予兆とイベント
17の町までは長かった。
やっと17の町へ着いた時、乗客の服は埃まみれで汚れていた。
17の町の周りは森が少なくて荒野が広がっていたから、走ってる馬車の中まで埃だらけだった。
馬車を降りて、まず宿を紹介して欲しくて冒険者ギルドを目指した。
予想はしてたけど、この町もスリの子供が多かった。
ぶつかってくる子供を避けて、地図を見ながら冒険者ギルドを目指した。
手前に指輪と同じ花が書かれた看板があった。
ミシェルさんの言ってた通りだと思いながら、先にお風呂へ入りたいから装備を売るのはまたにしよう。
この町の冒険者ギルドも受付は2つだった。
人間の受付はむすっとしたおじさんだった。
嫌な予感しかしない。
『宿の紹介をお願いします』
胸ポケットからギルドカードの端を見せて、メモを受付カウンターに置いた。
「喋れん奴にはこれで充分だ」
予想通りでうんざりする。
受付のおじさんが投げてきた紙を持って外へ出た。
歩きながら地図で確かめたら、やっぱり裏通りのお風呂は無さそうな宿だった。
諦めて、その足で鍛冶屋を訪ねた。
店番の青年に指輪を見せて、前回と同じくらいの雑魚装備の買い取りをお願いした。
「その指輪してる人でこんな雑魚装備を態々売る人初めてですよ」
嫌そうな青年にもうんざりして、出した装備を袋に戻していたら奥から女性も出てきた。
「ちょっと!」
女性は青年の肩を叩いて奥を指した。
「何でですか!」
青年はムッとして女性に言い返した。
「お客さんの着けてる装備見て分からないの?」
驚いた!
今装備してるのは20の町のダンジョンでドロップするやつで、中級の中から下クラスだったから。
「え?」
話が理解できない青年を奥に追い出して、女性が頭を下げてくれた。
「ゴメンね。買い取りさせて貰えるかな」
頷いて、順番にカウンターへ出していった。
雑魚装備の後に、そこそこの装備も出していく。
何故か14の町の槍と腕輪はアイテムボックスから取り出せなかった。
微妙でも属性が付いてるからかもしれない。
女性の目利きが確かなら、20の町までの装備を整理しても良いと思っていた。
今着けている装備と同じ物は取り出せたから、1組をカウンターに出すと女性の目が光った。
「買い取らせて貰えるの?」
頷く。
出した装備1組だけで大金貨200枚って言われたら、追加は出せなかった。
「今店にある金だけじゃ買い取り金額に足りないの。払いはギルドカードに振り込みで良いかな?」
『可能な分だけ現金でお願いして良いですか?』
「良いよ」
女性の返事を聞いてから、胸ポケットのギルドカードをカウンターに置いた。
「買い取り金額は大金貨600枚」
ゲームの時は気にならなかったけど、買い取り金額がおかしな事になってる?
これからは、考えながら売っていくようにしよう。
女性は大金貨500枚をカウンターに積んだ。
「残りの100枚はこっちへ入れるね」
『ありがとうございます』
「Bランクなのね」
女性は私がカウンターに置いたギルドカードを見て何故か納得してた。
あ、もしかしたら。
『お風呂のある宿を紹介して頂けると助かります』
「任せて」
女性が紹介してくれた宿は表通りから1本入った場所にあって、綺麗で食事も美味しかった。
試しに地図の宿にチェックを入れてみる。
宿のランクとか地図で分かれば毎回嫌な思いもしなくて済むようになるから試す価値ありだ。
残念だけど地図から詳細は見られなかった。
マッピングは出来るから、この先の良い宿はチェックを入れておこう。
久し振りのお風呂を満喫してからこの町のクエストを見ようとステータスを開いたらイベントだった。
内容は町の外れにある祠から毒薬になる花を採取して解毒薬を作る、だった。
最初の時は祠の場所が見付からなくて大変だった。
おまけに初回は採取の時に毒になってしまって泣きたいくらいクリアまでがきつかった。
だから毒消しのクエストが最初の方であったんだと半べそで思ったりしてた。
このゲームは転生を繰り返すことで職業とスキルが増えていくから、最初はスキルの代わりになるアイテムのポーションや毒消しが本当に大切だった。
このゲームの世界に放り込まれた時、アイテムボックスが消えてなくて本当に、本当に良かった。
なんて、今更な事を思ってたら逆上せそうになって急いでお風呂を出た。
翌朝、祠へ歩きながらステータスのイベントを見ると黒くなっていた。
確かに昨日の夜は点滅していたのに。
何度も見直して、やっと夜限定の文字をイベントの横に見付けた。
…うそ。
前回も夜だった?
前は…覚えてなかった。
夜に出直そう。
出てきた次いでだから食糧とかお菓子とか大量に買い物を済ませた。
あれ?
屋台の中にパイに似たお菓子を売ってる店があった。
良く見ると、ミートパイみたいな物もあった。
手のひらサイズから一口サイズまで形は様々、これはこれから先の旅に重宝しそうで嬉しかった。
買い物を終わって宿に戻ると、ガヤガヤと宿の食堂が騒がしかった。
開いているドアから食堂を覗くと、3人の冒険者が宿の主人を相手に話していた。
「で?15の町は大丈夫なんだろうな」
「勿論だ、丁度Aランクパーティーも居たしな」
15の町?
頭の中で直ぐに15の町と氾濫が繋がった。
「100匹くらいの群だったから楽勝よ」
話を聞きながら、頭の中に黒い蝶が浮かんだ。
氾濫と黒い蝶は関係あるの?
「討伐されたんだ。もうこれからは安心だな」
ホッとしてる宿の主人に、冒険者たちは首を振った。
「魔物はいつ湧くか分からん」
「何度湧いても楽勝よ」
胸を張る冒険者の答えに、宿の主人も笑って奥へと戻っていった。
………
不吉な予感がした。
ゲーム中の魔物の氾濫にはランクが設定されていて、100匹は 氾濫の予兆とされていた。
1000匹、5000匹、10000匹と群が増える度に群を率いるボスの強さも上がり貰える経験値も上がっていった。
過去の10000匹クラスの氾濫の時のボスは、小型ながらも飛竜だった。
ゲームが現実になったこの世界であんな氾濫が起こったら…、考えるだけでゾッとした。
夕食の後、イベントが点滅するのを待った。
外が暗くなってから、やっとイベントが光った。
体の周りを光の結界で覆ってから祠へ向かった。
??
祠の中からは複数の反応があった。
…どうしよう。
浮浪者?子供?
…それとも。
こんな時姿を消せるスキルとかあれば…、何て思ってたら中から痩せて疲れた顔の少年が出てきた。
月明かりに見える少年の服は汚れていた。
少年は祠の前でもたもたしていた私を見て、キッと表情を変えて睨み付けてきた。
「誰だ。ここで何してる」
『祠の中の花が欲しくて来ました』
読めますように、って思いながら書いて見せた。
「花?あれは毒花だぞ」
少年は疑るように私とメモを交互に見てから言った。
『毒消しの素材』
「毒花から毒消しを作るのか?」
頷いた。
「じゃあ薬草からポーションも作れるか?」
少年の緊張した声に、気付いたら頷いていた。
「病人がいるんだ。薬草は集めてくるからポーションを作ってくれないか?」
少年は毎日薬草を煎じて飲ませているけど治らない仲間の話をしてきた。
「祠の花を採る手伝いするから助けてやってくれ」
少年にそう言われたら頷くしかなかった。
少年の後から祠へ入る。
月の明かりも入らない祠の中は風も無い暗闇だった。
淀んだ空気で息苦しい。
少年はこの暗闇に慣れているのかスタスタ歩いていって、奥から私を呼んだ。
声を頼りにそろそろ進むと、天井が崩れて月の明かりが入る場所についた。
そこには子供が4人と少女が1人居た。
子供たちは5才くらいから10才くらいまでで、少年と少女は13才から15才くらいだった。
兄弟?
違う気がした。
「こっちへ」
手招きされたのはその先の場所へだった。
月の明かりも届かない隅に、藁に寝せられたガリガリな子供が居た。
医療の知識の無い私が見て解るほど、子供はぜんぜん栄養が足りてなかった。
アイテムボックスから出した初級ポーションを、半分だけ飲ませて様子を見る。
ダメなら回復魔法を掛けるしかない、と思いながら見守っていると子供の頬が赤くなってきた。
この世界を旅する限り、この貧富の差をずっと見てるしか無いんだろう。
じわじわ染みてくる毒のように、貧しさが自分の心も蝕みそうで恐ろしかった。
回復に向かう様子の子供に残りの半分を飲ませたら、すやすやと寝息をたてて眠り始めた。
「ありがとう」
お礼を口にする少年の案内で祠の奥に咲く花を丁重に摘んだ。
厚い紙で花の茎を掴んで剣で切り取った。
そのままアイテムボックスに入れたら、ボックスの中で毒消し5個に変わっていてイベントクリアになっていた。