村長からの依頼とまた狼
6の町へ着く頃には真夜中になっていた。
馬車から見た時は直ぐ着く距離だと思ったのに、実際は半日以上掛かった計算だった。
馬車を飛び降りて、蛾を素材にして、万能薬を作ってと忙しい半日だった。
で、終わるはずだったけど少し違った。
蛾をアイテムボックスに入れたら素材になった、そこからある論理が成り立つ。
6の町へと歩きながら、ある仮説を証明する為に周囲へ探索を掛けるとあの大きなウサギが見付かった。
さくっと雷で倒して、アイテムボックスへしまう。
どうなってるかドキドキして見てみたら、ウサギ毛皮と肉になってアイテムボックスにあった。
『やった』
仮説が証明されて、うききと飛び上がって喜んだ。
アイテムボックスが解体を兼ねるならあの4人の時みたいに悔しい思いをしなくて済むようになるし、売る素材が増えて旅の資金も今まで以上に楽になる。
私は御機嫌で真夜中の6の町に着いた。
6の町は静まり返っていた。
町の真ん中に馬車が走る道があって、その道の両側に20件くらい家が建っている。
よく見ると、並んだ家の後ろにも家があった。
全部で30件くらい?
町と言うより、ちょっと大きな村みたいだった。
大きさは2の町や4の町くらいあるけどお店の看板が宿屋と道具屋しかなくて、田舎の村みたいだった。
ステータスから地図を拡大して見ても、冒険者ギルドは見当たらない。
そのままクエストを見ると、クエストじゃなくイベントが点滅していた。
え?
町長から蛾の討伐依頼を受ける。
報酬、7の町のダンジョンと隠し部屋の情報。
!!
7の町で起こるはずのイベントが何故1つ前の6の町で起こるの?
それに隠し部屋って何?
ダンジョンは攻略したいけど、怖すぎる。
これが今もゲームならボス戦の前でセーブして負けたら何度でもやり直しが出来るけど、今はきっと負けたら死ぬ…。
やっぱりイベントだけクリアしてダンジョン攻略は諦めよう。
ゲームの時もこのダンジョンイベントは1度しか成功してなくて、イベントを起こすアイテムは何かとプレーヤーの間で何度となく囁かれた疑問だった。
色々囁かれたけど、1番多かったのは気付かない内にイベントアイテムを入手していた、だった。
でもどうしよう…。
依頼をって言われてももう依頼の蛾は倒してしまったし…、素材になった羽を討伐の証拠に見せるわけにもいかないし。
…困る。
でも…、何故町長はあの麻痺する蛾の討伐を冒険者ギルドに頼まなかったの?
あの蜂の大群の時も冒険者ギルドが町から依頼を受けて冒険者を向かわせたはずだから、あの蛾も町長が冒険者ギルドに依頼するべきだったと思った。
仕方無い。
明るくなったら町長を訪ねてみよう。
この時間では町に1件しかない宿も開いてなくて、仕方無く1度出てテントで寝てから入り直した。
残念だけど町に屋台は無かった。
食堂らしい所も無かった。
朝御飯を食べるにもお店がなくて、アイテムボックスの中から果物を出して朝御飯の代わりにした。
乗り合い馬車の乗り場で次の7の町行きがいつ出るのかと書いて見せると、昨日不思議な事が起きたから明日まで出ないと言われた。
「まったく、蛾といい客も御者も眠りこけた馬車といい、商売あがったりだ」
乗り場のおじさんの愚痴を聞きながら町長の家を尋ねるのに苦労した。
兎に角、町長の家を訪ねないと話にならない。
「蛾の退治求む」
訪ねた町長の家の壁にデカデカと張り出されていた。
ノックをして、出てきた婦人に張り紙を指して頷いて見せた。
婦人の顔にはこんな子供に、と書かれていたけど町長を呼びに行ってくれた。
出てきた町長さんは太目の穏やかな人で、一緒に来て欲しいと言うと家の後ろへと歩いていった。
裏庭が少しあって、そのさきは広い畑だった。
「あれなんだよ」
町長さんが指した先には昨日とは違う綺麗な黄色の蝶が舞っていた。
ピコーーン。
あれが蛾?
ステータスの図鑑を見ると1つの花に異常に集まる習性がある蛾らしい。
良かった、昨日の蛾とは違う蛾が依頼の対象なんだ。
じゃあ、昨日の蛾は?
「あの蛾が作物に卵を産むので困ってるんだ」
虫食いで出荷量が激減してるらしい。
兎に角今はこの蛾を退治しなきゃ。
黄色い蛾?
あっ、と思って昨日の蛾を図鑑で見直した。
そうか、この蛾がこの町に集まっていたから昨日の蛾がこの蛾を追って来てたんだ。
見ると畑のあちこちに黄色い蛾が集まると書かれている花が植えられていた。
「報酬は出来るだけ払う」
子供の私に頼むほど困っているのだと町長さんの言葉や態度から伝わってきた。
報酬に次の町のダンジョンの情報が欲しいと書くと、町長さんは何度も頷いてくれた。
早速手近に咲いている花を指して、この花をあの蛾は好むので無くなれば退治しなくても自然に居なくなる、そう書いて町長さんに渡した。
昨日の蛾の話はしなかった。
読んで直ぐは驚いていたけど、暫くすると指を折りながら何かを考えていた。
「確かにこの花が咲き始めてから蛾が群がってきて」
それから先はぶつぶつと独り言に近かったから聞き取れなかった。
「この花からは蜜がとれるので植え始めたんです。多分この蛾も蜜に集まってきたんでしょう」
町長さんは御礼にと、ダンジョンを開けるスイッチの場所とダンジョン内の地図とボス部屋と隠しボス部屋のトラップと解除方法が書かれた紙をくれた。
村長さんが急いで書き写したのか、紙が新しかった。
私がホントに正確な地図なのか心配してる事に気付いた村長さんは古い紙を出してきて隣に並べて、見比べてと言ってくれた。
何度も両方を見比べて書き漏れがない事を確かめた。
隠しボス!
これがゲームだったら…。
知らずため息をついていた。
それからの町長さんの仕事は速くて、町の人を集めて蜜を出来るだけ搾ると、夜には全部燃やしていた。
その日の夜は町長さんの家に泊めて貰って、翌朝7の町への乗り合い馬車に乗るため乗り場へ向かった。
旅立つ前に食糧の調達をしようと思ってたけど、この町には1件の宿屋しか無いから旅慣れた人は5の町から7の町までの携帯食を用意してると教えられた。
私も7の町までアイテムボックス様様になりそう。
乗り場にはもう乗客が集まっていた。
乗客は全部で12人で荷台は2人。
その中で見知った顔はおばあさんと行商のお兄さん…と荷台の少年だけだった。
馬車は行商のお兄さんと太ったおじさん、そして私の3人だった。
7の町にはここから馬車で3日、料金は銀貨4枚、山をぐるっと遠回りして7の町へ向かうらしい。
町長さんの奥さんから作って貰ったお弁当をお昼に食べて、馬車に戻るとき最後のサンドイッチの袋を荷台に投げた。
2度の休憩を挟んでその日の夜営場所に着いた。
その場所は深い森の中に馬車と焚き火の場所をポツンと作ったような、不自然な空間だった。
前回のように女性は馬車で眠って、男性は順番で火の番をした。
今回は馬車が空いているからと強気なおばあさんに誘われたけど、冒険者をしていると狭い空間より外が楽だと書いて断った。
男性の中に少年が居ないのに気付いて、チラッと荷台を見てみたけど暗くてよく分からなかった。
火の番を残して1人、2人と眠りにつく。
私もいつの間にか寝ていた。
真夜中寒さに目を覚ました。
ブルッと身震いして焚き火を見ると、火の番のおじさんはこくこくと居眠りしているらしい。
トイレを済ませてから起こそうと思って立ち上がったら、馬車の上から誰かが飛び降りてきて私の口を手で塞いだ。
「静かに!狼の群に囲まれてる。冒険者だよな?」
痴漢に雷の魔法を放ち掛けていたけど止めて、周りに検索を掛けて確かめる。
いる!
1、2…8匹も!
私独りで8匹は、無理。
じりじりと近付いてくる狼の気配を感じながら焚き火側の数人を見る。
あの中で剣を手にしてたのはたった1人…。
口を塞いでる手を剥がして、後ろを振り向いた。
やっぱり荷台の少年だ。
『剣は使える?』
急いで書いて見せた。
「悪いな、読めない」
肩で息を着いて、袋の中から剣を出して少年に渡す。
私も腰の剣を抜いて構えた。
身構えながらも少年の目は私の背中に釘付け。
気付いていても気付かない振りで、自分から狼の群に切り込んでいった。