落ち込みと盗賊
それからも7の町のダンジョンに潜り続けた。
装備が一式揃うのに半月近くかかってしまい、最近はダンジョンの常連さんと呼ばれてるみたい。
レベルも15まで上がって、剣士ゴブリンも魔法を使わずに剣だで倒せるようになった。
思ったより剣士ゴブリンの装備は高く売れて、暫くはお金稼ぎにダンジョンへ潜るつもり。
キングゴブリンの装備は、この町では売れないみたいでアイテムボックスから出せなかった。
私が装備するのは出来るのに売れないって…、その設定の意味が分からなかった。
あの日ダンを止めてくれたおじさん冒険者と、昨日初めてパーティーを組んでダンジョンに潜ってみた。
最初は緊張してたけど、話せなくても相手を視野に入れてると次の動きが予測できてボスも困らなかった。
これもレベルが上がった効果だと思う。
素早さも増したみたい。
このダンジョンのボスは1時間で復活する。
出来れば連続で倒したいけど後ろには順番待ちの列が出来てて、ボスは1日1回の暗黙なルールもあった。
裏ボスは復活まで3時間。
毎日時間になったら裏ボス部屋前へ転移して倒すを飽きることなく繰り返してる。
昨日はボスの戦利品は山分にしようと決めていたからサクッと倒しておじさんと鍛冶屋へ向かった。
その時の話題は自然2人の事になった。
おじさんはダンとカラの冒険者登録をしてやって、間に入って初心者のパーティーを探して2人を参加させたと聞いて驚いた。
最初ダンは良い装備があるからおじさんのパーティーに入れてくれと頼んだらしく、初心者のパーティーを紹介されてトラブったと聞かされた。
そうだろうと思う。
『ダンの実力は?』
メモを見せるとおじさんは難しい顔をした。
「装備に頼りすぎてパーティーの邪魔物になってる」
元々井の中の蛙で自分は強いと思い込んでいたから、メンバーを見下して訓練にも参加しなかったらしい。
今のダンの実力はパーティーの中でも最下位だとおじさんは顔を歪めた。
「カラがパーティーを抜けたのは聞いているか?」
『あれからどっちにも会ってない。会いたくない』
私のメモを見て、カラの嘘で一時期パーティー解散まで話がこじれたらしい。
何故カラがそんな直ぐバレる嘘を着いたのか、とおじさんは首を捻っていた。
…私には想像できた。
きっとダンとパーティーメンバーの女性が原因だ。
おじさんはカラが女性だと思ってないから…。
『今カラは?』
「今もダンと一緒にいる」
長年一緒に居たからもうお互いに離れられないんだろう。
きっと、この先何があっても2人は一緒だと思った。
おじさんは一呼吸おいて私に言った。
「近々ボスに挑むらしい」
暗に最悪の結果もあると言ってるのだ。
冒険者の門は開いてやった。
その門を潜るのも閉ざすのもダンの努力次第だ。
確かにと頷いて、おじさんと装備の買い取り金額金貨8枚を山分けにした。
その1週間後、ダンが剣士ゴブリンに切りつけられて右手がダメになったとおじさんから聞いた。
冒険者が大きな怪我をしたら引退するしかない。
おじさんの話だと生まれた村にも帰れないらしい。
村長の家から村のお金を盗んで乗り合い馬車の代金にしたらしく頼る者も居ないと聞かされた。
私が装備を渡したから…。
頭では誰が悪いわけでもないと分かっていても、後悔は薄れなかった。
「あいつらに恵むなよ」
おじさんからそう諭されなければ、有り金全部渡していたに違いなかった。
それだけじゃなくこれからダンジョンで稼ぐ金も全て渡し続けていただろう。
おじさんからそろそろ町へ戻ると聞かされて、私は2ヶ月もこの町に居たんだと気が付いた。
おじさんはパーティーメンバーと8の町へ行くと言い、お前も離れる潮時だと私の背中を押してくれた。
うん、行こう。
うじうじな心をおじさんが吹き飛ばしてくれた今、この町を離れるべきだと自分でも思えた。
おじさんたちと一緒に私も7の町を後にする。
馬車が4台、乗客は18人。
荷台の乗客は2人、旅のマントの青年たちだった。
8の町までは銀貨5枚、馬車で5日。
携帯食も多目に10日分用意したし、お茶の茶こしも用意して準備万端。
おじさんのパーティーは4人、おじさんばかりのパーティーで9の町に家族と住んでいると教えてくれた。
年に3ヶ月7の町のダンジョンでお金を貯めて1年の生活費にするとか。
ホントは近い10の町のダンジョンに潜りたいが自分たちには荷が重いと話してくれた。
10の町のダンジョンは炎耐性の防具がないと攻略は難しいと思う。
その話をすると、耐性付の防具は一介の冒険者が買える金額ではないらしく、とても手が出ないと言う。
だから買い取り金額も良い7の町のダンジョンに稼ぎに行くんだと笑った。
旅立ちの前の日。
おじさんから7の町からの馬車は金を持った乗客が多いのでたまに盗賊に襲われる。
手持ちの現金は最低限にして残りはギルドカードに移しておくようにと何度も言われた。
なので、腰の整備の袋に金貨5枚を用心に入れて、肩にかける袋の中に携帯食1食分を出しておいた。
旅は楽しかった。
おじさんたちの空気が良いから他の乗客ともぎすぎすしないで済んでいた。
あっという間に最後の日になった。
朝からの雨でお昼も馬車の中で取った。
おじさんは8の町で買うもののリストをメンバーと考えたいと言って、最後の馬車にメンバーと乗った。
独りだとつまらなくて、私は先頭の馬車に乗って外の景色をぼんやりみていた。
突然視界の右に黒ずくめの集団が入って、驚いてる間に何人かが馬車の前に飛び出してきた。
ぎぎぎと馬車が止まった。
咄嗟に盗賊だと身構える。
盗賊は本線の方のイベントだと思っていたから動くのが遅れた。
走ってくる盗賊の反対側から外に出て戦おうと思ったら、荷台に居た青年が剣を抜いて出ようとしてる方で私を待ち構えていた。
素早く風魔法を発動させて剣を持ってる腕を切った。
相手が踞っている間に外に出て、周囲を見渡す。
2台目の馬車の荷台から飛び降りた青年も剣を持って馬車の扉を開けようとしていた。
走っていって剣を持ってる腕を風魔法で傷付けた。
どうしても、私に人を殺す事は出来なかった。
乗客の中で戦えるのは私とおじさんパーティーだけ。
私は最後尾の馬車を見て迷っていた。
女の人の悲鳴で現実に返った私は、剣を握り直して馬車の間を走り抜けた。
そこから先は…よく覚えていない。
我に返ったら、ぬかるんだ地面に血だらけでしゃがみこんでいた。
恐怖で震えが止まらなかった。
視界の隅で黒い影が動いた。
落ちてた剣を握ってそっちを見たら、おじさんたちが黒ずくめの集団を縛っていた。
あの悲鳴は?
重い体を引き摺っておじさんのところまで行った。
『悲鳴は』
震える手で書いておじさんに見せた。
「1人重症だ」
あの悲鳴の人だと直感した。
『連れていって』
袋から上級ポーションを出して見せた。
おじさんは驚きながらも私を抱き上げて連れていってくれた。
土気色の唇…。
馬車の中は血の臭いに蒸れていた。
逃げる背中を切られた傷。
もうポーションを飲む力も無い…。
傷口に上級ポーションをかけて、そっと傷に手を当てて祈った。
まだ息がある。
触れている手のひらから回復魔法を掛けた。
魔力がどんどん無くなっていく。
意識が飛びそうになる。
女性の脈が感じられる。
出血量が多い…、助かって!
袋から上級ポーションをもう1本出して…気が付いたら8の町へ着いていた。