氾濫と見習い
夕方に到着した19の町は畑の町だった。
たくさんの野菜畑に囲まれた町で、宿屋と雑貨屋と鍛冶屋がある30件ほどの町だった。
宿で部屋をとって夕食を待った。
どのタイミングで初級ポーションが必要なのか分からないから、泊まり客の会話にはいつも以上に聞き耳を立てておこうと思った。
夕食を知らせる声で食堂へ移動した。
お客は11人?
中に怪我や病気の客はいそうに無かった。
ステータスから確かめると、19の町のイベントはまだ始まってないらしい。
「20の町からの馬車はまだ着かないのか?」
「今日は遅いわね」
客同士の会話で、20の町からの馬車がまだ到着してないんだと知った。
「遅い時はトラブル絡みが多いからな」
「最近は魔物の氾濫もあったし、心配だわ」
宿の夫婦のそんな会話も聞こえてきた。
部屋へ戻る前にもう一度ステータスを見たけど、イベントは黒いままだった。
宿の奥さんの悲鳴に起こされたのは真夜中だった。
部屋を飛び出して行ってみると、宿の前に止まってる馬車の中から男性がおろされてる所だった。
「怪我人は?」
「…馬車の中に」
宿の主人と馬車に走り寄るとムッと血の臭いがした。
馬車の床には青年の冒険者が力なく寝かされていた。
急いで馬車に飛び乗り生死を確かめる。
脈はしっかりしているけど右腕の傷はえぐられたようにかなり深かった。
獣に食い千切られた?
傷は骨まで達している感じだった。
!!
あ…、寝るために装備を外しているから初級ポーションがここでは出せない。
舌打ちして急いで部屋へ戻って、アイテムボックスの初級ポーションを手に馬車に戻った。
半分を傷に掛けて、半分を宿の主人に支えて貰って何とか飲ませた。
「知り合いですか?」
宿の主人に違うと首を降り、泊まり客の力を借りて馬車から降ろした。
食堂の床に寝せられた青年は幾分顔色も良くなってて、もう大丈夫に見えた。
他の乗客も食堂に集まっていた。
「熊が出て、冒険者パーティーが殺られてあの冒険者が戦って」
興奮している男性の話はまるで用を得なくて、他の馬車や乗客はどうなったのかなど何も分からなかった。
最低でももう1台冒険者パーティーを乗せた馬車があったはずだし、御者も居たはずだった。
助かったのは馬車を走らせてきた御者に興奮している男性、あと床に寝せられた青年だけだった。
「兎に角今日はもう休んでください。床の彼は私たちが看病します」
宿の主人の声でみんな自分の部屋へと引き取った。
翌朝、食堂へ行くと青年が椅子に座っていた。
「あの子が助けてくれたのよ」
宿の奥さんが、先に昨夜の話を青年にしていたらしく会って直ぐお礼を言われた。
「ありがとうございました。初級ポーションの代金の持ち合わせがないので、これを代金の代わりにさせていただけませんか?」
青年がテーブルに出したのは胡椒の小さな小瓶3つで、見るとイベントクリアが光っていた。
胡椒のイベントってここだった?
違う気がするのに、どこだったか思い出せなかった。
砂時計の砂のように、ゲームの記憶が抜け落ちていく気がして形の無い不安が襲ってきた。
私の中からラストダンジョンの記憶が消えたら…、それだけは絶対嫌だった。
忘れないよう、きちんと書いてアイテムボックスの中に封印しておこう。
「…あの」
私が聞いてないと思ったのか、青年が困ったように声を掛けてきた。
急いで頷いて胡椒の小瓶をしまった。
「この話はこれで」
青年に2回頷いた。
出来れば、少しでいいから昨夜の話を青年から聞いておきたかった。
『私は今日20の町への馬車に乗る予定です。昨夜の話を聞かせていただけませんか?』
ちょっと驚いた顔をされたけど青年は話してくれた。
「最後の休憩でもう周りは暗くなりかけてました」
そこを熊に襲われたらしい。
馬車は2台で乗客は6人。
青年は男性と2人で1台の馬車に乗っていたらしい。
「途中から記憶が曖昧で…」
『どこで襲われたか分かれば、もしかして助けられるかもしれないですから』
「まだあの熊がいたら…」
『居たら逃げます』
それは嘘。
血の臭いを覚えた獣は狩るしかない。
青年に頭を下げて朝食まで部屋へ戻ろうとしたら、朝食を知らせる声が宿の主人から掛かった。
青年にもう一度頭を下げてから、青年のテーブルとは反対側になる方の隅のテーブルに移動した。
それを見て、宿の奥さんが朝食を運んできてくれた。
遅れてぞろぞろと集まってきた客の中から、あの2人がまた私に近付いてきた。
「初級ポーション俺たちもさばいてやるよ」
相手にする気力も無かったけど、まとわりつかれるのは嫌なのでテーブルを拳で殴った。
2人の顔を見て笑ったら、悔しそうに睨みながら別のテーブルへ移っていった。
19の町から20の町へは馬車に2日で銀貨3枚。
乗客は8人で荷台1人はあの青年だった。
料金を払って乗り込もうとしたら宿の主人が走ってきて馬車を止めた。
「待ってくれ!17の町が魔物の氾濫に襲われてる」
17の町が?
あっ!子供たちが!
「もうすぐ近くの村に居るBランク冒険者パーティーが到着する!彼らに席を譲ってくれ」
譲るのは良いけどどうやって20の町から17の町へ行くの?
私なら転移で直ぐ戻れるけど、この世界に転移は無いでしょ?
どうしよう。
誰も居ないとこに行かないと転移が使えない!
オロオロしてるうちに荷馬車が走ってきて、6人が降りてきた。
「おい!そこの冒険者!ランクはいくつだ!」
パーティーリーダーらしいおじさんは私といつの間にか私の横に居る青年を見て言った。
「俺はCランクだ」
それを横で聞きながら、私は胸ポケットからギルドカードを出して見せた。
「BとCのパーティーか」
「違う、俺はソロだ」
パーティーリーダーは私を見て顎をしゃくった。
「今は1人でも戦力が欲しい!一緒に来い!」
え?
冒険者パーティーのリーダーに、私は強引に馬車へ押し込まれた。
呆然としてるうちに馬車は走り出していた。
リーダーの説明では20の町へ行けば17の町へ行く手立てがあるらしく、その先は教えてくれなかった。
『何故17の町が襲われてると分かるんですか?』
「お前、喋れんのか?」
緊張して頷いた。
「それでもソロBランクか。実力は有りそうだな」
リーダーが、町や村には緊急時用の伝書鳩のような連絡網があると教えてくれた。
「17の町が襲われたのは昨日の夜中。20の町で訓練していた魔法使いと獣人の奴隷が応戦している」
え…?
「魔物の氾濫は数約1000~2000」
その数なら魔法使いだけで楽勝のはずじゃ?
それに、ここからなら20の町まで2日は掛かる。
その2日の間に沈静する可能性の方が高いと思った。
きっと考えてる事が顔に出てたんだと思う。
リーダーが私を見て噛み含めるように言った。
「今17の町に居る魔法使いはひよっこだ」
え?
あっ!17の町で見たあの集団?
そうか、見習いだったんだ。
じゃあ、あの白髪が先生か教官?
「お偉い魔法使いたちは古代の魔法の解読に当たってるって噂だ」
………噂は本当なんだ。
「氾濫の群を率いてるのはゴブリンキングらしい」
話すリーダーの声も硬かった。
「キングになると物理は効かない。キングは避けて群の数を削る事を優先しろ」
魔法か…、あ…。
『武器で属性付きはボスに使える?』
「どの属性だ?」
咄嗟に、14の町のダンジョンで手に入れた腕輪を思い出していた。
一番ドロップ率が高かった炎を出して見せた。
『属性は炎』
一緒に乗ってたもう2人の冒険者が腕輪を見て息を飲んでいた。
「どこから…」
『14の町のダンジョンの宝物のドロップ』
咄嗟に嘘を書いた。
「…それは、幸運だったな」
暫く腕輪をぐるぐる見ていたリーダーが、顔を曇らせて嫌な話をして来た。
「もしこの腕輪が軍の奴らに見付かったら、確実に没収される」
え?没収?
「この国の軍隊は上に行くほど腐ってるからな」
……
「使うのは止めておけ」
言いたいことが上手く言葉にならなかった。
「モナークは隷属の首輪を手にした代償に人の理性を喪ったのかもしれない」
顔を歪めるリーダーの言葉がこれからのモナークを指し示してる気がして、酷く息苦しかった。
本来モナーク国の軍と冒険者ギルドは相反する立場にあって互いに牽制していたらしい。
「それが欲にくらんだ軍に飲み込まれた」
「今の冒険者ギルドは軍の飼い犬だ」
………
「今回の氾濫も指揮権は軍にある」
「奴ら獣人との戦争にも冒険者ギルドを巻き込むつもりだろう」
無茶だと思った。
私の頭の中に、獣人の奴隷と冒険者が戦争の前線に立つ映像が映った。
その後ろに魔法使い。
有り得る画像に背中がゾッとした。
「心配するな。冒険者は命令では動かない」
「軍のいいなりなのは権力に目が眩んだ冒険者ギルドの上層部だけだ」
そして、翌日馬車は20の町の冒険者ギルドへ着いた。