馬車と蛾の羽
6の町へ行くと決めて受付のお姉さんに地図のお礼を言いに行ったら、携帯食を多目に持っていくよう勧められた。
首を傾げてたら6の町は蛾の大群が作物を荒らしてるって報告が来てるから念のため、と言われた。
もしもを考えて、携帯食も2日分用意した。
宿にも明日6の町へ向かうと伝えて、パスタを5人前とお弁当を5人分おばさんに頼んだ。
これなら5人で次の町へ向かうと思われると思う。
翌朝、頼んだ荷物を全部背中の袋に入れて乗り合い馬車の乗り場へ向かった。
着いて、唖然…。
馬車を引っ張るのはサイに似てる魔獣だった。
ピコーーン。
ステータス画面から図鑑を見ると、目の前の魔獣が図鑑に増えていた。
従順で大人しいらしい。
ゲームの時は…馬だった気がする。
曖昧だから絶対とわ言えないけど、…多分。
ピコーーン、って鳴ったもん。
馬車は3台。
1台4人乗りらしい。
乗客は14人?え?
順番に11人が3台の馬車に乗れば、残った3人が馬車の後ろの荷台に乗った。
つい窓から顔を出して荷台を見ていたら、前に座ったおばあさんが荷台は料金が半額だと教えてくれた。
本当は違法だけど御者の給料は低いから役人も目を瞑っているらしい。
おばあさんの横は一生懸命計算してる行商のお兄さんで、私の横はちょっと気難しそうなおばさんだ。
馬車が動き始めると直ぐ、お兄さんは計算を止めて窓につかまった。
私もガタンと大きく揺れた拍子に前につんのめりそうになって思わず窓をぐっとつかんで踏ん張った。
初めての馬車は、油断すると下を噛みそうなくらい揺れが凄かった。
これって、振動を殺すクッションとか無いの?
おばあさんもおばさんもお尻を浮かすようにしてる。
これなら荷台の方が振動を逃がせるかも知れない。
2時間おきくらいに止まって休憩を入れる。
その時間で森の方で用を足したりも…。
お昼になると各々馬車の中か外で昼食をとる。
おばあさんとおばさんは馬車の中でお昼にして、私とお兄さんは外で岩に座ってお昼にした。
他の馬車からも何人か降りてきてお昼にしてた。
息が詰まる空間から解放されて反りながら伸びる。
背骨がこきこきした。
視界に荷台の少年が入る。
何と無くイライラしてるように見え気になった。
それからまた馬車の旅。
2回の休みを挟んで今夜の夜営場所に着いた。
毎回この場所と決まっているらしく、地面は固められていて焚き火がしやすいようになっていた。
焚き火を囲んで、各々に夕飯を食べる。
食べ終わると男の人たちは焚き火の近くに集まり、火の番を決めていた。
私も食べ終わりどこで寝ようか辺りを見ていたら、一緒の馬車のおばあさんが近付いてきた。
「こんばんは。馬車の中ではあまり話せなかったけど夜はどうしましょうか」
どうって?
『どうとは?』
走り書きを見せると驚いて片手で口を押さえていた。
「話せないの?」
頷くとおばあさんは哀れむように見てから話始めた。
「女性は1つの馬車に集まって夜を過ごすのだけれど、今日は5人もいるの」
ああ、私が多いのか。
「それでね。私とあなたで一緒の馬車でどうかと聞きに来たのよ」
私は丁寧に断った。
おばあさんの好奇な視線はこの世界に来る前から何度も経験しているので何を言いたいのかも分かっているつもりだし。
翌朝、おばあさんたちは私の方を見てこそこそと話していた。
休憩の度におばあさんは話し掛けたそうにしてたけど、私の方にそんな気持ちは欠片も無い。
昼食の休憩でおばあさんの視線を避けてたら荷台の少年と目が合った。
少年の目が私の手元に一瞬だけ止まった気がした。
お腹空いてる?
馬車を出すと御者が集合を掛けた時、サンドイッチの袋をポンと荷台に投げた。
上手くキャッチ出来たかは見てないから分からないけど、食べてくれてるといいなって思った。
お昼の後の休憩で次は6の町だと御者が前を指してみんなに言った。
そして、もうすぐ着くと思う頃、誰かが窓を開けて6の町が見えると言った。
御者も速度を緩める。
他の馬車の窓も開いた。
誰もが油断していた。
1匹、2匹と蝶が舞っているかに見えた。
「蛾だ!窓を閉めろ!」
誰かが叫んだ!
咄嗟に私とお兄さんとで窓を閉める。
外には黒っぽい蛾の大群。
馬車が蛾に取り囲まれるまで、あっという間だった。
お兄さんとおばさんが窓を閉める前に飛び込んでた蛾を叩き落とした直後、2人ともひくひくと痙攣して重なるように倒れ込んだ。
ピコーーン。
急いでステータス画面の図鑑を開く。
新しく追加されたのは目の前を飛んでいる蛾だった。
羽に麻痺毒!
えっ!
耐性スキルがある私は平気だけど他のみんなは?
観るとおばあさんも意識を失っていた。
状況に着いていけなくて、どうしたら良いのか分からなくて、ぶるぶる震えていたらガッタンと馬車が大きく揺れた。
不安に刈られて、風に逆らって扉を開ける。
掴まりながら伸び上がって御者を見れば、前の御者台で倒れていた。
馬車を引っ張る魔獣は、御者が居なくなってスピードは落ちているけど帰巣本能で6の町へと走ってる。
きっと魔獣は麻痺耐性を持っているんだろう。
どうしよう!
蛾は追ってきてる。
魔法を使うしかない!
光魔法で自分の周りに結界を張った。
タイミングを見ながらスピードが落ちた馬車から飛び降りた。
蛾が私に群がるけど結界に弾かれてる。
3台の馬車が走り去って見えなくなるまで待って、スキルから雷の全体魔法を選んで発動させた。
パタパタと周りに蛾の絨毯が広かった。
もう一度ステータスから図鑑を見る。
麻痺よりこっちの方が重要だった。
『羽根は万能薬の材料』
氷竜の欠片と合成すれば…。
欠片1つと羽100枚で…万能薬3つ。
薬剤師、ファーマーの職業は有るけど…。
これ、どうやって採取すればいいの?
下に集団で移動する習性があり餌は黄色い蛾とあった。
蛾が蛾を?
恐ろしい光景を想像してしまって、ブンブンと顔を振って浮かんだ想像を打ち消した。
兎に角分かるまでアイテムボックスの中に仕舞っておくしかないよね。
一握りの蛾に手をかざしてアイテムボックスに移す。
確かに入ってるかアイテムボックスを見たら、蛾ではなくて《万能薬の素材》に変わっていた。
???
蛾を入れて、素材になった?
試しに1つ出してみたら、虹色の羽の形だった。
麻痺の蛾をこのままにするよりアイテムボックスに移した方が安全だと思う。
取り敢えず、風魔法で集められるだけ集めてアイテムボックスに移した。
そして…。
悪魔の囁きに負けた私は、究極の万能薬を造りひっそりとアイテムボックスに眠らせました。