うそ…
ぐるりと辺りを見回す。
暗い路地は静寂だった。
周りにこれだけ家があるのに生活音が少しも聞こえてこなくて、思わず恐怖から叫びそうになった。
何度周囲を見直しても見覚えの無い場所で、心の中で「神様の嘘つき!」って連呼していた。
ここでこうしていても始まらない。
とにかく人がいる所へ行って安心したかった。
擦れ違うのがやっとくらい狭い路地を、辺りを警戒しながら前方へ移動した。
後から、何故魔法で灯りを着けるとか思い付かなかったのか、って自分のおバカさにかなり凹んだ。
やっと路地を抜けると、幅の狭い道に出た。
両側の軒先にポツポツ看板が見える。
その中の1つに近付いて見上げてみると、『雑貨屋』と読めた。
え?日本語?
バカみたいに看板を見ていたら、斜め前の空がうっすら赤くなってきて少しずつ太陽が顔を出した。
夜明?
夜だったからあんなに気味悪かったのか。
明るくなってきたら、微かだけど周りから人の話し声も聞こえてきた。
ガタガタと何かしてる生活音も控えめにし始める。
良かった、独りじゃない。
ホッとして胸に手を当てて…、固まった。
何これ。
自分を見下ろせば…ゲームの中のキャラみたいな防具とマントを着けてた。
腰には50センチくらいの剣もぶら下がってる。
…うっそ。
これって私がキャラに装備させてたやつ?
ステータス画面が見れたら分かるのに。
そう思ってたら、頭の中にゲームのステータス画面が広がった。
ネーム『ルアン』
レベル『0/160』
うん、私が使ってるキャラと同じ名前。
レベルを見て、やっぱりなぁと頷く。
装備も予想通りだった。
目立ちたくないから、地味だけど防御や耐性に優れた最上級ダンジョンの希少ドロップのやつにしてた。
この防具と剣シリーズが欲しくて、半年もダンジョンに潜っていた頃を思い出したら泣きそうになった。
アイテムボックスの機能はゲームの時のままみたい。
他の装備とか回復薬とか、ギルドカードとかお金とかも消えてないからゲームの中の生活は困らないと思う。
あれ?
何でボックスにお金が入ってるの?
あっ、ギルドカードの預金上限オーバーでカードに貯めきれなかった現金をボックスに移してたからお金が入ってたのか。
あ、カード。
思い出して冒険者ギルドのカードをボックスから取り出したら、『期限切れ』と黒く書かれていた。
え。
プチパニックしてた私の手の中で、ギルドカードは砂になって零れていった。
う…そ。
ゲームの世界にきて、嘘しか思ってない気がする。
それだけこの現実についていけなかった。
冷静になろう。
ゲームの設定と同じ物価なら1、2年は暮らしていける手持ちだけど、これだけじゃ心細い。
働かなくちゃ。
やっぱり冒険者、かなぁ。
ステータスを見ると転生する度に増えた職種と使えるスキルは全部残ってるから、ゲームの中で生きていくなら冒険者が無難だよね。
問題は…、これからもゲームの時みたいに戦闘がオートなのか、だ。
オートが無いなら、スキルはあっても私はただのよわっちい子供だ。
どうしよう…。
どっちなのかを確かめる方法は考え付いたけど、直ぐに首を降ってその考えを振り払った。
戦ってみるって無謀な選択肢は絶対ムリ。
考えて出した結論は、冒険者登録をし直して地道に生活費を稼ぐ、だった。
冒険者登録しても、ギルトランクが上がらないと討伐の依頼は受けられない。
確か『薬草』からだったなぁと思いながら、砂になって足元にあるギルドカードの残骸を怨めしく見た。
ギルトランクはDCBASと上がりSS、SSSそして冒険王の称号が着くLSがある。
私はLS。
私の他にもLSは3人いて、冒険者レベルを上げていけば誰でもなれる称号。
レベル100になって転生した後から、段々レベル上げがしんどくなって挫折するプレーヤーが続出する。
その流れで冒険者ランクも上げなくなるから、当然LSも数が増えない。
声を大にして言います。
LSは廃人ではありません。
普通にプレーヤーです。
んー、先ずは登録かなぁ。
幸い回復スキルは持ってるから、参加できるパーティーがもしあれば回復役しながら戦えるか確かめよう。
ステータスの地図を見たら、ゲームを始める『始まりの町』が点滅していた。
なら、ここは初心者の町の裏町かもしれない。
地図を拡大して冒険者ギルドの場所を確認した。
思ったより遠い。
歩き出そうとして、大変なことに思い当たった。
もし装備に詳しい人がこの上級装備を見たら…、出所を詮索される気がする。
走って路地まで戻ると、アイテムボックスの中から初級の中くらいの装備と剣を出して取り替えた。
念のためステータス画面から画像を選んで自分のアバターも確かめた。
前髪が長目で顔半分が隠れる黒髪セミロング。
他はスタートアバターのまんまの地味子。
ゲームで使ってた地味キャラのままで、なんか少しだけがっかりした。
気分を切り替えて大通りまで出ると、早朝なのにもう屋台が出ていた。
ゲームの時は売り買いしてるのを見ても素通りしてたけど、今は美味しそうな匂いにお腹が鳴った。
ゲームの時も匂いとかあったら、買ってたと思う。
それくらい食欲をそそる匂いだった。
串焼きの肉を挟んだ分厚いサンドイッチが美味しそうで、看板の値段を確かめて銅貨を3枚出した。
銅貨1枚は日本円にすると100円くらい。
「買ってくか?」
『うん』
……
うん、と頷いた。
「はいよ」
お辞儀をしてサンドイッチを貰うと、屋台の横の椅子によろよろと座った。
ゲームの中なのに、中なのに声が…。
買う時に入力画面が出なかったから話せると思ったのに…、ショックだった。
目を閉じてコマンド入力画面って強く思っても、文字選択の画面は浮かんでくれなかった。
その時の私は泣き笑いの顔をしていたと思う。
ゲームが現実になっただけ。
そう自分に言い聞かせていたら、ぐぅぅーってお腹が鳴った。
私ってこんな時でもお腹がすくんだ。
自分に呆れたはずなのに気が付いたら笑っていた。
まず食べよう。
一口食べたら、辛めのソースが口一杯に広がった。
辛さに喉が乾く、キョロキョロと飲み物を探すと、斜め前の屋台の看板にコップの絵が書かれていた。
レモン水みたいな味の薄いジュースを銅貨2枚で買って、その場で飲んだ。
飲みながら、考える。
これから先、話せない私がゲームの中で生きていけるのだろうか…。
不安しか無いけど、このままじゃお金が減るばかり。
飲み終わったコップを返して、歩き出しながら右手をグッと握ってみる。
大丈夫。大丈夫。
冒険者ギルドに着くまで、そう自分に言い聞かせてい自己暗示をかけた。