鍛冶屋と狼と子供
15の町へは夕方に着いた。
11の町を一回り小さくしたような町だった。
12~14の町では見なかった獣人の奴隷を連れた人間とスリの子供がこの町にはいた。
何故?
冒険者ギルドまで表通りを歩きながらぼんやり理由を考えていた。
痩せてボロを着た子供たちは、ここでもわざとぶつかってきた。
誤魔化しだと分かってるけど小銭を補充するのは、せめて1食でも食べれたら子供たちの世界も変わる気がしてしまうから。
私の中に恵んでる意識はなかった。
でも実際はそうだって夜気付かされた。
この子たちは何処で寝てるんだろう?
あ…。
突然脳裏に空き家で眠る子供たちの姿が浮かんだ。
同時に何故支線に居ないのかも分かった気がした。
住人全部が顔見知りの支線の町では、この子たちは居場所が無くて暮らせないんだろう。
だから隠れられる本線の町に居るんだ。
なら奴隷を連れた人間は?
見ると奴隷ばかりではなく下僕らしい人もその後ろから着いて歩いていた。
もしかしたら、奴隷は金持ちのステータスとか?
あ!
カレンの話で王子を探すのに国中の奴隷を調べたと言っていたけど、もし買うのが軍と金持ちだけなら調べるのも簡単だったはずだと思った。
冒険者ギルドに着いて受付を見ると、ここも人と獣人2つの受付が並んでいた。
人の受付はおじさんだった。
出直そう。
そのまま外へ出て足りない物の買い出しを先にした。
お茶に携帯食、食糧とお菓子に果物、かなり買った。
もうそろそろ冒険者ギルドへ戻ろうと道を引き返してたらおばさんが店番してる鍛冶屋を見付けた。
『買い取りをお願いします』
「はいよ。ここへだしとくれ」
笑顔のおばさんが指したカウンターに雑魚装備を次々出して並べていく。
全部だすと怪しまれるから1日分くらいを出した。
「かなり集めたね。14の町のダンジョンへ行ってきたんだね」
頷いた。
「あそこは6階まで潜れたら良い利益になるから頑張りなよ」
おばさんの言葉に強く頷いた。
「ソロなのかい?」
頷く。
「そうかい。おまけして大金貨1枚だ」
大金貨を受け取って店を出ようとしたらおばさんに引き留められた。
「あたしはミシェル。本線のいくつかの町に亭主と店を持ってる。鍛冶屋で困ったら家を訪ねておいで」
ミシェルさんはそう言って鉄の指輪をくれた。
「これは常連さんに渡してる指輪だよ。花の印があるだろ?家の店の看板にもこの花が書いてある」
見ると同じ花が木の看板に掘られていた。
「この指輪を見せればどの町の店でもおまけしてくれるよ。頑張りな」
『ありがとうございます』
指輪は右手の親指に丁度良かった。
嬉しくて自然に笑みがこぼれた。
冒険者ギルドへ戻ったらまだおじさんだった。
警戒しながら宿の紹介を頼むと、ちろりと私を見てから事務的に地図を渡してきた。
ペコンと頭を下げて冒険者ギルドを後にした。
地図で見ると希望に近い宿に見えた。
紹介された宿でゆったりお風呂に入りながらこの町のクエストを確かめる。
狼の討伐。
その下に16の町のクエストが点滅していた。
15の町の冒険者ギルドから16の町の道具屋へお届け物を届ける。
魔法の袋(小)と横にあった。
16の町、か。
ここまでソロクエストは残さずクリアしてきた。
自分の性格を考えたら、この先もクエストクリアを目指すに違いなかった。
よしっ!
急いでお風呂から上がって着替えると冒険者ギルドへ向かった。
狼の討伐なら夜しかチャンスはない。
今夜の内にクリアしたかった。
依頼板から狼の討伐を見付けて受付に出した。
狼は1匹でも群でも構わないらしい、こんなとこだけゲームの設定のままとか、つい笑っていた。
検索をかけると、思った以上に狼の反応があった。
一番近かったのは3匹の群れだった。
簡単に3匹を狩って冒険者ギルドへ戻る。
依頼完了。
そのままお届け物の依頼を受けた。
お届け物は初級ポーション20個だったら。
冒険者ギルドの外に出たら、子供3人に両腕を捕まれて路地裏に引き込まれてしまった。
「お願い。お願い。お願い」
思わず振り払おうとしたけど、子供たちの必死な声が私の抵抗を止めた。
灯りが届かない裏路地の暗闇まで来てから、子供の1人が話始めた。
「17の町に親が居るんです。お願いだから僕たちを連れていって」
言いながら、子供の手はまだ手に持っていた魔法の袋を強引に引っ張ってきた。
!!
何で!
くるりと回って子供の手から袋ごと逃れた。
「チッ!」
子供の舌打ちに体がビクンとした。
現実が理解できなかった。
その後、10人くらいの子供が暗闇から飛び出してきて私が動けないようにしがみついてきた。
「袋を奪え!」
「ポーションだそぉ!」
!!
この子たち…。
計画的だったんだとその時やっと理解した。
多分私が冒険者ギルドでポーションを受け取ったのを入口から見ていたんだろう。
子供だからと哀れんでいた自分が愚かだった。
弱そうな私なら盗めると思ったんだ。
カッときた次の瞬間、電撃を放っていた。
感電して地面に倒れた子供たちを避けて歩く。
「ちくしょう魔法使いか。髪染めてやがって」
その呟きが耳に残った。
宿に戻ってお風呂に入りなおした。
頭の中に子供が言った髪染めが何度も繰り返された。
万が一、子供たちが私の顔を覚えていたら。
そう考えただけでゾッとした。
心臓を締め付ける恐怖の中で必死に考えた。
冒険者ギルドから出た時…、路地裏に引き込まれた時…、朧気な記憶を思い出してみた。
あの子たちの狙いは右手の魔法の袋だったはず。
印象の薄い私の顔より、右手の魔法の袋を目印に襲ってきたに違いなかった。
お風呂をあがってから、服も装備も全部変えた。
あの子たちの中に、顔や袋じゃなく装備で私だと区別出来る子がいるかもしれないから。
あの子たちにすれば集団で襲うのは生きていくための手段かもしれないけど、それは許される事じゃない。
あの瞬間、一歩間違えたらあの子たちを殺してしまいかねなかった。
あの状況で火力を殺せたのは奇跡だと思う。
もう盗ませちゃいけない。
私の思いは悪にしかならないんだ…、その時自分の中で何かが変わった。
翌朝、早めに宿を引き払って乗り合い馬車の乗り場に急いだ。
「16の町への馬車がもう出るよ。乗る人は急いで」
ゆっくり朝食を食べていたら宿のおかみさんが急かすようにそう言った。
私だけじゃなく同じく朝食を食べていた4人組の冒険者も慌てていた。
急いで乗り場に走るともう出発間際で乗客が乗り込み始めていた。。
隣には17の町までの馬車も乗客を待っていた。
16の町へは馬車3日銀貨4枚。
17の町へは馬車3日金貨7枚。
16の町までの乗客は18人で荷台は私と冒険者のお兄さんの2人だった。
1日目は何事もなく終わって、夜営の火の番も宿が同じだった4人の冒険者が引き受けていた。
翌朝、寒さで目が覚めた。
どんよりとした雨空に湿った雨が降っていた。
風邪引いたかも。
降り始めに気付かず、起きた時にはかなり濡れてしまってたのが敗因だった。
耐性は色々持ってるけど風邪には効かないみたいで昼過ぎからは悪寒と頭痛がしてきた。
こんな時はビタミンだと果物をたくさん食べたけどあまり効かないみたい。
マントをびっちり体に巻き付けて熱を逃がさないようにして馬車に揺られていた。
昼の休憩の時、馬車に乗ってる女性の声が荷台にまでしてきた。
「友人が風邪らしく熱を出してしまいました。どなたか初級ポーションをお持ちじゃないかしら?」
ポーション!
言われて気が付いた。
トロい自分にがっくりした。
アイテムボックスから初級ポーション2つ取り出して、1つを急いで飲み干した。
一瞬サウナに投げ込まれたみたいに体が熱くなって、それから驚くくらい体が軽くなった。
自分は熱を出してたんだとようやく自覚した。
額に手を当てみる。
ポーションのお陰でもう熱は下がっていた。
それからもう1つを持って下へ降りた。
声の女性は綺麗なドレスを着ていた。
『どうぞ』
メモと一緒に初級ポーションを手渡した。
「ありがとう。あら、あなた話せないのね」
女性にふんと笑われた気がしてムッとした。
女性の横に座っていたおばさんが渡したポーションを飲んで、下がれとでも言うように手を振ってきた。
「代金を払わないんですか?」
見かねたのか反対側に乗っていた商人のおじさんがとがめるように女性に聞いた。
「あら、いつ代金を払うと言いましたの」
私は苦笑しながら荷台に戻った。
初級ポーション1つ詐欺られたけど自分の風邪が治ったから良しとしよう。
商人のおじさんの蔑む目をきつく見返して、女性は当然のように笑っていた。
モナークの金持ちらしいと思う。
夕方その日の夜営地に着いた。
寒かったのに雨が強まり焚き火がつかなかった。
このゲームの世界に来てから、焚き火の無い夜営は初めてな気がした。