波紋と予感
14の町はダンジョンの町なのに小さかった。
30件ほどしか家が無くて、そのうちの5件は宿屋で5件は鍛冶屋の町だった。
「20の町へ来たときは是非訪ねてください。店は冒険者ギルドの近くですからすぐわかりますよ」
この町でも商談が有ると言うニコルさんと乗り場で別れ、カレンと私は冒険者ギルドへ向かった。
冒険者ギルドは町に隣接したダンジョンの前だった。
違う。
ダンジョンに冒険者が集まるから町が出来たんだ。
5件の宿屋を見比べてみたけど、何処もお風呂は無さそうだった。
がっくりしながら冒険者ギルドへ行くと、タイミングよく受付はお姉さんだった。
先にカレンが登録の手続きをした。
話が着いたのかギルド職員と表へ出て行く途中、カレンがこっちへ手を振ってきた。
私も2つの依頼を完了して、宿も紹介して貰い何時ものように個室を選んだ。
明日からはダンジョン攻略なのに、気持ちが重くて何もしたくない気分だった。
あの冒険者たちの話が膿のように心を乱していて、こうしていても人への怒りしか湧いてこなかった。
私の気持ちが雨を呼んだのか翌日から雨だった。
1日、2日と降り続く雨を部屋の窓からぼんやり見て過ごした。
2日目の夕方、カレンが宿へ訪ねてきた。
ダンジョンに私の姿が無いから気になって来てくれたらしい。
部屋に通して椅子をすすめた。
カレンはあの子にガウと名付け、今日は宿の獣舎で留守番だと教えてくれた。
「まずお礼を言うわ。お陰でガウと旅ができる」
その後、カレンは真面目な顔で私を見てきた。
「あの冒険者の話。ショックだったようね」
小さく頷いた。
「ルアンは何処まで知ってるの?」
『モナークの王さまが獣人を捕らえて奴隷にしてる事。それをハルツは怒ってる事。魔法使いと獣人の奴隷に戦争をさせようとしてる事』
カレンの問にそう書いた。
「ルアンはそれをどう思ってるの?賛成?反対?」
『反対。戦争にも反対だけど、自分は血を流さないで獣人の奴隷を戦わせるのは間違ってると思う』
「ルアンらしい答えね」
カレンは笑ってから話始めた。
「この国は国王が代わってから、変わってしまった」
それまでも人間至上主義の傾向はあったけどこんなに酷くはなかったらしい。
「今の王に代わってから、強引に獣人を捕まえて奴隷にし始めたの」
『隷属の首輪も今の王さまが?』
「そうよ。古書に載っていた魔法を復活させて獣人に使ったの」
ついため息をついていた。
「あの冒険者の話にはその前があるの」
『その前?』
「最初ハルツから獣人を奴隷にするのを止めるよう強い抗議が来たの」
それはチェスターで聞いた事があったから頷いた。
「その使者に立ったのがハルツの末の王子」
え?
「そしてモナークはその王子を捕らえた」
嘘…。
「モナークからの使者が持って行った返書は王子を返して欲しがったら降伏しろって脅した書状」
カレンはそこで話を止めて固まっている私を見た。
「王子のその後と、モナークのその後と、どちらを先に知りたい?」
『王子』
震えて書いた字は歪んでいた。
「本当はモナークの城の奥深く幽閉するはずだったのに、奴隷に落とす獣人の牢に容れてしまった」
カレンも呆れ顔で肩をすくめて見せる。
「なぜそんな事が起こったか不思議でしょ。ルアンは獣人の見分けが付く?」
答えに困っていたらカレンは付かないと言った。
「王は奴隷に落とした王子を密かに探し回ったわ。交渉の切り札ですものね。でも国内には居なかった」
…もしかしたら。
でも、疑問が残る。
あの青年は11の町で見た獣人の奴隷とは違って、怯えだけど自分の意思があった。
もしかして…、あの青年は隷属の鎖の魔法をかけられる前に売られた?
あ、一緒に捕まった獣人が庇ったんだ。
方法は分からないけど、隷属の鎖で縛られないで売られた可能性が浮かんだ。
そう考えると疑問は消えた。
「そこから導かれる答えは1つ。王子は奴隷としてもうどこかで死んでいる。王はそう結論付けた」
…違う、王子は生きてる。
「どこからか王子が奴隷に紛れた話がハルツに流れて、ハルツは懸命に王子を探していた」
それが始まりの町の…。
「噂だとハルツは王子を見付けたらしいわ」
………
「ここからはモナークの話ね。王は王子が生きてる者としてその後もハルツに降伏を迫った」
王子が居ないのに?
「ああ、話が前後してしまったわ。モナークの中にも奴隷反対を唱える者たちがいて王はその中から最初のハルツへの使者を選んだの。つまり殺された使者ね」
え?
「王は持たせた手紙にハルツが怒って使者を殺すと筋書きを書いていたの、ところが使者はハルツからの返事を持って帰ってきてしまった」
え?
「王は城を守る騎士の数名に使者の暗殺を命じてハルツの仕業と偽装して発表し国民の感情を煽ったわ」
…そんな。
カレンの話が衝撃過ぎて体ががくがく震えてベッドから立ち上がれなかった。
「何度モナークが脅しをかけても王子は生きていると信じるハルツは屈しない」
あ…ぁ、やはり。
始まりの町の獣人の青年は…。
「この話…には続きがあって。王は使者を暗殺した者たちを城に呼んで口封じに毒殺したんだ」
そう話すカレンの声はハッとするほど冷たかった。
「ルアンには全部わかっているんでしょ?その暗殺者の1人は私の最愛の兄よ」
あ…。
「城に呼ばれた時、兄にはその先に起こることが分かっていたんだと思う。だから遺言を私に残した」
『王子が見付かったら渡して欲しいと?』
「違う、王子が見付かったら…公表して欲しいと」
カレンを見返しながらゆっくり深呼吸をした。
そして、1度だけきつく目を閉じて見せた。
「生きているのね」
カレンの感情の消えた顔を見て、身が震えた。
カレンと過去の自分が苦しいほど重なった。
カレンは死ぬ気だ。
命を懸けても公表するだろう。
だけど、公表してどうなる?
誰がカレンの話を信じてくれるの?
王とカレン。
国民はどっちを信じる?
どうせ公表しても握り潰されるだけだ。
無駄死になるだけ。
『カレン』
「分かってる、今はまだ時じゃない」
カレンはぐっと天井を向いて先を続けた。
「ガウとSランクの冒険者になって、冒険者ギルドの力で兄の遺書を発表する」
確かにSランクになれば冒険者としての発言力は上がるけど、それはカレンが話すほど強いの?
混乱のまま考えてたらカレンに右手を握られた。
「ルアンのお陰。煮たってた心に明かりをつけてくれた。絶対兄の遺書を公表してみせるわ」
帰ろうとするカレンに尋ねる。
『何故私が王子の行方を知っていると思ったの?だから話しに尋ねてくれたんでしょ?』
「ガウは神のドラゴンに仕える聖獣。ルアンの前に姿を見せたのが心を許した印」
神のドラゴンに?
あの子、ガウが氷の竜を守っていたと言うの?
………
違う。
氷の竜は何かを待っていた。
死を待つように何かを…。