馬車の旅
悔しかった。
獣人の奴隷を助けた後の、あの自分に向けられた視線の冷たさは…何時までも忘れられないと思う。
感謝と敵意が混ざったあの目は、感謝より敵意が何倍も勝っていてピリピリしていた。
逃げるようだけど、今すぐこの町を離れたかった。
12の町までは馬車で3日銀貨6枚。
15の町までは馬車で5日金貨8枚。
乗り場で料金を見て、はっとした。
ここから先はチェスター国じゃ無いんだ…。
分かっていたはずなのに、動揺と怒りですっかり頭から消えてた。
冷静にならなくちゃ。
案内人を探そうと周囲を見たら、時刻表の横に看板サイズの大きな地図があった。
現在地の11の町から順に指で辿る。
この先の本線は15、17、20、23、25、27、30、32、36、40、43、47、50。
19の町までの支線は人の国モナークとあった。
冷静になろう。
ゆっくり深呼吸してから地図を見直した。
終着点は決まってる。
急ぐ旅じゃない、ゆっくり行こう。
気持ちが落ち着いてきたらお腹が空いてきた。
朝食もまだだった事に気が付いて、馬車に乗る前に食事と食糧の調達をした。
果物も多目に買った。
我ながら笑えるけど、満腹になったらさっきまでの悔しさや苦しさはかなり消えていた。
さあどっちへ行こう。
ゲームみたいにすんなりヒントは貰えないかもしれないけど、14の町のダンジョンは行ってみたかった。
それにレベルを上げるにはダンジョンが1番早いし。
早くレベル上げてステータスの底上げして、万一悪魔に成る時のために全体魔法の威力を上げたかった。
うんっ!
行き先は12の町に決めた。
12の町への乗客は12人、うち荷台は1人。
私の乗った馬車には太ったおじさんとお喋りなおばさんが2人。
2人のおばさんは知り合いなのか会話の途切れる時がなくてかしましかった。
目が合ったら話し掛けられそうで、ずっと窓から外を見てた。
休憩で凝った背中を伸ばしていたら、他の馬車に乗っている二十歳くらいの冒険者に声を掛けられた。
「君も冒険者だよね」
警戒しながら頷いた。
「良かったら席を交換して貰えないかな?」
冒険者の話だと、冒険者の馬車に1人おばさんが乗っていて話し掛けられて苦戦しているらしい。
最初は太ったおじさんに頼んだけど断られたそうだ。
そう先に言われては断りにくい。
『良いですよ』
書いたメモを見せる。
「…話せない?」
頷いた。
「ごめん」
一瞬だけ困った顔してから後ろの馬車を指した。
冒険者は6人のパーティーで乗るのに3人、3人で別れたそうだ。
え、どっちに乗っても居心地が悪そう…。
げんなりしていると、荷台の冒険者がまた荷台に戻るところが視界に入った。
その動作が7の町のダンとカラを思い出させる。
ふっ、と荷台なら乗客との絡みも無しで気楽に旅が出来そう、とか思えて笑ってしまった。
次からは荷台に乗ろう。
どちらの馬車に乗ってもいいと言われたけど、話し掛けてきた冒険者が乗ってる方へ乗る事にした。
パーティーのリーダーがその冒険者だと思ったから。
休憩が終わって出発してからもわざと外を見てた。
聞かないふりしてても会話は聞こえてくる。
おばさんたちの会話は耳をすり抜けたのに、冒険者たちの会話は耳に残った。
自分も冒険者だからかも。
話だと彼らも14の町のダンジョンへ行くらしい。
話を聞きながらちょっと彼らの装備が不安になった。
トーヤのパーティーの最初よりは良いけど、とてもダンジョンに潜れる装備とは思えなかった。
アイテムボックスの雑魚装備で使えそうな物は…、て考えてたら1人がご機嫌で拳を天井に突き出した。
「今度こそボスまで行ってみせる」
???
え?その装備で攻略の手応えありなの?
信じられないけど他のメンバーも彼を止めない。
本当に攻略寸前なのかも。
聞いてると今回が2度目の挑戦らしくメンバーも彼と同じで気合いが入っているようだった。
彼らの話を総合すると見掛けより強いのかも。
「今回は魔法の袋3つだから鍛冶屋にぼられることもないだろう」
???
次は魔法の袋?
もっと詳しく知りたかったのに、その話はそこで終わって他の話題に移ってしまった。
魔法の袋とぼられるだけじゃ意味が分からなかった。
夜営地に着いて、焚き火の周りで夕食になる。
私はお喋りなおばさんたち捕まらないよう、早々に最後尾の馬車を背にしてマントへくるまった。
夜の見張りは冒険者パーティーが喜んで、と引き受けていた。
けど、聞こえてくる6人の会話からするとCランク4人とDランク2人のパーティーらしい。
え?
驚きながら6人を見る。
Dランクで魔物と戦う力があるの?
もしかしたらハルツとモナークはチェスターよりランク上げが厳しいのかもしれない。
そう考えると彼らは私の予想よりずっと強いのかもしれなかった。
11の町から先はかなり凶暴な魔物も出てくるはずなのに、火の番の彼らは悠々と構えていた。
真夜中、警戒も無しで熟睡してた私はおばさんたちの悲鳴で目が覚めた。
一瞬あの女性の悲鳴と重なって体が固まったけど、続く叫び声で硬直が解けた。
声の方を向くと、火に映し出されて狼がいた。
地図で数を確かめる。
焚き火の周りに6、馬車の後ろに1隠れていた。
!!!
1は狼の子供!
どうしよう…。
親を殺せば子は餌を取れないから死んでしまう。
考える前に体が動いた。
アイテムボックスに入ってる肉を5つ、子の狼の所へ風魔法を使って飛ばす。
子の狼が飛んできた塊に怯えて鳴いた。
どうか
子の鳴き声で投げた肉に気付いて!
これでダメなら親を殺すしかなくなる。
お願い!
肉を持って消えて!
心の中で強く願った。
それが私の自己満足でも子を殺すのは嫌だった。
願いが通じたのか血の匂いより肉の匂いが勝ったらしく、リーダーらしい1匹が長く鳴くと狼の群は肉をくわえて森に消えて行く。
子も群と一緒に走っていった。
…良かった。
ホッとしたら力が抜けて、ペタンと地面にしゃがみこんでしまった。
冒険者たちも去っていく狼を呆然と見ていて、おばさんたちのヒステリックな声で現実に引き戻された。
血の臭い!
誰か怪我してる?
一瞬で血の気が引いた。
子に夢中で他を見ていなかった。
慌てて周りを見る。
焚き火の周りに6人が倒れていておばさんたち3人が駆け寄っていた。
私も急いで走り寄った。
力尽きたように倒れてる6人は、あちこちを狼に引っ掻かれて傷だらけだった。
多分命の危険が去ってホッとしたら力が抜けて気を失ったんだと思う。
血がにじんでる傷もあるから、治療は6人とも必要だった。
おばさんたちが6人な手当てをしてる間に焚き火に薪を足してお湯沸かした。
混乱しててお茶が飲みたかった。
この光景と彼らの言動が上手く重ならない。
「群で来るとか聞いてない」
「また襲ってきたらどうするのよ!」
傷を押さえながらブツブツ言ってる冒険者に、おばさんがヒステリックに叫んだ。
「こんな弱いなんて聞いてないわよ!」
「強いとか一言も言ってない!」
「まあまあ、喧嘩しても始まらんでしょう」
太ったおじさんののんびりした声にその場が止まる。
おじさんの言葉に毒気を抜かれたのか、冒険者もおばさんも静かになった。
「火の番は男性が順番でしましょう」
「でもまた襲ってきたら」
不安そうに違うおばさんが聞いてきた。
「そうしたら火の着いた薪を投げますよ」
「それだけじゃ…」
「大丈夫、女性の方は安全な馬車の中でお休み下さい」
「え、えぇ…、それじゃあお言葉に甘えて」
3人のおばさんが馬車に乗るのを見ながら、おじさんの話術に感心してしまった。
もちろんおじさん任せにしないで、寝る前には馬車や焚き火をぐるっと囲うように光の結界を張った。