氾濫の予兆の兆し?
30の町までの旅は雨で湿気臭かった。
乗客は17人で荷台は2人。
馬車4台で無駄に長かった。
旅に出た2日目の夕方、盗賊に襲われた。
もうすぐ夜営地に着くところだったからみんな油断していて、反応が遅れて後手後手に回ってしまった。
冒険者パーティーが気付いた時は乗客を人質に取られてしまって身動きが取れなくなっていた。
盗賊の数は9人。
人質は女性2人。
何か感じがおかしかった。
女性の表情は怖がってなかった。
こそこそ話してる気がしてそーっと風魔法を使った。
「もっと優しくしてよ、痛いじゃない」
「そのくらいにしなかったら疑われるだろ」
「だからってやり過ぎ」
盗賊は乗り合わせていた宝石商を狙ったらしい。
人質を押さえてる4人は後回しで、馬車から乗客を降ろそうと脅している5人の二の腕やふくらはぎを狙って動けなくしてから、残りの6人に剣を向けた。
「何するのよ!私は人質なのよっ!」
「そうよ人質なんだから!」
乗客も言動がおかしいと思ったのだろう、女性2人を押さえている泥棒を胡散臭げに見た。
このタイミングを逃さず6人に向かった。
冒険者パーティーが手伝ってくれたら楽だったけど、パーティーはぼうっとしたまま見ていた。
仕方無く抵抗した盗賊2人は切り捨てて、残り4人は手足を傷付けて生け捕りにした。
5人と4人。
30の町まで9人を連れていくには無理があるから、近かった夜営地で反対から来る馬車を待って、半数の4人を27の町まで頼んだ。
幸い細かく事情を話さなくても、反対から来た馬車の御者と冒険者にギルドカードを見せたら任せてくれと言ってくれた。
残った5人は手首を繋げて、最後尾の1台の馬車に押し込んだ。
「よく見破ったね」
『態度がおかしかったので』
「君話せないの?」
話し掛けてきた冒険者パーティーのリーダーがニヤリと嫌な笑い方をした。
まるで話せないと知って苛めてきた先輩と同じだ。
「お前じゃ説明も出来ないだろ。俺が代わりにしてやる。礼に褒賞金は俺が貰う。みんなもいいな」
他の乗客は驚いてリーダーを見ていたが、まだ旅は長い今逆らうのは不利と口をつぐんだ。
多分そうくると分かっていたから、返事もせずマントにくるまって荷台に上がった。
初めて人を殺した。
なのに何も感じない。
やっぱり私は21の町で壊れてしまったのかも。
ちょっと笑った。
この残忍さが日本の時にあったら、あんなに泣かなかったし悔しい思いもしなかった。
この世界も強くなきゃ取られるばかりなんだ。
それならそう生きていこう。
モナーク国内で魔物が増えてるのは本当だから、護衛の冒険者パーティーだけじゃ次の町まで苦労するだろうけど、しらない。
大口叩いたんだから頑張れ。
昨日は近くに魔物の反応が無かったけど今日は違う。
こっそり地図を開けば複数の反応があった。
魔力を流してみても、まだ氾濫の予兆はない。
無いけどこの増えかたは予兆を教えていた。
夜営地に着くまでに2頭、夜営地に着いて3頭目が襲ってきて、冒険者パーティーは戦闘不能に近かった。
30の町から来た冒険者も怪我人が多かった。
血の臭いに集まってくるのは知ってるだろうに、埋める体力も失せて馬車に戻っていた。
私は荷物と荷物の隙間に入って上から毛布をテント代わりにして雨をしのいでいた。
4頭目が襲ってきた時、もう冒険者パーティーは動けず乗客は大声で私を呼んだ。
呼ぶ声に答える気は無い。
乗客も何故私が答えないか理解しているのだろう、30の町に着いたら必ず証言すると必死だった。
何か私が苛めてる気がして、下に降りた。
今はそう言っても30の町に着けば忘れて冒険者パーティーにつくくせに。
そう分かっていてもやはり見殺しには出来なかった。
30の町までに倒した魔物の数は22頭。
30の町から来る冒険者パーティーは誰も傷が多く、魔物の数が増えてるのをその体で教えてくれた。
まだ地図に予兆は無いけれど、氾濫は近い。
30の町に着いて、乗客に何度もお礼を言われた。
溢れる前兆と気付きながら助ける気持ちはない。
盗賊を案内人に頼んで、私は次の馬車がいつか見た。
本線の32の町までは4日で金貨8枚。
29の町までは7日銀貨9枚、31の町までは5日銀貨8枚だった。
32の町までの馬車は明後日まで無かった。
どうせ雨だし、宿でのんびりしよう。
宿を紹介して貰いに冒険者ギルドに行くと、案内人と乗客の1人が受け付けにいた。
「あ、着ましたあの子ですよ」
「確かにあの子なの?」
受付のお姉さんが変な顔で乗客に確かめていた。
「確かですよ」
乗客は冒険者パーティーのリーダーの話も受付のお姉さんにして、嫌な思いをしたと苦情も言った。
「分かったわよ。まずギルドカードを見せて」
お姉さんは私にギルドカードの提示を求めてきた。
信じて貰えないのにと思いながらカードを渡した。
「…え?」
何度もギルドカードを見て、次に私とカードを交互に見始めた。
「ホントにAランクなの」
『はい』
「え?あ…」
ギルドカードのvoiceの印を見て納得して頷いていた。
「27の町から報告が来ています。盗賊は11人。2人は抵抗したので刺殺。9人は生け捕り」
お姉さんは間違いないか確かめてきた。
「盗賊のアジトは?」
『聞いてません』
「そうよね」
納得したようにうんと頷くと、報酬は明日になるから明日の夕方来るように言われた。
わざわざ証言に来てくれた乗客さんへお礼に毛皮を渡すと、また旅で出会ったらその時も警護して欲しいとお願いされた。
改めてお姉さんに宿を紹介して貰う。
翌日の夕方に行ったら報酬とギルドランクがSになると受付のお姉さんが言った。
今回の盗賊討伐とハルナツさんの村の魔物討伐の両方でSになると教えて貰った。
ハルナツさんにお礼の手紙を出そうとして、クララさんとルルの事を思い出してやめた。
クラークさんに様子を聞いてからにしよう。
報酬は大金貨500枚を超えた。
うち400枚を引き出した。
「盗賊のアジトの探索は冒険者ギルドに任せて貰います。押収した品は探索の諸経費になります」
『分かりました』
受付のお姉さんも言いにくそうで、可哀想だった。
『盗賊の4人を引き受けてくれた冒険者パーティーにお礼をしたいんですが』
「ギルドから1人大金貨1枚の報償金が出てます」
『良かった』
にっこりしたお姉さんに頷いた。
「あちこちから被害の報告が来てるのよ。この先へ行くなら気を付けてね」
Sランクにかける言葉じゃないけど、心配してくれてる気持ちが嬉しかった。
『はい。ありがとうございました』
32までの旅も魔物が多かった。
かなり熟練した冒険者パーティーだけど、疲労と魔物の数の多さに1人は深傷をおい戦力から外れた。
30の町への馬車と違って、誰も私の事を知らないから討伐にも参加しなかった。
少しづつ、私は壊れてるのかもしれない。
32の町に着いて、36の町への馬車を見たら冒険者パーティーの不足から休みと書かれていた。
思わぬ足止めに1便だけ警護を引き受けようとしたけど、半年契約と案内人に説明されて諦めた。
どうしよう。
恨めしく掲示板を見る。
36の町へは10日で大金貨2枚、31の町へは5日で銀貨5枚、33の町へは3日で銀貨5枚だった。
本線がダメなら支線で行くしかない。
次の33の町に行く馬車が出るのは明日。
冒険者ギルドで宿を紹介して貰ってから、町を見て歩いた。
32の町は金細工の町らしい。
あちこちに細工の看板が出てて、間に食べ物屋が挟まっていて微妙だった。
そろそろご飯が出てくるはず。
期待して探したけど、ご飯の看板は無かった。
もっと先なのかな。
日本人だからやっぱりご飯が恋しかった。
屋台は広場に集まっていて、ここと馬車の乗り場しか出すことを禁じられているらしい。
この町にもぶつかってくる子供はいて、盗めないとわざとらしく騒ぎ立てる。
治療費払えとか、まるで当たり屋みたいなやり方に呆れてしまうが、子供はしつこかった。
格好からこの町の人間じゃないと分かるから誇張して吹っ掛けてるんだ。
騒ぎを聞き付けて兵士が来ると逃げてしまう。
中に1人兵士とつるんでる子供がいた。
子供がぶつかってきて骨折したと大袈裟にさわぎたてると、すかさず兵士が来て治療費を要求する。
2人を捕まえて冒険者ギルドに突き出せば、間違いじゃないかとか払ってやれとか、私が話せないと知ったら応対も雑になった。
『分かりました。もしこの町が魔物の氾濫に飲まれても私は討伐に参加しません』
ニコッと笑って冒険者ギルドを出ようとしたら、奥からお姉さんが走ってきて謝ってくれた。
さっき宿を紹介してくれたお姉さんだった。
「ごめんなさい。この町を見捨てないで下さい」
他の人たちは平謝りのお姉さんをバカにした目で見てたけど、お姉さんが私がSランクだと言った途端にその場の態度がガラッと変わった。
魔物の動きが活発になっているのに、些細な事でSクラスの冒険者の機嫌を損ねる訳にはいかない。
冒険者ギルドは私が連れてきた2人を重罪にすると、おもねるように態度を変えた。