ」
青年も背中のカレンを庇うようにグラムを宥める。
会話だけでは3人の関係が上手く掴めない。
距離を置いて付いていってみるしかなかった。
「龍人の君がいなければここまで潜れなかったな」
「解放軍のサブリーダーだろ。これくらい簡単だ」
「人間と優れた龍人を同じにするなよ」
青年の返事にグラムが聞きたくない高笑いを上げた。
堂々と先を歩くグラムから遅れて、青年とカレンが小声で話しながら続く。
「何で下手に出るのよ」
「彼が居なければ聖獣の所まで辿り着けない、そこまでの辛抱だと我慢するんだ」
「分かってるけど」
「仲間を助けるには聖獣の力が必要なんだ」
「…分かったわ」
…どうしよう。
あのサブリーダーらしい人には事実を話すべきだと思うけど、そうしたらカレンとグラムにも直接話さないといけなくなる…。
色々考えて、が…の事は話すべきじゃないと思った。
グラムとカレンがどれだけ必死にが…を探しても、炎の竜は2度と人間の前に姿を見せないだろう。
先を急ぐ3人の後ろ姿を見ていたら、こうなるのを分かって炎の竜がグラムを飛ばせたんだと気付いた。
最下層を目指す3人を見えなくなるまで見送ってから、宿を引き払い36の町へ転移した。




