初心者ダンジョン
1か月後、私はまだ始まりの町にいた。
スタートの時しか手に入らない、未コンプの初心者のダガーが欲しかったから。
転生する度にチャレンジしてるけど、1度も成功してなかった。
始まりの町の直ぐ横の森に1階層しかないダンジョンがあって、其所に初心者のダガーが眠ってる。
そのダガーを集めたら、始まりの町のアイテムはフルコンプだった。
それなのに、何度潜ってもダガーは見付からない。
これがラストのコンプチャンスかもしれないと思うとどうしても諦めきれず、この町を離れられなかった。
毎日ダンジョンに潜る私を、冒険者ギルドのお姉さんは心配してくれた。
「もう一月よ。Dランクからもうすぐ卒業なのに何が欲しくて潜ってるの?」
初心者のダガーと書いて見せると、お姉さんが驚いて顔を近付けてきた。
「初心者のダガーはパーティーを組んでないと出現しないレアアイテムなのよ」
うそ…。
脱力して受付カウンターに突っ伏す私の背中をお姉さんが擦ってくれた。
この一月、何度もパーティーメンバー募集の張り紙に釣られて行ってみたけど、話せない私とはコミュニケーションが取れないからと断られてばかりいた。
「例えばだけど、冒険者を雇って臨時のパーティーを組んではどう?」
私は嫌だと首を振った。
他人の力を当てにするとろくなことない。
ロキで懲りていた。
それに。
始まりの町だけにこの町にいる冒険者は限られていて、パーティーを断わられた冒険者たちか冒険者になったばかりの新人冒険者たちしか居ない。
例えダガーの為でも、依頼を出すのは嫌だった。
諦めて、明日町を出るとお姉さんに伝え冒険者ギルドを後にした。
ムダに一月もこの町に居たのかと思ったら、誰にとも何にとも分からない怒りがふつふつと沸いた。
毎日依頼は受けていたけど、薬草採取で得られる報酬では食べるのが精一杯だからか当然宿代は手持ちからの持ち出しだった。
減った手持ちをどう増やそうかと考えながら、旅に出る準備を整えるためにあちこちの屋台を回った。
アイテムボックスに食べ物も入るのは知ってたけど、温かいものが温かいまま入れておけると知ってからはかなり重宝してる。
これなら野宿しても食事に困らないだろう。
次の町までは歩いて3日。
転移が使えれば楽だけど、転移のスキルをタッチしても発動しなかった。
なら馬車は?って思ったけど、5つ先の町まで行かないと乗り合い馬車は走ってないと教えられた。
野宿用の簡易テントや毛布はアイテムボックスに入っているから、準備するのは食料だけ。
あれこれ見ていたら横に誰かが立った。
「お前、ダンジョンのダガーが欲しいんだってな。売ってやってもいいぞ」
声の主を見たら、前に参加を断られたパーティーのリーダーだった。
名前は…、覚えてない。
誰から聞いたのかと思いながら、首を振って断った。
買って済むなら初回に買ってクリアしていた。
自力で集めないとアイテムリストが光らないからこんなに苦労してるんだ。
「自力でダガーを取りたいのかよ。めんどくせぇな。ならパーティー組んで連れてってやるよ」
驚いた。
急に親切になった?
警戒して身構える私をにやにや見返してくる。
「お前もただで連れていって貰えるとは思ってねぇよな。礼にその防具と剣を俺様に寄越せ」
どうだとばかりに言うリーダーに呆れたけど、この装備なら次の次の町のイベントでシナリオクリアの度にドロップするからアイテムボックスに何個もある。
この装備とダガーの交換は確かに魅力的だった。
うん、て頷いた。
頷くと寄越せと手を出してきたから、ダガーが手に入ってからと伝える。
もう簡単には騙されない。
それなら今から行くと言われて、冒険者ギルドでパーティー申請をした。
受付のお姉さんは心配顔で丁寧にパーティーの説明をしてくれた。
パーティーは最大6人までで、冒険者ギルドの係員とパーティーのリーダーだけがメンバーを変更できる。
ダガーと装備を交換した後、リーダーが私をパーティーから外せば良いらしい。
参加メンバーはリーダーの他3人、私を含めて5人のパーティーになった。
お姉さんから小声で、下手に襲わないとは思うけど充分気を付けて、って耳打ちされた。
何度潜っても見付からなかった隠し扉は、パーティーを組んだだけで簡単に見付かった。
奥の宝箱に入ってたダガーを手に脱力してたら、リーダーが早く寄越せと背中を小突いてきた。
素直に装備を外して渡す。
そのままダンジョンを脱出すると思ってた私は、リーダーたちが走り出したのに気付かなかった。
あっという間に隠し扉が閉まって閉じ込められる。
暫くは驚きで動けなかったけど、5分くらいしたら状況が分かってきた。
始めから閉じ込めるつもりだったんだ!
相手への怒りより警戒を緩めた自分を怒りたい。
ダンジョンを抜けてから装備を渡すと言えば閉じ込められずに済んだのに、ダガーを手にした嬉しさが警戒を忘れさせた。
急いで最上級の装備を着けて扉に斬り付けたり魔法を放ったりしてみたけど、扉はびくともしなかった。
…どうしよう。
これってどこかのパーティーが扉を開けてくれない限り出られないの?
あ、受付のお姉さんが助けに来てくれるかも…。
期待しちゃダメ…、また裏切られたとき辛いよ。
考えれば考えるほど悪い方に考えてしまうから、とにかく何か食べようとアイテムボックスを開いた。
屋台で買った中から串焼きを出して、立ったまま口に突っ込む。
食べながら、始まりの町のアイテムコンプリートの点滅を虚しい気持ちで見た。
食べ終わって、まだ試してないスキルは無いかとスキル欄を見ると、それまで黒くて使えなかった転移スキルが他のスキルのように光っていた。
出られる!
急いで最上級の装備を外してアイテムボックスへ放り投げ、外で見られても良いようにリーダーに渡した装備より少し劣る装備を身に付けた。
あのリーダーと同じ装備は着けたくない!
改めてスキルから転移を選んで、たった1つ転移可能になってる始まりの町をタップしようとしたその時。
ガタンと扉が開いた。
戻ってきた?
剣を抜いて身構えていたら、傷だらけの男女4人が隠し扉から飛び込んできた。
「ここが1番奥よね」
気の強そうな女の子が後ろを見ながら隣の男の子にたずねてる。
たずねられた男の子は、身構えている私に気付くと石膏みたいに固まっていた。
男の子の様子が変なのに気が付いたのか、振り向いた女の子のきつい視線と言葉が私に飛んできた。
「えっ…、あんた誰!」
残りの男女2人はよろよろと女の子の後ろを抜けると肩で息をしながら床にしゃがみこんだ。
新人冒険者?
4人とも始まりの町で売ってる初心者用の防具と武器を着けていた。