竜と神と竜と竜
目の前に氷の竜がいた。
誰かを待つようにひっそりと眠っていた。
お前は何を待ってる?
誰かを待っているの?
あぁ、そうか…。
万能薬の1つはお前のためなんだね。
そうか…、そうなんだ。
ごめんね。
届けにいけないかも。
もしかしたら私もここでずっと眠るのかな。
それなら。
頭でステータスって言ったけど、何も浮かばない。
ごめん。
ごめんね。
アイテムボックスが使えないの。
死ぬ前に届けてあげられたら良かったね。
きっとまた誰かが来てくれるよ。
きっと…。
意識が薄れて、気が付いたらまた白い世界だった。
ホントに死んだんだ…。
ガウに殺されるとか笑い話みたい。
それもいっか。
2度目だからかな、ずっとここでも構わない気分。
生きたいとか思わないし。
精魂尽きたってこんななんだね。
『神を恐れぬ子よ』
恐れてないんじゃ無いよ。
ただ信じないだけ。
私をあのゲームの世界に行かせたのは、グラムを助けさせるためだったんでしょ。
そんな役目私じゃなくても良かったのに。
何で話せない私が、グラムを助ける必要があるの?
誰でも良かったじゃない。
話せない私じゃなくても良かったでしょ。
あの氷の竜も。
考えるのも面倒だからサクッと消しちゃってよ。
もう未練無いし。
『生きたいと思わぬか』
もう充分。
あの世界で、話せないだけでどれだけ苦労した?
日本にいた時より話せないことで差別されたの神様なら見てたでしょ。
あの世界の耳が聞こえない人目が見えない人、私と違う苦労してるかもしれないけど。
分かるけどもう充分。
『天命は尽きておらぬ』
これ以上私に何をさせたいの?
あぁ、残りの万能薬を渡す役目?
だからー。
それは誰かに回してよ。
ちょっと氷の竜に会いに行くのは大変だけど、マニアはいるから行けるよ。
残りの1つは誰だったの?
まだ会ってない?
それとも私が渡し損ねた?
どちらにしても、次の人にバトンタッチね。
『待ち人もおる』
私を?
居るわけ無いじゃない。
誰とも深く関わらないできた。
関わって後悔するのはいつも私。
何度も裏切られたら私でも勉強するよ。
もう良いでしょ。
天国でも地獄でも良いから私を行かせて。
『氷の竜に会うがいい』
冗談。
私は死んだの。
ガウの炎の矢で。
このまま死なせてよ。
視線がぼやけたと思ったら、目の前はまたガウの黒い世界だった。
人の言うこと聞いてよ。
どうしてこんな強引なの。
それでも死ねないなら足掻くしかない。
長ーく息を吐いて、吸えるだけ吸った。
ガウが貫いた肩の傷を治して、それから…はぁ。
ま、痛まないからいっか。
死に損なった気分を引き摺って次を待った。
あの氷の竜の幻覚と白い世界は時間が止まってたはず、それなら今は肩を撃たれて直ぐだ。
また白い世界も良いものかもね。
『お前から神の匂いがする』
さっきまで話してましたよ。
どうでもいいから返事もしなかった。
『お前がガウと言ったあれは我の僕』
『ならあなたは炎の竜?ガウとカレンはどこ?』
『土の底』
『土の底?土の竜?27の町のダンジョンは探した』
闇は答えなかった。
『肝心な事はだんまり?氷の竜みたい』
『何故知っている』
『氷の竜は50の町の更に奥、私しか辿り着けない』
『偽りを申すな』
氷の竜の剣を出す。
『誰のドロップか分かる?』
『それは』
『氷の竜』
剣をアイテムボックスに戻して聞いた。
『あなたの知ってることを話して』
『土の神殿に囚われておる』
『何故?』
『禁を犯したからだ』
『カレンが?ガウは聖獣何でしょ?それでも捕まるの?信じられないよ』
『ゆえに囚われておる』
『27の神殿…』
指輪をはめた記憶が甦ってきた。
そのまま27の町の神殿跡に飛んだ。
目を閉じてガウの魔力を探す。
その途中でぞわりと何かが私を囲んだ。
『神の気配を纏うお前は誰だ』
『私はルアン。ここに囚われてると聞いた、カレンとガウを取り返しに来た』
『人の子が我に逆らうか』
『逆らうわけじゃない。囚われた理由を教えて』
『あの女は禁忌を犯した』
『その禁忌って何?』
『我の神殿を血で汚した』
あ…。
カレンかガウが怪我したんだ。
きっとだから…。
『汚した理由を聞いたの?』
『無用。聞く価値を認めぬ』
『逃げてきたとしたら?』
『炎の聖獣が、いかな理由があろうと非力な人間から逃げる恥を晒すのは許されぬ』
『ガウはカレンを守ってた。カレンのためなら禁忌も犯すほどに強く思ってたはずよ』
邪心で溢れたこの空間を光のシャワーで浄めた。
最初に訪れたときこの邪心は感じなかった。
禁忌を犯さぬ者に敵意を向ける竜では無いんだ。
『お前は神の使いか』
『そんな大層な者じゃない』
『お前からは神の匂いがする』
『炎の竜と同じ事を言うんだね』
『炎の竜から聞いてきたか。あやつが飛ばせたか』
『違う。自力で来た』
『愚かな人間が神の技を使う戯れ言わ言わぬことだ』
神殿の入口から中央に転移した。
『お望みとあればダンジョンにも転移して見せる』
『神の能力を賜ったか』
『この場は私が浄化した。これでこの地から負の気配は消えたでしょ。カレンとガウを返して』
『神の使いの願いならば』
床から白い煙が竜巻のように出て来て、次第に人の形になるとカレンの姿が見えてきた。
煙はカレンになったけど、時が止まって動かない。
『ガウは?』
『噛み殺されたいか』
『それほどやわじゃない』
『その言葉、後悔するぞ』
次の瞬間、怒りに狂ったガウが目の前にいた。
瞬時にカレンの後ろに転移した。
見境無くカレンを襲うほど狂っていれば、縛り付けるつもりでガウを見た。
唸りながら飛び付いてきたガウは、動かないカレンに噛み付こうとして…、動きを止めた。
『ガウ、カレンを忘れた?カレンを元に戻してよ』
ガウはギロリとカレンの後ろの私を見た。
『お前は』
『私よりカレン。ガウは守るべき者も忘れたの?』
かけだった。
もし聞かなかったら、力で捩じ伏せる。
『…ルアン』
『私より先にカレンでしょ』
静かにカレンに近付き、優しくそのほほを舐めた。
『何で禁忌を犯したの』
『軍に追われた。ここまでカレンを乗せて逃げて着て、待ち伏せしていた兵士にカレンが撃たれた』
撃たれた?
この世界で銃は見たこと無い。
なら弓?
『弓で?』
口にした瞬間思い当たった。
炎の竜が放った矢が脳裏に甦った。
『魔法っ!』
『そうだ』
『唱えるのに時間かかるのに。何でみすみす』
『結界に閉じ込められた。我には効かぬがカレンは楔を逃れられぬ』
『軍は罠を仕掛けて追い込んだの?』
ガウはうつむいて返事をしない。
『次からは私を呼よんで』
『間に合わぬ』
『そうでもないよ』
ガウに近付いて首を撫でた。
『地の竜。話を聞いていた?ガウの迂闊は詫びます。どうか、許してください。お願いします』
『我に許せと?』
『あなたが助けてくれなければ。カレンは死んでた。地の底に沈めてくれたから2発目を受けずにすんだ』
『我は罰したのみ』
『なら見殺しにすれば良かった。死んでもあなたなら魂を捕らえられるはず。なのにしなかった』
空気が震える沈黙は苦しかった。
『神の娘よ。お前に免じて今回は許す』
『ありがとうございます』
ガウも深く身を伏せて許しをこうた。
『炎の聖獣がたかが1人の人間の命乞いをするか』
『カレンは幼き我を育ててくれた。主の試練で力を奪われ、幼き姿で死にかけた我を愛情で育ててくれた』
『良い、許そう。去れ』
言葉が終わるとカレンの体がゆらりと揺れて、支えに走ったガウの背におぶさるように倒れた。
『感謝します』
ガウと去る前に、もう一度光の恩恵を降らせた。
『ガウ、カレンが回復したら報復戦だよ』