苦い話
やっぱり雨の中で眠るのはキツかった。
朝になって、今日も起き抜けは風邪の引き始めの症状で、酷くならないうちに初級ポーションを飲んだ。
無味無臭。
自分がポーション飲むとか昨日まで思ったこと無かったから、味が無いとかも知らなかった。
兎に角夕方には16の町へ着くはずだから濡れるのもそれまでの辛抱と思って耐えた。
スキルのクラフトで雨を通さないマントか毛布が作れないか、至急考えないと次から荷台に乗れない。
せめて傘があればと思うけど、この世界で指してる人を1度も見たことがなかった。
ふと視界を何かが掠めた。
肉眼では無理があってステータスの地図を開いた。
小さくて素早い。
探索に引っ掛かったのはこおもりだった。
どこから?
1匹だけ迷ってきたの?
右手の森の中に洞窟があるのかもしれない。
ちょっと目を離した隙にこおもりはどこかに行ってしまっていた。
夕方、やっと16の町へ着いた。
16の町は20件ほどの酪農の町だった。
乗り合い馬車の乗り場の前に宿屋と道具屋があった。
我勝ちに宿屋へ入っていく馬車の乗客を見送り、先に道具屋で依頼を完了させてから宿屋へ行った。
宿屋の中はうるさかった。
宿の夫婦は全部を泊めるには部屋数が足りないと言い、馬車の客はここしか宿がないと詰め寄っていた。
その中で、他の客より自分たちの部屋を優先しろとあの女性2人が宿の夫婦に命令していた。
女性2人は15の町のお金持ちの名前を出したらしいけど、それを聞いてからの周りの反応は微妙だった。
2人を見ながら頷き合ったりひそひそと話をしたり。
それに気が付いた若い方の女性が狂ったように叫んだりしてなかなか部屋が決まらなかった。
「俺らが食堂で寝る。それなら足りるだろ」
15の町の宿で一緒だった冒険者の中の1人がパンパンと手を叩いて言った。
それを聞いてホッとした表情の宿の夫婦に、ヒステリックな女性が更に言葉を被せた。
「もちろん一番良い部屋は私、次に良い部屋は私の従者が使いますからね」
「譲り合って相部屋をお願いする事も…」
宿の主人は困ったように答えを濁しながら、宿泊希望の人数を改めて確認していた。
最悪雨さえ凌げるなら食堂の隅で構わなかったから、私もそう書いて宿の主人に渡した。
逆に知らない誰かと相部屋になって気を使うより、食堂の方が寝やすいと思えた。
「彼女たちは2人で1部屋で結構ですよ」
?
宿の入口からした声でみんなが振り向いた。
遅れて宿に入ってきたのは初級ポーションの時に見た商人のおじさんだった。
おじさんは乗ってきた馬車にこの近くの村への連絡を頼んでいたので遅くなったと言った。
「私も泊めて下さい」
商人のおじさんの話では、明日の朝女性2人の迎えが宿に来るらしい。
他の客はそれで察しがついたらしく、またチラッと女性2人を見て納得していた。
女性2人も悔しそうに商人のおじさんを睨んでたけど何も言わなくなった。
そこに流れる変な空気で、この時になってやっと商人のおじさんが女性2人の連れだと気付いた。
互いに牽制してる?
よく分からないけど、2人の女性はそれ以上ごねずに2人部屋を2人で使うのを渋々了承した。
他の部屋割りで少しもたついたけど、最終私も食堂の隅で寝ることになった。
夕食の後、食堂に残った客の話題は食堂に来なかった女性2人の事だった。
彼女たちは夕食も明日の朝も部屋で食べるらしい。
「噂は本当だったんだな」
「噂ほど綺麗じゃないな」
「そう言うなよ。花の盛りは10年前に過ぎたのさ」
??
話が見えない私に冒険者の1人が教えてくれた。
若い方の女性はここから少し先の村の村長の娘で、15の町のお金持ちに美しさを見初められたらしい。
「綺麗だが我儘でな、近々里に戻されるって噂になってたんだ」
「一緒の女性は彼女の乳母だ」
あの商人のおじさんは手切れ金の話で同行して着たのだろうと客の1人が言った。
「村も出戻られて迷惑だろうに」
普通は容姿が衰えると召し使いとしてそのまま屋敷に置くらしいけど、今回は置いても毒にしかならないからと里に戻される事になったらしい。
「噂じゃあの女が着てから屋敷に黒い蝶が飛ぶようになったとか気味悪がってるそうだ」
黒い蝶?
「魔物の氾濫もあの女が、って話もあるしな」
うそ…。
氾濫ってゲームの時だけじゃないの?
体が震えた。
ステータスから地図を開いて、地図に微量の魔力を流して魔力の集まりを探ってみた。
ゲームの時と違って、溜まっている場所が無いのか地図は光らなかった。
「不吉な話はやめてくれよ。俺たちは明日からこの町周辺の村を回って魔物狩りするんだぜ」
4人の冒険者が大袈裟に震える真似をした。
魔物狩り?
「定期的に狩って魔物の数を減らすんだ」
客の1人がそう教えてくれた。
「君はどこに行く予定?」
『20の町まで行く予定です』
「あ…、話せないのか」
顔を伏せたら横から話し掛けられた。
「冒険者だよな、それもソロ」
思わず顔を上げた。
「Dランクでしかもソロ。よく冒険者してるな」
「荷台に居たわけだ、金も無しか」
上から目線にムッとしたから胸ポケットからギルドカードを出してテーブルに置いた。
「え?Bランク?」
「…嘘だろ」
唖然としてる冒険者と言った客を見返してから、食堂の隅でマントにくるまった。
翌朝、女性2人を迎えに荷馬車がきた。
荷馬車には若い女性に良く似た青年が乗っていた。
みんなの目がある中、その青年と商人のおじさんの間で食堂での話し合いが始まった。
手切れ金の交渉はあっという間に終わった。
商人のおじさんがテーブルに大金貨を積んで、青年がそれを持ってきた魔法の袋に積めていく。
まるで人をお金で売り買いしているような光景に気持ちが付いていけなかった。
こんなの奴隷と同じじゃないか…。
商人のおじさんは青年が書いた書類を確かめると女性2人を見送りもせず15の町へ戻っていった。
重い気持ちを引き摺ったまま雨がやむまでこの町に止まる気持ちになれなかったから、私も17の町への馬車に乗った。
17の町へは馬車で6日銀貨8枚だった。
乗客は7人で荷台は1人。
雨がやまないので、私も荷台をやめて馬車に乗った。
ふと荷台の冒険者はどこで雨をしのいだのか気になったけど、聞けるわけなかった。