やっと27の町
翌朝馬車に乗る前に乗り場の料金表を見た。
23の町から22の町へは4日銀貨3枚で、24の町へは6日銀貨5枚だった。
いつかはハルツもリベンジしたい。
目的の25の町までは馬車で4日で金貨8枚だった。
乗客は15人で荷台は2人。
雨だからか護衛の冒険者パーティーも馬車だった。
雨の日は魔物も少ない。
冒険者パーティーも油断してた。
1頭の熊の魔物に対応が遅れて、魔法使いが唱えてる途中で馬車を引いていた魔物が襲われた。
馬車を引いている魔物を殺されてはここに立ち往生してしまう、と慌てたパーティーの1人が魔物に切りかかった。
そこからが惨事だった。
魔法使いの魔法は外れ、冒険者パーティーは2人が瀕死に近い重症を負った。
パーティーにとって幸いだったのは魔法使いが生き残った事で、今欠けても町に着けば補充がきくとリーダーの口調はシビアだった。
これがこの世界だ。
明日は25の町に着くという夕方に病人が出た。
初めは風邪だと思っていたら次第に熱が上がり体に発疹が出てきた。
居合わせた商人のおじさんが伝染すると騒ぎ出したから、聞いた乗客はパニックになった。
伝染病はポーションでも治らない。
その馬車の乗客が他の馬車に避難してきたので、ぎゅうぎゅう詰めだった。
だからと言って熱が高い病人を独りにする訳にもいかず、私が看護を引き受けて病人の馬車に移った。
あれこれ耐性を持ってる私なら、掛かる前なら移らない可能性が高い。
医療の知識も経験もない私に出来る事は水を飲ませ果物を食べさせ、顔の汗を拭くぐらいしか出来なかったが独りよりはましだろう。
病人は30歳くらいのおじさんで、見た感じ商人より職人に映った。
25の町に着く頃には熱もいくぶん下がり、自分で水を飲めるようになっていた。
「ありがとう」
『いいえ。もうすぐ25の町に着くと思います』
「そうか。宿に連絡して迎えに着て貰おう。君にもお礼をしないといけないな」
『いいえ』
「そうはいかないよ」
『友人が待ってるはずなのでお気持ちだけで』
25の町に着いたら軽く会釈して人波に混ざる。
普通の人を演じてたけど、軍人だと話し方で感じた。
まだ疑われているのか、とげんなりする。
馬車の時間を確かめ損ねたと気付いて戻り掛けたけど、尾行されてる気がして冒険者ギルドへ行った。
冒険者ギルドで宿を紹介して貰って、夕飯の前にゆったりお風呂に入った。
疲れた。
voiceは使い勝手は良いけどかなり体力と魔力を消費するし気力の消耗もする。
それに…、話せない自分を否定するようで、上手く言えないけど、自分の人格を自分が否定するようで。
便利だけど抵抗があった。
これからは話さないとどうしようも無い時だけにして、クラークさんとの連絡も少し控えよう。
弱い自分の自己防衛と笑われそうだけど、弱いから自分を否定して生きるのは嫌だった。
あんなに声が出たらって血が滲むほど両手を握り締めたのに、あんなに無神経な他人を恨んだのに。
いざ声に変わるスキルを持ったら、話せない自分を擁護してしまう。
こんな身勝手な自分を嫌悪しても、死ぬのが怖いから生きていくしかない。
自己嫌悪で立ち直れなくなって、夕飯は味もわからなくて、一晩悶々と過ごした。
そんな泥沼を引き摺って翌朝乗り場へ行ったら27への馬車は明日まで出ないと案内のおじさんが言った。
それならと、気分転換に町を見て回った。
25の町は花の町で、一年中花が絶えない町らしい。
半日かけてゆっくり見て回った。
途中まで着けてくる陰もあったけど、夕方にはその陰も無くなった。
花に癒されたのか、後ろ向きな考えでもこれが自分だと思えるようになった。
翌朝27の町への馬車に乗った。
25の町から27の町までは金貨7枚で6日。
横を見たら、24の町までは5日銀貨7枚、26の町までは7日銀貨6枚とあった。
乗客は15人で荷台は1人。
私の乗った馬車にはお喋りなおばさん2人。
やかましくて最悪な旅だった。
そこに止めとばかりに雨まで降り始めて、夜もおばさんのうるさいお喋りを聞かされた。
おばさんは時々話し掛けてきたけど、話せないとメモを見せたらそれからは可哀想な目を向けて来た。
3日目の昼過ぎ、休憩中に雨の中魔物が2匹別々の方向から襲ってきた。
冒険者パーティーの魔法使いが唱え始めたけど、魔物の方が速くて先頭の馬車が押し倒された。
2台目には別の方向からの1頭がぶち当たって、扉が無くなった。
冒険者パーティーも応戦してるが押されぎみで、私も途中から戦闘に参加した。
何とか2頭をしとめ、魔法の袋に入れようとしたら冒険者パーティーのリーダーが先に入れてしまった。
「こちらには怪我人もいる。この獲物は譲って貰う」
ビックリして反論しないうちに、リーダーは仲間と馬車に戻ってしまった。
そのやり取りを見ていた乗客は、冒険者パーティーを横目で見て私に哀れみの目を向けて来た。
それからの討伐に私は加わらなかった。
横取りされるなら助けになんか行く必要がない。
それから3日は魔物が多くて冒険者パーティーは苦戦を強いられ傷だらけだった。
「手伝えっ!」
リーダーが怒鳴ってもリアクションを起こさない。
薄情だけど、残りの3日はトイレ以外馬車から出ないで傍観した。
乗客が静かなのは、リーダーのやったことがタブーだから誰も何も言わないのだ。
27の町に着いたとき冒険者パーティーはボロボロで、治療が必要なメンバーもいた。
私はさっさと馬車を降りて歩き出したが、リーダーが走ってきて左腕を捕まえに来た。
「メンバーがお前のせいで怪我をした。治療費を払え。払えないならお詫びにメンバーになれ」
首を振った。
捕まえられていた腕を取り返して睨み付けた。
「お前が助ければメンバーは怪我せずにすんだ」
リーダーの言い分に誰も足を止めない。
体を張るから警護の冒険者パーティーに高いお金を払うし、倒した獲物もパーティーが貰える。
それを乗客に手伝わせようとするのは契約違反だ。
リーダーは誰も加勢しないのに腹をたて、もう一度腕を掴みに来たから体を捻って逃げた。
「いい加減にしな。見苦しいよ」
「そうだよ。危険だからお前たちはそれなりの報酬を貰ってるんだろう」
「それを怪我したからって乗客の女の子のせいにするのはルール違反だろ」
女の人の一言が引き金になって、通行人がリーダーをとがめる言葉を口にした。
「あんたは相手にならずさっさと行きな」
女の人の一言に頷いて、走って人の波に紛れた。
歩いてる人の中に獣人を見ない。
不吉な予感に襲われて逃げるように早足になった。
そのまま冒険者ギルドへ行って、今日の宿とダンジョンの説明を受けた。
幸い受付はお姉さんだったから丁寧に教えてくれた。
この町のダンジョンは町の直ぐ横で15階層、10階まで潜れれば利益が出て宝箱が当たりだったら2、3年働かなくても暮らせるほど高価な物も出るそうだ。
「ソロなら6階までで採算は取れると思うわ」
『ありがとうございます』
「お節介だけどパーティーに参加したら?Aランクなら話せなくても受け入れるところは多いわよ」
『独りが気楽です』
メモにそう書いて、心配してくれるお姉さんに見せてから頭を下げた。
27の町の冒険者ギルドも獣人のカウンターは誰も居なくて、戦争は近いかもしれないと感じた。
紹介して貰った宿に10日分の宿泊費を前払いした。
「ダンジョンに潜るのかい?」
『はい』
「そうかいそうかい」
店の太ったおかみさんが、後で店主にダンジョンの話をさせるとにこにこしていた。
夕飯で食堂に行ったら冒険者で溢れていた。
隅に座って冒険者たちの話に耳を傾けた。
「10階はきついな。ゴースト3体とか有り得ない」
「15階のボスまで行けそうもないぞ」
「ドロップはランダム装備とか鬼だし。まだ14の町のダンジョンで稼ぐ方が堅実だ」
「ボスは何だ?強いのか?」
「蝙蝠らしいぞ」
「らしいなのかよ」
「行けた奴で倒した奴居ないからな」
「前のパーティーが挑むのに扉開けるだろ、その時見えたのが蝙蝠だったって話だ」
あぁ、ここは変わってないんだ。
ボスは超音波を使う蝙蝠。
光魔法に弱い。
使ってくる魔法は土魔法。
ここは地の竜だから土で納得してしまった。
「なぁ、解放軍また1人捕まったらしいな」
「そうなのか?」
「カレンが裏切らなきゃ今頃国王を弟に出来たのに」
「そうだよ。あいつさえ裏切らなきゃ」
信じられなかった。
カレンが、裏切った?
カレンが?
あんなに国を、王を憎んでいたカレンが?
信じられなかった。
「隷属の魔法を使われたって話もあるけどよ。あれは獣人だけしか効かないんだろ?」
「だよな」
「やはりカレンの裏切りだ」
「後から入ってきてごちゃごちゃ言うから仲間割れするし、思い通りにならないから軍に仲間売ったんだ」
「そうだそうだ。今カレンは何処にいるんだ?安直に軍に匿われてるのかよ」
「金貰ったら逃げたって話だぜ」
「おいみんな、カレンを見付けたらみんなでやっつけようぜ。仲間を裏切った制裁を受けさせろ」
「オー!!」
聞いていて危ないと思った。
冒険者の中の2人が、集まってる冒険者を巧みに懐柔してカレンを悪者と思わせようとしてる。
おそらくあの2人は軍の兵士だ。
カレンなら軍以外の奴には反撃しないと読んで、こんな作戦に出たに違いない。
悔しいけど軍が探してるって事はまだカレンもガウも捕まってないって事だ。
まだ間に合う。
来る途中に町を見下ろせる丘があった。
あそこで町に魔力を送ってみよう。
軍に見付かる可能性もあるけど、カレンかカレンに繋がる誰かが答えてくるかもしれない。
そこまで考えて、ある考えが閃いた。
私が身を隠すなら。
そうそう攻略出来ないダンジョンの15階とかの休憩所にガウと隠れる。
確証はないけど、明日からダンジョン攻略を急ごう。